庵野秀明監督が代表取締役を務め、『エヴァンゲリオン』シリーズや『シン・ウルトラマン』などのアニメ・CG制作で知られる映像企画制作会社の株式会社カラー。クリエイターの働き方を変えるとともに、それを支える安定的なシステム運用と、膨大な量に上るデータの機密性確保が重要なテーマとなっていた同社では、あるツールを導入してこれらの課題を解決した。今回は同社で情報システム部門を担当する鈴木慎之介氏と、3DCG制作現場で制作作業だけでなく、ディレクションやマネジメントも担う小林浩康氏に、同社で進む映像制作におけるリモート化と、今後のリモート技術の可能性について話を聞いた。
多様な働き方の実現に向けた制作現場ならではの課題
庵野監督の次回発表作の制作で、いまカラーの現場は“てんやわんや”の状況だ。カラーでは以前、CG制作の基盤となるインフラやネットワーク、データ管理などデジタルの部分がそれほど強くなかったことから、小林氏が鈴木氏に声をかけた。
鈴木氏はドワンゴに2000年に入社し、エンジニアのキャリアを積みながら「ニコニコ動画」をはじめとする新規事業の立ち上げに関わってきた。小林氏の誘いを受けてカラーに参加した鈴木氏は、制作現場のデジタル化も含め、サーバーやネットワーク、システムなどの強化に取り組む。「仕組みをデジタルで作ることによって、反復作業を簡略化・機械化するようなところにも力を入れてきました」と鈴木氏は語る。
鈴木氏は、「誰かのためにいいものを作る」という考え方をずっと以前から抱き続けてきたという。「ニコニコ動画であれば“誰かのため”はユーザーのためでした。カラーにきてからは、クリエイターが気持ちよく作業できる環境づくりを一番に考え、仕事に臨んでいます」と力を込める。一方、小林氏はまさにそのクリエイターの立場だが、「僕も自分のためというより、映画作りにはさまざまな立場の人が大勢関わるので、その大きなプロジェクトの中でそれぞれが能力を最大限発揮でき、かつ仕事のクオリティが上がるようにと考えて動いています」と話す。
では、カラーの映像制作現場においてクリエイターがより仕事をしやすく、かつ高いレベルの成果を出していくために、課題となっていたことは何なのだろうか。他の業界・業種と同じく、多様な働き方の実現はやはり大きなテーマだ。しかしながらそう一筋縄にいかない事情もある。
「いつどこでも働ける環境をリモートワークで実現するのは、当社のような映像制作現場では難しいところがあります。最大の障壁はデータの機密保持。公開前の作品を取り扱っているため、データセキュリティにはとくに慎重になっています。当然、作成中のCGをはじめ機密情報の社外持ち出しは禁止していますが、そうなると今度は、クリエイターが会社以外で作業をすることが実質的に無理になってしまいます」(鈴木氏)
小林氏は制作現場の意見として、上記のデータの問題に加え、もう一つ異なる視点からもクリエイターのリモートワークにかつては懐疑的だったと振り返る。
「アニメ作りはみんなで集まり、絵を描きながら話デザインを詰めていくのが当たり前でしたし、そのほうが情報の解像度も上がると思っています。そもそもこういった制作現場はお祭りみたいな雰囲気もありますから、その場であれこれやり合いながら作り上げていくのが当然だったのです。しかし世の中では多様な働き方が求められていますし、それにもできるだけ応えたい。そのタイミングでコロナ禍が発生したので、すぐにでもリモートワークに移行しなければという状況になりました」(小林氏)
リモートデスクトップツールでファイルサイズとデータ機密の問題を解決
同社でリモートデスクトップツールを導入したのは、最初の緊急事態宣言が明けた直後の2020年6月のこと。宣言は解除されたものの、感染症の流行はむしろそこから本格化してきた時期だ。
「『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の制作がまさに佳境に入っていました。その中で、出社比率を下げなければいけない、とはいっても制作の手は止められないということで、情シス部門を中心にリモートワークを可能とするシステムを検討し、現場の小林と相談しながら導入を進めたのです」(鈴木氏)
このタイミングで採用したのが、スプラッシュトップのリモートデスクトップソリューション「Splashtop」である。それ以前から社内でチャットツールは使っていたものの、作業自体は出社して行う状況であり、あくまでコミュニケーションツールにとどまっていた。それがリモートデスクトップツールを導入したことで、「本当に大きな変革になりました」と小林氏は評価する。
Splashtopは、離れた場所にあるパソコンの画面を高速・高品質に転送し、転送先のパソコンやタブレット、スマートフォンなどの端末から転送元のパソコンを操作できるツールだ。専用サーバーやVPNの仕組みは不要で、シンプルかつ低コストにリモート環境を実現できるのが最大のポイントといえる。転送するのはファイルではなく表示画面であるため、大容量データの転送でネットワークトラフィックに多大な負荷をかける心配はなく、加えて転送先端末にはファイルが保存されないのでセキュリティ面でも安心だ。
