• 働き手に選ばれる会社の条件とは

若年層人口の減少が進むなか、採用~転職市場では人材の獲得競争が激化し、自社の価値を高める人材の確保が喫緊の課題となっている。また人的資本経営の観点からも、企業の重要な資産としての〈人材〉の定着と育成は、もはや最優先事項の一つと言える。

では、企業はどのような採用戦略や人事施策を提示すればいいのだろうか。求職者に「選ばれる会社」になるために企業はどのような視点を持つべきか、また採用後、従業員のエンゲージメントを高めるために企業はどんな実践が求められるのか。

『「いい会社」はどこにある? 自分だけの「最高の職場」が見つかる9つの視点』(ダイヤモンド社)の著者であり、ジャーナリストとして1,000人以上もの現場のビジネスマンの「生の声」を取材してきた渡邉正裕氏に、これらの問題についての処方箋はあるのか、お話を伺った。

不安定な時代だからこそ「自律的なキャリア形成」の有無が重要視される

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若年層の人口減により、売り手市場とされる就活戦線。新卒・中途を問わず、企業は「選ばれる会社」「いい会社」として認知されるためにさまざまな施策を打ち出しているだろう。

その一方で、昨今の働き手のマインドをうまく掴めず、就活生や転職希望者から避けられてしまう企業も多いようだ。まずはここ数年の就職・転職市場の全体的な傾向について、渡邉氏に伺ってみた。

売り手市場時代に、働き手のマインドをつかむには

「一般的な傾向として、年功序列型・下積み期間が長い企業が選ばれにくくなったと言えます。以前であれば、もっとも優秀な層は官僚や銀行を目指すケースが多かったですが、昨今ではこうした層が20代から高い報酬を得られ、責任ある仕事を任されるコンサルや外資にシフトするという流れが鮮明になりました」(渡邉氏)

渡邉氏によると、いわゆるJTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー / 伝統的な日本企業)と呼ばれる企業ほど年功序列型の賃金体系をとっていることが多く、20代の賃金が低くなる傾向にあるようだ。

「20代の若い働き手の採用競争において、こと賃金面で『外資と比べると見劣りする』と以前よりもJTCが選ばれにくくなっており、まずはこの点に危機感を持っている企業が増えてきたと思います」(渡邉氏)

こうした状況への対策として、メガバンクを中心に4~5万円ほど初任給を引き上げる企業も出てきたという。では、初任給などの「対価(報酬や評価)」以外の要素では、どのようなものが働き手から求められているのだろうか。

やりがいが得られる環境は、働き手のロイヤリティ向上にもつながる

渡邉氏によると、働き手が「いい会社」を選ぶ際の基準として、対価以外に「仕事(やりがいやキャリア)」、「生活(負荷や勤務環境)」という大きな軸があるという。

まずは「仕事(やりがいやキャリア)」という観点について、最近のトレンドを聞いてみたところ「2極化」の流れが見られるようだ。

「外資、ベンチャー、コンサルなど、自律的なキャリア形成ができる会社と、できない会社(旧来型の日本企業など)に2極化しているという状況があります。また全体的な状況としても、メンバーシップ型の雇用形態からジョブ型の雇用形態への移行を目指したいと考えている企業が増加している傾向にあります」(渡邉氏)

もちろん、常に自律的な成長を求められるよりも、終身雇用を前提としたJTC的な会社の方が居心地の良い環境だと感じる人も一定数いると渡邉氏は補足する。

とはいえ、今は先の見えない不安定な時代。だからこそ、若手人材は早い段階からスキルが磨けて、自律的なキャリア形成ができ、やりがいを感じられる環境に身を置くことを求める傾向にあるようだ。

渡邉氏によれば、働き手のやりがいやエンゲージメントを高めるための施策として、社内提案制度や社内公募制度など「社員の自主性を尊重する制度」を整備しておくことも重要という。働き手が組織に貢献し自己成長や満足感を得られる循環を設計しておくことは、生産性の向上や企業文化の醸成・ロイヤリティ向上にもつながるだろう。

働き手が会社に求めるものは、人生の各フェーズで変わる

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では、「生活(負荷や勤務環境)」観点で選ばれる会社には、どのような特徴があるのだろうか。

渡邉氏によれば、とある調査会社が世界12カ国24万人の学生を対象に行った調査内の「魅力的な会社を選ぶ際に、何を重視するか」という質問に対して、非常に興味深い結果が見られたという。

