11月15日に開催されたウェビナー「官・民・NGOが解説!カーボンニュートラル実現への第一歩 ~温室効果ガスの可視化・削減の最新動向と具体事例~」では、「2050年カーボンニュートラル」という大きな目標にむけて、業界全体としてどのような方向に進もうとしているのか、官・民・NGOといった様々な視点から最新の事例や動向が紹介された。その模様をダイジェストでレポートする。

脱炭素経営はサプライチェーン全体で取り組む時代に

基調講演「2050年カーボンニュートラルに向けた脱炭素経営の取組」に登壇したのは、環境省 地球環境局 地球温暖化対策課 脱炭素ビジネス推進室長の平尾 禎秀氏。脱炭素化に取り組む事業者の支援などを担当する同氏の講演では、サプライチェーン全体での企業の脱炭素経営を普及・高度化し、企業の脱炭素化を進めるための環境省の取り組みなどが紹介された。

まず平尾氏は、脱炭素社会に向けた国内外の動向に言及。ちょうどイベント当日も、国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)がエジプトのシャルム・エル・シェイクで開催中であったが、2015年12月のパリ協定採択(COP21)から脱炭素化が世界的な潮流となったのは間違いないだろう。「その潮流は急激な勢いで加速していったが、現在では取り組み内容もまた大きく変わってきている」と平尾氏は指摘した。

  • 平尾 禎秀氏

    環境省 地球環境局 地球温暖化対策課 脱炭素ビジネス推進室長 平尾 禎秀氏

日本政府も2020年10月に、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする“カーボンニュートラル”を目指すことを宣言している。「目標はしっかりと定められているので、まずは状況を把握して、自社では何をするべきかを考えたうえで今から取り組むというのは大事なことではないか。また、既に脱炭素経営に取り組んでいる企業は多いが、これからは質も問われるようになってくるだろう」(平尾氏)

グローバル企業がサプライチェーンにおけるCO2排出量の目標を設定すると、そのサプライヤーも必然的に巻き込まれることになる。つまり、これからは大企業のみならず、中小企業も含めた取り組みが必要となってくるわけで、そこでいち早く対応できるかどうかが競争力に大きく影響を及ぼすことにもなる。

  • 図1:サプライチェーン全体での脱炭素化の動き

    図1:サプライチェーン全体での脱炭素化の動き

「長期戦の取り組みとなるので、今後、様々な出来事が生じた際に、どれだけ柔軟に対応できるかどうかでその組織に対する評価が大きく変わってくるだろう」と平尾氏は力を込めた。そして同氏は最後に、中小企業における脱炭素化促進に向けた環境省の取り組みも紹介したうえで、「一度に全部は難しいので、計画的に取り組むことが重要。螺旋階段を上るように状況を把握・改善することがポイント」と述べて講演を締めくくった。

TCFD開示の動向から脱炭素の潮流を読み解く

日本取引所グループ サステナビリティ推進本部 事務局長の三木 誠氏は、「TCFD開示の動向からみた脱炭素の潮流」と題して講演を行った。上場会社のESG情報開示のサポートやサステナブルファイナンス環境整備検討会事務局運営、国内外の投資家やESG関連団体への東京市場のPRなど、東京市場のESG投資推進を担当する同氏。講演では、日本取引所グループのESG投資推進施策を踏まえ、現状評価されている点や、今後更なる開示の深化が求められるポイントなどを考察しながら、脱炭素の潮流について紹介した。

  • 三木 誠氏

    日本取引所グループ サステナビリティ推進本部 事務局長 三木 誠氏

現在、世界的にESG投資が盛り上がっており、欧米を中心にESGの株主提案も増えている。三木氏は「国内においても増えていく足音が聞こえてきている」と指摘した。

そうしたなか日本取引所グループでは、上場企業の取り組み支援、投資家への商品・仕組みの提供などESG投資推進施策を実施している。このうち具体的な施策の例としては、ESG債情報プラットフォームの開設が挙げられる。「いま日本市場のESG債(※1)がどのようになっているのか確認するためにもぜひお使いいただければ」と三木氏は訴えた。

講演の後半では、脱炭素の潮流について語られた。まずESG情報開示のトレンドであるが、上場会社が想定するESG活動における主要テーマとして「気候変動」を挙げるケースが増加し続けているという。その1つのターニングポイントとなったのが2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂だろう。改訂の柱の1つであるサステナビリティを巡る課題への取り組みとしては、プライム市場上場企業においてTCFDまたは同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実することや、サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取り組みを開示することが示されている。

