急速に変化する顧客ニーズと競争環境の中、「顧客離脱」は企業にとって避けて通れない課題となっている。いったいどうすれば、黙って去って行くサイレントカスタマーの声を察知し、離脱を防ぐことができるのだろうか?

本稿では、『こうして顧客は去っていく: サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』の著者である国学院大学教授の宮下雄治氏と、Tealium Japan カントリーマネージャーの安部知雄氏による対談を通じて、顧客体験を競う時代の最前線で役立つ実践ノウハウを紹介する。

対談者について

  • (写真)宮下雄治氏と安部知雄氏

・(右)国学院大学 経済学部 経営学科 教授 宮下雄治氏
國學院大學経済学部教授。主な研究領域は、リテンションマーケティングとデジタルを活用したマーケティング。国内大手広告会社にて消費財メーカーのプロモーションの立案に従事した後、流通のシンクタンクにて小売業のCRM業務とプロモーションの効果測定に携わる。その後、城西国際大学を経て現職。現在は、流通・サービス業を中心にリテンションマーケティングにおけるCRM戦略をはじめ、サブスクリプションや店舗DX等のマーケティング支援や研修活動に携わっている。

・(左)Tealium Japan株式会社 カントリーマネージャー 安部知雄氏
Tealium Japan カントリーマネージャー。国内大手鉄鋼メーカーでの輸出営業を経て、クリックテック・ジャパンの立ち上げ、Dell、サイトコアなどグローバル企業で要職を歴任。2022年12月にティーリアムへシニアマーケティングディレクターとして入社。2024年8月にマーケティングとパートナーシップの担当シニアディレクターを経て、同年カントリーマネージャーに就任。デジタルマーケティングソリューション分野での豊富な経験を活かし、日本市場での事業拡大を推進している。

顧客離脱時代の到来…?そのメカニズムとは

安部氏:宮下先生は今年、『こうして顧客は去っていく: サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング(※1)』という刺激的なタイトルの書籍を出版され、大きな反響を集めていらっしゃいます。

私たちTealiumの「リアルタイムCDP(※2)」も、多くの企業で顧客離脱の防止を含むさまざまなシーンにご活用頂いていることから、ぜひお話しを伺いたいと思っておりました。

(※1)リテンションマーケティング:顧客との関係を維持・強化し、継続的な利用や再購入を促すマーケティング手法

(※2)リアルタイムCDP(Customer Data Platform):顧客データをリアルタイムで収集・分析の上、顧客のプロファイルをリッチ化し、即時に必要とされるツールに鮮度と精度の高いデータを供給するプラットフォーム

宮下氏:ありがとうございます。大変光栄です。私は、企業による不正や不祥事が相次ぐ今日において、なぜ企業は顧客に不利益をもたらす不正なビジネス行為に走るのか、なぜ一度獲得したお客様をないがしろにしているのか、という点に問題意識を持ち、今いる顧客を大切にするリテンションマーケティングと顧客離脱のメカニズムを研究してきました。その成果がこの著書です。

昨今の買い手は「コスパ」「タイパ」を非常に重視するとともに、「商品・サービス選びに失敗したくない」というリスク回避志向を強めています。このような観点から、企業を選別する動きが強まっていることを実感します。高い知名度とブランド力を背景に、盤石な顧客基盤を築いてきた企業ですら、顧客維持が困難になってきています。

では、どうすれば顧客離脱に待ったをかけられるのか。複数の要因を分析・理解し、対策を講じる方法をまとめました。

  • (写真)國學院大学 経済学部 経営学科 教授 宮下雄治氏

    国学院大学 経済学部 教授 宮下雄治氏

安部氏:どんなに新規顧客を獲得しても、顧客が流出する『バケツの穴』を塞がない限り、収益の安定は望めません」というメッセージには、多くの経営者・マーケターがハッとさせられますね。

実際に企業から本のまとめ買いのオーダーも来ていると伺っていますが、大きな反響を呼んだ理由については、どう分析されていますか?

