再生医療や遺伝子治療、ロボット支援手術など、医療技術はめまぐるしい進歩を遂げています。損傷した臓器を自己再生させたり、DNA を導入して細胞の欠陥を修復したり、身体を切り開かず小さな穴からロボット アームを通して患部を切除したりと、これまで考えられなかったような治療が可能となっているのです。
医師になるためには難関試験に合格する必要がありますが、実は、医師になってからも、最先端の技法を身に付けるために学習は欠かせません。それぞれの分野の第一人者となるべく、医師という「職人」は多忙な中でもスキル アップの方法を求めています。
こうした状況下で、医師のためのまったく新しい学習コンテンツの提供を開始したのが株式会社OPE×PARK (オペパーク) です。同社は、手術中の執刀医の思考まで含めた「手術の全容」を、「 Microsoft Azure 」 を基盤に配信することによって、世界中の医療レベルの向上に貢献しているのです。
OPeLiNK によって、手術に関する各データが統合可能に
OPE×PARK は、デンソーとベンチャーキャピタルである Beyond Next Ventures の共同出資によって、2019 年 6 月 21 日に設立されました。その発端は、デンソーが手術用機器の統合プラットフォーム「 OPeLiNK 」を開発したことに始まります。
手術室では、生態情報モニターや麻酔器、手術顕微鏡、神経機能検査装置など、さまざまな医療機器が使われていますが、ひとつひとつの規格が異なるために、それぞれのデータを同期できていませんでした。すべての情報を確認するには、そのたびに手術室内を見渡す必要があります。また、過去の記録を探すときは、 A の機器にアクセスしてコピーを取り、次は B の機器にアクセスをする、というフローをとらなければならなかったのです。
自動車部品メーカーである株式会社デンソーは、もともと工場で複数の加工機械やロボット、センサーからデータを収集し、統合管理するミドル ウェアを持っています。この技術を医療分野に応用することで OPeLiNK は生まれました。OPE×PARK は、デンソーにとっては専門外である医療分野で OPeLiNK をいち早く展開するために、カーブ アウト ベンチャーとして設立されたのです。
2019 年 11 月現在、OPeLiNK は東京女子医科大学、信州大学、広島大学の大学病院で、脳外科に導入されています。室内に設置された 70 インチのモニターによって、チーム全員が情報を共有しながら手術できるようになりました。
脳の手術はときに 12 時間以上かかることもあり、複数人が交代する必要がありますが、OPeLiNK を使うことで、これまでの経緯を確認することも容易になりました。また、手術中のデータは遠隔地からもリアル タイムで確認できるので、他病院の専門家からアドバイスを受け取ることもできます。
本人も医師である、OPE×PARK 代表取締役社長 & CEO 医師 本田 泰教 氏は、OPeLiNK で得られた情報を教育コンテンツとして、提供する意義をこう話します。
「患部を切り取ったり縫合している『術野』を録画したビデオなら多く出回っているのですが、これだけでは手術を学ぶためには不十分でした。今の患者の状態はどうか。医師は道具をどう持っているのか。なぜこの瞬間で処置をしたのか。といった情報が欠けているのです。本当は現場で手術を見ることがなによりも勉強になるのですが、いつも立ち会えるわけではありません。OPeLiNK はリアル タイムで変化する手術室内の各種データを統合しますので、その記録から学ぶことによって、ライブに近い学びを得ることができるようになるのです」(本田 氏)。
OPeLiNK には、手術中の判断をコメントとして残す機能もあります。人間の身体はひとりひとり異なっており、すべての症例を教科書化することは困難です。「なぜこの時こういう判断をしたのか。」というログを残すことは、ベテラン医師の経験を共有する上で、最も重要でした。それまでは、「弟子」としてつきっきりでなければ会得できなかったナレッジが、共有知化できるようになったのです。
Azure Media Services を活用し、脳外科医向け教育コンテンツを開発
医療は情報の取り扱いに極めてシビアな分野です。病院のセキュリティは厳しく、システムの多くはオン プレミスで稼働しています。そのため、手術の知見も、同じ病院の中でしか共有できていないという課題がありました。
そこで OPE×PARK は「個人情報を完全に消去し、教育に必要な情報を集約した上で、世界中に配信できるサービス。」を構想します。一回の手術で OPeLiNK が取得するデータ量は約 120 GB。このデータを匿名化し、Web 上で配信するプラット フォームとして選ばれたのが、Microsoft Azure でした。
Microsoft Azure の利用については「出会い」が大きかったと、OPE×PARK マネージャー 山北 博士 氏 は振り返ります。
「2018 年に Beyond Next Ventures 主催の『 BRAVE 』というイベントが開催されました。いろいろなアイデアを持ち寄るピッチ大会なのですが、このときプレゼンした『 OPeLiNK によるコンテンツ配信事業』が、Microsoft 賞を受賞できたのです。その後、実際の事業化に関しても、たとえば Azure でどのように構想を実現するかといった、具体的な支援をいただくことができました」(山北 氏)。
