オムロン株式会社は、同社の2030年度に向けた長期ビジョン「Shaping the Future 2030(SF2030)」において、“人が活きるオートメーションで、ソーシャルニーズを創造し続ける”を掲げ、その実現を推進する。2022~2024年は、そのSF 1st Stageとして、全社方針を“トランスフォーメーションの加速による価値創造への挑戦”と定め、「事業のトランスフォーメーション」「企業運営・組織能力のトランスフォーメーション」、「サステナビリティへの取り組み強化」に取り組んでいる。
デジタル技術の活用にも積極的に取り組み、高い変化対応力を備えるオムロンが、今シミュレーションを活用して開発プロセスを効率化し、エンジニアが本来なすべき取り組みに集中できるよう体制を整えている。同社は研究開発のさらなる進化を目指し、クラウド上でシミュレーションを活用できる環境を構築した。本記事では、オムロンで開発環境整備に取り組む津田学氏、クラウドを提供するアマゾン ウェブ サービスジャパン合同会社(以下 AWS)の舛重国規氏、シミュレーション技術を提供するアンシス・ジャパン株式会社(以下Ansys)の柴田克久氏に、クラウドベースのシミュレーション導入のメリットやオムロンでの導入による成果、そしてAWSとAnsysがコラボレーションすることで実現できる価値について話してもらった。
研究開発で抱えていた課題である試作の回数を激減させるシミュレーションの導入
- まずは3社の紹介からお願いします。
津田:オムロンといいますと、一般のお客様には体温計など、健康機器のイメージが強いと思いますが、実は6割近くを占める主力事業は工場を自動化するセンサーをはじめとした制御機器事業です。そのほか、太陽光発電用パワーコンディショナを始めとする機器やサービスで再生可能エネルギーの普及・安定化を進める社会システム事業などにも取り組んでいます。
舛重:当社は信頼性と拡張性に優れた各種クラウドコンピューティングサービスを提供しています。シミュレーションの計算環境として必要なHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)や、シミュレーションの前処理や結果の表示で使われるVDI(デスクトップ仮想化)*もその1つです。
* デスクトップの機能をサーバー上に集約し、手元のPCに画面を転送して利用すること
柴田:Ansysは設立から50年を超える歴史を持ち、主に流体や構造、光、電磁界といった物理的現象をコンピュータ上で忠実度高くシミュレーションするソフトウェアを提供している会社です。
- オムロンはコア技術として「Sensing & Control +Think」を打ち出しています。これはどのような考え方ですか。
津田:オムロンでは、創業以来、社会的課題を解決するため、現場から必要な情報を “Sensing” し、現場に適切なソリューションを提供する “Control” 技術を脈々と磨いてきました。そして、近年では、そこに現場の人の知見を加える “+Think” 技術の強化をおこなっています。まずは、Sensing。主力事業では多種多様なセンサーを用いますし、体温計や血圧計も人の体を測るセンサーで、状態を認識する技術を表します。Controlは、認識した情報を基に、ロボットなど生産設備を自動化する機器を制御しながら動かす技術です。これまで人が行ってきた多様な動きを自動化するのがSensing & Controlです。ここに+Thinkを加えているのが当社のユニークなところ。単に自動化するだけでなく、現場の熟練技術者が有する知見も含めて自動化する、という考え方です。
- オムロンで、研究開発に関して抱いていた課題を教えてください。
津田:例えば太陽光発電用パワーコンデョショナやパワーサプライなどパワーエレクトロニクスの領域では、技術開発にあたって熱や磁場をいかに制御し、実際の製品設計や生産技術に活かしていくかが極めて重要です。その過程では、求めていた性能を実現するため、試作と評価を何度も繰り返します。設計エンジニアは本来、設計のアイデアや新手法の考案、顧客の要件定義といった作業にエネルギーを使うべきですが、試作と評価の繰り返しにそのエネルギーを取られてしまうのが大きな問題でした。また、熟練技術者はたくさんのアイデアや試したいことがありますが、実際にモノを試作し評価していくと、限られたアイデアしか試せないのも課題でした。
- そうした課題を解決するにはどういった取り組みが必要でしたか。
津田:実物を作らなくても性能を確認できるシミュレーションの導入が必須でした。シミュレーションを活用したエンジニアリングではコンピュータ上でモノを仮想的に作り、それを基に性能評価を行えますし、熟練技術者のノウハウを定式化し、最適な条件を抽出・適用できるので、当社でもAnsysが提供するAnsys HFSSといったシミュレーションツールの利活用をスタートしました。
柴田:シミュレーションは、いくらでも試行錯誤したり、失敗したりすることが可能です。試作品などの実物を使った検証の場合は、コストも時間もかかるので試せるパターンは限られますし、産業機器のような大型の物や、宇宙開発など実物での検証が難しいパターンも試せるので、性能や品質の向上につながります。
津田:熟練技術者のノウハウのみに頼っていた従来の設計方法では、5、6パターンのなかから適合するものを選ぶことしかできませんでした。ですが最新のシミュレーション手法を使うと、何百何千の膨大なパターンから最適なものを見つけ出すことも可能になってきています。ノウハウをより効果的に活かすという意味でも大きな利点ですね。
舛重:シミュレーションソフトが劇的に進化し、多様な物理現象をモデルとして組み込めるようになったことに加えて、コンピュータの性能が上がり、複雑化・大規模化したモデルにも対応できるようになったことで実現したのだと思います。
クラウドモデルの導入でシミュレーション活用の付加価値を高める
- オムロンではまずオンプレ環境でシミュレーションを利用し始めましたが、その後、クラウド活用にも踏み出しました。なぜクラウドベースのシミュレーション導入を考えたのですか。
