生成AIの急速な発展により、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)は新たな局面を迎えている。生成AI過渡期ともいえる今、導入を検討しているものの、その具体的な活用方法や導入プロセスについては、まだ模索段階にある企業も多いことだろう。そこで今回は、AWSが提供する生成AIのマネージドサービス「Amazon Bedrock」に焦点を当て、専門家の見解を聞いた。インタビューに応じてくれたのは、AWSジャパンの石倉氏、TISの横井氏、そして香川氏の3名。それぞれの立場から、Amazon Bedrockの可能性と、企業における生成AI活用の現状と課題について語ってもらった。

  • 集合写真

    (左から)
    アマゾン ウェブサービス ジャパン合同会社 パートナー技術統括本部 第三技術部 パートナーソリューションアーキテクト 石倉 徹氏
    TIS株式会社 IT基盤技術事業本部 IT基盤ビジネス事業部 IT基盤ビジネス推進部 テクニカルエキスパート 横井 公紀氏
    TIS株式会社 ビジネスイノベーション事業部 AI&ロボティクスイノベーション部 ディレクター 香川 元氏

「生成AIで何かしなきゃ」な状態から前進するために

まず企業における生成AI活用の現状について、TIS 香川氏は「企業ごとに状況は異なるものの、『生成AIで何かやらなければいけない』という雰囲気は各社で共通しています」と説明する。多くの企業では、社内で生成AIをセキュアに使える基盤を構築したうえで、社内育成や教育を実施し、全社員が生成AIを使ってそれぞれ身近な業務の効率化を図る取り組みからスタートしているという。そのため、本格的なビジネスへの活用はまだこれからといった状況だ。

一方でAWS 石倉氏は、企業が生成AIを本格的に活用するにあたっては、明確な目標設定と迅速な実行、そして組織内での成果の可視化がポイントであると述べる。

「はじめにハイインパクトなユースケースを特定し、まずは3カ月程度の短期集中型のプロジェクトを少数精鋭で完遂することが肝要です。そして、その成果を組織内の影響力のある人たちに示し、彼らの支持を得たうえで全社的な展開を図るというアプローチが効果的であると考えます」(AWS 石倉氏)

また、その先の全社的な本番稼働での活用においては、正確性や倫理的な観点も重要視される事になるという。ここで重要となるのが、いかに「責任あるAI」として利用していくかという点だ。生成AIの本格的な業務活用に向けては、技術面だけでなく、倫理面やリスク管理の観点からも十分な対策が求められる。具体的には、ハルシネーション(AIが誤った情報を生成する現象)の防止、悪意ある入力による意図しない解答や誤用の防止、AI利用プロセスの透明性の確保・ガイドライン整備、AIシステムのモニタリングシステム整備などが挙げられる。

  • インタビューに答える石倉氏

    AWS 石倉 徹氏

最先端の高性能モデルを“簡単”かつ“安全”に利用できる「Amazon Bedrock」

こうした課題に対応できるのが、最先端の生成AI技術を簡単かつ安全に利用できるフルマネージドサービス「Amazon Bedrock」である。

同サービス最大の特徴は、業界をリードするAI企業が開発した多様な基盤モデルを単一のインターフェイスから利用できる点にある。たとえば、日本語に対応しているClaudeや、画像生成に特化したStable Diffusion、Amazonが開発したAmazon Titanなど、さまざまな高性能モデルを用途や課題に合わせて使い分けることができる。

また、Amazon Bedrockはサーバーレスアーキテクチャであるため、迅速な導入と柔軟なスケーリングが可能だ。利用企業はインフラ管理の負担から解放され、アプリケーション開発に専念できる。他のAWSサービスとの親和性も高く、AWSをすでに利用している企業にとっては、生成AIを既存のシステムに安全かつスムーズに統合できるというメリットもある。APIやSDKを通じた呼び出しも他のAWSサービスと同様に行えるため、AWSに関する既存の知識やスキルを活かすことができる。

さらに、Amazon BedrockはRAG(検索拡張生成)を活用したアプリケーションを簡単に構築できるナレッジベース機能をはじめ、豊富な周辺機能を備えている。これにより、企業独自のデータと組み合わせた高度な生成AIアプリケーションの構築が可能となる。

そして、Amazon Bedrockの重要な特徴として、AWS 石倉氏はセキュリティ面での強固な対策を挙げる。Amazon Bedrock は、入力されたプロンプトをモデルのトレーニングに利用したりサードパーティに共有したりしない仕組みになっている。利用者は特段設定することなく、安心して生成AIを利用できるという。また、特に注目すべき機能が「Guardrails(ガードレール)」だ。

「ガードレールは、設定するポリシーに基づいてユーザー入力とモデルの応答を評価、保護する機能です。特定のワードやトピックをブロックしたり、有害なコンテンツをフィルタリングしたりできます。最近では、RAGや要約ワークロードで発生するハルシネーションをフィルタリングすることも可能であり、ハルシネーションの度合いをスコア化し、しきい値に基づいて制御する事が可能です。これは企業が責任あるAIを構築するうえで非常に重要な機能です」(AWS 石倉氏)

同機能は、先述の責任あるAIの実現に大きく寄与する。企業は、自社のポリシーや規制に合わせてAIの出力を適切にコントロールすることができ、リスク管理と倫理的な配慮の両立が可能となる。実際にAWSでは、セキュリティを「最優先事項」と位置づけており、Amazon Bedrockもその理念を体現したサービスといえる。

