2025年度末までに全国の自治体は原則として、ガバメントクラウド上に構築された標準準拠システムへの移行を求められています。この大規模な変革により住民サービスの向上が期待される一方、自治体やベンダーは数々の大きな課題に直面しています。自治体システム標準化の意義、ガバメントクラウド先行事業で見えてきた新たな課題、そしてこの国家プロジェクトの全容について、総務省 デジタル統括アドバイザーの三木 浩平氏とKPMGコンサルティング株式会社 アソシエイトパートナーである福井 大介氏が語り合いました。
プロフィール
(右) 三木 浩平氏
総務省 デジタル統括アドバイザー
米国アメリカン大学にて社会学修士(理論・統計)。株式会社三菱総合研究所主席研究員、千葉市総務局次長(CIO補佐監)、総務省自治行政局企画官、内閣官房政府CIO補佐官等を経て、2021年9 月より現職。マイナンバー、オープンデータ、自治体システム標準化等、自治体情報化施策に関わる各種検討会の構成員を歴任。著書に「こうすればうまく進む 自治体システム標準化&ガバメントクラウド」等。
(左) 福井 大介氏
KPMGコンサルティング株式会社 アソシエイトパートナー
中央省庁、地方公共団体、独立行政法人など、一貫して公共セクターに従事し、各種情報システム(基幹系業務システム、庁内共通システム、マイナンバー等)のパッケージ開発やシステム導入に関するコンサルティング、デリバリーマネジメント、アカウントマネジメントについて、20年以上の経験を有する。
従来の自治体情報システムが抱える幾層もの課題とは
――はじめに、現行の自治体情報システムが抱える課題についてお聞かせください。
三木氏:大きな課題は、全国1741の自治体がそれぞれ独自の仕様でシステムを調達していることです。これは行政全体だけでなく、ベンダー側にとってもきわめて非効率な状況です。たとえば、自治体の電算機室にシステムが実装されている場合、ベンダーは各役所に人員を配置してメンテナンスを行う必要があります。また、法改正が毎年のように行われるたび、それぞれカスタマイズされたシステムを個別に改修していかなければなりません。
福井氏:我々コンサルティングファームの立場から見ても、従来の自治体情報システムの整備にはさまざまな面での課題が多いと感じます。各自治体の業務は法律に基づいているため、本来は全国で同じ内容となるはずですが、個別のニーズによる独自の業務内容が存在しており、必ずしも統一された仕様書で情報システムが整備されていません。また、長年にわたって特定のベンダーがシステム提供を続けているケースも多く、新規参入の障壁となるベンダーロックインの問題も深刻です。
――これらの課題を簡単に解決できない要因はどこにあるのでしょう。
三木氏:要因の1つとして、自治体内のIT人材不足が挙げられます。自治体情報部門の職員は、一般の事務職として採用されることが多く、給与面で見ても民間IT企業との差が大きいため、専門的なITスキルを持つ人材の確保が難しい状況です。また、ある年は広報課、ある年は市民課というように、自治体内の異動が頻繁に起こるため、ITスキルを十分に身に付ける環境がないことも起因しています。
福井氏:業務フローや根拠法令について最も理解されているのは自治体職員の方々ですので、本来であれば必要な情報システムやサービスの整備は自治体職員が主体的に実施していただくことが理想的です。しかし、ITスキルを十分に身に付ける環境がないため、我々のようなコンサルティングファームやベンダー等の民間事業者がサポートさせていただくのですが、業務の細部や独自ニーズの背景を正確に理解することは容易でないため、情報システムの調達仕様や要件定義の適性化が困難でカスタマイズが発生し、結果としてコストが増加してしまうケースが発生します。
三木氏:このように、複雑に絡みあう課題を解決する一手として国が推奨しているのが、自治体システム標準化とガバメントクラウドへの移行です。 自治体システムの標準化とは、これまで各自治体が個別に作成していた仕様書を、国が1つの共通仕様書として作成するものです。1741種類あった仕様書が1つになるので、大きな変革と言えるでしょう。自治体はその共通仕様書を採用してシステムを調達します。
一方で、ガバメントクラウドは、その標準化されたシステムを実装する環境です。これまでは各自治体がデータセンターや電算機室を持ち、サーバーや無停電電源装置、免震床などを個別に用意していました。こうした環境を国が一括で調達するクラウドサービス上に移行することで、別個にデータセンターを確保しなくても、各自治体が共通のサービスを利用できるようになるのです。
先行事業から見えてきた課題とコスト構造改革への道筋
――KPMGコンサルティングでは2021年度からガバメントクラウド先行事業の検証受託事業者として、自治体やベンダーの移行検証結果の取りまとめと課題分析を行っていますね。
福井氏:先行事業では8つの事業・11の自治体がモデルケースとなり、ガバメントクラウドおよび標準準拠システムへの移行や投資対効果の検証を実施しています。政府はガバメントクラウド上に構築された標準準拠システムへ移行することで運用コストを削減することを目標に掲げていますが、実際に先行事業を進めていくと、想定したとおりにコストが削減されない事例も明らかになってきました。 たとえば小規模な自治体の場合、現行環境が自治体クラウドでハードウェアや情報システムを周辺自治体と共用しコスト削減をすでに図っていることが多いため、ガバメントクラウドへの移行による経費削減効果は限定的であり、一部のランニングコストは従前を上回ってしまうことがあります。