「手術記録の配信」という実現したいことが、明確だったために、Azure の PaaS を組み合わせながら、OPeLiNK によるコンテンツ配信の開発は早期に進められました。
医療機関から受け取った手術データと映像は、あらゆる非構造化データをスケーラブルに収集できる「 Azure Blob Storage 」に格納し、高解像度の動画プラット フォームである「 Azure Media Services 」を用いて配信します。データを格納したら自動的に配信するようなバッチ処理が組み込まれているため、工数をかけずにストリーミング配信することが可能となっています。
現在、脳外科の会員限定で同コンテンツは無償公開されています。Web サイトからログ インし、過去の症例から選び、クリックするだけで、数時間に及ぶ術野の映像と各種モニタリング情報、そして執刀医のコメントを視聴することができるのです。
わずか半年でリリースし、世界の医師達の心を掴む
クラウドでの開発は、初めてだったにも関わらず、Microsoft Azure によって早期に開発することができたと山北氏は言います。
「実は、WFNS ( World Federation of Neurosurgical Societies :世界脳神経外科学会連盟)の会合が 2019 年 9 月に開催されることが決まっており、開発はそれまでに間に合わせなければなりませんでした。もし、オンプレミスの開発のように、ハード ウェアの選定・調達からやっていたのでは、とても間に合わせることはできなかったでしょう。実際には、わずか 2 か月で脳外科医に触ってもらう PoC (概念実証)まで到達しています。そこからどんな機能がほしいかヒアリングをして、本格的に仕様を決め、デザインを固めていったのですが、トータル半年ほどでリリースすることができました」(山北 氏)。
こうした早期開発の実現については、マイクロソフトの支援も大きかったと山北氏は続けます。
「システムの実装に関しては、マイクロソフトから紹介いただいた、開発会社に依頼しました。もちろん、別の会社にも話を聞いたのですが、動きや理解でも優れていて、『こういう形ならば実現できます』と提案してくれたところは他には無かったのです。その後も、マイクロソフトからは技術的な支援をたびたび受けることができました」(山北 氏)。
WFNS の学会は四年に一度しかありません。早期開発により、チャンスを逃さず、世界各国から訪れる医師達にアピールすることができました。出展は大いに手応えがあったと、本田氏は語ります。
「ブースに立ち寄ったドクターのほぼ全員が会員登録してくださいました。特にアジア諸国の反応が凄かったです。医療が発展しつつある地域の医師は、教育について飢えているのだと強く感じました。たとえば、インドネシアでは、脳疾患の症例は増えているものの、脳外科医が少ないため、一人で一日 10 件の手術をすることもあるそうです。これまでは、高度な技術を学ぶためには時間をかけて、留学しなければなりませんでしたが、OPeLiNK によるコンテンツ配信でそれがカバーできると、みなさん興味津々でした」(本田 氏)。
手術データの蓄積により、さらに高度なサービスの実現へ
OPeLiNK によるコンテンツ配信は、早くも世界中の脳外科医の関心を掴みました。現在は症例の映像を随時追加するとともに、手術中に音声をマイクに吹き込むことで、コメントをテキスト化して残せるような、システムを改修しています。
「まずは脳外科医の領域において『 OPE×PARK を使って学ぶことが当たり前』という世界を目指します。」と、本田氏は今後の展望を語る。
「医師とは『職人』です。貪欲に学んで、技術を身に付けて、その分野の第一人者になりたいと、誰もが考えています。しかし従来は、自分が勤める病院以外のナレッジを学ぶことが困難でした。OPeLiNK によるコンテンツ配信によって、そのハードルを飛び越えていき、やがては、世界中の医師のプラット フォームになりたいと考えています」(本田 氏)。
また、山北氏は、OPeLiNK によって統合・蓄積されたデータを活用していくことも視野に入れています。
「手術データが貯まっていけば、今度はそれをどう料理するかということを考えていけるようになります。たとえば、AI が手術ビッグ データに学ぶことで、手術中のアシストができたり、ロボットによる自動手術が可能になるでしょう。マイクロソフトには、ビッグ データを容易に扱えて、やりたいことが実現できるようなテクノロジーを今後も提供していただきたいと思います」(山北 氏)。
複雑な人間の脳を処置するためには、精密な手術の技だけでなく、複数の高度な情報を統合し、判断していく必要があります。Microsoft Azure を基盤にした OPeLiNK のコンテンツ配信事業によって、医師達はこれまでにない学習機会を得ることができるようになりました。こうした OPE×PARK の取組みは、世界中の医療を向上させ、より健康的な社会をもたらしてくれることでしょう。
[PR]提供:日本マイクロソフト