解析(シミュレーション)が複雑化するなか、AIを用いて処理時間を短縮する取り組みが活発化している。CAEを効率化するAIサロゲートモデルと呼ばれる手法で、この手法をトランスミッションの油圧制御の解析に適用したのがSUBARUだ。本記事では、MathWorksが5月31日に開催した年次カンファレンスMATLAB EXPOで株式会社 SUBARU(以下 SUBARU)の小杉 寛明氏が発表した「1D解析におけるAIサロゲートモデルの適用」の講演内容をレポートする。
自動車の性能要件は年々高度化―解析により多くの時間が必要に
航空宇宙と自動車の事業を柱に、「安心と愉しさ」の提供を通じてお客様から共感され信頼される存在を目指すSUBARU。自動車の製造は動力性能の向上から、省燃費化、低騒音化、電動化など、性能要求が年々高度化している。それにともない、設計項目も多岐にわたってきたという。
「たとえば、私が担当しているオートマチックトランスミッション(AT)を見ても、ハード面では、アクチュエータ選定から耐久性、レイアウト、コスト、質量などさまざまな項目を検討する必要があります。また、制御面では、トルク、油温、油圧、車速、路面状況、アクセル開度、変速線などがあります。高精度かつ高効率で設計できる手法の確立が必要になってきました」(小杉氏)
油圧システム 1D解析の課題 ―解析にかかる時間は実時間の150倍
SUBARUでは、1D解析ツールを用いてトランスミッションの油圧制御の設計検討を行っている。ただ、過渡を含めた油圧制御挙動の再現には詳細な物理モデルが必要で、計算時間の長さが課題になっていたという。
油圧制御系プラントモデルは、コントロールユニットからの電流で制御されるコントロールバルブを中心に、トルクコンバータ、前後進クラッチ、AWDクラッチ、バリエータ(主変速部)、オイルポンプなどの要素で構成される。また、モデルは、スプール形状(ノッチ、ラップ量)、クリアランス、偏芯、流体力、油圧室の剛性、コイルばね、皿ばねなどの多くの項目を織り込んでモデル化していた。
「このように多くの項目でモデル化を行っており、油圧解析には大規模かつ詳細な物理モデルが必要になっていました」(小杉氏)
例えば、AT車でDレンジをセレクトしたときの油圧制御システム1D解析について、小杉氏は以下のように述べている。
「Dレンジセレクト時の油圧は、過渡現象、かつ、背反性能の両立が必要で、制御の難易度が高い題材です。これまでの1Dモデルの油圧制御部は計算負荷が高く、開発検討ツールとしては非効率でした。クラッチ油圧は、ピストンを押してクラッチを締結しますが、1Dモデル化して解析を実行すると、実際は数秒の事象であるのにその約150倍の時間がかかっていました。数千の膨大な設計因子をパラメトリックスタディするには非効率で、解析したい事象の時間、せめて数秒程度で解析したいというニーズがありました。そこで1Dモデル化していたピストンとバルブをAIサロゲート化することに取り組みました」(小杉氏)
AIサロゲートモデルによる解析をMATLABで構築
「AIサロゲートモデル」とは、従来のCAEで行われるシミュレーションの結果をAIが学習し、その学習内容をもとにシミュレーション結果を算出する方法だ。今回、AIモデルとしては、過渡の物理現象の予測に強い「Neural ODE」を採用し、任意の電流、油温、元圧で波形再現が可能なモデルを構築した。このモデルを計算負荷の高い従来の油圧システムモデルの置き換えで使うことで波形精度の担保と計算負荷の低減の両立を目指した。実際に学習に使ったデータは、電流、油温などの条件を振った1D解析のデータだ。データとしては630水準、約180万行分になるという。
モデルはすべてMATLABで構築されている。Neural ODEもDeep Learning Toolboxが提供するものだ。モデルは大きく制御ブロック、車両プラントモデル、油圧制御部で構成され、油圧制御部のバルブとピストンについて、AIサロゲートモデルを適用するかたちだ。
AIサロゲート化したことで、油圧制御部については、従来必要だった、スプール形状(ノッチ、ラップ)、クリアランス・偏芯、流体力、油圧室の剛性、コイルばねなどのコンポーネントやパラメータの数が大幅に減少し、計算を高速化することができた。
ただし、AIサロゲートモデルを車両モデルに適用するにあたっては、サロゲートモデルの波形精度不良が発生したという。原因分析の結果、典型的なAIモデルのパラメータ設定では、時々刻々と境界条件が変化する車両モデルの波形精度を担保できないことがわかった。これに対しては、ハイパーパラメータをチューニングすることで対策した。ハイパーパラメータとは、学習を始める設計者が決めることができるパラメータのことだ。 こうした対策の結果、波形精度を担保しつつ、大幅な計算時間の削減を達成することができた。
「AIモデルの波形は、1Dモデルをほぼトレースしており、学習データを使用していない油温帯でも高い精度で波形が再現できています。計算時間は1Dモデルを100%としたときにAIモデルは99%削減できました。これは解析した事象の時間の0.5倍で計算できているということです」(小杉氏)
AIサロゲートモデル 今後の展望
このように、車両の性能要件が年々高度化し、設計因子を高精度かつ高効率で検討できる手法の確立が必要になるなか、AIを活用したサロゲートモデルは、波形精度を担保し計算時間を大幅に削減できるという点で、大きな選択肢になる。今回の成果も、そのまま実際の開発で活用できる品質に仕上がったという。そのうえで、小杉氏はこう今後を展望した。
「複雑な波形を再現する必要はありますが、今後は、詳細物理モデルでは計算が遅い分野、たとえば、自動車開発においては、プラントモデルが複雑かつ大規模になりやすい、電動車のサーマルマネージメント開発やトランスミッション制御開発などでの活用が期待されます」(小杉氏)
講演後には、会場からも現場目線での多数の質問が寄せられた。AIサロゲートモデルへの関心の高さと、現場が直面している課題の多さを感じさせるものだった。
MathWorksとMATLABは、企業の地に足のついたAIの取り組みをこれからも支えていく。
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