クラウドエースが開催するマルチメディアコンテンツ「OPEN DX」。その2022年の集大成として、“大変革時代に価値を生める組織構造を問う”をテーマに「OPEN DX 2022 Winter」が開催された。

本記事では、OPEN DX 初の公開収録イベントとして実施されたセッション「イノベーションが生まれる職場環境」をレポート。多くのイノベーションを生み出してきた Google では、どのような組織文化が醸成され、どのようなマネジメントが行われているのだろうか。事前アンケートに寄せられた質問やリアルタイムの質問をベースに、グーグルの MIZU(水谷 嘉仁)氏とクラウドエースのラリオス 川口氏の 2 人のエバンジェリストが話を展開していく。

対談メンバー

  • MIZU氏とラリオス川口氏の集合写真(立ちポーズ)

(左)グーグル合同会社 ソリューションアーキテクト"エバンジェリスト" a.k.a. Chief Entertainment Officer MIZU (水谷嘉仁)氏
2008 年にグーグルに入社。アジア地域・日本国内における検索広告 /UX ソリューションを牽引。2019 年より、オンラインビジネスの戦略的顧客に対するグーグル広告営業組織を統括。現在は、グーグル エバンジェリストとして従事。

(右)クラウドエース株式会社 エモーショナルエバンジェリスト ラリオス 川口氏
Google Cloud 認定トレーニング事業の立ち上げに従事し、自ら認定トレーナーとなる。エバンジェリストの活動と合わせて、講義の登壇は年間 200を超える。現在取得している Google Cloud の認定資格は 6 つ。

Google 学びの精神「Steal with pride(プライドを持って盗む)!」

MIZU氏:
「イノベーションが生まれる職場環境」実現には、組織は従業員が活躍できる最適な環境を整え、全力で最適な人材を採用・育成し、そして思い切って任せるということが重要です。その実現に必要な5つの要素は「ビジョン共有」「自主性」「内発的動機付け」「リスクテイク」「つながりとコラボレーション」です。今回はこの5つの要素を軸に Google の取り組みを紹介していきます。
本セッションを視聴するうえで、私が皆さんにおすすめしたい心構えは「Steal with pride(プライドを持って盗め)」です。Google では他人から積極的に学ぶことが推奨されています。「誰かが良いことを言った」と感じたら、単なる二番煎じではなく、プライドを持って自分のものとして昇華させるということです。もちろん、Google 流のやり方が必ずともベストとは限りませんが、本セッションで何かしら皆さんに適用できるものを見つけて、ぜひ「Steal with pride」してみてください。

VUCAな時代に求められる、失敗を祝いすばやく修正できる体制

Q: イノベーションを生みやすい社内文化づくりや仕組みとは、どのようなものでしょうか。

MIZU氏:
まずは、5つの要素のうち「ビジョン共有」と「リスクテイク」をピックアップして、お答えしましょう。
まず大切なのは「ビジョンの共有」。組織の目標と優先順位の共通認識を確立させることです。Google では、戦略や業績評価など重要な情報はグローバルのリーダーから直接全社員へ、そこにアジア地域のリーダーからアジア地域の影響や解釈を加え、さらに日本のリーダーが日本への影響や解釈を重ねていきます。大事なことは 2 度 3 度言う。オーバーコミュニケーションとテーラーメイドコミュニケーションを両立させるからこそ、自分事にされやすくなるのです。

  • MIZU氏セッションカット

    MIZU (水谷嘉仁)氏

MIZU氏:
そして、「リスクテイク」、失敗から学ぶことが重要です。従業員が心理的安全性を感じられ、リスクを恐れずに新しいアイデアを試せるようにしていきましょう。これを実現するキーワードの 1 つ目は「Think 10x」、10% の改善や成長ではなく、1,000% つまり 10 倍のムーンショットを目指します。2 つ目は「Fail Well」、失敗するならば上手に失敗しようということです。失敗することを祝い、そこから学びすばやく修正します。VUCA (ブーカ)な時代と言われる昨今、今日の正解が明日の正解とは限りません。たとえ正解が見つからなくても、さまざまな情報を頼りに、その時々で正解と考えられる方向へと向かっていく姿勢が重要になるのです。
スタンフォード大学の心理学教授、キャロル・ドゥエック氏によると人の思考パターンは 2 種類に分けられるそうです。たとえば困難な課題に直面した際に、フィックスマインドセットの人は「自分の能力の限界」と落胆する。その一方でグロースマインドセットの人は、「これは自分が成長する機会」と捉えます。すべてはものの見方次第ということですね。
心理的安全性の確立はもっとも重要であり、リーダーの責任です。Google の調査によると、心理的安全性が高い営業チームは、売上目標の平均より 17% 上回り、そうでない営業チームは平均より 19% 下回っているという結果も出ています。
よく「失敗ばかり許容していたら、成功に対する責任がなくなるのでは?」という質問もいただきます。失敗に対する心理的安全性と成功に対する責任は二者択一のトレードオフではなく、それぞれが独立した二軸で4つのゾーンに分けられます。ぜひ、ご自身の組織がどこに当てはまるのかを考えてみてください。