世界中の学生が「将来の高い賃金」や「プロフェッショナルなトレーニングと能力開発」といった項目を1位~3位に選ぶなかで、とりわけ日本の学生は「友好的な働く環境」「ワークライフバランスの推奨」を重視したというのだ。なぜ日本においては給料や報酬よりも、良好な労働環境が求められるのだろうか。

「働きやすさ」は、選ばれる企業の最低条件に

「労働時間や休日がまだまだ少ないという日本特有の労働事情もあると考えています。海外では数週間から1カ月単位でバカンスをとることも珍しくありませんが、日本ではまとまった休みをとることのハードルも高い。ある程度の時間を会社に拘束される以上、職場の人間関係の良好さや、働く環境を優先的に考えざるをえないのでしょう」(渡邉氏)

こうした流れのなかで、休日取得率を高め、残業時間を減らすといった労働負荷の低減に取り組んでいる企業も増加傾向にあるようだ。

「上場企業を中心に、サステナビリティーレポートでの非財務情報開示の流れが強まり、性別賃金格差など人的資本情報の公開も一部義務化された影響で、残業時間や有休消化率を開示することが求められ、企業側が労務管理をしっかりするようになりました。

そのため、有休消化率の低さや残業時間の長さについてはホワイトになった企業が増え、この点における働き手の不満は総じて減少傾向にあります。労働負荷がかかるとみなされる企業は、働く場所として選ばれにくくなるとも言えるでしょう」(渡邉氏)

働き手に対して柔軟なワークスタイルを準備できるか

もちろん、働き手が会社に求めるものは、人生の各フェーズでそれぞれ違ってくる。

若い時期はバリバリ働いてキャリアを磨きたい人、子育ての期間はワークライフバランスを重視したい人……など、働き手のライフステージに寄り添った、さまざまな働き方のニーズを汲み取った制度の導入がこれからの企業には求められるだろう。

「夫婦共働きのライフスタイルが当たり前になったいま、企業側が働き手に対して柔軟なワークスタイルを準備できるかどうかも大きなポイントです。

例えば、フレックスタイム制や時短勤務、週3出社+週2で在宅ワーク……といった就業スタイルを認めたり、転勤ブロック制度や、配偶者海外赴任帯同制度などを整備したりなど、働き手のライフステージに合わせた勤務環境へのニーズはますます高まっています」(渡邉氏)

従業員のワークエンゲージメント向上のために、企業が意識すべきこと

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いずれにしても、従業員のワークエンゲージメント向上のために企業側が意識しなければならない施策は多岐にわたるだろう。

とりわけ採用活動や雇用条件などの面において、企業はまずどのような領域から取り組むべきなのだろうか。

自社のカルチャーや制度は、悪い部分・改善点も発信していく

渡邉氏によると、まずは「自社のカルチャーや制度を正確に広報して、入社前と入社後のギャップを少なくすること」が重要になってくるという。

「これだけ情報へのアクセスが容易な時代にあっては、企業が発信する情報がきれいごとだけになると、働き手はその情報を信用しなくなってしまいます。そのためにも、自社のいい部分だけでなく、悪い部分、改善すべき部分もきちんと伝え、積極的に情報開示していくことが必要です」(渡邉氏)

入社して「こんなはずじゃなかった」と思われてしまっては、確かに本末転倒だ。建前だけでなく本音ベースでの情報発信は、企業への信頼感を持ち、意欲的に働いてもらうことにもつながるはずだ。

従業員にとって魅力的に映る福利厚生の導入ができているか

就職・転職活動では「福利厚生が充実しているか」というのを見ている働き手も多いだろう。求職者だけでなく、在籍中の従業員にとっても、ニーズを満たす福利厚生が用意できているかはエンゲージメント向上に関わるはずだ。

この領域でいうと、やはり住宅関連が大きいと渡邉氏は述べる。

商社などでは社員の一体感を醸成するための独身寮を提供するといった傾向がある一方で、住宅補助手当をカットし、本給として現物支給するなどの流れも強まっている。給与から住宅費分を天引きで差し引き、会社が賃貸契約を結んだ社宅扱い(現物支給)にする、というものだ。

条件によって企業側が負担する分の賃料を非課税にすることも可能で、従業員の税負担も軽くできる。

「節税スキーム的な側面も強い制度ですが、これを金銭に換算すると働き手にとっても非常に大きなベネフィットだということがわかるはず。こうした福利厚生を充実させることも、従業員の満足度向上にもつながるはずです」(渡邉氏)

また、自社の商品やサービスを働き手にも還元するような独自の福利厚生制度を設けることも人事施策の一つとして重要だ。

「例えばアパレル系企業だと、福利厚生として社員はほぼ原価で自社の洋服が買えるというケースもあります。アパレルブランドの社員になりたい働き手や、その会社のブランドが好きな社員にとって、これが報酬以上に働き手にとって大きな魅力に映るのです。

