グローバルにビジネスを展開する総合商社の三井物産株式会社は、イノベーションラボ「Moon」を設立するなど、新たなビジネスの創造を目指した先進的な活動を続けており、デジタルトランスフォーメンション(DX)に積極的に取り組んでいます。

DX の一環として、業務の圧倒的な効率化を目指し、インメモリデータベース「SAP HANA」をプラットフォームとする SAP 社の新 ERP パッケージ「SAP S/4HANA」を採用し、基幹システム刷新プロジェクトをスタートしました。その基盤としてマイクロソフトのパブリッククラウドサービス「SAP on Azure」が選ばれました。海外向け基幹システムは 2019 年 11 月より本稼働が開始され、国内向け基幹システムも 2020 年 7 月の本稼働を目指してプロジェクトが進行中です。

マイクロソフトの総合力が決め手となり、SAP S/4HANA の基盤として Azure を選定

三井物産では 2000 年より SAP 社の ERP パッケージを採用し、基幹システムを運用してきました。SAP S/4HANA がリリースされたことで、1世代前の SAP ERP の標準サポートが 2025 年に終了する、いわゆる“SAP の 2025 年問題”への対処としてスタートしたのが今回のプロジェクトです(なお、SAP 社は 2020 年 2 月に、SAP ERP の標準サポートを 2027 年まで延長)。プロジェクトリーダーである三井物産株式会社 デジタル総合戦略部 基幹システム室長(現コーポレートDX第一室長)の奥山 秀俊 氏は、プロジェクト立ち上げの経緯をこう語ります。

三井物産株式会社 デジタル総合戦略部 基幹システム室長(現コーポレートDX第一室長) 奥山 秀俊 氏

三井物産株式会社 デジタル総合戦略部 基幹システム室長(現コーポレートDX第一室長) 奥山 秀俊 氏

「業務プロセスの効率化や最適化、2025 年の保守期限切れ対応、全社的なクラウド環境活用方針等の課題意識があり、2025 年までに効率よく安全にシステムを刷新していく計画が必要でした。海外向け基幹システムには 2007 年から 1 世代前の SAP ERP を利用しており、基盤の保守期限が先に来るため、何かしらのバージョンアップ対応が必要な状況でした。国内向け基幹システムは 2015 年に基盤を SAP HEC へ、データベースを SAP HANA に移行済みで、業務改善効果が得られていたため必然的に海外向け基幹システムを先行して SAP S/4HANA へ移行するプロジェクトが始まりました」(奥山 氏)。

三井物産では、これまでも海外で実行して国内に展開、さらに国内の成果を海外にフィードバックするという相互の流れで、基幹システムの導入・刷新を行ってきたと奥山 氏。今回のプロジェクトでも、まずは海外でプロジェクトを推進し、その経験を国内のプロジェクトに活かしていると語ります。同社では、情報通信基盤全体をパブリッククラウドに移行することを全社的な方向性として定めており、基幹システムも例外ではなく、パブリッククラウドの選択は必然といえるものでした。そこで、SAP S/4HANA の基盤となるパブリッククラウドの選定が行われ、同製品を Microsoft Azure 上に実装するソリューション「SAP on Azure」の採用が決定されました。その決め手は マイクロソフトの総合力にあったと語るのは、本プロジェクトの事務局リーダーとしてプロジェクトマネジメントを担当してきた三井物産 デジタル総合戦略部 基幹システム室(現 DX第一室)の髙木 鉄平 氏です。

三井物産 デジタル総合戦略部 基幹システム室(現 DX第一室) 髙木 鉄平 氏

三井物産 デジタル総合戦略部 基幹システム室(現 DX第一室) 髙木 鉄平 氏

「今回のプロジェクト開始前に、SAP S/4HANA 環境を構築し、運用することができる主要なパブリッククラウドサービスを比較しました。システム構築を担う三井情報(MKI)に協力してもらい、コストは当然として、柔軟性、運用性、安定性、さらにはサポート体制なども統合的に検討した結果、Azure を選択することになりました。SAP HANA は汎用的なデータベースと比べまだまだ特殊な印象で、それを低コストで効率よく安定して運用するという点において、Azure ではSAP HANAに対応するバックアップ機能や、当社のIT-BCP要件を十分に満たしてくれる災害対策機能を標準で使えることも大きなポイントでした」(髙木 氏)。

システム構築に携わる三井情報株式会社 ソリューション技術本部の沖原 敏剛 氏は、プロジェクトが開始される前の移行 PoC を担当し、Azure であれば実用上の問題をクリアできることを検証しました。

