ユーザーからのフィードバックをもとに、素早く小さいサイクルで回していく開発手法「アジャイル開発」。この概念を経営システムに応用することで、市場の変化に柔軟に適応していく組織を目指す「アジャイル経営」に、いま注目が集まっている。アジャイルな経営はいかにして実現できるのか。
2022年12月8日に開催されたクラウドエース主催のイベント「OPEN DX 2022 Winter」では、ソーシャル経済メディア「NewsPicks」や経済情報プラットフォーム「SPEEDA」などのサービスを展開し、「経済情報の力で誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」をパーパスに掲げる、ユーザベースの共同代表の佐久間 衡氏を招き、トークセッションを行った。本記事ではどの模様をお届けする。
アジャイル経営とウォーターフォール経営
クラウドエース 杉山氏:
今回のセッションは、佐久間さんが執筆したNewsPicksトピックスの記事「高凝集性と低結合性で、スケールする組織をつくる」がきっかけになって実現しました。我々SIerとしては、アーキテクチャ理論で会社組織を再解釈する試みは非常に興味深いです。まずはアジャイル経営とは何か、教えていただけますか。
ユーザベース 佐久間氏:
ひとことで言うと、スケールするスタートアップの経営です。つまり「顧客起点で変化に柔軟に適応し、ユーザー価値をアップデートし続けることで、従業員の働き甲斐を生む経営」ですね。こうした柔軟な経営は、大きな組織になると難しいと言われています。多くの大企業は「ウォーターフォール経営」で、長時間市場環境を分析して中期経営計画を固め、多くの人の合意をとったうえで着実に実行していきますが、そうしているあいだに世界も顧客ニーズも競合も変わってしまいます。
データの民主化が「顧客起点の経営」実現のカギを握る
クラウドエース 高野氏:
アジャイル経営と聞いて最初に気になったのは、予算計画との兼ね合いなのですが、これはどのように考えていくのでしょうか?
ユーザベース 佐久間氏:
アジャイル開発の肝は”計画と実行する人が分離しないこと”です。経営に置き換えると、顧客のことを十分に理解できていない人が計画を立てると、現場との齟齬が生じてしまうということです。DXを進めて顧客情報を可視化すれば、顧客アプローチなどの現場目線の情報を、経営者は簡単に見られるようになりますよね。”顧客起点の経営の実現”がDXの一つの目標になってくるのではないでしょうか。
クラウドエース 杉山氏:
データに全員がアクセスできる、”データの民主化”を推進すれば、現場レベル・経営レベルのそれぞれで、新たな行動を起こすヒントや、顧客価値を探していくことができるようになりますね。
ユーザベース 佐久間氏:
ユーザベースでは、チャットツール等を通じて、私が見れる情報と新入社員が見れる情報はほぼ同じです。情報を可視化しておけば、経営層は異常値に気づくこともできますし、必要に応じて顧客と直接話すことすら可能になります。このサイクルをうまく回していけば、経営判断を現場・顧客起点でできるようになるわけです。
クラウドエース 杉山氏:
ユーザベースのB2B事業向け顧客戦略プラットフォーム「FORCAS」をクラウドエースでも導入しているのですが、私がユーザーとしてつくったダッシュボードのキャプチャを佐久間さんにお送りしたことがありました。ユーザーからのフィードバックを代表の方が直接受け取っていることに感心した記憶があります。
ユーザベース 佐久間氏:
それはクラウドの良いところでもあります。プロダクトの価値をアップデートするインセンティブが、ユーザーと一緒なんですよ。フィードバックに応えると長く使ってもらえるようになるので、経済的にも合理的なわけです。
顧客の価値を探索していくためには、ソフトウェア化が重要になっていきます。製造業では実現できないのかというと、そんなことはありません。たとえば自動車メーカーのテスラは「クリスマスの時期にクラクションを押せばジングルベルが流れる」といったポップな機能や「Googleマップと連動したドライビング機能」といったクリティカルな機能を追加するなど、ソフトウェアを使って分刻みで顧客価値をアップデートし続けています。
クラウドエース 杉山氏:
そういう視点で見ると、ウォーターフォール型で開発したプロダクトは、顧客価値が固定されてしまっていると言えるのかもしれません。ここで確認しておきたいのは、「ウォーターフォール型が悪」だと言いたいわけではないということですよね。
ユーザベース 佐久間氏:
適した時代、適した業界があると思います。変化の多い現代には、アジャイル型の方が向いているのでしょう。近年ではグローバルなスタートアップに集まる資金が異様なほど急増しています。環境変化の加速でスタートアップがメインストリームとなり、アジャイル経営の重要性が増していることのひとつの現れではないでしょうか。
クラウドエース 杉山氏:
実際にアジャイル経営に向けて、ユーザベースで取り組んでいる事例などはあるのでしょうか?
