デジタル放送や3Dテレビ、ドローンによる空撮、4K・8K放送など、TVに関する技術は目まぐるしい進化を遂げています。その進化は、映像を撮影し、電波に乗せるだけに留まりません。番組を「つくる」という作業においても、先進的なITが活躍しているのです。

札幌テレビ放送(以下、STV)が全国の放送局に先駆けて取り組み始めたのは、Microsoft Azureを基盤にした映像編集のクラウド化です。映像素材をすぐさまクラウドストレージに保存し、Azure上に構築した編集システムを活用することによって、現場にいるディレクターと本社にいるエディターが「まるで肩を並べているように」作業を行い、既存のワークフローをほとんど変えないまま番組を完成させることができました。このソリューションによって、番組制作における人員とコストの最適化が可能となったのです。

遠方取材では人員と機材の移動がネックだった

STVは、北海道を対象にしたNNN系列のテレビ放送事業者です。朝6時から夜0時までの視聴率では、1992年度から28年連続で北海道地区のトップを飾っており、全国の放送局のなかで最長を誇ります。札幌本社の他には、旭川・室蘭・函館・釧路・帯広・網走に基幹局を設置しており、九州の倍以上の面積をもつ北海道の広大なエリアをカバーしています。

その同社が数年前から関心を寄せていたのが「クラウド編集」でした。

どのようなテレビ番組でも、撮影した映像をそのまま放送することはほとんどありません。必要なシーンだけを継ぎ接ぎしたり、テロップを挿入したり、カメラを切り替えたり、ナレーションを加えたりと、様々な編集作業が加えられています。

特に、ニュースなど速報性が重要な番組では、番組制作を指揮するディレクターと映像編集を担当するエディターが、密にコミュニケーションを取りながら、素早く映像を完成させることが求められます。そのため、注目すべきイベントが遠方で開催される度に、エディターは、デスクトップPCや大型モニター、スピーカー、ストレージといった機材一式を抱えて現地に向かわなければなりませんでした。

当然、移動のコストは大幅にかさみ、その間、他の編集作業をすることもできません。予算の縮減と人材不足は、STVに限らず、日本の放送業界にとって大きな悩みとなっています。

こうした課題に対し、クラウド上に映像用ストレージと編集ツールを構築し、遠隔地から作業を可能にする「クラウド編集」が有効であると考えられたのです。

2017年、マイクロソフトは、映像編集システムの製造販売をおこなうアビッド テクノロジーとの提携を発表しました。メディア & エンターティメント業界向けの、Azureを活用したクラウド編集ソリューションの開発と、同業界におけるクラウド変革および市場の共同開拓のための戦略的なアライアンスです。

プラットフォームにAzureを選択した理由について、アビッド テクノロジー株式会社 バイスプレジデント/アジアセールス 池内 亨 氏は次のように語ります。

  • アビッド テクノロジー株式会社
    バイスプレジデント/アジアセールス
    池内 亨 氏

「様々なクラウドサービスの中で『オンプレミスとクラウドのハイブリッド利用』に最も親和性が高いのはAzureだ、という判断があったのです。番組制作におけるワークフローのすべてを今すぐクラウドに移行することは、現実的ではありません。既存の資産を残しつつ、状況に合わせてオンプレミスとクラウドを複合的に組み合わせていくには、Azureがもっとも適していると考えられました」(池内 氏)

札幌テレビ放送株式会社 技術局 制作技術部 山内 健太 氏は、2019年に米国ラスベガスで開催された国際放送機器展「NAB Show」にて、アビッド テクノロジーとマイクロソフトによるクラウド編集ソリューションに出会ったと言います。

  • 札幌テレビ放送株式会社
    技術局 制作技術部
    山内 健太 氏

「実際に触ってみて、クラウドのスペックはここまで上がっているのかと、レスポンスの早さに驚きました。すでに実用フェーズにあり『これならいける』と判断し、帰国後、札幌本社にてデモをさせていただきました。エディターや制作スタッフの評判も良く、賛同を得られたため、社内のプロジェクト化を進めることができました。そして、対象をプロ野球の沖縄キャンプ取材にさだめトライアルが始まったのです」(山内 氏)

オープン戦でクラウド編集のトライアルを実施

地元のプロ野球チームである北海道日本ハムファイターズは、毎年2月、沖縄県名護市で約1ヶ月間の春季キャンプを実施します。これにSTVは、総勢20人以上のスタッフを送り、入れ替わりながらの取材を続けてきました。

札幌から名護までの距離は2,000km以上。移動だけで丸一日かかってしまいます。本社にいながらにして編集作業ができれば、人員配置や移動のコストを含め、大きな効率化が見込めるというわけです。

クラウド編集を実現するため、まず、Azure上に、映像編集ツールのAvid Media Composerと、メディア管理用ソフトNEXIS Cloud Storage、そしてファイル転送サーバーが設置されました。

  • クラウド編集POC構成

次は現地での準備です。名護市のキャンプ場近くには、北海道の放送局が合同で設立したプレスセンターがあります。ここからディレクターが指示を出すために、プレスセンターと札幌の編集室が映像通話の回線で結ばれました。「テレビ中継」の準備ならお手のものです。