三井情報株式会社 ソリューション技術本部 SAPソリューション部 第二技術室 沖原 敏剛 氏

三井情報株式会社 ソリューション技術本部 SAPソリューション部 第二技術室 沖原 敏剛 氏

「PoC はプロジェクト開始前の 2018 年 2 月から行いました。Azure 上で SAP S/4HANA を問題なく構築できるかに加え、本番環境の移行時間がどれくらいになるかも重要な検証項目でした。実際にシステムを構築して各種調査やチューニングを行い、業務上許容可能な移行時間に収めることができると確認できました」(沖原 氏)。

PoC よりさらに前の構想段階では、三井物産・MKI・マイクロソフトの3社の SAP および Azure の専門家が集まり、Azure と SAP S/4HANA を採用したアーキテクチャーデザインに関する話し合いが行われたといいます。その中で、Azure であれば三井物産の求める要件を満たせることを確認できたと髙木 氏。「当社要件を満たすのに特別な設計や追加オプションが不要で、Azure の機能を組み合わせることで実現できるという感触が掴めました。」と振り返ります。MKI の沖原 氏も、このセッションでシステム構成や使える機能が想定できたと話します。

「たとえば IT-BCP 要件を満たすことを考えた場合、Azure Site Recovery サービスの機能を実際に業務で使うことができるのかなどを 3 社の話し合いのなかで確認できました。パフォーマンス面でも、多人数が利用する際に必要なシステム構成がどれくらいの規模になるのかをある程度固められました。こうした懸念事項を構想段階で解決できたのが、Azure を採用した大きな要因だと思います」(沖原 氏)。

  • 本事例のシステム構成図

    本事例のシステム構成図

パブリッククラウドの柔軟性を活かし、移行時間の短縮を実現

三井物産では、SAP ERP に実装したカスタマイズや拡張機能、そして過去データをそのまま SAP S/4HANA へ移行する“ブラウンフィールド”手法をベースに、業務の自動化や効率化、UX 刷新・統一による利便性向上を追求することにしました。

「SAP S/4HANA への移行を機に、パッケージ標準の業務プロセスに合わせてシステムを作り直すグリーンフィールド手法も検討しましが、商社ならではの業務プロセスを満たす機能や、各国の制度要件に対応する機能の多くは、標準だけでの実現が難しく、逆に捨てる判断もできませんでした。別の形でこれらの機能を再実装し、ユーザーを再トレーニングするとなるとコストや時間がかかりすぎるため、ブラウンフィールド手法に決めました。また、グリーンフィールド手法では、これまでの 10 年以上の運用で蓄積してきた業務データが失われるリスクも孕んでおり、今後 AI 活用やデータ分析等の取り組みで一層データが重要になることを考えると現実的ではないと判断しました。もちろん、既存機能を活かす前提ではありますが、業務課題を解決するための機能追加や UX 改善などは行っており、当社にとっての最適を目指した移行と考えています」(髙木 氏)。

グローバル全社で使う基幹システムを刷新し、アプリケーションサーバー、データベースサーバーも含めてパブリッククラウドに移行するという本プロジェクトでは、本番システムの移行を確実に行うこと、そして業務時間中のシステム停止時間を最小限に抑えることが求められました。システム構築に携わった三井情報株式会社 ソリューション技術本部の川井 雄斗 氏は、マイクロソフトからさまざまな情報を得ることで、システム構築の課題を解消することができたと話します。

三井情報株式会社 ソリューション技術本部 SAPソリューション部 第二技術室 川井 雄斗 氏

三井情報株式会社 ソリューション技術本部 SAPソリューション部 第二技術室 川井 雄斗 氏

「SAP on Azure、特に SAP S/4HANA に関してはまだ導入の事例が少なく、システム構築時に生じた課題に対する情報収集に苦労しました。その際には、マイクロソフトからグローバルでの事例を紹介してもらうなど、手厚いサポートを得ることができました」(川井 氏)。

また、プロジェクト期間中は従量課金制でサービスを利用しつつ最適な構成を設計し、柔軟に切り替えることができた半面、コスト管理の面では苦労したと川井 氏。事前に計画を立ててマネジメントしながら運用することを意識してシステムを構築したと当時を振り返ります。同じく MKI の沖原 氏は、パブリッククラウドの柔軟性を活かして移行時間の短縮を図りました。

「インメモリデータベースを採用した SAP S/4HANA ですが、読み込み・書き込み速度を上げるにはストレージの性能や構成も重要であることが、PoC を通してわかりました。Azure Storage にはさまざまな種類の選択肢があるので、何パターンか試して、より速い時間で移行できるストレージ構成を選定しました」(沖原 氏)。

