素材・機械・電力の3本柱で事業を展開する神戸製鋼グループは、ローコード開発プラットフォームとスマートデバイス、AIの活用により、かつて難しいとされていた検査業務のデジタル化および業務効率化に成功した。1月19日に開催されたオンラインセミナー「TECH+セミナー 製造業DX Day 2023 Jan. デジタルがものづくりにもたらすもの」にて、神戸製鋼所 技術開発本部 プロセス技術センター 主任部員 細川徹氏は、将来の展開を見据えてローコード開発を選択した目的について解説。また、プロジェクトをサポートした PattoSystemSolutions代表取締役 中村孝仁氏が、開発のポイントについても説明した。
さまざまな計測器を用いる腐食防食試験は自動化が難しい
今回細川氏が紹介した神戸製鋼グループにおけるAI活用に向けたローコード開発は、同社の「品質・ものづくりキャラバン隊」という取り組みの一環として行われたものだ。 キャラバン隊は、神戸製鋼グループにおける自動化に関する課題解決の支援を目的として2019年に設立された。国内外合わせ、約120拠点のものづくりにかかわる現場を定期的に巡回訪問して課題を抽出し、品質ガバナンス体制の構築、品質マネジメントの徹底、品質管理プロセスの強化という3つのアプローチから社内外の技術調査や技術開発を行い、解決策の提案を進めている。
神戸製鋼グループで製造・出荷される製品は、各種プラントや航空機、鉄道など重要インフラを支えるものであり、安心安全を担保するために品質管理プロセスを強化していくことが必須となる。特に、試験や検査データの適切な取り扱い、各種自動化にはこれまでにも注力してきた。そして、今回は自動化が難しいとされてきた腐食防食試験における計測器の課題を、AIとローコード開発で解決することにチャレンジした。
舞台となったのは、神戸総合技術研究所に拠点を置くグループ会社のコベルコ科研だ。神戸総合技術研究所は、神戸製鋼グループの製品や製造プロセスに関する要素技術を部門横断的に研究開発する中核拠点であり、コベルコ科研は神戸製鋼グループの総合試験企業として、物理解析、化学分析、材料/構造、計算科学、EV/電池、腐食防食、材料試験分野の分析・解析・測定を行っている。
コベルコ科研の腐食防食技術室では、さまざまなメーカーの計測器を活用して腐食試験の各種測定を行っている。かつては、品質を担保するにあたって大きな課題を抱えていた。測定結果をデジタルデータとしてPCに記録できる計測器であれば問題ないが、そうでない場合は担当者が計測時にメモを取るか、あるいは計測器からプリントアウトした紙をもとに数値をPCに入力するという手間が発生していた。入力や転記ミスの可能性もあるため、システムによる自動化が待ち望まれていた。
ローコード開発プラットフォームで90日という高速アプリ開発を実現
キャラバン隊はこの課題に対して社外調査や技術調査を行い、解決策の検討を進めた。
そのなかで出会ったのが、GMOグローバルサイン・ホールディングスが提供するメーター点検業務支援サービス「hakaru.ai byGMO」だったという。hakaru.aiは、さまざまなメーターの数値をスマートフォンのカメラによる撮影画像から読み取るAIエンジンの役割とWeb台帳としての役割を持つ。ただし、コベルコ科研および神戸製鋼グループが必要としている測定時の画像や数値、測定者、時刻といった各種パラメーターのエビデンス管理を行うためのカスタマイズまでは対応できない。
そこでキャラバン隊は、神戸製鋼グループで20年ほど前からさまざまな部署で利用されてきたローコード開発プラットフォーム「Claris FileMaker」を採用し、hakaru.aiとAPI連携することでこのデメリットをカバーする方針を決めた。導入プロジェクトでは、「手書きをなくす」「ダブルチェックをなくす」「品質を担保するための改ざんできない仕組みづくり」「計画から導入までは8か月(開発期間は90日)」「グループへの横展開を見据えた汎用性のあるアプリケーション開発」という5つの目標を掲げた。そしてClaris FileMakerによるアプリケーション開発は、PattoSystemSolutionsが支援した。
中村氏によると、短納期かつ多くのグループ会社へ展開可能な設計にすることがポイントだったという。
