デジタル庁が発足され、国を挙げてDXが推進されている現在、地方自治体のデジタル化も加速している。コロナ禍により一気に普及したテレワークやペーパーレス化をはじめとしたデジタル活用は、独自のカルチャーを持つ地方自治体にどう根付き、地域住民の生活向上に貢献していくのだろうか。

自治体DXの現在地を確認すべく、「DXレポート」の策定に携わった経済産業省の和泉 憲明 氏と、SIerとして地域発展を目的とした地方自治体のデジタル化を支援する株式会社大崎コンピュータエンヂニアリングの 西口 大輔 氏、佐藤 博文 氏、ITベンダーとしてビジネスを変革する最先端のテクノロジー製品・サービスを提供しているエヌビディア合同会社の岩谷 正樹 氏による座談会が執り行われた。ITインフラのソリューションディストリビューターである株式会社ネットワールドの長島 慎一 氏がモデレーターを務め、自治体DXの課題、将来を見据えたビジョンについて話が展開された。

  • 集合写真

    (左から)
    エヌビディア合同会社 ネットワーキングプロダクトマーケティング ディレクター、HPC/AI アンド テクニカルコンピューティング 岩谷 正樹 氏
    株式会社大崎コンピュータエンヂニアリング 第1営業統括部 第2公共営業部 部長代理 西口 大輔 氏
    株式会社大崎コンピュータエンヂニアリング インフラ統括部 基盤技術部 部長 佐藤 博文 氏
    経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室 室長 和泉 憲明 氏
    株式会社ネットワールド 営業本部 第3営業部 3課 マネージャー 長島 慎一 氏

技術と利用のバランスが崩れた今こそが変革の時期

長島氏:
デジタル庁の発足もあり、昨今では地方自治体のデジタル化も加速しているように思いますが、実際にはペーパーレスや在宅ワークなど、デジタル活用に課題を感じている自治体も多いかと思います。まずは自治体の置かれている現状についてお話しいただけますか。

  • インタビューをする長島 慎一 氏

    株式会社ネットワールド 営業本部 第3営業部 3課 マネージャー 長島 慎一 氏



和泉氏:
DXレポートでは、新たなデジタル技術が次々と登場しているのにITシステムが古いままでは、企業・組織のデジタル変革はうまく進まないと指摘しましたが、“デジタル化”というものを紐解いてみると、「技術と利用のバランス」に目を向ける必要があります。これまで、技術が社会を変革するのではなく、「社会による利用」とバランスを保ちながら技術は少しずつ進化を重ねてきました。

そのため、従来は「技術が未熟だから在宅ワークはできない」と社会は技術を受け入れていなかったのですが、コロナ禍によって、在宅ワークの実施やペーパーレスのツール活用が強制されてしまいました。あっという間に社会が変わってしまい、技術を使いこなせていなかったり、本当にやるべきことと違う方向で統制されてしまったりと、非常にアンバランスな状況に陥っている可能性があります。

あらためて自治体DXを見ると、課題として顕在化しているのが在宅ワークやペーパーレス化に関するツール導入の話が中心になっていることが多いのではないでしょうか。社会がどう変わるのか、それによって自分たち(企業・組織)の文化(ルール・慣習を含む)はどう変革すべきか、といった本質的な議論ではなく、“今できること”の延長としてツール導入を典型とするシステム調達の議論しか行われていないというのが、自治体DXの現在地だと思います。

2023年3月31日にデジタル田園都市国家構想実現会議が開催されました。そこでは経産省からデジタルライフライン全国統合整備計画、すなわち社会インフラの整備としてハードやソフトも、ルールも担い手も、全てデジタル化し、その社会実装のための事業として、自動運転でもドローンでも、デジタルによる社会の高度化ならAIでも何でもやるぞ、という方針が示されました。デジタルのための社会インフラ整備という少し遠回りしている印象があるかもしれませんが、政府としては従前からのITシステム導入ではなく、社会全体をデジタル化する方向で政策を進めていこうとしています。このようなデジタルテクノロジー中心の社会構造への変革に舵を切るなか、一方の利用者側がレガシーテクノロジーに固執しているようなアンバランスさが発生しているように見えます。