「情報量については相当に充実してきており、特に海外の投資家からの評価が高い。そうした一方で開示の質を向上して欲しいといった声も聞こえてきている」と三木氏は指摘した。

そこでTCFD提言の開示推奨項目について、11項目の開示状況を紹介した。三木氏は、「段階的にできるところから取り組んでいき、一年そして一年と開示の精度を研ぎ澄ませていただければ」と語り講演を締めくくった。

  • 図2:TCFD提言 11項目の開示状況

    図2:TCFD提言 11項目の開示状況

また講演の後には質疑応答も行われ、TCFD開示がプライムからスタンダードやグロースへと広がる見通しがあるのかという質問について三木氏は、「いま現在のところ具体的な動きはないが、一方で投資家がTCFD開示をはじめとしたESG情報に注目しており、いずれニーズが出る可能性もあるのではないか」と回答した。

※1 ESG債:Environment(環境)、Social(社会)、Governance(企業統治)に関連する事業を資金使途とする債権

サプライチェーン全体のカーボンニュートラルに向けた排出量可視化とは

「脱炭素化努力をサプライチェーン全体で共有する排出量可視化」と題して講演を行ったのは、NTTデータ サステナビリティサービス&ストラテジー推進室長の南田 晋作だ。同社のグリーンコンサルティングを確立し、多くの業界に提供している同氏の講演では、脱炭素経営の第一歩である「排出量可視化」についてサプライチェーン全体としてどう排出量を管理していくべきか、「企業全体の排出量管理」と「製品・サービス別の排出量の積み上げ管理」どちらの課題にも触れながら、あるべき姿とソリューションについて解説した。

  • 南田 晋作

    NTTデータ サステナビリティサービス&ストラテジー推進室長 南田 晋作

冒頭で南田は、「サステナビリティ経営に求められるのは、つながりと想像力である」と力説した。前述した通り今の世の中は2種類の温室効果ガスの排出抑制の方向性がある。その1つは企業全体の排出量可視化であり、もう1つが製品・サービス別の排出量可視化だ。

「それぞれ良い点と足りない点がある」とした南田氏は、企業全体の排出量の可視化について言及した。ここでの特徴は、自社の活動によるCO2排出に加えてサプライチェーン全体で脱炭素を考えることにある。そこでNTTデータでは、英国の環境NGOであるCDPとのパートナーシップのもと、「総排出量配分方式」対応のGHG排出量可視化する国内唯一のプラットフォームである「C-Turtle™」(※2)を提供している。

  • 図3:サプライチェーン全体で脱炭素を考える

    図3:サプライチェーン全体で脱炭素を考える

また、サプライチェーン全体のカーボンニュートラルを目指すに当たっては、中小企業の排出量をある程度可視化するところまで考える必要がある。そこで南田氏はNTTグループにおける直接排出とサプライヤーによる排出の可視化の取り組みを紹介すると、「細かい計算が必要な自社の可視化に対応するC-Turtleに加え、サプライチェーンに参画する中小企業向けにC-Turtle LITEを提供予定してくことで、サプライチェーン全体の可視化に貢献していきたい」と強調した。

製品・サービス別の排出量可視化に関しては、旭化成におけるCO2排出量開示の取り組みを紹介。そして講演の最後には、社会全体の排出量をどのように可視化して、削減アクションへとつなげていくかについても持論を述べた。

「なぜ可視化するのか、それは削減するためである。サプライチェーンで繋がっている企業群が、それぞれの企業体力に見合った役割を果たし、削減アクションへとつながる可視化を行っていくことが重用ではないか」(南田氏)

講演の後の質疑応答では、ハイブリッド算定はGHGプロトコルなどのルール上の問題ないのかといった質問も寄せられた。これについて南田氏は、推奨されている方式なので問題はない旨を説明した。

※2 総排出量配分方式対応GHG排出量可視化プラットフォーム「C-Turtle™

グローバルなサプライチェーンにおけるCFP可視化を実現

旭化成 モビリティ&インダストリアル事業本部 企画管理部の國田 航氏は、「旭化成の製品別GHG排出量可視化事例」をテーマに講演した。同社の機能樹脂事業では"Be a Trailblazer"の中計スローガンのもと、データを活用した先進経営を目指している。講演ではAnaplanとTableauを用いて取り組んだ、グローバルにまたがる大量の取引データ×CFPの見える化事例について紹介された。

  • 國田 航氏

    旭化成 モビリティ&インダストリアル事業本部 企画管理部 國田 航氏

今年創業100周年を迎える旭化成では、カーボンニュートラルに向けた方針を2021年5月に発表しており、2050年にカーボンニュートラル(実質排出ゼロ)を目指している。そうした同社における機能樹脂事業で扱う4つの製品がCFP可視化スコープの対象となっている。