「汎用的なデータベースのモデリングを提案し、導入実績の多いiPhone を使って API対応が可能なClaris FileMaker を選定しました。Clarisのプラットフォームであれば、現場でのiPhone操作およびhakaru.aiとの連携だけでなく、事務所で利用するWebシステムとして端末を利用することもできます」(中村氏)
今回自動化の対象となった業務は下図のとおり。現場では案件ごとに検査を記録してデジタルまたは手書きで記録、事務所では記録データの検索やレポート作成という業務が行われていた。
計測できるメーターは、アナログメーターや水道計、液晶デジタルメーターなどさまざまな種類があり、AIエンジンはそれぞれ異なるため、iPhoneアプリ上で、計測機のQRコードを読み取り、メーターの種別を特定し、iPhoneで撮影した画像と一緒にhakaru.aiのエンジンにデータを送信。hakaru.ai の解析結果が返されるとレコードをアプリ側(FileMaker)に格納する。アプリに格納されたデータは検索・追跡可能なエビデンスとして利用・管理できるほか、メモを残したり、グラフ化して可視化したりすることも容易だ。こうした機能のほとんどが、ローコード開発ツール Claris FileMaker上で実現できているという。
アジャイル開発を実現できたほか、古い計測器を有効活用することでコストを1/10に抑えられた
細川氏によると、hakaru.aiでは液晶やLEDの読み取りはかなり正確にできる一方、使用する計測器のなかには古いタイプのものもあり、液晶の汚れなどで視認性が悪く、誤判定が生じるケースもあるという。読み取り精度のよくない計測器についてはGMOやPattoSystemSolutionsに解析を依頼し、AIの精度向上およびアプリケーションの改善を進めているところだ。
「データ収集と解析の取り組みは現場との調整が不可欠です。そのため、アプリ側での柔軟な仕様変更を受け入れたアジャイル開発を進める必要がありました。地道にAIの精度を上げていくことこそが、導入の成果につながります」(細川氏)
アプリケーション導入後は、手書きやプリントアウトといった手作業がほとんどなくなり、自動でアプリケーションへデータが入力・保存されるようになった。これにより、手書きのデータを第三者がダブルチェックしたり、見間違えたりすることもなくなり、ペーパーレス化も実現できている。さらに、過去データを検索する際には膨大な紙資料から探す手間もなくなった。
また、細川氏は、Claris FileMakerのプラットフォームを採用したメリットについて「すべての検査機器をシステムにつなぐためには膨大な投資が必要です。1つの計測器だけでかなり高額なものもあります。しかし、Claris FileMakerのプラットフォームを活用したことで、古い計測器の置き換えが不要になり、資産の有効活用が可能となりました」と説明する。アプリケーション開発・導入に掛かったコスト総額は、すべての計測器をデジタル出力対応のものに置き換えた場合の1/10にも満たない数字だという。さらに今後、計測器の交換・追加があった場合にも、アプリケーション側の大幅な変更は不要となるため、コスト面のメリットは非常に大きいといえる。
国内外のグループ拠点への展開も進める
今回のプロジェクトが成功に至った理由について、中村氏は「画像認識エンジンにhakaru.aiを採用し、そのAPIサービスを利用できるClaris FileMakerを使ったことで、短期間の開発を実現しました。ただし、私は基本設計とアウトラインを描いただけです。このプロジェクトの立役者は、現場での検証を短期間で繰り返し的確な改善ポイントを指摘したコベルコ科研、プロジェクトをまとめた神戸製鋼所のキャラバン隊、当社でアプリ開発を主導したメンバーです。この3つの役目が1つのチームになりアジャイル開発を進めたことで成果につながりました」と、選定したサービスおよびチームメンバーの力が大きかったと振り返る。
また細川氏は、「今回は仕様書ではなく動くソフトウェアを使いながらトライ・アンド・エラーでAI実装し、導入に結びつけたスピード感とフレキシビリティのあるプロジェクトでした」と考察する。今後、神戸製鋼グループでは、Claris FileMakerプラットフォームとAIの連携を進め、国内拠点にとどまらず、海外拠点でも導入を展開していく予定だ。
今回の事例に関しては、ClarisのWebサイト
もあわせてご覧いただきたい。
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