  • インタビューに答える和泉 憲明 氏

    経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室 室長 和泉 憲明 氏

岩谷氏:
我々は、さまざまな用途を想定した製品を提供させていただいております。一方で全てのお客様の個別のご事情や状況に対して100%そのまますぐに使えるわけではないのも事実です。ですので、大崎コンピュータエンヂニアリング様やネットワールド様といった販売店様やインテグレータ様にご協力をいただきながらお客様との間のテクノロジーと利用に関するアンバランスを解消できるように努力させていただきたいと考えております。

  • インタビューに答える岩谷 正樹 氏

    エヌビディア合同会社 ネットワーキングプロダクトマーケティング ディレクター、HPC/AI アンド テクニカルコンピューティング 岩谷 正樹 氏

ノウハウの塊である自治体のカルチャーを、どのようにデジタル化していくかが論点

長島氏:
ここまでの話で、社会における技術と利用のアンバランスさが課題として見えてきましたが、利用者側の行政・自治体の現場にはどのような課題があるとお考えでしょうか。

和泉氏:
かつて、自治体ではペーパーワークが主体で、住民基本台帳などが典型ですが、紙を束ねて情報を管理し、業務を行うというのが基本的な文化でした。紙での作業であってもミスを極力防ぎ、どんなマイノリティな人にでも、幅広くサービスを提供するというのが自治体における文化としての業務だったわけです。そこでの作業プロセスはノウハウの塊で、それをいきなりデジタル化してくださいとなると、現状の業務にちょっとITを追加してという話ではなく、一度全体を見直す必要がある。その際には、積み重ねてきたノウハウが失われてしまう危険性がないのか、幅広くサービスを提供できるのか、などを議論しながら進めなければなりません。単に「まだ紙を使っている」「登庁しないと業務ができない」と既存の業務を否定しているだけでは世の中は変わらないと思います。その意味で、アンバランスな現状においては、技術(テクノロジー)に関する知見を持っている人と、現場の業務に関する本質を理解している人がどう歩み寄り、新しい文化を共創できるかが論点になってくると思います。

西口氏:
コロナ禍の前後で、ITの中でも、特にテレワーク関連に投資をしたいと意思表示する地方自治体は増加しました。ただ、実際に現場が利用するかというと、利用率が上がらない自治体も少なくないのが現状です。具体的には、このデータには外部からアクセスさせてはいけないというセキュリティ的な問題があり、外から業務を行うためのツールを用意しても、利用できる範囲が狭められて普及しないというケースが見受けられます。電子計算(以下、電算)担当の方や業務担当の方など、役所のなかにはさまざまな立場の人がいます。そういった方々と温度感を合わせて、いかに抵抗なく使っていただくかを考えていくことが、SIerとして大切だと考えています。

  • インタビューに答える西口 大輔 氏

    株式会社大崎コンピュータエンヂニアリング 第1営業統括部 第2公共営業部 部長代理 西口 大輔 氏

和泉氏:
電算というキーワードが出てきましたが、自治体DXにおいては電算のプロはいても、システムのプロと業務(行政)のプロがいないケースが少なくありません。役所のシステムは縦割りで作られており、電算担当は1つ1つのシステムを管理・運用しているだけで、全体を統制する権限を持っていないことが多い。そうした状況で、たとえばクラウド化を進めようという話になったときには、システムのプロ、業務のプロが、どのような新しい電算という形に変革させるのかを話し合う必要があります。

西口氏:
そうですね。給付金を例にすると、年度によって条件が異なることがあり、どのデータをベースにして対象者を抽出していくのかを判断する必要があるのですが、電算担当の方と話しても毎回なかなか決まりません。なぜかというと住基データや税のデータ、場合によっては福祉のデータも必要で、器としては1つのシステムになっていても、データに関しては部署ごとに作られたものを取りまとめなければならず、電算の担当者には判断が難しい部分があります。すべての関連部署と話をしてシステムをつなげていくのは、かなりの工数が必要になります。

ITの活用が所有から利用へと切り替わるなか、SIerに求められること

長島氏:
自治体DXに関してITのプロであるSIerが相談にのってくれることは非常に良いことだと思うのですが、大崎コンピュータエンヂニアリング様では、ペーパーレス化やテレワークの相談を受けたときに、どのような提案をされているのでしょうか。