同事業はグローバルに拠点を構えており、そこでサプライチェーンが展開されているが、國田氏は「今回、CFP可視化を行うに当たっては、国をまたがったサプライチェーンにおける様々な加工プロセスを把握したうえで、プロセスごとにCFPを積み上げることが課題となった」と語った。

旭化成では、プロジェクト名「EPOCH」を冠してCFP可視化システムを構築している。このシステムは、グローバルにまたがる製造プロセスごとに詳細にCFPデータを積み上げて計算が可能であり、また経営管理システムとの連携により経営データとCFPデータを組み合わせて分析が可能という特徴を有する。

國田氏は、EPOCHの活用事例を紹介して、集計・分析が効率化され容易になるとともに、ビジュアル化も可能となって月別データのモニタリングも行えるようになったという効果を強調した。

  • 図4:CFP可視化システムEPOCHの活用事例

    図4:CFP可視化システムEPOCHの活用事例

続いてカーボンニュートラルに向けた取り組みをいくつか紹介した。その1つが、ブロックチェーン技術を用いて再生プラスチックの資源循環を可視化するプラットフォームである「Blue Plastics」プロジェクトであり、廃プラスチックの資源循環を推進してサーキュラーエコノミー社会の実現を目指す取り組みである。

講演後の質疑応答では、「製品別の可視化実施後に排出量の削減はどのプロセスから取り組んでいるのか」といった質問も寄せられた。これについて國田氏は、「EPOCH構築により誰もがデータを見られるようになった。それにより、排出量が少ない製品を積極的に売り込もうという判断が可能となっている」と回答した。

サステナビリティ情報開示の重要性とCDPが果たす役割

「CDPとともに実現する脱炭素経営」と題して講演したのは、CDP Worldwide-Japan 理事・ディレクターの森澤 充世氏。カーボンニュートラル実現に向けて、協働による取り組みが不可欠となるなか、先駆的な企業およびそのサプライチェーンは、サステナビリティ情報開示を通じて環境影響を認識し、排出削減に取り組んでいる。

  • 森澤 充世氏

    CDP Worldwide-Japan 理事・ディレクター 森澤 充世氏

森澤氏の講演では、国際サステナビリティ基準審議会が発足し、また日本においても有価証券報告書にサステナビリティ開示項目が設定されていく状況にあるなど、さらに重要性が増すサステナビリティ情報開示について、CDPの取り組みも交えながら深く掘り下げた。

サステナビリティ情報開示に向けた大きな動きとなったのが、ともに2015年に定められた、SDGs(国連持続可能開発サミット)とパリ協定(COP21)という国際的な2つの大きな目標である。さらに同年、金融安定理事会(FSB)によりTCFDが設立され、2017年にはTCFDが最終提言を発表している。また2021年11月には、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設立が発表された。これはIFRS財団が国際会計基準に合わせて国際サステナビリティ基準をつくるという取り組みとなる。

「TCFDのねらいとしては、気候関連リスクや機会が組織にもたらす財務的な影響の開示を向上させることにある。潜在的な財務影響の検討においては、将来を見据えた分析に重点を置くことが重用になってくる。ここでシナリオ分析の導入が必要となってくる」と森澤氏は強調した。

  • 図5:TCFDのねらい

    図5:TCFDのねらい

サステナビリティ情報開示の国際基準づくりに関しては、日本からは2021年にIFRS財団への書簡が送付されている。

「オールジャパンでぜひ日本にアジア・パシフィックのオフィスを設置してほしいという要請であり、今年、日本にオフィスができる予定である。ISSBは日本に関係ない話ではない。むしろ日本の話なのだという思いのもと、今後ISSBはどのようになっていくのかに着目してほしい」(森澤氏)

この後、森澤氏は2000年に英国で設立された国際的な環境NGOであるCDPの役割についてフォーカスし、投資家が企業の環境情報開示を促すというその開示システムを紹介した。

「世界では多くの投資家がCDPのデータを活用しているし、日本でもCDPデータスコアを活用した金融商品が増えている。今後CDPは活動領域を拡大していくだろう」と森澤氏は語ると、CDPサプライチェーン・プログラムの仕組みについても解説した。


今回のウェビナーでは、「2050年カーボンニュートラル」に向け、様々な視点から最新の事例や動向が紹介された。温室効果ガスの削減を推進する担当者にとっては、どのような温室効果ガス排出量可視化方法をとればよいのか、その際に考慮するべき要素は何か、新たな知見が得られるウェビナーとなった。

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