ITの活用が広がり続ける現代、顧客が求める体験価値は急速に変化しており、BtoCビジネスにおけるマーケティングにも変革が求められている。だが、情報が溢れる時代ゆえに、逆にトレンドをつかみ切れない、顧客データをうまく活用できない、なにから取り組むべきかわからない……こういった悩みを抱えている方は多いだろう。

1980年に創業した株式会社ファンケルは、独自の理念と経営戦略により無添加化粧品や健康食品の市場を切り開いてきた。「押し売りとならないよう、”売らない勇気”を持とう」など、商品開発から販売に至るまで徹底的な顧客目線を貫く姿勢は、業界内外からも大きな注目を浴びている。

今回はファンケルでマーケティング担当として長年活躍されている長谷川敬晃氏に、BtoCマーケティングの現状や、顧客データ活用の重要性についてお話を伺った。

消費者の購買行動はいかにして変化したか

  • (写真)株式会社ファンケル グループIT本部 情報システム部 部長 長谷川 敬晃 氏

    株式会社ファンケル グループIT本部 情報システム部 部長 長谷川 敬晃 氏

プロフィール

株式会社ファンケル
グループIT本部 情報システム部 部長
長谷川 敬晃 氏

2003年に株式会社ファンケルに入社後、19年半の長きにわたりデジタルマーケティングやECサイト運営、新サービス導入などの通販業務を担当。顧客データを活用し、同社のデジタルマーケティングの基盤づくりに携わってきた。2023年10月からは情報システム部に異動。マーケティングの見地を持つ立場からグループ全社のDXを推進し、デジタルを活用したお客さまへの新しい価値提供を目指している。

―長谷川さんは長年にわたり化粧品・健康食品のマーケティングを担当されていますが、近年、消費者の購買行動に変化を感じることはありますか?

テレビや雑誌でしか商品との接点がなかったお客さまがインターネットの利用を始め、いろいろな会社や商品に触れるようになったと感じます。また、インターネットによってお客さまの消費リテラシーが高くなり、いままでの販売手法が通用しなくなってきています。

世の中にある商品の品質が低ければ、この現象は我々に有利に働いていたと思います。しかし、現在市場にある商品の品質は高くなってきていると思います。製造・開発の技術力が上がっており、市場には一定品質以上の商品が溢れています。

同時に、SNSが隆盛している中で「自分はこれが好きだから、買う」という人が増えてきています。「私が初めて見つけた」とか「私のためのブランドだ」「コンセプトが私に合っている」という目線で商品を選ぶのです。

こうなると、老舗ブランドが逆に不利に働く瞬間が生まれてきます。「昔からある会社だし、私より上の世代に向けた商品なのかな」と思われてしまうのです。実際、メインターゲットとなるお客さまは少しずつですが年齢が上がってきています。

―若い世代はいま、具体的にどういう商品の選び方をしているのでしょうか?

例えば、お肌の悩みの場合はやはり安心できるものを探しますので、ニキビケアのような商品に関しては、変わらず我々の商品を選んでいただけています。

一方、一般的なスキンケア商品やメイクアップ商品に関しては、母親世代が使っていないものを使いたがる傾向があると感じます。ブランド名を聞いたときに「自分たちの世代のものじゃない」と思われたら、なかなか商品を手に取ってもらえません。若い世代にターゲットを絞り、そこに合わせたコンセプトを打ち出し、そのコンセプトに沿ったモノづくりをしている会社の商品は、やはり強いです。

「自分の親の世代とは違う、自分たち世代のもの」という感覚を大事にしてモノを買っている傾向があるように感じますね。

―マーケティング戦略にも違いが出てきそうですね。

新興の会社は、ブランドの世界観を作り上げ、SNSでしっかりとブランドコンセプトを発信するところに多くのリソースを配分している印象があります。それは我々も見習わなければならない部分があると思っています。

我々はもともと通信販売で会社を創業しているので、40年以上にわたる通販のノウハウを持っています。「お客さまのデータをいただいて、お客さまに最適なご提案をする」という、一般的にCRMと言われる販売モデルをずっと続けてきましたし、いまでも力を入れています。