西口氏:
ペーパーレス化では、単純なものとしてはファイルサーバーなど、これまで紙で管理していたものをデータとして管理できる仕組みを提案しています。テレワーク環境導入の相談は、在宅勤務だけでなくデバイスをどこでも使えるようにして、リモートアクセスとVDIソリューションを提案するケースも増えました。先ほど話したとおり、準備しただけでは利用が定着しなかったりするので、どうすれば利用が増えるのかを最優先に考えて提案しています。具体的には、パソコンを立ち上げてから業務を行うまでの認証のプロセスを、セキュリティを維持したまま簡素化するなど、短い時間でやりたい業務に到達できる環境を構築しています。

和泉氏:
プロの方に考えていただきたいのは、技術が正しく進化していった先の最終形を見据えてシステムを提案すべきでないか、ということです。予算に制約があるような状況など、本来の目的ではない経緯で導入されたリモートワークツールは、理想的な業務からすると不完全なものになっている場合があると思っています。たとえば使いづらく遅延のある現状のテレビ会議システムは、5年後10年後に技術改善されているのか、どのようなツールと連携できるようになっているのか、未来に向けてITインフラの整備を完成させるにはどうすればよいのかが見える提案であれば、単年度で予算を執行する自治体、または政府のIT投資は、とても合理的に積み上がっていくと思っています。

西口氏:
現在のツールやサービスは、月額料金で利用するサブスクリプション型が増えてきていますが、自治体の予算の取り方は、複数年を一括で契約する形が主流です。このため、目先の数年間を見据えた考え方になってしまいがちで、その先のビジョンが見えていないケースが多いのは確かですね。実態として採用いただくことが難しいケースも多いですが、当社としては将来を見据えた新しいシステムの活用提案を心がけています。

和泉氏:
予算の取り方を含め、現状のルールを踏襲する場合には、利用ではなく所有を選ぶケースもあると思いますが、社会全体としては所有から利用への切り替えが進んでいくはずです。そのなかで、自治体には正しいシステム運用のあり方を指南できる人が必要になると思います。

  • インタビューに答える西口氏、佐藤氏、和泉氏

長島氏:
決められた制約のなかで、自治体のご担当者の方にはシステムを検討いただく必要があるかと思います。そのなかで大崎コンピュータエンヂニアリング様にお伺いします。VDIの提案機会が増えているということですが、導入を検討する現場のご担当者様からは、システム選定基準としてどのようなことが求められて、そのリクエストに対してどのような解決策をご提案されているのでしょうか?

西口氏:
自治体は、三層分離を前提として、端末を使い分けなければならないシチュエーションがあります。ただ、限られたスペースのなかに、用途の違う端末を何台も置くことは効率的ではありません。そこで机に置くデバイスは1つにして、利用する環境を仮想化しましょうと、1台の端末で複数のデスクトップを使えるVDIを提案しています。その延長線上で、端末の持ち出しをふまえて、なるべく端末にデータは残したくないという要望に対して、端末をシンクライアント化して情報漏えいのリスクを軽減するというアプローチで進めています。

長島氏:
VDIの基盤は多種多様ですが、大崎コンピュータエンヂニアリング様では、提案するときにどういった部分を選定基準にされているのでしょうか。

西口氏:
やはりコンピューティングやネットワークの性能値を考慮していかないと、実際に業務を行った際、使用感として不満を感じられるケースが出てきてしまいます。そういった観点から、特に通信量の増加をふまえたネットワーク帯域の設計には気を使っています。そのなかで、グローバルで評価の高いエヌビディア様のスイッチ製品は、スループットやレイテンシなど性能面で優れているのはもちろん、価格面でも他社製品と比べて優位性があり、導入実績も豊富ということで提案することが多くなっています。

佐藤氏:
技術部門の観点では、数多あるネットワーク製品のなかで、エヌビディア様のスイッチではパケットロスや遅延がほとんど見られない検証結果が得られており、画面転送速度が使用感に直結するVDIソリューションを提案する際には、非常に有効な選択肢となります。また、エヌビディア製品のスイッチにはWJH(What Just Happened)というストリーミングテレメトリー技術が搭載されており、ネットワーク内で何かあっても原因の特定が容易ですので、運用面でも優れています。