ユーザベース 佐久間氏:
1つは、専門家の頭の中にしかない知見へのアクセスを簡単にすることですね。エキスパートネットワークというサービスをテクノロジーの力で民主化するということです。
変化に適応するには、未来の情報が必要なのですが、それは専門性の高い人の頭にしかありません。それを容易にアクセスできるようにテキスト化し、オープンにしていくことが我々のチャレンジです。専門家版のYahoo!知恵袋のような、すぐに答えが返ってくるQ&Aシステムをつくっています。
経営の意思決定グループに多様性を持たせることはもちろん重要ですが、経営陣自体を変化させるまでに時間がかかります。それなら外部の専門家の知見を経営に活用することの方が、認知的多様性を経営レベルで実現するためのクイックな方法とも言えます。
クラウドエース 高野氏:
何かを始めるときに、誰かに頼ることは大事ですね。知見へのアクセスを民主化することは、ある種のショートカットを誰でもできるようにすることだと思います。一方で情報がありすぎて何をしたらいいかわからない、といったことも起きてしまっていると思います。佐久間さんはそのあたりどう思われますか?
ユーザベース 佐久間氏:
単純に情報だけを渡すのではなく、オペレーションやプラクティスまで含めて提供すべきだと思います。たとえばFORCASでは、ターゲットの設定やSalesforceなどSFA/MAツールとの連携方法から他社事例まで伝えています。このように、どう活用すれば顧客価値を向上まできるのかをふまえて提供することが大事です。私がNewsPicksトピックスで組織論の記事を書いているのも、単にアジャイル経営のためのサービスを提供しても、なかなかオペレーションまで落とし込めないので、組織構造の知見を探索し、提供する必要があると感じたからです。
不確実な時代を生き抜く組織デザインを「ソフトウェア開発」から類推する
クラウドエース 杉山氏:
ソフトウェアのアーキテクチャから組織論を類推された背景には、どんな思いがあったのでしょうか。
ユーザベース 佐久間氏:
私は経営者がエンジニアから学ぶことは多いと思っています。先述したとおり、ソフトウェアを中心にした経営の実現が、変化に適応していく基盤になるのですが、それは開発組織だけでなく、会社組織全体がソフトウェアのアーキテクチャと整合していく必要があります。
なぜ大企業は顧客起点で変化にスピーディに対応できないかというと、調整コストが大きすぎるからです。関係者が増えれば増えるほど、調整に必要な経路、すなわち「コミュニケーションパス」が増え、複雑化していきます。現場が顧客の変化に気づいても、経営まで上げて方針が決まるまでのパスが多すぎて、あきらめてしまうこともあるでしょう。コミュニケーションパスが無作為な状態にあるため、なにがどうワークするのかが見えてこないのです。
実はこうした問題は、ふだんからソフトウェアをつくっているエンジニアの方々にとってみれば、当たり前のことだったりします。
ユーザベース 佐久間氏:
スタートアップの精神をスケールさせるには、コンピューターサイエンスにおける「凝集性」と「結合性」に着目して、無作為なコミュニケーションパスを整理する必要があります。相互性の高いもの同士をできるだけ塊と捉えて(高凝集性)、塊と塊をつなぐ線を最小化(低結合性)する──そうしたソフトウェアアーキテクチャの考え方を組織にも取り入れることで、調整コストを削減することができます。
クラウドエース 高野氏:
一方で多様性のある”ぐちゃぐちゃな組織”の方が、イノベーションが起きやすいとよく言われているように感じます。
ユーザベース 佐久間氏:
どんな「軸」で塊をデザインするかだと思います。軸は営業や開発といった機能軸だけとは限りません。たとえば機能横断的な「顧客軸」でカップリングしていけば、“顧客に必要なものをどう生み出すか?“という視点のもと、新しいものが生まれやすくなると思います。
クラウドエース 高野氏:
顧客起点でさまざまな機能を一つの箱に入れるという発想は、フロントエンドからバックエンドまですべての機能を一つの箱で扱う、まさにアジャイル開発の考えですね。
一方でアジャイル開発の弱点は予算計画だと思うのですが、「余った予算を別の用途で消化する」「上場を目指して販管費をコントロール」するといった経営の概念と、どう向き合っていくべきなのでしょうか。
ユーザベース 佐久間氏:
数値管理の厳密化とアジャイル経営の実現は、矛盾しないと考えます。たとえば稲盛さん(稲盛 和夫氏:京セラ創業者)の「アメーバ経営」は、各部門をフロントと見なして、独立採算的にやるからこそ、市場の変化に迅速な対応ができるという経営手法ですよね。また、「TikTok」を経営するBytedanceは、顧客起点の膨大な数値管理を徹底していることで、フロントエンド側とミドルプラットフォーム側が分裂することなく有機的に顧客価値を提供できています。
浮き彫りになる日本の構造的な課題──アジャイル経営を成功に導く人材とは?