今感じているのは、「みんなが買っているから」「人気があるから」のようにマスで買う時代ではなくなり、「自分向け」を求めているということ。“お客さまとブランドが繋がっているからこそ分かる情報”をうまく活用してアプローチしないと、まったく購買に繋がりません。

  • (写真)インタビューに答える長谷川氏

「買ってもらう」のではなく「喜んでもらう」ためのアプローチ

―BtoCビジネスに携わる企業は、顧客データの活用にどのような課題を持っているのでしょうか?

お客さまのデータを活用するといったとき、我々のような直接商品を販売する会社は購買データを使ったアプローチをしてきました。ただ、もっとお客さまに寄り添った情報発信もできるはずなんです。

お客さまと接点を持ち続けていくためには、やはりしっかり喜んでいただく、楽しいと思ってもらう、便利だなと感じてもらうことが大事。ですので、販売を目的としていない、「お客さまにご満足いただくための情報発信」にいま力を入れています。買っていただいた商品を、より便利に使う方法や豆知識のような内容ですね。

また、購買データ以外にも、お客さまとの接点から得られるデータはまだまだあると思っています。もっと情報をつぶさに見ていくと、お客さまをより深く理解できるのではないでしょうか。これをしっかりデータ化して、お客さま個人をちゃんと捉えていくことが必要だと思います。

例えば、化粧水や乳液だけを購入されているお客さまは、購買データだけ見るとスキンケア商品にニーズがあるお客さまです。ですがそのお客さま個人を追っていくと、ダイエットや美容、健康にまつわる検索キーワードを持っていることが結構あるんですね。お客さまの期待にしっかり応えるべきデータを我々は持っているのに、それを活用できていなかったと感じます。

購入したかしていないかではなく、お客さまは何を期待していたか、どういう嗜好性があるか、なぜ買ったか、買わなかったか。これらを考えていくことが、データを活用する会社に求められている課題でしょう。

―顧客が求めている購買体験を実現するために、ファンケルはいまどのようなマーケティング施策を行っていますか?

例えばまだ2回しか商品を買ったことがないような、比較的購買が浅いお客さまに対してのアプローチに力を入れています。こういった、購買経験が浅く情報が少ないお客さまの行動は、経験と勘では予測することができません。ですので人間が考えるのではなく、機械学習をかけた統計モデルを作り、その数値に合わせてアプローチするということをいま試しています。

具体的な事例についてお話しすると、定期購入は、実は初めて商品を買うときから定期購入を選ぶお客さまが多いんです。なぜかというと、初回購入には特典をつけたり、半額にしたりしているからですね。ただし、初回に安く買っている分、商品の良さを実感しないとだいたい3回目までに解約してしまいます。

我々は「お客さまがなぜ定期契約を解約しようとしているか」を理由とともに統計モデルにしていて、そのモデルに限りなく近い解約につながる行動をしているお客さまには、かなり突っ込んだクリエイティブでDMを送っています。解約するつもりがない人が受け取ったら「なにこれ?」となってしまうような内容です。ですがターゲットを統計的に精度高く絞っているので、そういったお客さまにだけはしっかりと響くDMになっているんです。実際、施策を行ってから定期購入の解約率を下げることができました。

顧客データ活用の第一歩は、お客さまと向き合おうとする覚悟をもつこと

―顧客データを活用し切れていない企業には、どういった理由があると思いますか?