津田:シミュレーションの効果が見え始めると、活用案件や複雑なシミュレーションモデルが増え、思っていた以上に演算リソースが必要になったのです。新たなリソースが必要になるたびエンジニアがPCを購入し、ツールのインストール・設定といったセットアップを行っていたのですが、このままではエンジニアがPCの発注とセットアップに忙殺されてしまうのではという懸念が見えてきました。それでは結局、エンジニアが本来なすべき仕事を行う時間を確保できないということで、2021年にクラウドベースのシミュレーション導入を決断したのです。
舛重:その頃はコロナ禍の影響で半導体不足が始まり、PCを調達しようにもなかなかできない状況だったことも背景にあったのではと推測します。
津田:その点クラウドなら、ハードウェアPCをいちいち購入してセットアップする必要がなく、各エンジニアが必要なときに必要なだけ仮想PCを生成し、リソースを得ることができます。また実験が終わって不要になったときも、クラウドはボタン1つで消去できますが、ハードPCの場合は廃棄するまで管理し続けなければなりません。そのコストがなくなるのも大きいですね。もともと当社の基幹システムをはじめ、さまざまなシステムをAWS上に構築してきたことから、研究開発環境もAWSに実装しようと考えました。
舛重:多くの企業でクラウド導入にはセキュリティ面の懸念があるという話も聞きます。単にサイバーの脅威への対応力という点では、日本政府のクラウドにも選ばれるなど、AWSの安全性は極めて高く、むしろ個々の企業がオンプレに構築するよりもはるかに強固といえますが、実際に導入するうえでは各社が持つセキュリティポリシーが障壁になるケースも多くあります。
津田:当社は製造現場のデータをはじめとする機密情報を扱っているので、データ保護は最重要テーマです。導入に際しAWSがセキュリティに関して堅牢であることは重要なポイントでしたが、やはり壁はありました。クラウドは機密情報を外部に保存することになるので、自社のセキュリティルールをどう適用していくか、クラウドのセキュリティ設計から私たち研究開発部門が取り組まなければならず苦労しましたね。
研究開発部門のメンバーと、2019 年より AWS 技術者のトレーニングプログラムを開始していたオムロングループのソフトウェア開発会社であるオムロン ソフトウェアのAWSライセンスを持つエンジニア、さらにAWSのメンバーで連携しながらセキュリティルールに従った仕組みをAWS上に実装して、当社独自のクラウド開発環境「RDinX」を構築していきました。
他の部門でも活用できるように全社展開を前提として構築したので、AWSやクラウドに明るくない事業部のエンジニアでも簡単に導入・活用できるようにする必要があり、実装のハードルも相当高かったです。今後はシミュレーションも各社当たり前に使っていくようになるでしょうから、CPUのリソースが競争力に直結します。だからこそ、クラウドでシミュレーションを活用する環境を早めに構築しておくことでアドバンテージを得られると考え、全社導入を前提に取り組みました。
“夢の開発環境”実現に向けてさらなる取組を進める
- クラウドベースのシミュレーション導入で得られた効果を教えてください。
津田:これまでは機器の選定や、半導体不足によるハードPCの納期遅延などで、長い場合だと5~6ヶ月かかっていたPCの調達が、5分で仮想PCを生成することができるようになりました。また、1台1台決められた手順に沿って設定を行う必要がありましたが、クラウド上の仮想PCなら設定をコピーするだけで完了するので、PC導入の工数が激減しましたね。
柴田:Ansysの製品に関して言えば、熟練技術者のノウハウを使いやすくするためGUIの簡略化や自動化を進めていますし、APIを通じてカスタムワークフローをユーザー側で作成できるようになっています。これらはオンプレだけでなく、当然クラウドにも対応しています。
また、計算に必要なハードウェアリソースをAIで見積もり、それを基に解析計画を立案できるような取り組みも進めています。クラウドの場合、シミュレーションを行えば行うほどデータが蓄積されていくので、AIがそれを教師データとして利用することで、精度もさらに高まっていくでしょう。
- クラウドベースのシミュレーションを活用して今後どのようなことに取り組んでいきたいですか。
津田:将来的には、エンジニアが能力を最大限発揮し、あらゆるデータを駆使してどんなものでもシミュレーションできる“夢の開発環境” を創ることが、私のミッションだと考えています。
AnsysやAWSには、データのセキュリティと、利便性が両立するサービスを提案してほしいと思います。
舛重:そこでAnsysとAWSは両社の技術力を合わせて顧客を支援していくため、2022年2月に戦略的パートナーシップを締結しました。
柴田: 2022年11月から「Ansys Gateway powered by AWS」というソリューションを提供しています。これはまさにシミュレーションのユーザーにクラウドという選択肢を提案するもので、幅広く使われているAWS上で、Ansysのツールを使いシミュレーションを実行する仕組みを手軽に構築することができます。
舛重:こうしたパートナーシップをベースに、津田さんの語る“夢の開発環境”の実現を、ぜひとも力強く支援していきたいと考えています。
アンシス・ジャパン株式会社
当社のミッション: 人類の進歩を促進するイノベーションに力を™
Ansysのシミュレーションは、ビジョナリーカンパニーが世界を変える革新的アイデアを、設計から現実のものにするために活用されています。50年以上にわたり、Ansysのソフトウェアは、様々な業界のイノベーターがシミュレーションの予測能力を活用して、限界を越えることを可能にしてきました。持続可能な輸送手段から高度な半導体まで、衛星システムから救命医療機器まで、Ansysは人類の進歩における次なる大きな飛躍の原動力となります。
本件に関するお問い合わせ先
アンシス・ジャパン株式会社
マーケティング部
tok-mkt-com@ansys.com
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