宮下氏:書店のマーケティングコーナーにはたくさんの本がありますが、そのほとんどが新規顧客の獲得や最新テクノロジーを使った手法を解説しています。そのような中で、「顧客の離脱」というこれまでさほど光が当てられてこなかったテーマが珍しかったことと、そうした局面に問題を抱えている企業が増えていることが理由だと思います。

安部氏:私も一消費者として、自動車ディーラーの対応からWebサービスのUIまで、「自分が離脱する瞬間」を常に意識してきました。宮下先生のおっしゃる通り、こちらの事情を無視したコミュニケーションをされると、昔ならブランドロイヤリティで維持できていた繋がりも、簡単に乗り換えてしまうことが多いと感じます。すべての人が感じていることでしょうけど、2020年からは一気に加速しましたね。

宮下氏:その傾向はどの業界でも強まっています。リテンションマーケティングにおいては、顧客離脱そのものが問題ではなく、「顧客が去っている本当の理由」を突きとめて、それを取り除くことができるか否かが重要であり、離脱顧客も含めた顧客理解がマーケティング成果を大きく規定することになります。最近のある海外の調査によると、離脱者の8割が「顧客体験の悪さ」を理由に離脱していることがわかりました。特に近年では、消費財・産業財を問わず、グローバル市場で鍛えられたサービスに触れる機会が増え、ユーザーの目が肥えてきています。

そのため、「自分の好みを理解し、魅力的な経験を提供してほしい」という期待が高まっており、企業にとっては高い水準で顧客満足を維持することが難しくなっています。

さらに、「体験」が重視される時代において、レピュテーションリスク(※3)も増大しています。たとえ自分が直接体験していなくても、他人のレビューを通じて疑似体験し、それが購入の意思決定に影響を与えることもあれば、悪評が広がることもあります。

(※3)レピュテーションリスク:ネガティブな情報が拡がることによる損失リスク

安部氏:たしかに、近頃は少しでも問題があると、大きな話題になりますね。

宮下氏:「悪事千里を走る」という言葉がありますが、刺激的な情報ほど目に留まりやすく、拡散されやすい傾向にありますので、レピュテーションリスクを深刻な問題ととらえ、対策を強化せねばなりません。

「バケツの穴」を塞ぐリアルタイムCDPの力

宮下氏:先日開催されたTealiumのイベント「Digital Velocity Tokyo 2024」に参加したのですが、ザ・リッツ・カールトン東京の会場は満員で、ものすごい熱気に包まれていたのが印象的でした。

TealiumのリアルタイムCDPは、顧客のアクションを瞬時に把握し、不満を感じて離れてしまう顧客の「声なき声」を察知して事前にアプローチすることができる。そんな導入事例を聞いて、マーケティングが新しい局面を迎えていることを実感しました。信頼度の高いデータに基づいた、リアルタイムにAIを活用した顧客体験を競う時代が到来していることを痛感しました。

安部氏:嬉しいお言葉です。「リアルタイム顧客データによるアプローチ」というと、超巨大なデータ基盤が必要なのでは……と思われるかもしれませんが、むしろ私たちはアクティベーションまでのプロセスを高速化し、ITをスリム化する仕組みを提供しています。

Tealiumは、大規模な行動データやトランザクションデータをリアルタイムで取り込み、複雑なバッチ処理やデータ加工を簡素化します。これにより、データ準備期間を短縮し、鮮度の高い顧客データを即時にマーケティングに活用できる環境を提供します。ある顧客事例だと、データ準備期間を5営業日から1営業日に短縮し、コンバージョン率(CVR)が50%向上するなど、実際のマーケティング成果にも大きなインパクトを与えています。

もちろんデータを溜めてじっくり分析することも重要ですが、顧客の離脱は「分析している間」にも起きています。せっかく商品を購入してくれたお客様に対して、同じ商品のターゲティング広告をしつこく続けているならば、まずそれを止めるべきです。まさにこの瞬間も「バケツの穴」から水はこぼれ落ちているのですから。

宮下氏:リアルタイム」という概念には、破壊的な意味があります。これまでの思考を切り替えていかなければなりませんね。

これまでは、企業が扱うデータとは「過去」のものでした。企業は過去の購買履歴や行動履歴などのデータを、じっくり時間をかけて分析し、顧客を理解しようと努めてきました。

しかし、人間の意識や嗜好は刻々と変化するものです。昨日一昨日やったことを、今日もするとは限りません。過去データを重視しすぎると「顧客はこうだ」という決めつけを招き、人間を多面的に見られなくなる危険性があります。

  • (写真)対談中の風景

安部氏:我々のCEOであるジェフ・ランスフォードは、海軍のパイロットでした。彼はよく「もしコックピットのレーダーに表示されるのが『昨日の雨雲』『昨日、ここを横切っていた飛行機は10機でした』といった過去の状況だったら、とても戦闘機は飛ばせないよ」と笑っています。

宮下氏:なるほど、おっしゃる通りです。獲れたての食材が一番美味しいように、データもリアルタイムで鮮度があるうちが、一番価値がありますね。

また、「データという食材は揃っていても、活用方法が分からず、美味しい料理をつくれない」という企業担当者の方々の悩みもよく聞きます。どうすればいいと思いますか?

