110年を超える長い歴史を誇る産業ガスのリーディングカンパニー・大陽日酸株式会社。同社では、事業の根幹に関わる電力消費削減への取り組みをきっかけとして、経営課題や業務課題の改善を目指したデータ活用に力を入れ始めた。ツールの導入から社内展開に至るまで、そのパートナーとして伴走したのが、NTTデータだ。本記事では、AI活用の機械学習プラットフォーム「DataRobot」を軸にした大陽日酸のデータ活用の歩みと成果にフォーカスする。
事業課題の解決を期して始めたデータ活用の第一歩
「大陽日酸」と記されたタンクローリーが走る姿を見かけたことのある人は少なくないだろう。大陽日酸は、酸素・窒素・アルゴンをはじめとした産業ガスの生産を主事業とする企業だ。1910年創立の日本酸素と、同じく1910年代に起源を持つ大陽東洋酸素(もともとは大陽酸素と東洋酸素)が2004年に合併し、大陽日酸が誕生した。2020年には持株会社制に移行し、グローバルに事業を展開する日本酸素ホールディングスの日本事業会社となった。
産業ガスの生産工場は全国34カ所。酸素や窒素は、空気分離装置というプラントによって空気から分離して生産する。生産されたガスはパイプラインで近隣のユーザーに供給したり、液化してタンクローリーで供給したりする。これら一連の製造工程には大量の電気が用いられる。同社国内工場が年間に消費する電力は、なんと日本全体の0.4%に相当し、鳥取県の電力消費量と同等だという。
つまり、経営に多大な影響を及ぼす電気料金の削減はもちろん、環境負荷を削減し、企業の社会的責任を果たすためにも、製造工程における電力原単位(※)を削減することは同社にとって重要課題であった。そのため、社内では空気分離装置の運転パラメータを最適化し、原単位を改善しようという取り組みが社員主導の動きとしてスタートしていた。この取り組みを始めたのが、当時開発部門に属していた松島洋輔氏(現・経営企画・ICTユニット DXセンター デジタルビジネス推進部長)である。
(※)電力原単位…単位当たりの製品を生産するのに必要な電力量
「弊社工場の空気分離装置の運転データを解析し、電力利用効率の改善につながるパラメータの最適点を見つけ出しました。ただ、R言語でコーディングしてモデルを作っていたため、他の工場ではR言語を扱える人が現場におらず、とはいえ各工場にデータの専門家を置くこともできないので、水平展開は難しかったのです。そこで、誰でも使えて他の改善にも汎用的に応用でき、かつ使っていて楽しくなるようなツールが必要だと考え、探すことになりました」(松島氏)
松島氏はある展示会で、専門的知識なしでもデータ分析を実施し、AIによる予測を業務に適用できる機械学習プラットフォーム・DataRobotに出会った。
「それまで機械学習ツールはいろいろ試したのですが、工場の現場スタッフが使うには難しいものが多かったのです。ところが展示会のブースでDataRobotに触った瞬間、“ああ、これだ”と直感しました」(松島氏)
「誰でも使えて」「汎用的で」「応用ができて」「ワクワクする」ツールを探していたという松島氏。これに合致するものこそがDataRobotであった。画面上に大きな解析ボタンがあり、ついつい押したくなる“ワクワク感”を覚えたと松島氏。R言語などを用いずともデータの前処理やモデル生成・評価、そして解析とその結果の可視化を簡単に行えることから、その場で導入を即決し、松島氏自身が率先して2019年2月の導入に至った。展示会から2カ月ほどのスピード導入だったという。
導入に際して、パートナーに選んだのがNTTデータだ。NTTデータは以前から社内インフラの支援において継続的な関係を築いており、その信頼感が選定を後押ししたと松島氏は明かす。
NTTデータが前述した大陽日酸の経営課題に寄り添った活用方法を提案したことも、選定における評価のポイントだったという。 DataRobotの提案、導入に携わったNTTデータの恒石卓也氏は、こう振り返る。
「まず分析対象となるテーマや利用できるデータについてヒアリングしました。それを踏まえてDataRobotで生産現場の電力消費量削減に向けた予測を実現できること、松島氏が望む“誰でも使える”ツールでありながらAIによる高度な分析が可能なこと、そして使えるようになるための教育を当社がサポートすることなどを話し、プロジェクトがスタートしました」
