2023年11月14日、15日にザ・プリンス パークタワー東京およびオンラインで開催された「VMware Explore 2023 Tokyo」。マルチクラウドの無限の可能性が示された本イベントから、三菱自動車工業株式会社の事例講演を紹介したい。
三菱自動車の歩みと2023年のビジネスハイライト
「AppStackを使い倒せ!! 三菱自動車のエンジニアリング用VDI事例紹介」と題した講演に登壇したのは、三菱自動車工業株式会社 エンジニアリングIT部 製品データ作成システムグループ マネージャーの平塚教之氏。
三菱自動車工業の設立は1970年。日本の自動車会社としては後発だが、三菱造船と三菱内燃機が1919年に日本初の量産乗用車「三菱A型」を発売しており、もっとも古い自動車会社のひとつと言える。
2022年度の販売台数は83万4,000台となり、その3分の1以上がアジア地域。タイプ別に見るとSUVやピックアップトラックといったオフロード車が強く、車種構成の60%を占めている。
また、平塚氏は具体的なカーラインナップとして「エクリプスクロスPHEV」や「アウトランダーPHEV」、「ekクロス EV」や「MINICAB-MiEV」などを紹介しつつ、「ちょっと残念なのは、この中に『ランサーエボリューション』があったらな、と」と個人的な想いを漏らした。
ビジネスハイライトは3点。1つ目はASEAN新車攻勢だ。タイでの発売開始後、順次グローバル展開を行っている新型「トライトン」を日本市場でも約12年ぶりに投入。また新型「エクスフォース」をインドネシアで発売後、ASEAN地域や南アジア、中東アフリカへ展開している。
2つ目は、「ジャパンモビリティショー2023」で初公開された、未来の「デリカ」をイメージした電動クロスオーバーMPV「D:X コンセプト」。3つ目としてアジアクロスカントリーラリー2023において総合3位入賞に輝いたことが紹介された。
VDI導入以前のデジタル開発業務における課題
三菱自動車工業は、2017年から設計、CAE解析、生産技術などの業務分野で使用するエンジニアリング系アプリケーションのプラットフォームを、ワークステーションからVDI(Virtual Desktop Infrastructure)に順次移行。2020年3月にはVMwareの力を借りて、ほぼ全ての領域で移行を完了させている。
自動車のデジタル開発業務には、「デザイン」「設計」「試作・試験」「生産準備」「営業・アフターセールス」という業務プロセスがある。VDI導入以前、デジタル開発本部では150種類以上のアプリが稼働しており、バージョン違いを含めるとその数は300種類以上。メンテナンス作業やバージョンアップ対応は膨大なものとなり、エンジニアリングIT部の大きな負担となっていた。
また、1ファイルあたりのデータ容量は数10MB~1TBと非常に大きく、ファイルを開く、保存するといった動作にかかる時間は長い。こういった作業を支えるためにクライアント環境として高性能なCAD用PCが用意されていたが、デスクトップPCであるがゆえに持ち運びができないという問題から、設計者はノートPCを併用しており、稼働率は約70%に留まっていた。
開発拠点のデータ保管場所にも特徴がある。現在、開発に関するデータは、愛知県岡崎市の技術センター/岡崎製作所のサーバールームで一元管理されている。だが三菱自動車工業には、京都府京都市の京都研究所/京都製作所、岡山県倉敷市の水島製作所といった開発拠点もあり、そういった拠点から大規模データを利用する際には、非常に長い待ち時間が発生していた。
このような状況のなかで設計者からは「会議室や出張先など、自席以外でもデジタル開発環境を利用したい」「大規模データのレスポンスを改善してほしい」などの要望が寄せられており、システム担当者は2重の苦労を抱えることになる。
合言葉は「どこでもポン」「つないでポン」――VDIの導入と浮き上がった課題点
三菱自動車工業は、こうした状況を改善するため、「どこでもポン」「つないでポン」を合言葉として2000年代後半からVDIの導入を進めた。岡崎市にあるサーバールームにリモートデスクトップ接続用のPCを並べ、ここにネットワーク接続してもらうという形だ。
この取り組みは「会議室以外でも使える」「データの読み込みもそこそこ速い」と一定の評価は得ることができたものの、一部の限定運用に留まったという。その理由は、大きくわけると、下記の3点であった。
- 設計者の仕様に合わせるには?数分のリモートデスクトップ?端末が必要
- PCのシステムメンテナンスは従来並み
- 使えるアプリケーションはCADソフト『CATIA V5』のみ
平塚氏は、「このリモートデスクトップ接続用での運用は結局、CAD研修や会議室での利用に限定されることになりました」とその顛末について語る。
そのまま数年間に渡り、限定運用が続けられる中で、VMwareから提案されたのが「VMware App Volumes(以下、App Volumes)」だった。
VMware App VolumesとAppStackがもたらすメリット
App Volumesの最大の特長は、OSからアプリケーションを切り離した仮想ファイルの作成が可能という点だ。
従来の環境では、システム担当者がOSにアプリケーションやデータをインストールする必要があった。だがApp Volumesにおいては、VDI接続時にAppVolumes Agentがアプリ配信用のボリューム「AppStack」と設計者毎のアプリや環境ファイルを格納した「WritableVolume」をアタッチする。そうすることでシステム担当者は、AppStack内のアプリのみを管理すれば良くなるわけだ。
「App Volumesでは、どのエリアに接続しても、自分仕様のCAD用PC環境が再現できます。CPUやメモリーの割り当てが異なるVDIの区画を用意しておけば、データの容量やアプリに応じて自由に選択も可能です。設計者ごとのPCセッティングが不要になるわけですから、『もうこれは、やるしかないでしょう』ということで、導入を決定しました」(平塚氏)