安部氏:「カゴ落ち(※4)した瞬間にクーポンを贈る」といった離脱防止の“定番レシピ”はありますが、もっと大事なのは「どうやってお客様を驚かせようか?」と試行錯誤することだと思います。

全米でベストセラーになった『The Power of Moments(邦題:瞬間のちから)』は、「行動することで新しい洞察を得られることの方が、分析によって見えてきた洞察が行動につながることよりも多い」と述べています。分析で足を止めるのではなく、実際に仮説検証をしながら歩んだ方が、より先に進める。我々はそう考えています。

(※4)カゴ落ち:ECサイトで商品をカートに追加したにもかかわらず、購入を完了せず離脱してしまうこと

AI時代の個人情報管理とレピュテーションリスク

宮下氏:さきほど安部さんが「購入者へのターゲティング広告は即座に止めるべき」とおっしゃっていましたが、日本インタラクティブ広告協会によると、ネット広告の信頼度は、わずか22.3%にすぎないそうです(※5) 。他メディアに比べると、圧倒的に低い数字です。ネット広告の不快な顧客体験の積み重ねが、ここまでの嫌悪感をもたらしてしまいました。

(※5)出典:日本インタラクティブ広告協会『2022年インターネット広告に関するユーザー意識調査「定量調査」結果
  • (写真)Tealium Japan株式会社 カントリーマネージャー 安部知雄氏

    Tealium Japan株式会社 カントリーマネージャー 安部知雄氏

安部氏:AIサービスが発展する中で、ネット上での個人情報管理はますます重要になってくると思います。「私のデータを使わないで」と意志を表明したにもかかわらず、AIに学習させてしまうと、大きなレピュテーションリスクを生みかねません。この課題に対しても、リアルタイムCDPならば、即時性のある個人情報管理を実現できます。

宮下氏:今いるお客様を裏切らない姿勢はとても重要ですね。新規顧客にはあえて敷居を高くし、ご贔屓やお得意様など常連客を徹底的に大切にする「一見さんお断り」の料亭や老舗菓子店などが、立派なビジネスモデルとして成立し、長寿企業になっていることがそれを証明しています。

安部氏:従来のCDPと比較するために、TealiumのリアルタイムCDPを私はよく老舗旅館にたとえます。例えば、顧客台帳には「○○さんの誕生日」や「食事のアレルギー」といった属性データが記載されているかもしれません。しかし、もし仲居さんがその都度台帳を見に行って対応していたら、タイムリーなおもてなしは難しいでしょう。同じことがデジタルの世界でも起きています。Tealiumは「仲居さんの眼」のような役割を果たし、顧客の今の状況や行動をリアルタイムに把握し、「○○さんはお子さんと海に行って日焼けして帰ってくるから、アロエクリームをお出ししよう」といった適切なアクションを即座にWeb上で実現します。

宮下氏:とても分かりやすいたとえですね。リアルタイムCDPは、その時・その場に応じたアクションができることが最大の特徴ですね。何かと冷たくあしらわれたり、機械的に処理されることが多いWeb上での顧客体験が、血の通ったあたたかいものへとこれから変わっていく予感がします。

リテンションマーケティングの新たな未来

宮下氏:私は常に「これからのマーケティング」を考えていますが、今後は、リアルタイムCDPを活用して「離脱の予兆」を掴んでいくことに、大きな意義と可能性があると感じています。

顧客が優良顧客になるまでの行動パターンを分析することを「ゴールデンルート分析」と言いますが、逆にどのようなルートを辿ると顧客が離脱してしまうのかを分析することも重要です。リアルタイムCDPを用いた、いわば「ドロップアウト分析」が、これからのリテンションマーケティングの鍵となるでしょう。

安部氏:サイレントカスタマーの動くデータを目の当たりにすると、多くの気づきがあります。Tealiumを使って既存顧客の実情を把握し、アクションを変えることで、顧客流出という「バケツの穴」を塞ぐことができると思います。

宮下氏:従来の企業は過去データに頼りすぎて、顧客を固定的・一面的に捉え、その結果、判断を誤ることが多々ありました。

旅館の仲居さんのように、今、目の前にいるお客様の表情に目を向けていくこと。データの背後にある顧客の心理や実像に迫ること。こうしたアプローチが、マーケティング担当者に求められるようになるでしょう。

今日のお話で、「信頼度の高いデータをもとに、顧客体験を競う時代」が到来したと感じました。とても貴重なお話を伺うことができ、感謝申し上げます。ありがとうございました。

安部氏:こちらこそ、ありがとうございました。

関連リンク

[PR]提供:Tealium Japan