  • 横軸を成功責任、縦軸を心理的安全性とし、失敗に対する心理的安全性を4つのゾーンで表した図

MIZU氏:
“成功の責任もなく失敗も許容しない”のは赤の他人、「アパシーゾーン」でチームとして機能していません。この場合はリーダーの教育が必要となります。
“成功の責任がなく、失敗だけを許容する”のはぬるま湯ズブズブの「コンフォートゾーン」、忖度の塊のぬるい組織で、はまってはいけない落とし穴です。
“成功の責任はあるのに失敗は許容しない”のは、明日は我が身の「アングザイエティゾーン」。針のむしろのきつい組織で、失敗が許されないので皆ピリピリムードです。これではイノベーションは生まれません。
“成功の責任もあるけど、失敗も許容する”のが、日々学習の「ラーニングゾーン」、伸び伸びと学習する組織で、一見ばかげたアイデアでもチームが偏見なく受け入れる。たとえうまくいかなくでも、学びとして次に活かす。ぜひこの「ラーニングゾーン」を狙いたいところです。
そこで重要なのはアクティブリスニング、日本語で言うと「傾聴」ですね。相手と向かい合うのではなく、相手に寄り添って同じ方向を見るイメージです。たとえ相手の意見に隙があっても正面から論破はしません。明らかに間違っていてもすぐに訂正しません。替わりに相手がその結論に至った背景や経緯に興味を持って、積極的に質問してみてください。

  • 心理的安全性についての事前アンケート結果(棒グラフ)

MIZU氏:
さて、視聴者の皆さんには事前アンケートで心理的安全性について伺いました。その結果、総合点 63 点、皆さんの一番の伸びしろは、「リスクを取って挑戦すること」にあります。VUCAな時代では、業界を超えた新興勢力がゲームを変えることもしばしば。そうなると「リスクを取らない」ことが最大のリスクかもしれません。

ラリオス 川口氏:
心理的安全性に関して課題を感じて、解決したい、改善したいと思っておられる方は多いと思いますが、その一方でどこから始めればよいのかわからないという意見もあるかと思います。そのあたりはいかがでしょうか。

MIZU氏:
ハーバード大学で組織行動学を研究するエイミー・C・エドモンドソン教授は、心理的安全性を高めるために個人でできることとして、次の 3 つを挙げています。
1 つ目は「仕事は実行の機会ではなく学習の機会と捉える」ことで、2 つ目は「自分が間違うことを認める」ことです。そして、ぜひ実践していただきたいのが、3つ目の「好奇心を形にし、積極的に質問する」ことです。何か新しいアイデアを共有された際に「それいいね」で終わってはいけません。「この場合はどうなるの?」と好奇心を持ってあえてチャレンジをすることで、チーム一丸となってより良いものを作り上げていくことができるようになります。

ラリオス 川口氏:
組織的に大きなことをやろうとすると、どうしても腰が重くなってしまいますが、個人であれば今すぐできる。まずは自分が変わるということが大切ですね。

  • 力説するMIZU氏

Q: 上手な失敗と下手な失敗はどのような指標で評価されるのでしょうか。

MIZU氏:
失敗と一言で言ってもいろいろなパターンがありますが、ここでは代表的なものを 3 つ紹介していきます。
1 つ目は「回避可能な失敗」です。既知のプロセスから逸脱して望まない結果が起きること、主にスキルや注意の欠如が原因です。ベストプラクティスからのズレをすばやく見つけられたら、その観察眼を評価してあげてください。
2 つ目は「複雑な失敗」、たとえばシステムの統廃合など、かつてない要因が加わることで起きる失敗です。注意を怠らないこと、そしてチームワークが極めて重要となります。
3 つ目は「賢い失敗」で、これが上手な失敗というものにつながります。たとえば新製品の開発なども含め、イノベーションを目指す過程でよく見られる「新しいことを始めて、望まない結果が起きてしまう」という失敗です。主に不確実性のなかで試みやリスクを取ることが原因です。その解決には、恐れずに失敗から学ぶことが賞賛される環境を構築する必要があります。
下手な失敗というのは、回避可能な失敗をしてしまったり、複雑な失敗で学びにつながらないというもの。一方で新しいことにチャレンジをして、失敗で学んだことを次に活かせるのならば上手な失敗と言えます。失敗と捉えずに自分の伸び代と考えてください。