VDIにおけるすべての操作を可能にした“eVDIポータル”を社内開発
だがVMwareから提案を受けた当時、まだApp Volumesを用いてデジタル開発環境を構築している、という事例はほとんどなく、また問題点もあった。VMware HorizonにはAppStackを選択する機能がなく、システム担当者が設計者ごとにAppStackを選択しなければならない。またAppStackを付けすぎると、アタッチ数の二乗で起動遅延が発生してしまう。
「どうするか、皆で考えた結果、『設計者自身がAppStackを選択できるような機能があればいいんじゃないか』というアイデアが出まして、『eVDIポータル(Webシステム)』を社内開発することにしました」(平塚氏)
「eVDIポータル」は、VDIに関するすべての操作が行えるWebシステムだ。「起動メニュー」を選んでVDIに接続したのち、「標準区画」「高性能区画」「超高性能区画」の中から区画を選択する。これらの区画はCPUやGPUが利用用途ごとに割り当てられており、利用者が増えるとボタンの色が変わる仕組みだ。
区画を選ぶと、次に起動オプション画面が表示される。ここではアプリケーションの選択、「PCoIP」や「VMware Blast」などの接続方法、「全画面表示」「ウィンドウ - 大」といったディスプレイ出力を設定可能だ。あとは「起動」ボタンを押せば、必要なAppStackがアタッチされたVDIを使うことができる。
例えば、設計者が『高性能区画』で『アプリ4』『アプリ5』を選択して接続すると、選択したアプリと個人データがアタッチされてVDIが起動する。これで設計者はノートPCに接続した外部モニターの画面からVDIを操作し、業務を遂行できるわけだ。
また、あらかじめ部門ごとに利用割り当てを行っておくことで、部門に所属するメンバーがすぐに必要なアプリを利用できるという利点もある。ただし、割り当てられていないアプリを個別に使いたい場合あるだろう。そんな時は、そのメンバーにAppStackを個別に割り振ることで、即座に利用可能となる。
「CAD用PCでは、個別アプリ導入を依頼されるたびに、導入作業が必要でした。VDIになってからは、AppStack化した個別アプリの追加設定のみで利用環境の準備が完了します」(平塚氏)
また、応用例として、設計者が退社して空いた夜間のVDIのリソースをCAE計算に利用するという使い方も紹介された。これは特定の時間になったら、ジョブ管理プログラムが自動でVDIにログイン、IDから登録情報を確認してファイルサーバーからモデルとインクルードファイルを入手し、計算を開始するというものだ。解析結果はファイルサーバーに出力され、担当者が出勤した際に確認出来る。
近年は、三菱自動車工業の海外駐在エンジニアもVDIを活用しており、例えばタイからG-WAN経由で岡崎市のVDIサーバーに接続し、国内と同じCATIA環境を利?する。海外駐在エンジニアからは「レイテンシーの問題はあるものの、許容レベルで使える」との好評を得ていることが紹介された。
VDIの早期導入でコロナ禍での在宅勤務をいち早く可能に
三菱自動車工業は2017年よりVDIを展開。京都と水島の拠点は物理的距離があり、レスポンスが悪いという課題があったため、導入を先行。岡崎では試作・試験部門での導入に留まった。2018年~2020年にかけては岡崎の設計部門、生産技術部門、解析部門での展開が進み、残るはデザイン部門のみとなる。
そんな中、新型コロナウイルス感染症が大流行。社会はどのような業務を遂行していくべきか、その手段を問われることになる。ここでVDIの展開をほぼ完了させていたことが活きた。
「従来、VDIの在宅利用は限られた方にのみ許可していました。ですがコロナ禍という状況の中で在宅勤務が推奨されることになり、社外回線を増強してやってみたところ、2020年5月にいち早く在宅勤務にシフトすることができました」(平塚氏)
コロナ禍においても既存環境を利用して、リモートワーク環境を構築できたことにより開発業務を止めることなく対応することができた点で、VDI導入の取り組みは高く評価された。その功績が認められ、本部長表彰も受賞したという。
将来的には海外拠点でもVDI使用できる環境を実現したい
平塚氏はエンジニアリング用VDIの導入を振り返り、その効果を語る。
「VDI化により、現場にあったCAD端末を減らし、職場をスッキリさせることができました。またリモート作業によって拠点ごとのシナジー効果がうまれ、建屋のレイアウトの変更も容易になり、VDI化によって運用も効率化しています。また、マスターイメージはすべてAppStackをベースに環境を整えており、CAE、CAD、生産技術など、すべて同じマスターイメージを使っています。それにより、ユーザーごとの環境設定やバージョンアップの集中管理などを実現し、運用管理工数を削減することもできました」
さらにこれからの展望として、海外拠点への展開を挙げる。現在は三菱自動車工業から海外に出張している方向けの環境であるため、今後は海外拠点のエンジニアも、岡崎のVDIを使用できるように環境を構築していくという。またクラウド化を進め、設計協力会社等とのデータ共有も目指している。そのためにVMware Horizonのサブスクリプション化も行われた。
最後に平塚氏は、VDIの長所と短所について、「VDIの長所は、様々な働き方が可能になること。在宅勤務や海外出張などにも対応します。またデータ伝送の待ち時間やバージョンアップ等によるシステム変更も大幅に短縮できました。短所は、VDIでの使用に関して使?許諾契約の確認が必要になったり、VDI稼働保証のないアプリが多かったりすることです。まれにAppStack化ができないものもあります。」とまとめた。
そして、そういったことが起きた際には、VMwareのテクニカルアカウントマネージャーの協力を受け、都度問題を解決していきたいとVMwareへの期待感を述べて講演を締めくくった。
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