我々は昔からお客さまデータの活用に取り組んでいますが、店舗であっても通販であっても、「お客さま一人のデータ」を「一人のお客さま」として考えるようにしていて、その仕組みでビジネスを回しています。それが結果として売り上げや長期的なご愛顧に繋がっていると思っています。

この「お客さま一人のデータ」と「一人のお客さま」が繋がらずバラバラになっている会社が少なくありません。データからお客さま一人ひとりを捉えようとしたときにうまくセグメント化できなくて諦めてしまうんです。まずはデータの統合から取り組んでいくべきでしょう。

お客さまを売り上げのグロスで捉えるのは簡単ですが、もっとお客さま軸でセグメントできないと結局マスマーケティングに戻ってしまうことになります。

―では、顧客データの活用に踏み出すためには、どういったことから始めればよいのでしょうか。

お客さまと向き合おうとする覚悟が必要です。これは決して楽な道ではありませんし、長期的な関係を作る覚悟も求められます。短期的な売り上げよりも、まずお客さまを理解するためにどうするべきか。そこがファーストステップかなと思います。

逆に、「こういうお客さまにアプローチしたい」というところから始めると失敗することにもなるでしょう。

長谷川氏が期待する、顧客データ活用の未来

―顧客データ活用において、いま求めるソリューションはありますか?

我々のようにデータの蓄積が豊富な会社にとって良くないことは、ロジックで分析してしまうことです。例えば、一カ月間、一年間といった幅でのデータ分析は、CRM領域的には正しいでしょう。しかし、一年前に買ってくれたお客さまと、3日前に買ったお客さまの熱量は恐らくまったく違います。

熱量が高い人に対して求められるアプローチと、熱が冷めてしまった人に対して求められるアプローチは異なるはずです。この熱量みたいなもの、時系列の流れをうまく捉えるには、リアルタイムに顧客行動を追跡し、把握・理解することが必要です。こうしたソリューションがあると、マーケティング的には一歩先に進んだことができると思います。

―時系列を捉えるソリューションがあったら、どのようなデータ活用を行いたいですか?

時系列の延長として、我々はいま“順序”に注目しています。例えば、化粧品を買ってから健康食品を買っているのか、その逆なのか。これを期間でまとめてしまうと「両方買っている」という分析にしかなりません。より最近購入した方が熱量が高いと考えられるので、より適切なアプローチを行うことができるでしょう。

お客さまを正しく捉えるというのは、お客さまがこれまで我々に対してどういう行動を取ってきたかを追い、お客さまの状況を解像度高く想像することです。そして、それを捉えた際にはすぐにお客さまに手を差し伸べる必要があります。

―アプローチもタイムリーに行う必要があるのですね。

はい。お客様が求めていることを、求めているタイミングで実行すること。お客さまもそれを期待していますし、デジタル技術の発達でそれができる時代になりました。

もしも自分の目の前に一人のお客様がいらっしゃったとしたら、リアルタイムにその人に合った対応をしますよね。しかし、それがデジタルになった途端にうまくできず、できない理由を探しに行ってしまいがちです。対面であってもデジタルであってもお客さまに寄り添うべきです。そしてそれができるようになることがテクノロジーの発展だと、私は思います。

ブランドパーパスが再び問われる時代

  • (写真)にこやかに話す長谷川氏

―企業のあり方も変わっていきそうですね。

これまでの勝ちパターンの踏襲や真似を繰り返していこうとすると、会社同士がだんだん同質化して差がなくなっていきます。

いま、ブランドパーパスが再び問われています。ブランドとして尖らないといけない時代です。“自分たちの会社は、なんのための会社なのか”。ここに立ち返れば、自社だから提供できる、他社に真似のできない価値を実現できるのではないでしょうか。

個人的には、機能を充足させて価値を提供するよりも、「体験価値を上げるもの」を提供したいという思いがあります。さらに言えば、それを感動体験まで持っていきたい。うちの会社だからできる最高の体験に愚直にこだわりたいし、お客さまに寄り添うならそうじゃないといけないと思います。業績を伸ばし続けている企業のマーケティングはそれができているように思います。

―最後に、長谷川さんの今後の展望についてお聞かせください。

ファンケルは、これまでも第三者から「データを活用している」「お客さまに寄り添っている」という評価をいただいてきましたが、もっともっとお客さまを理解できるような仕組みを作り、自分が全社的なデータ理解のエンジンとなりたいと思っています。今日お話ししてきたようなものを、システムの観点から作り上げていきたいですね。

―ありがとうございました。

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