リアルタイムコンピュータグラフィックス技術に関する事業を展開するシリコンスタジオ。ゲーム・エンターテインメント業界をはじめ、自動車、建築、製造など、さまざまな業界向けにリアルタイム3DCG技術を提供している。そんな同社を2018年から率いているのが梶谷 眞一郎 氏。スクウェア(現:スクウェア・エニックス)の15番目の社員として、黎明期から日本のゲーム業界を知る人物だ。同氏のキャリアを振り返りつつ、シリコンスタジオの仕事と働き方について、リモート技術をはじめとするテクノロジーの活用にも触れながら、話を伺っていきたい。
日本のゲーム制作を支えるシリコンスタジオ
シリコンスタジオといえば、CG業界の方ならば一度はその名を耳にしたことがあるだろう。日本SGIの関連会社として設立され、コンピュータグラフィックス技術に関する事業を展開。ゲーム業界向けの開発支援やミドルウェアを業務の中心とし、その技術力でゲームやアニメ、映画の映像制作を支えている。
また、最近のアニメ制作では非常に繊細で美しいコンピュータグラフィックスが多用されている。こういったCGのレンダリングには膨大なコンピューターリソースを必要とするが、シリコンスタジオはクラウド、オンプレをシームレスにつなぐ仕組みを設計・構築しそのリソースを効率的に扱うノウハウも提供している。
大手ゼネコンからスクウェアへ、昭和の会社とダイバーシティ
現在のシリコンスタジオは、エンジニアのエリート揃いだ。だが梶谷氏は「自分はそういう人たちとは全然違っています」と語り始める。同氏がシリコンスタジオに入社したのは2011年のこと。スクウェアに入社する以前は一部上場の大手ゼネコンに勤めていたという。
「そこで最初に習ったのが、“勘に経験、度胸にハッタリ”でした。『この4つができれば世の中を渡っていけるぞ』というわけで、いまのシリコンスタジオとは真逆といってもいいですね。先輩・後輩関係がはっきりしていて、朝まで酒を飲んでいても、先にきて掃除していればOKと評価されるような社風でした。その3年後に学生時代の知り合いに誘われて、そのころまだPCゲームを作っていたスクウェアに入社しました」(梶谷氏)
梶谷氏はゲームに将来性を見出したつもりで転職したが、当時のスクウェアには、「新しい遊びであるゲームを作るのが楽しい」という人たちが集まっていたという。
「スクウェアで働いている間に多分3,000人以上と面接しましたが、『“一つでも才能がある”人を採ろう』という方針で臨んでいました。そういう人たちを集めれば『ファイナルファンタジー』も作れましたし、それで会社も大きくなりました。『エリートではなく、たとえ雑草であっても、一芸を集めてみんなで頑張れば何かができるんだ!』というのが自分の原体験です」(梶谷氏)
梶谷氏は「若いうちに昭和の会社とダイバーシティ、両方を見ることができた」とその経験を振り返る。多少欠けたところや社会的に受け入れられにくいところがあっても、いろいろな人間が自分のできることで会社に貢献すれば、良いものができる。だからこそ梶谷氏自身にはエリート志向がないという。
「ゼネコン時代に経験したような人間的な部分は、いざというときに力になるんじゃないかと思っています。型にはまって休まず遅れずみたいなのが私は大嫌いなので、『やることをやっていればある程度の自由は許した方が良いんじゃない?』と性善説で考えている方ですね」(梶谷氏)
エンジニアファーストの自由な働き方
シリコンスタジオは、そんな梶谷氏の考え方が反映され、非常に自由な働き方を実現している。2018年ごろからリモートワークを導入し、2022年までに経理システムなどを除く多くの環境がクラウド化されており、現在はほとんどの業務が自宅から行えるようになっている。“サーバーにつながりさえすればどこでも仕事ができる”環境を実現した背景には、古くからGAFAM(※1)と仕事をしていた関係から、リモート環境の整備が求められていたという理由はあったにせよ、日々のやり取りのなかで整備が進んでいったということもあるという。
「私自身、規定をつくることはあまり得意ではありません。でも、ニュースなどを見て『この働き方がうらやましい』と思ったら、総務部長に『こういう働き方ができるようにしてよ』と話して実現していくやり方です。そうこうしているうちにエンジニアのなかから『もう会社に行きたくない』と言い出す者も現れましてね。あとコロナの影響もあって、うちのシステムの人たちがいろいろ協力し合った結果、家から働けるようなシステムを組み上げてくれました。もちろん、リモート技術の活用もその一つです」(梶谷氏)
こういった社風の実現には、同社の業務も関係している。ゼロからゲームを制作するのであればプログラマー、プランナー、グラフィックデザイナーが集まって「こうしよう、ああしよう」と話し合うことが重要となる。だがシリコンスタジオは顧客のもとで仕事をしているわけではなく、本業はエンジニアリング。仕事の本質は仕様書の内容を再現するところにあり、それを考えれば働く場所に制限はない。
