デジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組み、ビジネスモデルの変革を目指すすべての企業にとって、データ利活用の促進は極めて重要なミッションとなる。本稿では、データ分析ソリューションをグロ-バルに展開するマイクロストラテジーが2022年12月に開催したイベント「MicroWorld Tokyo 2022」の内容をレポート。DX、およびデータ利活用のキーマンによる数々のセッションの中から、経済産業省の和泉憲明氏による基調講演と、ヤフー株式会社の笹原 翼氏による事例講演をピックアップし、データ利活用の最適解を紐解いていく。
DX推進において重要となるのは、ビジネスの構造変化を把握したビジョンを持つこと
マイクロストラテジー・ジャパン株式会社が主催し、2022年12月1日にANAインターコンチネンタルホテル東京で開催されたイベント「MicroWorld Tokyo 2022」。最初のセッションとなる基調講演「デジタル化による企業競争力の変革 -DX推進の国内外動向から方向性を読む-」では、DXレポートの担当官でもある経済産業省 商務情報政策局 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉 憲明氏が登壇し、日本におけるDXの現状とデータ利活用の重要性についての話が展開した。
「私がDX政策に携わってから6年ほどが経過した現在、DX推進、デジタル政策は第2幕へシフトチェンジするタイミングと捉えています」と語り、講演を開始した和泉氏は、日本企業においてDX推進が進んでいない現状について解説する。
「DXという言葉はコモデティ化しましたが、その一方でデジタルというものの定義付けや、デジタルと名乗る道具・ツールだけが着目されているのが現状です。2018年9月に公表したDXレポートでは、デジタルやDXの定義より先に、現在の状況を肌感で理解していただきたいという趣旨も込めて『2025年の崖』という言葉で危機感を訴えました。そのうえで企業の内面(DX推進指標とベンチマーキングによる自己診断)と市場からの圧力(デジタルガバナンスコードの策定)の両面から政策を押し出したのですが、国内企業のDX推進はなかなか進んでいない状況です」(和泉氏)
和泉氏は、こうした現状を「乱暴に言ってしまえば、ある種の生活習慣病と不健康自慢」と表現。「DX推進の取り組みは何もしていないが、現状問題なくビジネスは回っているので問題はない」と考える企業が多く、自己診断をしても事例を確認しても具体的なアクションにつながっていかないことに警鐘を鳴らし、DX推進への具体的なアクションを起こすための指針として「デジタル産業宣言」の策定に取り組んでいると語る。
また和泉氏は、デジタルの主要素は「ソフトウェア」を典型とする無形物で目に見えないものであると語り、特に、企業経営において相当するものは「企業文化(カルチャー)」そのものであるとして話を展開する。
「企業のカルチャーを変えるためには、自分たちがどう変わってきたのか、ビジネスを取り巻く環境がどう変化しているのかを可視化することが大切です。たとえば20年前と今では窓から見える景色はまったく異なります。走っている車も違えば、ビルの高さも違っているはずです。その一方で、目の前のPCの画面を見てみると、画面内の構成要素がブラウザ上にあるかアプリとして独立しているかの違いくらいで、基本的な業務システムやプロセスは汎用機の時代からほとんど変わっていないケースが多い。デジタルによってワークスタイル・ライフスタイルが刷新されていくなかで、ビジネス環境だけは変化していないと考えてしまうことが、「2025年の崖」問題の難しさだと思っています」(和泉氏)
こうした状況を打破するためには、デジタルによる変革期をどのように乗り越えていくのかという「ビジョン」や「方針」が大切と和泉氏。国においてはデジタル社会のインフラをどう整備していくのか、企業においては経営インフラをどのように整備していくのかというビジョンや方針が重要であり、「アプリケーション開発ではなく、インフラ整備(とそのためのアーキテクチャ)がDXを加速させるための施策になる」と説明する。
