カーエレクトロニクスメーカーのデンソーテンが、サイバーフィジカルシステム(CPS)社会の実現に向けてソリューションの開発を加速させている。エッジコンピューターとクラウドサービスを活用することで、ヒト・モノ・クルマを一体的に連携させ、さまざまな移動課題を解決するソリューションだ。プロジェクトのリーダーであるAE事業本部モビリティソリューション開発部企画開発課の横山夏軌氏に話を聞いた。
モビリティソリューションパートナーを目指すデンソーテン
1920年に創業し、現在は、コネクティッド、CI (Car Infotainment) 、AE (Automotive Electronics) という3つの事業を展開するカーエレクトロニクスメーカーのデンソーテン。コネクティッド事業では、安全運転管理テレマティクスサービス (通信型ドライブレコーダー) や緊急通報システム、タクシー配車システムなどを、CI事業ではディスプレイオーディオやカーナビゲーション、CDチューナー、音響システムなどを、AE事業では、エンジン制御ECU、電気自動車向けECU、ハイブリッド制御ECUなどをそれぞれ手がける。
ECU、ドライブレコーダーなどのハードウェア開発から、音響システム、テレマティクスサービスなどのソフトウェア開発までを一貫して設計、製造、販売できる点がデンソーテンの大きな強みだ。
そんなデンソーテンが2030年までの事業ビジョン「VISION 2030」で取り組んでいるのが、既存事業を発展させつつ、新領域として人やクルマなどモビリティのデータを集約・活用し価値あるサービスの提供を推進することだ。「人・モノ・モビリティなど、あらゆる"移動"における困りごとを解決する『モビリティソリューションパートナー』として、未来のモビリティ社会に必要不可欠な企業」を目指している。
サイバーフィジカルシステム (CPS)社会に向けたデンソーテンの取り組み
この事業ビジョン実現のためにデンソーテンが注力しているのがCPS(サイバーフィジカルシステム)だ。CPSとは、実世界(フィジカル空間) にある多様なデータを収集してサイバー空間で分析/知識化を行い、そこで創出した情報を活用して産業の活性化や社会問題の解決を図っていくものである。
このCPS社会実現にむけてデンソーテンが開発をすすめるのがm-CPSTMと呼ばれるソリューションだ。m-CPSTMのアーキテクチャーと目指す姿について、横山氏はこう解説する。
「m-CPSTMは、車載可能なエッジコンピューターであるm-EDGETMと、クラウドシステムであるm-CPSTMから構成されます。エッジコンピューターは、振動・温度・ノイズなどに対して高度な耐久性を持つため、車載して車両統合制御装置VCUと連携できるだけでなく、街中に定置して信号やサイネージ、カメラの制御にも活用できます。エッジコンピューターで正規化、標準化されたデータは、クラウドシステムのm-CPSTMで匿名化・抽象化を行ったのち、各種AI技術を使って解析・推定・学習を行います。
処理したデータはm-CPSTMを経由して企業や公共施設などにスマートデータとして提供することもできます。m-CPSTMによって、車両の進化やサービス連携はもちろん、スマートシティの実現と全体最適化を図っていきます。」(横山氏)
m-CPSTMの構想から実装まで一貫して支援するMATLAB
このm-CPSTMにおいて、データ処理やAI処理で欠かせない基盤技術となっているのがMATLABだ。横山氏はMATLABを採用した背景と理由についてこう話す。
「もともとMATLABは、AE事業部におけるモデルベース開発(MBD)のために欠かせないツールでした。私も熱心なユーザーで、C言語コードの実行結果をMATLAB上でシミュレーションする仕組みを開発したり、エンジンの制御モデル開発でMATLAB、Simulinkを活用したりしてきました。MATLABは、AIや画像処理、統計、確率計算を駆使した複雑なアルゴリズムの開発・実装に最適な選択肢の1つです。アルゴリズムの構想では豊富なドキュメントがあり、データ整理・加工では強力なデータ処理機能を利用できます。また、プロトタイピングでは対話型で抽象度の高いプログラミングが可能で、可視化においても直感的なGUIを備えます。さらに実装においても、運用環境に開発したアプリケーションをデプロイすることができます。このように、データ処理と可視化に優れ、構想から実装まで一貫して実現できることがMATLABの大きな魅力であり、今回、MATLABを採用した理由となっています」(横山氏)
m-CPSTMの商用サービス化に向けてMaaSや回遊モビリティの実証実験に参画
デンソーテンでは、MATLABを活用しながら開発をすすめるm-CPSTMの商用サービス化に向けて、いくつかの実証実験に参画している。
2021年度に行われた北九州東田地区におけるMaaS(Mobility as a Service) 実証実験では、同地区に開業したアウトレットモールによって交通流がどのように変化するかを計測・予測した。具体的には、交差点に設置したカメラ画像をもとに、エッジコンピューターであるm-EDGETMで車両を認識し、クラウド側で交通流の分析とモデル化を行ったのだ。
「交差点の全方向の車両を1台のカメラで検出するために、処理の軽い前景検出で前処理したり、画像中の物体の動きをベクトルで表すオプティカルフローによる検出を行ったりと工夫を施しました。また、交差点における道路のつながり、構造をノードとリンクで表現することで、ベイジアンネットワークに見立てることができます。これにより、交通量を確率変数に見立てて、MATLABで予測モデルを構築。交差点に侵入した車両がモール入口側へ移動する確率や、モール入口から実際に入店する確率の推定、交通量の可視化を行いました」(横山氏)
また、2022年度には同地区における「近未来都市東田地域回遊モビリティ実証事業」に参画した。ここでは、エッジコンピューターm-EDGETMを搭載した車両を通じて、「クルマの価値向上」と「生活の価値向上」がどのように実現できるのかを実証した。
「小型のEVを走らせ、搭乗する人にマッチするようなサイネージを出すことで、回遊性の向上や、混雑緩和につながるのかどうかを実証しました。 また、車両統合制御装置VCUを通じて取得した様々なデータを活用する試みも行っています。トリップ(経路一巡)ごとの車速や充電容量、電費などをリアルタイムにモニタリングし、電欠の予測やドライバーごとの運転の傾向などを定量的・自動的に分析できるようにしたのです。こうしたデータは、ドライバーの教育などの目的でバス運行会社などの事業者にも活用いただけるのではないかと考えています。」(横山氏)
モビリティソリューションパートナーとして、移動における困りごとを解決していく
今後は、実証実験の結果を踏まえて、m-CPSTMをソリューションとして商用サービス展開していくことに取り組んでいく。これまでは、データの収集から処理を行うために、PoCを行う場合でも数ヵ月から半年という期間がかかることもあった。しかし、MATLABを活用したm-CPSTMでは1ヵ月で成果を確認できる場合もあるという。
「アイデアをすばやくかたちにし、それをシミュレーションで確認しながら、取り組みの出口までのパスをつくることができます。構想から実装までの時間を大幅に短縮できることはもちろん、可視化機能により、エンドユーザーやお客様へのわかりやすい提案につなげられることもメリットです。今後は、さまざまなパートナーと連携しながら、収益化に向けた取り組みを加速させていくつもりです」(横山氏)
MATLABを活用したm-CPSTMの取り組みは、デンソーテンの強みである、ハードウェア開発とソフトウェア開発のノウハウや知見を融合させながら、人・モノ・モビリティといったあらゆる移動における困りごとを解決していくものとなる。「モビリティソリューションパートナー」としてのチャレンジを今後もMATLABが支えていく。
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