従業員の自主性と良きコーチを育てる、フィードバックというギフト

Q: 日本でも先進的な人事制度を取り入れる会社も増えてきましたが、Google ならではの実践事例を教えてください。

MIZU氏:
この質問に対しては、先に述べた5つの要素から「自主性」を例に紹介していきます。Google では従業員が自身の仕事を定義していきます。リーダーやマネージャーは部下の成長を見極めて、ちょっと背伸びをした目標を設定してチャレンジしていきます。両者でいったん合意したあとは、細かく管理せずに、必要に応じてアドバイスや指導をすることに徹します。
マネージャーの仕事は主にチームの育成と結果を出すこと。部下を管理するのではなく、自立と成長を促します。そのうえで、良きコーチとしてフィードバックを通して部下の育成を図ります。そして部下が成長するなら、それ以上にマネージャーが成長しなければなりません。

  • 優秀なマネージャーの条件をまとめたスライド

MIZU氏:
Google には、マネージャーの成長を支援するユニークな仕組みがあります。人事評価の際には当然マネージャーは自分の部下を評価するのですが、同じタイミングで自分の部下からマネージャーとしての定量的な評価と定性的なフィードバックを受けることができます。その結果はチームに公開して、さらなる改善策を議論することが推奨されています。いわば「Help me Help You」、”あなたのためにより良いマネージャーになりたいんです。だから“私の伸びしろを教えてください”という姿勢なんです。
Google では「Feedback is a Gift」の文化が根付いています。褒められて伸びる人もいますが、それだけでは既定路線の成長から抜け出せません。ときには厳しい意見こそが非連続の成長につながります。だからこそいつでも誰からでもフィードバックというギフトをもらうことを意識することが大切です。このフィードバックは Google のカルチャーを語るうえで欠かせないものです。

ラリオス 川口氏:
このFeedback is a Gift(フィードバックは贈り物だよ)は、すごくいい言葉だと思います。実はクラウドエースでもこの取り組みは始まっていまして、上長に関するアンケートを実施しています。

Q: 新人にフィードバックしたらパワハラだと社内通報され、降格処分された同僚がいます。パワハラにならない、ギフトとなるフィードバックのテンプレートなどはありますか。

MIZU氏:
よかれと思ってフィードバックしても、意図が伝われないときはたしかにあります。フィードバックは、ある意味スキルの1つで、経験を重ねれば誰でも上手になりますが、する方もされる方もけっこう体力を使います。まず大事なのは愛と率直さです。愛がなければ単なる批判で終わってしまいます。そして率直さがなければ愛は伝わりません。回りくどい忖度は不要です。肝心な愛の伝え方のテクニックは「うまくできていることと、もっとうまくできそうなことをバランスよくミックスすること」です。まずは相手に自己評価をしてもらい、そこにフィードバックをかぶせていきます。これは後出しジャンケンなので負けない 2×2 フィードバックというテクニックになります。

Google 流・イノベーションの土台としての組織文化の築き方

Q: 学習する組織文化・企み仕掛ける組織文化をどう作っていくのでしょうか。

MIZU氏:
学習する組織文化を醸成するポイントは、先ほど話した心理的安全性の確保に加えて、「内発的動機付け」が重要となります。たとえば Google が採用している「20%ルール」では、その名のとおり20%程度の時間を本業以外の新しいチャレンジに費やすことができます。20% ルールから生まれたプロダクトには「Gmail」「Google フォト」などがあります。
くわえて「ジョブローテーション」制度では、100% の時間を使って 3 カ月~ 12 カ月程度、別のチームの仕事にチャレンジできます。私も 4 年前にジョブローテーションを利用して、マウンテンビュー本社で Google のエバンジェリストを3カ月間経験しました。それ以降は 20% ルールとして継続したあとに、昨年社内転職をして、今では 100% コミットしています。

ラリオス 川口氏:
本業とは別に 20%の時間を取ることが難しい場合は、5% くらいから始めてみてもいいかもしれませんね。

Q: イノベーションに対して時間をどのように作っているのでしょうか。

MIZU氏:
時間の作り方の1つの例としては、まずはひとりで抱え込まずにチームを頼ることですね。先の 5 つの要素に当てはめるなら「つながりとコラボレーション」です。なぜなら「Sharing is Caring」、共有することは、相手への思いやりとなるからです。フィードバックだけでなく、情報やナレッジの共有も同様です。情報は溜め込むのではなく、透明性を高くして惜しみなく共有する、必要なときに必要な情報が社内で見つけられるようにすることが重要です。

ラリオス 川口氏:
「共有は思いやり」、これもすごく大切な考え方だと思います。まさに「Google Workspace 」では、リアルタイムの情報共有を得意としていて、Google のマインドが反映されたツールといえます。こうしたツールを使いこなしていくことで、Sharing is Caring のような文化を醸成していくというのもひとつの方法なのではと感じました。