クラウドエース 杉山氏:
アジャイル経営にともない、組織のマネジメントや評価方法、モチベーションコントロールなど、さまざまなものが変わってきそうですね。
ユーザベース 佐久間氏:
もちろん変化はあるでしょうが、究極的にはアジャイル経営のほうが優秀な人間を惹き付けると思います。アジャイル経営をするうえで、長期的に達成したい社会意義、すなわちパーパスを明確にすることは非常に重要です。社会意義を定めて、顧客起点で変化に適応していく──、社会にも顧客にも貢献していくことで働き甲斐を感じやすくなります。たとえば近年ではスマートニュースが米国展開に力を入れていますが、「クオリティジャーナリズムを守る」、「ニュースの持続可能性」といった社会意義を、英語版のウェブではより前面に打ち出していますね。こうしたパーパスを明確にしなければ、アメリカでは優秀な人材を採用できないといいます。
クラウドエース 高野氏:
顧客価値を探っていくには、組織も変化していく必要があるので、それにともなって評価も揺れ動いていくと思います。パーパスがマッチするということは前提として、専門スキルがより重視されるのではないでしょうか。
ユーザベース 佐久間氏:
大きな顧客価値を作っていくためには、高い専門スキルは当然必要ですし、それにくわえて他分野の専門家と顧客起点で連携するコミュニケーション能力も重要になってくると思います。
クラウドエース 高野氏:
日本では総合職採用が主流で、専門的なスキルを持った人材を採用しにくい環境にあります。エンジニアを採用したくても採用できないから、我々のようなSIerが存在するのです。こうした日本の現在のアーキテクチャでは、アジャイル経営はハードルが高いようにも思います。
ユーザベース 佐久間氏:
たしかに「経営企画部」「総務」など、総合的で職能が明確ではない部署が日本には多くありますね。専門性が低いことは課題ではありますが、高度な専門的スキルが求められるアメリカでは経営的な視点を持った人材が少ないとも言われています。日本は総合職採用だからこそ経営的視点を持ったミドル人材が一番多い国ともいえます。こうした日本の良さを生かしつつも、不確実な時代に適応できる組織デザインを考え、社会変革を先導していきたいですね。
クラウドエース 高野氏:
アジャイル経営はこれからのビジネスに必要な経営法だと思います。なぜならば、中期経営計画を立てられないぐらいの不確実な時代に突入したからです。そうした社会のめまぐるしい変化に対応できるような組織デザインを日本でも絶対に築いていかねばならないと思います。
ユーザベース 佐久間氏:
スタートアップに約10年在籍してきて、顧客起点でサービスを届けていくことは、本当に楽しいことでした。もちろん辛いこともありましたが、そのぶん働き甲斐を感じられます。そうした働く楽しさや幸せが、企業規模が大きくなるにつれて損なわれていくのは深刻な問題で、どうにか解消していきたいと考えています。
今回お話ししたソフトウェアアーキテクチャ的な組織設計や経営者と現場をつなぐための顧客データを可視化するDXなど、顧客起点の経営を可能にする技術革新が進みました。いまこの社会問題を解ける入り口に立っていることはたしかです。今後もエンジニアリングに学び、ユーザベースのパーパスである「誰もがビジネスを楽しめる世界」を実現する組織を探求し、広めていきたいと考えています。
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