少数精鋭から社内全体へ広がったDataRobot活用
2019年の導入後、松島氏は、それ以前に編み出した空気分離におけるパラメータ改善の手法をDataRobotで再現し、計8工場に水平展開した。R言語でコーディングしていたときはコーディングだけでも2日ほど要していたところ、DataRobotはデータを入力するだけで簡単に解析できるため、入力から解析まで30分強で実行できるようになり、時間と工数が劇的に削減されたという。
ただ当時、社内でDataRobotを使った経験があったのは松島氏を含めて2人に過ぎなかった。「生産工場のさまざまなテーマについて分析を簡単に実行できるので、個人的には“おもちゃ”みたいな感覚で触っていたのですが、私と当時の上司以外には広がりませんでした」と松島氏。翌2020年は4ユーザーに増えたものの、新たなテーマでの成果はなかなか生まれなかった。松島氏はこの2020年を“黎明期”と表現する。
変わり始めたのは2021年のことだ。工場の課題を改善できるのは現場の業務を熟知しているメンバーであるとの考えから、現場でのDataRobot活用を広げていくべく、NTTデータは10ユーザーで利用できるプランを提案。データ分析に興味のある人にライセンスを付与したうえで指導も行い、松島氏が属していた開発部門の4ユーザーから、10ユーザーに増やしての取り組みがスタートした。松島氏は、「いくつかの工場で改善の成果も生まれ、私のようなヘビーユーザーも出てきました」と嬉しそうに当時を振り返る。
そして2022年4月、大陽日酸でのDataRobot活用が一気に加速する。きっかけは、デジタル技術で業務変革を支援するDXセンターが設立されたのを機に、ユーザー無制限の契約に移行したことだ。
「使ってみたいという人すべてに配り、社内の技術セミナーのメニューにもDataRobotの講習を入れて、年2回実施しました。講習では、高度な解析能力を身に付けてもらうのではなく、業務に対する理解と課題設定力を深めることを重視しました」(松島氏)
その後も社内講習を継続し、現時点で約300人が受講。社員数が約1500人であるところから考えると、目を見張る広がり方といえるだろう。
ユーザーを広げていくにあたっては、講習で最低限の知識は伝えつつも、やはり最も重視したのは各現場のドメイン知識だったという。もちろんデータサイエンスに関する専門的な部分については、NTTデータが分析テーマに対するDataRobotの効果的な使い方を適宜アドバイスするなど支援を提供した。そのアドバイスを大陽日酸側で現場知識とうまく融合し、成果を出していったという流れだ。
データ活用を社内に広げるための取り組みとNTTデータの支援
ユーザー無制限になって以降の活用について、2023年9月からDXセンターでDataRobotの社内展開を担当している竹本淳一氏が話す。
「ライセンス自体は講習を受講した約300人に渡しており、アクティブユーザーは常時30人程度います。現在の活用は生産工場での業務改善が中心で、DXセンターでも工場を中心にサポートしており、すでに全国の工場の半分以上にDataRobotユーザーが複数いる状況です。さらには、物流や研究部門などでもDataRobotの活用が始まっています」(竹本氏)
社内展開については、社内報でDataRobot活用をPRしているほか、基本操作などを解説するオンラインセミナーのコンテンツも用意。また2023年からは新入社員研修のメニューにもDataRobotを加え、ここ2年の新入社員は少なくとも1度はDataRobotに触れる経験をしている。DataRobot導入以前から担当していた工場における改善から現場の立場で関わり、2022年10月にDXセンターへ配属され竹本氏とともに社内展開を牽引する峯竜二氏は、新人研修に導入した意図をこう語る。
「目標は最初からDataRobotを使えるようにすることではなく、新入社員が今後配属される部署で改善なり何なりのテーマに遭遇したとき、“そういえば機械学習というものがあったな”と思い出せるようにすることです。それさえ思い出したら、あとはDXセンターに相談してほしいという入り口としてのイメージです」(峯氏)
実際に、社員からの相談を受け、DXセンターとNTTデータが協働で解決するために話し合う場も2023年から設けている。