三木氏:先行事業で見えてきた課題は、まさに全国の自治体やベンダーが直面する課題だと思います。1つのシステムを全国で共同利用することを理想としていますが、実際には複数のシステムが併存しているのが現状です。各地域のベンダーが異なるパッケージを提供し、それぞれにメンテナンスが必要となるため、期待したほどのコスト削減効果が得られていないケースも出てきています。
では、こうしたコスト面の課題をどう変えていくのか。それぞれの仲介者となるコンサルティングファームが、自治体やベンダーを適切な方向へ導くことが求められるのではないでしょうか。
福井氏:我々にできることは、まず各自治体における現状のコスト構造をきちんと分析することです。ガバメントクラウドを利用することが前提になるため、最終的にコストメリットが享受できる利用形態や、標準仕様に準拠したアプリケーションを導入する最も効果的な手法などについて、いくつかのパターンを示すことで、自治体の環境に応じた最適な環境を選択していただけることが重要です。
加えて、ベンダー各社との協力も重要です。1つのベンダーが同じ業務システムで複数の異なるバージョンのアプリケーションを提供していることで、システム改修や保守に係る費用がかさみ、全体的なコストの高止まりの要因となっているため、標準仕様に合わせるようアプリケーションを集約するサポートをしていく必要があります。
ベンダービジネスの大転換にコンサルティングファームが貢献できること
――ベンダー側のビジネスも大きく変わっていく必要があるのではないでしょうか。
三木氏:ベンダーといっても全国企業から地域ベンダーまで多種多様ですが、特に地域のベンダーにとっては、従来の個別カスタマイズビジネスからの大きな転換が求められます。しかし、これは新たなビジネスチャンスとも言えるでしょう。
福井氏:地域ベンダーは東京の大手ベンダーの下請けとなることが多いのですが、これまではA社のアプリケーションのカスタマイズはできるがB社はできない、というように受託できるベンダーには制限がある状況でした。また、特定メーカーのハードウェアやプログラム言語が存在し、そのスキルを有するシステムエンジニアがいないとアプリケーションの保守ができないというケースもあります。しかし、標準化が進み、SaaS型のサービス提供が主流になれば、標準的な技術で各自治体へのサポートが可能になります。
三木氏:ほかにも、システム標準化により業務プロセスが統一されることで、BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)市場の拡大が予想されます。従来は各自治体で個別に行っていた帳票印刷や発送業務がより効率的に処理できるようになるほか、問い合わせ対応のコールセンター業務や決済代行業務などをアウトソーシングすることも可能になるでしょう。
福井氏:自治体内で進みにくかったBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)も自然と加速していくのではないでしょうか。その過程で、自治体職員でないとできない業務と、外部のリソースを活用する方が効率的な業務との整理が明確になってくると思います。外部に委託できる業務は積極的に民間サービスを活用し、自治体職員が本来注力すべき業務に専念することで、住民サービスのさらなる向上に振り向けていくことができる──。このようなあるべき姿に向けた業務改革を実現するためのBPRやリソースの最適な配分方法など、自治体業務に関する専門的な知見に基づくサポートが、今後さらに求められると考えます。
自治体サービスの「60秒以内の手続き完了」を目指して
――結果として、自治体システム標準化が住民サービスの向上にどうつながっていくのでしょうか。
三木氏:国は「デジタル社会の実現に向けた重点計画」で「60秒以内の手続き完了」という目標を掲げています。たとえば、これまでは所得証明書を取得する際、市役所に行って紙の証明書を受け取り、それを必要な機関に郵送などで提出するというプロセスが必要でした。しかし、標準化されたシステムがオンライン上で連携していれば、利用者がマイナポータルで指定することで、即時にデータでの提出が可能になります。
こうした多くの国民の利便性を実現する自治体システム標準化を実現するには、事業にかかわるさまざまなステークホルダーを調整し、全体最適を実現できる存在が不可欠です。そうした意味で、コンサルティングファームの果たす役割は、今後ますます重要になってくるでしょう。
福井氏:多くのステークホルダーがさまざまな立場で関与するプロジェクトにおいて、我々コンサルティングファームは個別最適ではなく、全体最適の視点が求められます。自治体の業務効率化支援だけでなく、本来の目的である住民サービスの向上を目指し、さまざまな角度からサポートを行う必要があるのです。そのためには日本国内の取組みだけでなく、海外の先進事例も参考にしながら、最適なソリューションを提案していきたいと考えています。
三木氏:とくにKPMGのような中立的な立場で、かつグローバルな知見を持ったコンサルティングファームには、この大きな変革期において重要な役割を果たしていただけると期待しています。
[PR]提供:KPMGコンサルティング