  • インタビューに答える佐藤氏

    株式会社大崎コンピュータエンヂニアリング インフラ統括部 基盤技術部 部長 佐藤 博文 氏

岩谷氏:
エヌビディアではHPCやAI導入のための、いわゆる突出した先端テクノロジーを提供させていただいています。それらの性能を最大限に活かせるネットワーク技術であるInfiniBandでも世界中で多くの最先端のお客様にご評価いただいておりますが、Ethernet製品についても、そのInfiniBandで培った技術を応用した、自社設計のSpectrumというASICを搭載したスイッチ群を筆頭に、高い性能を必要とされるお客様を中心に、その性能やお求め安さでご評価いただいております。今回はネットワールド様、大崎コンピュータエンヂニアリング様には実際のお客様へのご導入において多大なるご協力と、高いご評価をいただき大変感謝しております。今後ともお客様や販売店様、インテグレータ様にご評価いただけるような製品を作っていきたいと考えております。

和泉氏:
理想的なシステム構成を考えたときには、InfiniBandが含まれていることは望ましい構成のひとつだと思います。以前、ある自治体の基幹システム刷新に関与したことがあり、ホスト撤去のための全庁システムの再構築だったのですが、データ共有の基盤や、各業務が連携できる仕組みを構築しました。この際に、データの層とアプリの層の通信帯域がボトルネックになってしまうと業務に支障が出てしまいます。こうした問題は、ソフトウェア的なチューニングだけではなく、InfiniBandのような技術を搭載した設備で解消することもできます。その際、設備構成における機器間の相性・組み合わせについては、知見・ノウハウが問われるのだと思います。

西口氏:
お客様へサービスを提供するSIerの立場としては、数多あるIT機器のなかで、お客様に最適な製品を選定する点で苦労しますが、ネットワールド様は多くの製品を取り扱われており、最新技術への知見をお持ちで、構成提案から多分に支援をいただいております。また、ディストリビューターの中でも突出して技術力もお持ちですので、技術検証実績や導入時の構築フォローでも助かっています。

対処療法ではなく、根本的な改善を

長島氏:
DXを推進したい自治体の悩みや課題に対して、SIerやディストリビューター、ITベンダーはどのように向き合っていくべきでしょうか。最後にメッセージをお願いいたします。

和泉氏:
今のSIerやITベンダーは、クライアントの要望を言われるがまま提案するような企業が少なくないのでは、という印象を持っています。クライアントが自覚している表層的な課題を解決するだけでは、対処療法にすぎません。言われた苦痛(課題)を緩和(解決)するのはとても大切な役割ではあるのですが、社会が変化し技術が革新を続けるなかで、言われたことだけをケアする時代ではなくなってきています。患者に言われるままに薬を出すような対処療法ではなく、食事療法・運動療法のような根本的な治療を提案できるドクターの役割こそが重要だと思います。既存の作業プロセスにITを重ねていくというやり方はすでに一巡していて、そこに導入されていたITをリプレースするというだけの話ではなくなってきています。デジタルという変革は、中央か地方か、大企業か中堅・中小企業かの区別なく、平等な変化だと考ええています。社会全体で一様に変化が起きると考えたときに、先端技術やインフラの変化を理解したうえで、最適な提案をしていくことが重要になってくるのではないでしょうか。

今回の大崎コンピュータエンジニアリング様のお話を通して、提案をする立場のSIerが何を企業競争力にしようとしているのか、理解できました。ユーザーへよりよい提案を行うために、技術情報の提供の専門家であるネットワールド様のようなソリューションディストリビューターとの連携により、共存共栄を図ることは一つの手段だと感じました。そして、これまで以上に、自治体のDX推進をけん引する役割を担っていただき、技術と利用のバランスのギャップを埋めていただけることを期待しております。

関連リンク

VDIでのスイッチ構成がわかる「はじめてのNVIDIAネットワーキング」はこちら

InfiniBandについてわかる「よくわかるNVIDIA InfiniBand編」はこちら

[PR]提供:ネットワールド