「当社の社員が持つ現場の知識とNTTデータのデータサイエンスのノウハウを組み合わせ、DataRobotの活用を広げる取り組みが進んでいます。社内講習や新人研修は、まずはあくまで自社で実施し、必要なときにNTTデータにサポートを依頼するスタンスを重視しています。現場で活用を進めていく際も、各現場とDXセンターでテーマに対して機械学習を試し、技術的な部分でアドバイスが必要になればNTTデータを交えて話し合い、解決していくという進め方です」(峯氏)
NTTデータとは、データ活用のテーマ創出に向けたワークショップも開催した。NTTデータでAI等による課題解決を支援する岡本光平氏は「現場の方と専門的知識を持つ当社がやり取りする中で、業務効率化につながるテーマを一緒になって考えていきました。現場の課題感に対して、データ活用の視点からの肉付けをご支援しました」と話す。
年間数千万円の成果創出、さらなるデータドリブン変革への展望
データを用いた業務改善を会社として推奨し、成果を出せばきちんと評価する制度も整っており、DataRobot活用を促進する社内の風土が着実に醸成されている状況が伺える。2024年2月には社内でDataRobotコンテストを開催。本社だけでなく全国の工場からシンボリックな効果を出した4人の社員が登壇し、各々取り組んできたプロジェクトとその成果を発表した。優秀者には賞金も出され、70名もの社員が参加するなど、大きな注目を集めるイベントとなった。ちなみに、データ解析に基づいた製造技術の向上や効率化など、コンテストで発表された4つの改善事例を合計するだけでも、なんと年間数千万円ものコスト削減につながるという。もちろん活用が進めば進むほど、このコストメリットは大きなものとなる。
またDXセンターでは、DataRobot活用とデータサイエンスに関するナレッジ、そしてこれまでの解析事例などを共有するため、DataRobot Hubという名のポータルサイトを運営している。「社員が課題を感じ、モチベーションが湧いてきたときに参照してもらえば、ベストプラクティスや具体的な取り組み方が掲載されていますし、社内のネットワークづくりにも活用できます。DataRobotですでに多くの成果が出ているからこそ、横展開を加速し、データ活用とビジネスの双方を推進できる人財の裾野を広く育てていきたいと考えています」と、DXセンター所長の赤井康昭氏は語る。
今後について、竹本氏は「生産工場だけでなく他部門も含め、引き続き国内のユーザー向けにDataRobot活用を拡大していきます」と話す。実際にいまDataRobot活用の取り組みは国内関連会社に広がり始めており、松島氏は「海外のグループ会社でも広めていきたいという思いはあります」と意欲を示す。
峯氏は「DataRobot活用を推進し、機械学習の民主化を実現したい。当社グループはもともと勘・経験・度胸の要素が強かったのですが、これからはデータドリブンへと変革していきたいですね」と先を見据えた。そして最後に赤井氏は「データを最大限に活用し、柔軟で機動力を持った会社にすることが目標です」と結んだ。
これに対して岡本氏は「モデルを実際に現場で運用するための仕組み作りやエンジニアリングはNTTデータの得意分野です。今後も業務改善に向けてより踏み込んだ提案を行い、“ワクワク感”をさらに盛り上げて、経営課題の解決に貢献したいと考えています」、恒石氏は「データ活用の裾野を広げて継続的な成果につなげるため、データ分析はもちろんのこと、DataRobotのより効果的な活用を支えるデータ基盤の整備や、モデルを業務に組み込んでいくうえでのシステム開発、さらにはデータ活用の全体的なグランドデザインを描くコンサルティングまで、幅広いサポートをこれからもご提供していきます」と今後の展望を語った。 大陽日酸とNTTデータ、両社の力を合わせた今後の取り組みは今後も大きな注目が集まるだろう。
(※)DataRobotは、日本国内におけるDataRobot, Inc.の登録商標です。
(※)デジタルサクセスは、日本国内における株式会社NTTデータの登録商標です。
(※)その他の商品名、会社名、団体名は、各社の商標または登録商標です。
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