長野市における産業、自然、文化、歴史などの資源と、長野冬季五輪における有形無形の財産の活用、さらにコンベンション誘致や観光振興による地域経済の活性化等を目的として設立された公益財団法人ながの観光コンベンションビューロー(以下、ながの観光コンベンションビューロー)。同組織は現在、観光客の行動をデータ化し、分析によってパーソナライズされた体験を提供する「観光DX」を推進している。この取り組みを支える土台ともいえるのが、株式会社JTB(以下、JTB)の提供する「地域共創基盤(R)」だ。このシステムにはSalesforceのService Cloudが導入されており、構築部分はクラウドシステムの導入支援を行う株式会社テラスカイ(以下、テラスカイ)が担当している。この取り組みは、2020年8月に、株式会社セールスフォース・ジャパンとJTBが発表したプロジェクトの一環で、地域社会の持続可能な発展を支援すべく、日本各地の観光地域づくり法人(DMO)、ならびに地方自治体へSalesforceを導入し、地域DXを支援していくものだ。
ながの観光コンベンションビューローは、今回の地域共創基盤®の導入により、2022年の善光寺御開帳ではこれまでにない規模でのデータ収集と蓄積を実現。今後は収集したデータの分析や各方面へのフィードバックなども期待されるなど大きな効果を生んでいるという。なぜ、ながの観光コンベンションビューローは観光DXに取り組むのか。そのなかで地域共創基盤®はどのような役割を果たすのか。ながの観光コンベンションビューロー専務理事 石黒宏之氏と観光部 サブコーディネーター 中澤拓也氏に話を伺った。
さらなる観光体験の価値向上を目指して発足した「観光DX」
長野市は人口約37万人を抱える長野県の中核都市だ。全国的に高い知名度を誇る善光寺をはじめ、真田家ゆかりの城下町や標高1,000mを超える爽やかな高原、日本の原風景が残る集落など多数の観光資源を有しており、首都圏から北陸新幹線で約1時間半というアクセスの良さもあって移住先としての人気も高い。
順調に見える長野市の観光業だが、一方で課題もある。観光客のうち宿泊者の割合が少ないこと、つまり観光客の多くが日帰りしていることだ。石黒氏は「宿泊を伴う滞在型の観光を促進するには、長野市が近郊観光地のゲートウェイ的な役割を担うことや、市内における旅コンテンツの充実、さらに他の観光地と差別化を図れる体験コンテンツの掘り起こしなどが必要だと法人内で意見がまとまりました」と話す。
一方で施策を計画し、効果検証するにしても、裏付けとなるデータが明確化できない点も課題と捉えた。そこでデジタルを活用した仕組みの改善および観光体験の向上を目的として2021年に発足したのが観光DXプロジェクトである。
2022年春に、コロナ禍で1年延期となった「善光寺御開帳」が控えていた。数えで7年に一度だけ開催される善光寺御開帳は全国から約700万人が訪れる一大イベントであり、より多くのデータを取得し、分析するチャンスだった。そこで、観光DXプロジェクトを担当した観光部の中澤氏は、善光寺御開帳を軸とする3つのフェーズでDXを進めていく計画を立てた。
「まず御開帳までにデジタル化を進め、データ基盤を構築するのがフェーズ1。そして御開帳の期間中にデータを収集するフェーズ2。御開帳以外も含めて収集したデータを分析し、各種施策にフィードバックしていくのがフェーズ3です。もともと、データを活用したいという気持ちは、本プロジェクト以前からありましたが、外部からデータを買うとコストもかかり持続的な取り組みも難しいため、マーケティング活動を強化していくうえでも自分たちできちんとデータを蓄積していくことから始めようと考えました」(中澤氏)
収集・蓄積するデータは善光寺御開帳にとどまらない。たとえば道の駅など長野市の各地で実施している来訪者アンケートの結果や、長野マラソンの参加者データ、ながの観光コンベンションビューローが運営する長野市のファンサイト「ながのファンくらぶ」の会員情報なども重要なデータである。ただ、こうしたデータはこれまでばらばらに管理されており、連携できていないという課題があった。一例を挙げるなら、ながのファンくらぶで実施している各種キャンペーンにおける会員動向についても、キャンペーン単位での効果検証こそ行っていたものの、統合的な分析はできていなかったのだ。
こうしたデータ管理の課題を解決するために導入したのが、JTBが提供しテラスカイがシステム構築を担う「地域共創基盤®」である。
地域共創基盤®でデータを統合し、One to Oneマーケティングを加速
地域共創基盤®は、統合型クラウド基盤であるSalesforceをベースに、様々な技術を駆使して地域のDXを加速するソリューションである。地域共創基盤®を利用することで、観光客のアンケートデータやWebサイト等のアクセスデータ、さらにIoT等のリアルデータなどあらゆる形式のデータを蓄積・統合し、観光客一人ひとりの詳細な行動分析が可能になる。これにより、ひとりひとりのニーズに合わせた情報発信を行うなどの最適なコミュニケーションを実行し、観光客の体験価値と満足度の向上につながるというわけだ。ながの観光コンベンションビューローにおける地域共創基盤®の構築は2021年9月から始まり、翌年の善光寺御開帳に向けて急ピッチで進められた。