  • ラリオス川口氏セッションカット

    ラリオス川口氏

Q: Google では「DEI(多様性・公平性・包括性)」にどのように取り組んでいるのでしょうか。

MIZU氏:
イノベーションの土台となるのは「DEI」、すなわち多様性の尊重です。多様な人がいて、一人ひとりがベストなパフォーマンスを出せる仕組みがあり、かつ誰ひとり取り残されることなく個性が認められている状態であることが重要です。
多様性にはデモグラフィ型とタスク型の 2 種類があります。前者は性別や国籍、年齢といった属性の多様性、後者はビジネスにおいて必要な能力や経験、価値観の多様性です。イノベーションにはこの2種類の多様性を掛け合わることが効果的です。
Google では、採用においてカルチャーフィットよりもカルチャーアドを重視しています。言い換えるならば組織文化への貢献です。カルチャーフィットは候補者がチームや組織文化にどのように同化するかをもとに評価、カルチャーアドでは、候補者がチームや組織文化に何を貢献できるかをもとに評価します。ペンシルベニア大学で組織心理学を専門とするアダム・グラント教授は「スタートアップにはカルチャーフィットが有効だが、ある程度の規模からさらに成長するにはカルチャーアドが重要」と語っています。
続いて「E」は「エクイティ」、すなわち公平性です。一人ひとりがベストなパフォーマンスを出せるように公平な支援、つまり、その人が成功するために必要なものを提供していきます。
そして「I」は「インクルージョン(包括性)」。 Google では、全員が帰属意識を実感し、ありのままの自分で最高のパフォーマンスを発揮できる環境を整えています。私が転職活動を行っていたときに、他の会社では「キャリアパスに一貫性がない」として面接に進めなかったことも多々ありましたが、 Google の面接では「幅広い経験をお持ちですね」と逆に評価してもらいました。

ラリオス 川口氏:
僕もどちらかというと個性的な方で転職には苦労したクチなので、このように多様性や公平性、包括性といったものを持ち合わせている会社はとてもありがたいですね。”多様性を認めて公平に評価する文化”はこれからの日本の企業にも必要な考え方だと思います

  • 笑顔で対談を行い和やかな雰囲気のMIZU氏とラリオス川口氏

    ラリオス川口氏

Q: 多様性を認めない多様性にどう向かうべきでしょうか。優秀なDX人材を採用しても、社内の古い幹部と衝突して離職してしまいます。

MIZU氏:
これも先の質問と同じく「愛」が重要で、さらに付け加えると「尊敬」が必要になります。お互いの価値観が違っても、それを尊重し合うことがポイントです。DX 人材には知識やスキルだけではなく、新しい文化を融合するリーダーシップが求められます。なので、DX 人材を採用する際には、新旧の文化を融合させるリーダーシップがあるかどうかを重視すると良いと思います。大事なのは会社としての方向性が明確になっていて、対立しても同じ方向を目指していると感じられることです。

Q: トップダウン的な管理がなされている企業は Google 方式の適用が難しいように思います。まずは管理職の意識改革から始めるのがよいかと考えていますが、何かコツのようなものがあれば教えてください。

MIZU氏:
心理的安全性をはじめ、本日お話ししたことを実践するにはトップのコミットメントと、ボトムアップ、現場の皆さんの努力の両方がないとうまくいきません。会社によって異なりますが、まずはトップダウンで動き出すことが重要で、そのあとボトムダウンで組織の一人ひとりに浸透させていく。ここでは共通言語、共通認識の確立が必要になるのですが、その軸となるのはマネージャーです。トップのメッセージを現場に浸透させることがマネージャーの重要な役割です。

ラリオス 川口氏:
まずは地道に実績を作ってトップに働きかけていくことが重要ということですね。それでは最後に MIZU さんからまとめの一言をいただいてセッションを終了したいと思います。

MIZU氏:
いろいろな話をしてきましたが、つまりは「組織は人なり」、ただし人はすぐには変わりません。その際は視座を高めて、視野を広げて視点を変える、マインドセットチェンジを促していくことが大切です。特に意識すべきはアンラーニングをして柔軟に学び直せるかどうかです。重要なのはできる・できないではなく、何歳になっても学び続けて成長したいと考えるグロースマインドセットです。そうでなければ VUCA な変化に気付かない、悲しい茹でガエルになってしまいます。そうならないためにも思い立ったが吉日、皆さんの「Steal with Pride」に期待しています。

関連リンク

さまざまな組織の働き方の先進事例や研究、アイデアを集めたWebサイト
Google re:Work(リワーク)

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