「たとえばSociety 5.0の実現にあたっては、既存の産業構造やインフラが足かせになることをDXレポートで説明したのですが、あまり伝わっていないと考えています。よくテーマとして出てくるSDGsや脱炭素、技術革新といったものはすべて「課題」であり、「未来(ビジョン)」ではない。大切なのは、イノベーションを阻害する既存インフラの悪構造を可視化し、将来ビジョンからのバックキャストにより、AsIsとToBeのギャップ(可視化した悪構造)を解決していくことです。たとえば既存のホストコンピュータの課題をどれだけ改善していってもクラウドのイノベーションにはたどり着かない。つまり目の前の課題を解決しているだけではToBe(理想の状態)にはならないのです」(和泉氏)
デジタル技術とデータ利活用の本質は「経営がどう分析するのか」にある
DX推進には将来ビジョンとバックキャスティングが大切と語った和泉氏は、デジタル化による企業競争力と産業構造の変化について、話を進める。
「米国西海岸の投資家に話を伺ったところ、RPAの導入はPCのなかにロボットが入ること、つまり産業革命と同様、オフィスに革命をもたらすものと捉えていました。一方、日本の企業経営者は、従来からの事務プロセスをロボットが代替するという意識で、IT投資への考え方そのものが違います。人による作業プロセスをロボット化するのではなく、ロボットの導入に比例してスケールするようなビジネスを設計することが本来のDXです。その意味では、既存産業としてパイを奪い合う世界ではなく、複雑に相互依存したエコシステムのなかでグローバルにスケールする『データを活用したビジネス』を目指していくことがデジタル産業への変革につながります」(和泉氏)
さらに和泉氏は、データを活用したビジネスへと舵を切り、DXの推進とデジタル企業への変革を図る際に直面する3つのジレンマについても解説。1つ目は「危機感のジレンマ」、つまり目先の事業が好調なため危機感を抱かず、本当に危機が訪れた際に変革の体力を失っているというもの。2つ目は最新のデジタル技術をマスターするには時間がかかり、マスターできたときには陳腐化しているという「人材育成のジレンマ」で、和泉氏は「迅速に技術をマスターした人は、すぐに引き抜かれてしまうというジレンマでもあります」と補足する。最後の1つは、DX推進を支援する事業者が、その取り組みによって自身のビジネスが不要になるという「ビジネスのジレンマ」となる。和泉氏は、この3つのジレンマに直面している日本企業が目指すべき方向性として「新しいアライアンスでアーキテクチャを設計すること」を挙げ、企業インフラ刷新の重要性を語る。
「トップダウンとボトムアップの挟み撃ちによるDX推進は実質的に難しいため、新しいアライアンスを可能とする経営基盤を確立させ、それにより新たな顧客体験を提供していくミドルアウト戦略が重要になってきます。3つのジレンマを払拭して産業競争力を強化するためには、従来の“道具”で何とかしようとしないことが大切で、経営によるデータ活用が可能となるような企業インフラを整備していく必要があります」(和泉氏)
セッション後半では、企業インフラ刷新におけるデータ活用の重要性について話が展開された。社会インフラがデジタル化していくなかで、市場にどうリーチするのかを、自社の経営戦略として経営トップがビジョンを示していくことが重要と和泉氏。「DX推進を考えるうえで、アジャイルや内製化、スマホアプリといったものは「どうやって儲けるか」を実現するための道具・手段に過ぎません。デジタル技術とデータ利活用の本質は「経営がどう分析するのか」であり、道具だけにこだわり、経営のセンスとデータ分析のセンスを合わせていくことを怠ると、DX推進の施策はうまくいきません」と語り、インターネットを媒介としたエコシステムの一部として成長できるようにデジタル市場(マーケット)での戦略(ビジョン)を可視化することが重要として講演を終えた。
サービス向上のための意志決定を支えるべく、データドリブンを活性化したYahoo!ショッピングの先進事例
事例セッションに登壇したのは、ヤフー株式会社 テクノロジーグループ データ統括本部 データサービス本部 コマースデータサービス部 部長 の笹原 翼氏。「Yahoo!ショッピングにおけるデータの可視化と利活用」をテーマに、MicroStrategyを中心としたデータ利活用事例が紹介された。
Yahoo! JAPANにてバックエンド、フロントエンド部門のリーダーを務め、現在はYahoo!ショッピングをはじめとしたコマース系のデータ部門長 及び DataDirector(データ責任者)を担当する笹原氏は、Yahoo!ショッピングがデータ利活用を推進した背景についてこう語る。