「地域共創基盤®の構築がスムーズに進んで運用が続けられている最大の理由は、JTBさんが伴走支援をしてくださったことです。頻繁にMTGを開いて、こちらの質問や要望に丁寧に答えていただきました。私たちはデジタルに詳しいわけではないので、Salesforceを導入するだけでは何もできなかったでしょう」(中澤氏)
こうして構築できた地域共創基盤®を活用し、2022年にはいよいよ善光寺御開帳のデータ収集と蓄積に取り組むことになった。このデータ収集で活躍したのが、アイデアマンの中澤氏だ。
「アンケートに回答していただくと、長野市の名品が抽選でもらえる引換券を配布しました。ただ、ここで単に名産品をプレゼントするだけでは、おもしろくありません。たとえば、長野を代表する郷土食である『おやき』を1つわたしても、おいしく食べて終わってしまいます。私たちとしてはこの機に長野に興味を持ち、またリピートしてほしいのです。そこで、違うお店のおやきをセットにしてプレゼントすることにしました」(中澤氏)
ほかにも、観光コンベンションビューローならではの発案と、観光客の期待に応えた景品をつくることでアンケートデータの大量収集に成功したのだ。こうして多くのデータを収集・分析した結果、様々な面白い事実が見えてきた。
「たとえば、関東圏からいらっしゃる方は電車で来られることが多く、長野市内の二次交通に関する情報をしっかりご案内した方がいいでしょう。また、自家用車でいらっしゃることの多い中京・関西圏の方には駐車場の情報を配信したほうが喜ばれるでしょう。このように、交通手段が変わると、メールマガジンなどで配信すべき来訪者にとって必要な情報も変わります」(石黒氏)
データから読み取れる情報には、これまでにも「おそらくそうだろう」と考えられていた既知の事実も多く含まれている。それでも、体感や予測ではなく、データとして明確に証明されることには大きな意味がある。
「善光寺御開帳で目立ったのが、静岡からのお客様が多かったことです。道路が整備されたので、おそらく静岡からの来訪は増えるだろうとは予想していましたが、こうしてデータの裏付けがあると、それに合わせた施策の説得力も増します」(石黒氏)
また、「ながのファンくらぶ」の会員に向けたメールマガジンの配信についても、新たな発見があったという。
「メールマガジンの開封率自体はこれまでも数字として出てはいたのですが、今回の地域共創基盤®の導入によって、開封率が全国平均より高いということに気づくことができました。また、地域共創基盤®によって顧客管理をおこなうことで、いつ、誰が、何回メールを開封したか、といった詳細なデータがわかります。そこから、観光客の興味関心がどこにあるのか、紐解いて考えていくこともできます。このように、効果や結果を知ることができるとわかれば、おのずと”もっと知りたい” ”こうしたら観光客に喜んでいただけるのでは?”と意欲も湧いてきます。こうした分析をおこなうことができる土壌ができたことや、分析をしようという意識改革は、地域共創基盤®を導入した大きな成果だと感じています」(中澤氏)
安易なデジタル化に走るのではなく、目的を見据えたDXが必要
地域共創基盤®の導入で観光DXの第一歩を踏み出したながの観光コンベンションビューロー。大規模なDXプロジェクトを成功に導いた要因として、中澤氏は「目的と手段を見失わないこと」だと振り返る。
「DXプロジェクトと聞くと、AIだとか電子決済だとか予約システムの導入だとか、そういうわかりやすいデジタル化に走りがちですが、我々のDXの本来の目的は地域としての魅力を来訪者に伝えることです。だからこそ、単なるテクノロジーの導入ではなく、データをもとに来訪者の興味関心の在りかを分析し、そこからコンテンツを組み立てるという本来やるべきことを見失わずに実行していく必要があります。テクノロジーはあくまでも、実現したい目的を達成させるための手段であることを忘れずに、これからも様々な取り組みをおこなっていきたいと思います」(中澤氏)
石黒氏も今回のプロジェクトを振り返り、次のように喜びと意気込みを語る。
「今回の一連のプロジェクトによって、ばらばらに管理されていたデータが1つに統合され、”現在の状況“を明確に可視化できるようになりました。そのことによって、現状の何が課題で、これから何が必要なのかを職員一人ひとりが考え、次の打ち手を考えられるようになりました。この点が、一番大きな成果だと感じています。今後は、長野市内の他の観光協会との連携なども視野に入れて地域共創基盤®の活用範囲を広げ、持続可能な観光都市となるようにデータを活かした取り組みを実現していきたいと思います」(石黒氏)
収集したデータを活用し、より高精度なOne to Oneマーケティングを目指していくというながの観光コンベンションビューロー。そのデータ活用を支える重要なインフラとして、地域共創基盤®にかけられる期待も大きい。ながの観光コンベンションビューローによる、”来訪者に地域の魅力を伝えたい”というぶれることのない信念を軸とした取り組みは、今後の観光DX推進の大きな後押しとなることだろう。
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