現在はまだ社員全員の席が残されているものの、今後はPCをまとめてラックに収納し、会社に来たらターミナルからPCにアクセスする形態も検討しているそうだ。それでも、一部の部署や関連会社においては、オフィスへの出社がまだ必要なシーンがあり、こういった場面においてもリモートで業務ができないか……、と梶谷氏は考えているという。
マネージャーとの対話を深め、適材適所の実現を目指す
エンジニアにとっては理想的とも言える働き方を実現したシリコンスタジオ。「仕事さえちゃんとやっていれば、ある程度自由にさせても良いかな」というのが梶谷氏の基本的な考え方だ。しかし、一方で最近はデメリットも見えてきているという。
「雑談が減ってちょっと困っています。雑談って、新しい製品を作るためのアイデアになったり、お互いの気持ちの"のりしろ”みたいな部分だったりするんですよ。部署によっては週1回、月1回は全員集まろうとかしているようですけれども、今後の開発の方向性を考えるうえでもう少し会社に来てほしいとは思っています」(梶谷氏)
またZ世代が入社してくるようになり、世代の変化も感じていると話す。これまでは、石の上にも3年とまではいかないが、10~20年前は気に入らない仕事でも1年は我慢する人が多かった。しかしZ世代は従来よりも見切りが早い傾向があるという。
「以前は新入社員に仕事を任せられるまで1年ほどかかっていたところ、Z世代は4~5カ月でモノになります。学びが速いのか、教育が実践的になっているのかは分かりませんが、すぐに外の仕事ができるようになる人が半分以上いるんです。でも『自分の思った仕事じゃない』と感じると1年も経たずにやめてしまう。1つの仕事は大体3カ月~半年で終わるのですが、そこまで待たずに『次を決めたのでやめます』という人が最近増えているというデータがあります。人材育成の観点で、いまリテンション(※2)は非常に重要なテーマだと思っています」
梶谷氏は年に1度は、エンジニア全員とテレビ会議システムで面談を行っている。だが最近は「全員との面談は難しくなってきた」と感じているそうだ。いくら直接面談しても、1エンジニアの立場で社長に“モノ”は言いにくい。だからこそマネージャーの層を厚くし、声を拾い上げていくことで、リテンションを高めていきたいとのことだ。
「うちは技術力のある人間から順に上がっていくという面があるのですが、完璧な人間は当然いないわけです。一応、私がまだ社長ではなかったときにキャリアデベロップメントプログラムみたいなものを入れたのですが、企画力があってもリーダーシップがない、成績は上げられるけど部下は育てられないというお山の大将がどうしても現れてしまう。適材適所を実現できてない部署があって、『マネージャーとあまり話をしていなかったな』とちょっと反省しています」(梶谷氏)
こういった背景から、梶谷氏はチームにいる人たちのステータスがわかるような新しいコミュニケーションツールを望んでいるという。
「いまでもSlackで質問して『余裕ができたら返事をください』ということはできるのですが、チャットで2時間後に返ってきても『じゃ、いいです』となってしまいますよね。あまり本人の状況を管理するようなかたちにならずに、リアルタイムに『声をかけて大丈夫なんだ』とわかるようなものが望ましいです。AIが状況を判断してくれるようになったり、リモートの技術がもっと進歩したりすることで、コミュニケーションが活性化されるといいですよね」(梶谷氏)
一人ひとりの個性を尊重し、その働き方に対し柔軟な姿勢を貫く梶谷氏。最後に、CGの仕事を志す人たちに向けてメッセージをいただいたので、ご紹介しておこう。
「人間、やはり歳を取ると『親の介護のために田舎に帰らなければならない』など、さまざまな事情が生まれてきます。そんな場合でも、当社はフルリモートで働けます。時短や産休・育休も男女関係なく取れるようになっています。『田植えの時期なので夜だけ働きます』とか『収穫時期なので週3勤務にします』でも構いません。もちろん、“やることはやる”が大前提ですが、これからも一人ひとりの個性とスキルを尊重して、環境や制度を整えていきますので、ぜひ当社に興味を持ってもらえればと思っています」(梶谷氏)
(※1)IT業界を代表する5社(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)の頭文字を取った略称。ビッグ・テック、テック・ジャイアンツ、ビッグ・ファイブとも称されることがある。
(※2)「保持」「維持」を表す英単語。人事においては「人材の確保」という意味で使われる。
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