SNS投稿や契約書の自動分析にも役立てられる——生成AI活用事例紹介

これらの特徴を持つAmazon Bedrockだが、実際に企業ではどのように活用されているのだろうか。TIS 香川氏は自社で提供している「生成AI導入支援サービス」を通して生成AI活用を目指す企業の支援を行ってきた立場から、具体的なユースケースとして以下の例を挙げている。

  1. 会議の音声データから自動で議事録を作成
  2. マーケット調査や環境分析のサポート
  3. 広告文章の生成
  4. 契約書からの重要情報抽出とデータベース化
  5. SNSの投稿分析による自社評判調査

TIS 香川氏は、特に高度な活用事例について次のように説明する。

「たとえば、契約書の自動分析では、従来の自然言語処理では難しかった複雑な条項の理解も、生成AIを使うことで精度が大幅に向上しています。また、SNSの評判分析では、従来人手で行っていた作業を自動化するだけでなく、過去のデータを使ってファインチューニングを行うことでより正確な分析が可能になっています。このように、既存のシステムと連動させながら業務プロセス全体を改善する事例も少しずつ出てきている状況です」(TIS香川氏)

  • インタビューに答える香川氏

    TIS 香川 元氏

TIS 横井氏は実際の導入事例として、TISが手掛けるスマートフォンお財布アプリ「会津財布」を挙げた。同アプリでは、Amazon Bedrockを活用して2,500人分のアンケート結果を分析し、クーポン配布などのマーケティング施策に活用している。生成AIの活用というアイデアが出る前は、2,500人分のアンケートを1件5分で処理して合計約250時間を費やす見込みだったが、これを合計約109時間に短縮し、大幅な工数削減効果を得たという。この事例を見た他の部門からも、同様の活用方法について問い合わせが増えているそうだ。

TISでは、こうした自社サービスの開発に加え、社内での人材育成にも積極的に取り組んでいる。

「社内には約3000名の社員が参加するAWSの技術者コミュニティがあり、インフラエンジニアだけでなく、アプリケーションエンジニアもAWSを自分ごととして使えるようになってきています。特に生成AIについては、チャットアプリケーションが話題になった2022年末頃からいち早く注目し、私自身も社内での検証を先導し、活用を進めてきました。社内での教育活動に力を入れており、社員向けに全12回の勉強会を開催し、1000名以上がAWSの生成AIサービスについて学んでいます。また、生成AI を含むAI全般と機械学習の技術を扱うAWSの新しい認定試験『AWS Certified AI Practitioner』に合わせてトレーニングプログラムを再設計し、多くの社員に受講いただいています」(TIS 横井氏)

  • インタビューに答える横井氏

    TIS 横井 公紀氏

クラウドのベストプラクティスと生成AIの専門知識をかけ合わせ、イノベーションにつなげる

TISは、AWSプレミアティアサービスパートナーとして、10年以上に渡って500社を超えるユーザー企業にAWS関連ソリューションを提供してきた。AWS 石倉氏は、TISの強みについて「お客さまの課題を引き出し、内製化支援として、顧客としっかり伴走する事も可能です。また、システム設計・構築を行う場合、エンタープライズレベルの要求に応えられる確かな技術力を持っています。」と評価している。

一方、TIS 横井氏は、両社の協業が持つ意義について「生成AIを活用して社会の課題を解決するためには、単にチャットアプリケーションを使いこなすだけではなく、クラウドサービスと生成AIを組み合わせて活用するスキルが求められます。AWSとの協業により、最新のクラウドと生成AIの技術動向をいち早く把握し、それを実際のビジネスソリューションに活かすことができています」と述べる。

TIS 香川氏は、TISとして提供する生成AIサービスの展望について次のように語る。

「大きく2つの方向性があります。一つは、特別なプロンプトがなくとも複雑な指示を精度良く実行できるように生成AIを拡張していく方向性。もう一つは、さまざまな業務に特化したミニアプリを開発していく方向性です。たとえば、報告書作成アプリや稟議書アプリなど、具体的な業務プロセスに組み込める形で生成AIを提供していきたいと考えています」(TIS 香川氏)

続けて、「AWSのプラットフォームを活用することで、生成AI機能とセキュリティ機能、データ分析機能などを統合的に提供できます。これにより、企業は安全かつ効果的に生成AIを導入し、徐々に高度な活用へと進化させていくことができるでしょう」と、クラウドプラットフォームの重要性についても述べた。

さらにTIS 横井氏は、生成AIを活用したビジネスイノベーションの実現を支援する「AWSジャパン生成AI実用化推進プログラム」への参画についても言及。同プログラムを通じて、最新の知見や事例に関する理解を深め、それを顧客へと還元していきたい考えを示した。

AWSとしてもTISへの期待は大きい。AWS 石倉氏は「TISのようなセキュリティコンピテンシーを持つパートナーとともに、お客さまに安心して使っていただける環境を提供していきたいです。生成AIの活用はこれからますます広がっていくと見られますが、そのなかで責任あるAIの実現と、お客さまのビジネス価値の創出を両立させていくことが我々の使命だと考えています」と語った。

生成AI時代の幕開けとともに、企業のDXは新たなステージに入る。Amazon BedrockとTISの専門知識の組み合わせによって、企業は安全かつ効果的に生成AIを活用し、ビジネスの革新を加速させることができるだろう。

  • 談笑するインタビュイーのようす

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