ADAS(自動運転を含む)の開発では膨大な走行試験と評価が必要となるため、実車による従来の開発手法では限界が見えつつある。さらに、ADASの高度化にはAIなどの新たな技術の導入も必須となり、開発のコストや工数の課題も多く聞く。

こうしたなか、マツダでは開発の構想段階からモデルベース開発によるシミュレーションをフル活用し、ADASの効率的な開発に取り組んでいる。次世代のADASの開発を加速するために、MATLAB、Simulinkを活用したマツダの最新シミュレーション環境とは一体どのようなものなのか。

マツダが提唱する構想設計MILS

ADASが安全に動作するための条件である運転設計領域(ODD)の拡大に伴い、開発難度が向上する。その打開策としては、従来手法に加え、AIやIoT、ビッグデータ処理等といった新技術の導入がある。一方で、新技術への挑戦は過去の事例がないため具体性に欠け、予測できない手戻りが発生することがある。

このような状況は、開発終盤に近づくほど対応にかかる時間と手間が増える。これに対し、マツダでは早期に実現性を確認できる「構想設計MILS」(図1)を開発している。

これは、ADASの振る舞い再現に必要な車両システム全体とADASが作動する周辺環境をあらかじめ机上で再現し、そこに検証したい新技術を組み込んでワンストップ実行できるシミュレーション環境だ。

本記事では、MATLABのADAS・自動運転システムの設計・検証用のアドオン製品であるAutomated Driving Toolboxを採用し、対象ADASの評価したい内容に合わせて、周辺環境を再現する「道路モデル自動生成」と、シミュレータ構成を自由に変更できる「連成シミュレーション環境」について紹介する。

  • 図1:構想設計MILSによるワンストップ実行シミュレーション

    図1:構想設計MILSによるワンストップ実行シミュレーション

現実世界に即した道路モデルの自動生成

ADASのODDには、単路をはじめとして、分合流、交差点などの道路構造が条件として含まれる。そのため、ADASの機能価値を企画・構想段階で判断するには、世界の道路構造で機能を事前検証する必要がある。 そこで、マツダでは現実世界のデータを基に世界中の道路をモデル化する活動に取り組んでいる。その先駆けとして、日本の合流路モデル生成を自動化した。 当初は、Automated Driving Toolboxに地図メーカーが提供するデータをインポートしていたが、接続部分のずれやレーン数が合わない等で手作業が発生していた。これを、異なる形式のSDマップ(*1)を複数組み合わせ、不足情報を補い解消した。シミュレーションにそのまま使える道路モデルを自動生成することができ、RoadRunnerを用いて視覚的な確認も行った(図2)。現在、分流路と単路への対応が進み、合流と組み合わせることで自専道道路の経路一括生成が可能となった(図3)。

*1:ナビ用の道路中心レベルの地図

  • 図2:範囲と特異点の種類(合流等)を指定して複数の道路を分割生成

    図2:範囲と特異点の種類(合流等)を指定して複数の道路を分割生成

  • 図3:始終点を指定して経路上の道路を一括生成とRoadRunnerによる形状の確認

    図3:始終点を指定して経路上の道路を一括生成とRoadRunnerによる形状の確認

連成シミュレーション環境の構築

これまで、シミュレーション環境の構築は、要素技術ごとに独立した検証環境を構築していた。そのため、検証したい内容を変えるごとに検証対象モデルを移植する必要があるため、インタフェースの調整等が発生することで非効率になっていた。その結果、十分な時間と手間をかけられず、モデルの再現性が不足し、実際の環境で検証する段階で問題が発生する原因となった。

そこで、MATLAB、Simulink、Automated Driving Toolboxを中心プラットフォームとして採用し、周辺環境モデルと車両1台分のシステムを結合し、他ツールと連成することを前提としたシミュレーション環境を構築した。

このワンプラットフォーム化によりモデル結合作業が削減でき、結果として、複数のモデルを結合することが容易になることから、企画・構想段階でシステム結合検証が早期化できる。

構築されたシミュレーション環境は、「ユーザインターフェース」、「周辺環境モデル」、「車両システムモデル」の3つの主要部分から成っている(図4)。

  • 図4:構想設計MILSの主要3構成

    図4:構想設計MILSの主要3構成

周辺環境モデル

道路モデルは、株式会社ゼンリンおよび株式会社ゼンリンデータコムの地図データから構築され、検証目的に応じた多様なシーンを生成する。さらに、ジオテクノロジーズ株式会社が提供する人流データなども組み込み、現実世界に即した周辺環境モデルの拡張を進めている。これにより、技術アイデアを検証する周辺環境としてのモデル生成だけでなく、そのアイデアの目標性能やODDの検討にも活用している。(図5)

  • 図5:周辺環境モデルの概要

    図5:周辺環境モデルの概要

車両システムモデル

モデルは、「環境」、「センサ」、「制御」、「車両運動」の4つのカテゴリに分類している。各モデルには簡易的なモデルがデフォルトで提供されている。これはOベースからのモデルの作り込みを高サイクル行うために備えている。そして、詳細なモデル及び特化型ツールと接続することで、開発フェーズの目的に応じた検証を行う。特化型のツールとしてはPTV GroupのPTV VissimやForetellixのForetifyなどの様々なシミュレータとの連携を強化している。(図6)

  • 図6:車両システムモデルの概要

    図6:車両システムモデルの概要

ユーザインターフェース(シナリオ生成&網羅検証)

膨大なシナリオの作成と実行に対応するため、MATLABを使用して専用のGUIを開発している。このGUIでは、シミュレーション時間やセンサモデルと運動モデルの組み合わせ、自車のパラメータなどを一括で設定し、Foretifyと連携して網羅的なシナリオを作成し検証結果を分析する。また、膨大なシナリオの実行に対処するため、クラウドの活用も開始した。(図7)

  • 図7:ユーザインターフェースの概要

    図7:ユーザインターフェースの概要

まとめ

マツダではADASの多様なODDの検証に対応すべく、自車含めた実世界の全モデル化に取り組んでいる。そこでMathWorksのMATLAB、Simulink、Automated Driving Toolboxを中心プラットフォームに採用し、周辺環境モデルと車両1台分のシステムを結合したバーチャルな検証環境を構築した。その結果、企画・構想段階にシステム全体での結合検証を早期化し手戻りを削減している。

今後の展望

マツダではこの活動をきっかけに、実世界をバーチャル環境へ再現する取り組みが加速している。CASE/MaaS時代における急速に変化する市場に対し、企画/構想の段階で、価値ある機能を品質確保しながらお客様に提供するために、企画、構想、開発、生産、市場導入までのリードタイムを短縮していく。

新しいシステムを実世界に導入する際には、ユーザであるドライバー、周辺環境、社会、そして地球に対して、潜在的リスクを確認する必要がある。そのためにも、より現実世界に即したシミュレーション環境を構築することが急務である。そのためには、種類、粒度、範囲でモデル化を拡張していく必要がある。

マツダでは、モデルとして再現に必要なデータについて国内データでトライアルを進め、平行して海外データ拡張に向け調査を進めている。また、拡張に伴い膨大となるシナリオを考慮し、クラウド環境にスケーラブルな演算環境構築を進め、運用の高速化にも取り組んでいく。

[PR]提供:MathWorks Japan(マスワークス合同会社)