2020年2月22日 午後1時、オープン戦開始。複数のカメラで撮影したデータのディスクが名護のプレスセンターに運ばれ、さらにクラウドストレージにアップされていきます。素材量は合計で40ファイル、76GBに及びました。

順次アップロードされた素材から、Azure上のMedia Composerにアクセスすることによって、編集作業が可能になります。

試合が終わると、球場からディレクターが戻ってきました。仮編集された映像を見ながら「このシーンはもっと短く」「この後にアレを入れて」と、札幌にいるエディターに細かく指示を出していきます。

4時間の編集作業を経て映像は完成。無事、当日の夜に放送されました。AzureとMedia Composerを使用したAvidクラウドソリューションで日本初の「クラウド編集から当日オンエア」を実現したのです。

大容量データ転送に最適化されたAzureによって、編集作業がスムーズに

名護キャンプ取材におけるクラウド編集のトライアルについて、山内 氏は次のように振り返ります。

「初の試みですので、課題もみえました。例えば、ディレクターの『はい、ここで切って!』という指示が、ネット通話だと遅延してしまうのです。そのため、具体的なタイムコードでの指示に切り替えるなど、いくつかの工夫が必要でした。ブラッシュアップは必要ですが、初めての試みとしては大成功だったと思います。担当エディターは『あたかも沖縄にいるかのように編集できた』と言っており、今後のクラウド編集の展開に向けて、自信をつけることができました」(山内 氏)

制作のサポートのため、名護と札幌でそれぞれ待機していた、アビッド テクノロジー株式会社 ソリューションズ・アーキテクト ソリューションデザイン・アンド・コンサルティング 粟谷 充 氏と、ソリューションズ・スペシャリスト-ビデオ グローバル・プリセールス 西岡 崇行 氏も、滞りなくオンエアまでの作業が進んだと言います。

  • アビッド テクノロジー株式会社

    アビッド テクノロジー株式会社
    ソリューションズ・アーキテクト ソリューションデザイン・アンド・コンサルティング
    粟谷 充 氏

  • アビッド テクノロジー株式会社

    アビッド テクノロジー株式会社
    ソリューションズ・スペシャリスト-ビデオ グローバル・プリセールス
    西岡 崇行 氏

「名護での事前準備はあっという間でした。ネットワークさえ繋がっていればすぐに利用可能なソリューションだということを、改めて実感できる機会となりました」(粟谷 氏)

「普段は他の編集システムを利用されているエディターの方に、事前に私が Media Composer のトレーニングを行いました。わずか数日で操作に慣れていただくことができ、当日はほとんど何もせず待機しているような状態でした。『エディターがどこにいても映像制作ができる』、『普段は他の編集システムを利用されていても、すぐにキャッチアップいただける』という良い事例になったと思います」(西岡 氏)

また、クラウド編集基盤としてのAzureについて、山内 氏はこう評価します。

“今回、Azureを利用して驚いたのが『通信速度の早さ』でした。プレスセンターのネットワークは従来と同じ一般的な公衆回線だったのですが、映像素材の転送速度が500Mbpsと、これまでの10倍以上もの早さになったのです。自社サーバーと比較すると、巨大なファイルの書き込みにも最適化しているAzureの優位性を痛感する結果となりました。コストパフォーマンスも年々良くなっており、クラウドソリューションの普及拡大を確信しました。”
――山内 健太 氏
札幌テレビ放送株式会社 技術局 制作技術部

テレビ番組制作のさらなる進化へ

今回のプロジェクトには、北海道内や系列局だけでなく、他県・他系列局から問い合わせがあると山内 氏は言います。

「みんな『導入したいけれど、どうすれば良いか分からない』という状況だったのだと思います。そんな中、ほとんど既存のワークフローを変えることなくクラウド編集を実現できた今回の取り組みは、業界にとって良い事例を示すことができました。これからは、大規模なイベントや突発的な海外取材などにも活かしていけるでしょうし、ゆくゆくは、系列局同士が映像素材をクラウド上で共有し編集できる、といった流れになっていくと思います」(山内 氏)

また、アビッドの池内 氏は、先進技術によるさらなる進化を展望します。

“今後はAzure Cognitive ServicesなどのAIを活用していくことによって、映像のメタデータ管理の自動化に焦点が当てられていくと思います。今は『インタビューに誰が答えている』とか『バッターボックスに誰が入っている』といった情報を人が入力して管理しているのですが、これが自動化されれば、アーカイブ映像がさらに使いやすくなっていくことでしょう”
――池内 亨 氏
アビッド テクノロジー株式会社 バイスプレジデント/アジアセールス

あらかじめ大容量のストレージや高性能の編集用デバイスを用意しなくても、必要な時に必要なだけAzure上に構築可能なシステムを利用することによって、どこからでも映像編集が可能となる。そして、たった数日間のトレーニングでそのシステムの利用方法を習得し、本番の番組制作に臨むことができる。STVは名護キャンプ取材を通じて、テレビ番組制作現場における変革の可能性、そしてテレビ局の未来の姿を見せてくれました。同社は今後も「北海道のコンテンツメーカー」として、地域の魅力を発信していくことでしょう。

  • Azureによってテレビ番組の「クラウド編集」が可能
  • Azureによってテレビ番組の「クラウド編集」が可能

[PR]提供:日本マイクロソフト