今回のプロジェクトでは、移行時だけ通常運用よりも数段上のスペックに設定し、移行が完了して稼働が開始されたあとは通常のスペックに戻すことで、コストを抑えながら移行時間の短縮に成功したといいます。移行作業を実施したのは 2019 年 11 月、移行するデータベースサイズは約 700GB です。それでも約 75 時間という長丁場の移行が余儀なくされたため週末だけでは足りず、約 1.5 日の営業時間中のシステム停止を見越して行われました。その移行作業中はマイクロソフトの担当者が常時リモート待機を行い、トラブル発生時には迅速に対処できる体制が敷かれました。

実際には特に問題は起こらず、想定よりも短い約 70 時間程度の作業時間で移行が完了したといいます。移行前・移行中・稼働後もシステムの不具合はなく、基盤としての Azure の安定性を実感できたと髙木 氏は語ります。

システム構築がゴールではなく、進化する Azure で DX を推進

こうして 2019 年 11 月より、SAP on Azure で SAP S/4HANA を採用した海外向け基幹システムの本稼働が始まりました。10 年以上運用していた基幹システムの業務改善および UX 刷新に当たり、あらためて約 3,500 名の全ユーザーを対象にトレーニングを実行したことで、習熟度の底上げができたといいます。また、UX の改善や業務効率化に関しても成果が出てきていると髙木 氏は力を込めます。

「今回、ユーザーインターフェイスには SAP S/4HANA 標準の UX である「Fiori」を全面的に採用しました。Fiori に統一することで全体的な使い勝手を改善し、一部機能は iPhone アプリとして提供できるようになりました。ユーザー要望に基づき、業務プロセスもデータ連携による自動化を進め、SAP HANA の特長を活かしオペレーションがリアルタイムに反映されるレポートも実装しました。さらに、SAP 提供による入金消込を自動化する機械学習であるCash Applicationの利用も始めています」(髙木 氏)。

さらに国内向け基幹システムの刷新プロジェクトも 2019 年 9 月にスタート。2020 年 7 月を目標に SAP S/4HANA(SAP on Azure)への移行を実行する予定といいます。国内のプロジェクトも取り仕切る奥山 氏はこう語ります。

「基本的には海外と同じように SAP S/4HANA への移行を行います。国内のほうがシステム的には複雑なのですが、海外プロジェクトの経験を活かして 10 カ月(海外では 14 カ月)で完了させる予定です。マイクロソフトからも海外プロジェクトと同様のサポートをいただいており、スムーズに進められています」(奥山 氏)。

国内向け基幹システムの刷新が完了したあとも、三井物産・MKI・マイクロソフトのチャレンジは続いていきます。基幹システムを Azure に移行したことで、急速な進化を続ける Azure の機能をより活用できる環境が整ったと髙木 氏。マイクロソフトが提供する膨大な機能を有効活用して、業務効率化とIT保守環境の充実を図っていきたいと語ります。

「基幹システムを Azure へ移行したことで、Azure が提供するさまざまな機能をこれまでより簡単に使えるようになると考えています。たとえば、プロジェクト開始前からデータ分析のニーズに対応するため Power BI を社内で展開していたのですが、これを期にユーザーが Power BI を活用し、より手軽に業務データにアクセス、分析、共有できる環境を整えていきたいと考えています」(髙木 氏)。

MKI の沖原氏は「Azure には数百にもおよぶサービス・機能があり、どの機能を使えば基盤を強化できるかを継続的に調査していきたいです。」と語り、同じく MKI の川井氏も「SAP on Azure はまだ発展途上で、我々も今後追加される機能を取り込んでシステムを進化させていく必要があると思います。」と、Azure の進化に対応することの重要性を強調します。

プロジェクトリーダーの奥山氏も、Azure が搭載する膨大な機能が、パブリッククラウドを活用する際の懸念を解決してくれる手応えを感じているといいます。

「基幹システムのみならず、業務システムの運用には安定稼働とセキュリティ対策が最も重要です。その点で Azure を評価して基幹システムの基盤に選択しました。これから基幹システムを Azure で安定運用することで、パブリッククラウドの安定性とセキュリティを実証的に担保することになり、他の業務システムが安心してパブリッククラウドへ移行できると考えています」(奥山 氏)。

三井物産と MKI、マイクロソフトの連携による、パブリッククラウドを活かした DX の取り組みには、今後も注視したいところです。

  • 三井物産、 MKI、マイクロソフトの連携によるパブリッククラウドを活かした DX の取り組みには、今後も注視したい

[PR]提供:日本マイクロソフト