自分が好きな服に囲まれつつ、自分も着て、毎日、仕事ができる。一度その会社を辞めて別の業界に転職しながら、やはりこの職場がよかったと戻ってくる“出戻り組”もいるそうです」(渡邉氏)

ほかにも旅行会社であれば、豊富な旅先の中から好きな旅行先が選べるクーポンがもらえたり、航空会社や鉄道会社などでは、無料あるいは格安で自社の飛行機や電車に乗れるようにしたりしているところも多いようだ。

そもそも働き手は、もともとその会社の仕事に好意を抱いて入社してくる。エンゲージメント向上の手段として、こうした福利厚生施策がかなり有効な手段であることは間違いないだろう。

「働き続けたい」「戻ってきたい会社」になるために

人材の流動化が進む昨今では、優秀な人材を確保・定着するためのリテンション戦略も、あらためて企業にとって重要な施策となっている。リテンション戦略に注力している企業で、成果をあげている事例などはあるのだろうか。

  • 『「いい会社」はどこにある?  ──自分だけの「最高の職場」が見つかる9つの視点』(ダイヤモンド社・刊)

    ▲『「いい会社」はどこにある? ──自分だけの「最高の職場」が見つかる9つの視点』(ダイヤモンド社・刊)

渡邉氏によると、「譲渡制限付株式ユニット」、いわゆるRSU(Restricted Stock Unit)をリテンション率アップの施策として導入する企業が増えてきたという。

「似たようなインセンティブとしてストックオプションがありますが、RSUはある勤務条件(勤続2年以上など)を達成したときに、事後的に働き手に株式を付与するという制度。ベースとなる給与のほかに、RSUを手厚く支給することで、会社の成長を働き手と共有しつつ、早期の退職を引き留める効果を見込んでいる企業もあるようです」(渡邉氏)

また、労働条件や報酬面以外にも、企業独自のカルチャーを醸成し、それを共有することで、組織への参加意欲を引き出そうとする動きも加速しているという。

「社員のサークル活動を制度化している企業もあります。飲食系(お酒の研究会、お菓子作り部など)や、文科系(オンラインゲーム部、アニメ同好会など)、スポーツ系などのさまざまなサークルがあり、ちょっとした大学以上に社員のサークル活動が活発です。

仕事以外のウエットな人間関係を重視し、仕事や所属部署とは無関係な“趣味つながり”の人間関係を築くことを奨励することで、社内の新規事業立ち上げに発展したり、社員の所属意欲を高めたりする効果があると考えているのでしょう」(渡邉氏)

「また戻りたい」と思えるような組織は強い

人的資本経営の重要性が叫ばれる昨今、「社員から選ばれる会社」であり続けるための努力は、企業にますます求められていくはずだ。

働き手の価値観にコミットできる企業は、強い。その意味でいうと、いちど会社を辞めたとしても「やっぱりあの会社は良かった」と、また戻ってきたくなるような組織こそ、人的資本経営の観点からも「いい会社」と言えるのかもしれない。この点について、最後に渡邉氏に伺ってみた。

「アルムナイ採用(企業の退職者/卒業生との関係構築を促す仕組み)」が注目され、制度として導入する企業も増えてきました。終身雇用が前提だった社会が崩れ、即戦力である“出戻り社員”を歓迎する風潮は定着しつつある状況です。

自社を卒業(退社)した人も大事にできる会社、またこの会社に戻りたいと思えるカルチャーを醸成できている組織は、働き手のロイヤリティやエンゲージメントも高い状態にあると言えるのではないでしょうか」(渡邉氏)

取材・執筆:三宅大介(株式会社モジラフ)
編集協力:株式会社モジラフ、はてな編集部

渡邉 正裕(わたなべ まさひろ)

ニュースサイト『MyNewsJapan』のオーナー、編集長、ジャーナリスト。『企業ミシュラン』を主宰。1972年東京生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒後、日本経済新聞の記者、PwCコンサルティング(現・日本IBM)のコンサルタントを経て、インターネット新聞社を創業。2年で単年度黒字化。 一貫して「働く日本の生活者」の立場から、雇用労働問題の取材執筆情報発信を行う。主な著書に『いい会社はどこにある?』(ダイヤモンド社)『10年後に食える仕事 食えない仕事』(東洋経済新報社)『35歳までに読むキャリアの教科書』(ちくま新書)など。講演&セミナーは、労組・私大・都立高・資格学校・キャリア学会・出版社・証券会社など多数。

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