「Yahoo!ショッピングは、5億を超える商品を取り扱う、年間約1.3兆円規模のモール型ECサイトで、そのデータレイク・DWHには170PBに及ぶ膨大な量のデータが蓄積されています。単に溜めていくだけでは価値を生み出せないので、これをどう活用していくかを重要なミッションと捉えています。さらに2022年10月のPayPayモールとの統合を機に、新しいデータ利活用機能の実装にも取り組んでいます」(笹原氏)
Yahoo!ショッピングではデータドリブンな判断を重視しており、経営層から現場にまで根付いていると笹原氏。「何かの判断を行う際には必ずデータを見るようにしており、KPI分析・仮説データ分析・ABテスト・効果測定といったプロセスを回して意思決定を行っています」と語り、さらにデータを利活用することで、サービスのクオリティ向上も目指していると話を展開する。
「サービスをより便利にするという目的を掲げてデータ利活用を推進しており、利用者に対してはパーソナライズによる最適化、出店者に対してはストア運用の効率化を図っています」(笹原氏)
データ利活用におけるBI環境としてはEnterprise BIとしてMicroStrategyを導入している。笹原氏は、エンタープライズなアドホック分析ができるMicroStrategyを用いて、社内向けのアドホックレポートをはじめ、アドホックレポートからすぐに作成可能なPJレポートや、全体KPIの定点観測も行えるKPIダッシュボード、営業提案にそのまま使える提案ダッシュボードなどを実現していると解説する。
「SQLを書かなくても、さまざまな角度から自由度の高い分析ができることを目指しています。たとえばプロジェクトに特化したレポートを作成する際にもデータ部門に依頼する必要はなく、マーケティング部門や営業部門の担当者が容易に作成することができます」(笹原氏)
また、MicroStrategyを活用することで、マーケティング担当がBIツールから条件を指定してユーザーに施策をターゲティングできるようになったと笹原氏。さらにMicroStrategyのAPIからデータを取得し、実際のWeb画面上で各種の数値が見られる独自エクステンション機能も実装していると現状を語る。
「Yahoo!ショッピング 社内のBI利用状況としては、1人あたりの実行回数は増え続けています。営業部門、マーケティング部門などビジネス部門のMicroStrategy利用率は80%を超えており、データドリブンな判断を行うためのサイクルを、MicroStrategyのツールを使って回しているのが現状です」(笹原氏)
さらに、前述したYahoo!ショッピング・PayPayモールの統合に伴い、新たなデータ利活用の施策として社外(出店者)向けのレポート作成機能も実装している。モール統合における新しい有料オプションの柱として、統合のタイミングに合わせたサービスインが求められたと笹原氏は振り返る。
「約3カ月の開発期間で要件定義から技術選定、契約、社内調整、設計、開発、テスト、リリース、品質管理までを行う必要があり、MicroStrategyのサービスを利用することでどうにか間に合わせることができました。API層とレポート表示の層をMicroStrategy Cloud Environment (MCE)に乗せることで、大幅な工数削減を実現。さまざまな要望に対応していただき、MicroStrategyのサポートには感謝しております。現在は約2万の出店者に利用いただいています」(笹原氏)
笹原氏は、これまで社内分析用として活用してきたMicroStrategyが、外部向けにも利用できることに気付けたことが大きいとプロジェクトの成果を語り、「たとえばモールの統計データとして価格データをストアに提供して、ストアを運営する際の商品価格設定をしやすくするなど、効果的なデータ利活用ができていると思います」と力を込める。
今後は、利用者の行動をリアルタイムで分析して、セッションが終わる前に活用する「データのリアルタイム化」や、単にデータを提供するだけでなく、データから何をすべきかを出店者に提案する機能の実装などを進めていると笹原氏。さらに社内向けの活用としてマーケティングオートメーションの整備を進めていきたいと展望を口にしてセッションを締めくくった。
「人の手で行う作業を極力減らして自動化を推進していきたいと考えています。これを実現することでデータドリブンの活性化を図り、さらにBIの需要増加、MicroStrategyの利用拡大を進めて、データ分析/利活用の活性化を実現し、『データでサービスをもっと便利に』というミッションを達成したいと考えています」(笹原氏)
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