「リモートというとVPN型で社内ネットワークにログインし、ファイルサーバーにアクセスしてローカルPCからVPN越しにファイルを読み書きするのがオーソドックスですが、当社のような映像制作現場では扱うファイルサイズが何十テラバイト、ヘタをするとペタバイト級になるため、回線がパンクしてしまいます。その点、画像転送でリモートワークを実現できるSplashtopなら、トラフィック負荷の問題は解消できますし、機密情報が漏洩するリスクも防げます」(鈴木氏)
Splashtopの導入自体については特段の苦労もなかったと鈴木氏。ただ、画面転送によってリモートワークを行うという感覚がスタッフになかったため、その仕組みを説明し、理解してもらうところにはややハードルがあったと振り返る。とはいえ、スタッフたちも理解すればすぐに使い始めたそうだ。
「自宅でも会社にいるときと同じ画面を見て、同じ仕事をできることがいいという声を聞きました」(鈴木氏)
現場で使う側の小林氏は、Splashtopの導入によってクリエイターのリモートワークに必須の条件は満たされたと話す。
「制作としては佳境に入った大変な時期でしたが、Splashtopでシステムが整備されたことで、出社しなくても作業ができるようになったのは本当にありがたいことでした」
その必須条件とは「どこにいても会社と同じことができること。これに尽きますね」と小林氏。「僕もこの業界は長いですが、別の場所で作業するとなるとファイルサイズが巨大なのでデータ移動がとにかく大変で、ハードディスクを抱えていくか、バイク便で届けるなど、常に物理的な問題がありました。Splashtopなら会社のサーバーにある膨大なデータにも直接、しかもストレスなくアクセスできるわけで、これは本当にすごいことです」と効果を語る。
リモートワーク3.0を視野にクリエイターの未来を展望する
もはや同社ではリモートワーク環境があるのが当たり前。小林氏がリモートでの打ち合わせに疑問を感じていたことは前述したが、いまはWeb会議ツールを使って何の問題もなく行えているようで、Splashtopに限らずリモートツールが浸透している様子がうかがえる。 しかも、リモートツールがあるから必ずリモートワークをするという極論ではなく、会社に出てきて仕事をしたい人は当然出社も選べる。「その日になすべき仕事と自分の予定を見ながら、働き方を選べるようにもなっています。以前は想像もできなかった世界です」(小林氏)。まさに多様な働き方にスタッフみんながすぐ慣れたことを、小林氏も鈴木氏も実感しているとのことだ。
鈴木氏は、情シス部門の立場からSplashtopには別の期待もかけていたという。
「完全に情シス側の都合ですが、会社と同じハイスペックのパソコンを購入して一台一台セットアップし、梱包してクリエイターの自宅に送るのはかなり苦労する作業でした。ならば、家には簡単なノートパソコンとディスプレイを送り、会社のパソコンで処理した画面をSplashtopで転送して作業してもらうほうが、情シス部門としてのコストも驚くほど下がります」(鈴木氏)
そのほか、SplashtopとVDIを組み合わせ、VDIにもリモートで外からアクセスできるようにするという珍しい活用方法も取り入れている。これもパソコンのキッティングコスト削減に大きな効果があると鈴木氏は言う。
クリエイターが求める必須条件を達成し、多様な働き方も実現したことで、クリエイターがより仕事をしやすい環境の整備はどの程度進んだかと尋ねると、鈴木氏は「わかりませんね(笑)。100%に近づいたと思った瞬間にまた新しい課題が出てきて、それを新しいツールで改良していくという、山登りのような取り組みだと考えていますから」と、この取り組みには終わりがないと語る。
これを受けて小林氏も「いまもリモートのフェーズはどんどん上がっていっていると感じます。よくある言い方で表現するなら、リモートワークを導入した時点はいわゆる2.0的な感覚で、すでに次の場所に向かい始め、鈴木はその先の3.0を目指して動き出している印象もあります」と語った。
ところで、そもそも映像制作現場でリモートワークを導入する意義としては何が考えられるのか。働く時間や場所を自分でコントロールできることに加えて、小林氏は「世界中にいるクリエイターとの協業」を、鈴木氏は「自由にできる時間でさまざまなものに触れ、経験し、それが巡り巡って作品制作に活かされるようになれば、また違うステージに進む」可能性があることを指摘する。
最後に鈴木氏は「よく野球のバットに例えるんです」と前置きし、次のような話をしてくれた。
「クリエイターがある処理を1週間に1回しかできないとなったら、その処理で何かを作り出すリードタイムは1週間と決まってしまいます。つまり、週に1回しかバットを振れないということ。でもその仕事が1時間で済めば、バットを振る回数も劇的に増え、それだけ数多く試行できるので、クリエイティブのレベルも上がっていくという仮説が僕の中にあります。その処理の負担をデジタル化で下げるところに、これからも引き続き取り組んでいきたいですね」
これに対して小林氏は、次のように“夢”を語った。
「クリエイターにどのような未来がきて、何ができるようになるのか、まだ想像はできないですが、テクノロジーに対する期待感はあります。それによって変化する映像制作のその先をぜひ見てみたいです」
関連情報
株式会社カラーに関する最新情報は、同社HPよりご確認ください。
https://www.khara.co.jp/
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