「チャネルを変え、顧客とのつながりを強固にし、チャネルから事業変革を導く」をテーマに、事業変革や本質的なDX推進などのマーケティングサポートを提供する顧客時間。同社の共同CEOを務めるのが、マーケティングや企業ブランディングの分野において多大な実績を有する奥谷孝司氏と岩井琢磨氏である。2022年12月8日に開催されたクラウドエース主催のイベント「OPEN DX 2022 Winter」では両者を招き、デジタル変革期における新しいマーケティングのかたちについて鼎談を行った。本記事ではその模様をお届けする。

鼎談メンバー

  • 鼎談メンバー4名の集合写真(立ちポーズ)
    (左から)
  • クラウドエース株式会社 マーケティング部 部長 杉山 裕亮氏
  • 株式会社顧客時間 共同CEO 代表取締役 岩井琢磨氏
    博報堂DYグループで企業ブランディングなどを手掛け、2018年に顧客時間を設立し共同CEO代表取締役に就任。現在も企業ブランディング、ビジョン策定を通して企業を支援している。
  • 株式会社顧客時間 共同CEO 取締役 / オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 Chief Omni-Channel Officer(COCO) 奥谷孝司氏
    良品計画にて、ヒット商品「足なり直角靴下」の開発や「MUJI passport」のプロデュースなどを手掛け、2018年に顧客時間の共同CEO代表取締役に就任。現在は主にエンタープライズ企業のDX支援し、オイシックスではマーケティングやHRに携わっている。
  • クラウドエース株式会社 事業推進本部長 松本健治氏

4年前の最先端マーケティングがコロナ禍を経て、現在では基本に

クラウドエース 杉山氏:
お二人の共著「マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント」が、このほど「日本マーケティング本 大賞2022」の準大賞に輝きましたね。まずは本書でお二人が伝えたい要点についてお聞かせください。

  • 机に「マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P×エンゲージメントを置き、セッションを進行する杉山氏と松本氏

    クラウドエース 杉山裕亮氏(左)と松本健治氏(右)

顧客時間 奥谷氏:
2018年に上梓した前著では、「世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略」と題して、“顧客と企業のデジタルのつながり”にフォーカスしました。しかしあれから4年経った今ではそれは“最先端”ではなくなり、コロナ禍を経て“基本”の考え方になりました。
そこで本著では、顧客行動・顧客価値の変化、競争変化などを、先鋭的な国内外の企業事例から捉え、「エンゲージメント4P」や「カスタマーバリューピラミッド」といった顧客時間独自のフレームワークを用いて新しいマーケティングの基本を紐解く内容になっています。

顧客時間 岩井氏:
では、具体的に何がどう変わったのかについて、以下の3テーマに沿って解説します。

    <マーケティング変化の3つの側面>
  1. どんな変化が“加速”しているか?
  2. まず“顧客”はどう変わっているか?
  3. つぎに“マーケティング”はどう変わっているか?

顧客の変化に日本企業は追いつけていない? 現在のスピードが20年後の命運を分ける

顧客時間 岩井氏:
まず1つ目のテーマである「どんな変化が”加速”しているか?」ですが、“何が変わっているか”ではなく、もともと変わっていたもののその速度がさらに速くなったということです。
東京大学の森川博之教授が提唱されているように、40年ほどのスパンで社会の変革が起きていると考えると、2000年頃からインターネットが普及して以来、現在はデジタルイノベーションの真っ只中にあるのだと、あらためて実感できるはずです。つまり、2040年には今からは想像もできないような真のデジタル社会が訪れますので、そうした意味でもちょうど真ん中である2020年にコロナ禍が起きたというのは象徴的です。
コロナ禍で環境が大きく変わったことで暮らし自体がデジタルに大きくシフトしました。そこで大事なのがデジタルシフトによる価値の変化です。これを我々は“顧客価値のシフト”と呼んでいますが、それに対して企業は顧客接点をつぎつぎとデジタルへシフトしていきました。そこからビジネスモデルをデジタル前提で考え、最終的には事業システム全体のシフトが起きています。

  • インターネット普及からデジタル社会への変化(シフト)と時系列を表した図

クラウドエース 杉山氏:
顧客サイドのシフトと企業サイドのシフトはそれぞれ3段階あるようですが、どのタイミングでリンクするでしょうか。

顧客時間 奥谷氏:
総論としては、残念ながら日本企業は顧客の変化に追いつけていません。しかし、そうしたなかでも、一部のベンチャー企業などは顧客の行動変容を捉えて最適なビジネスへと成長させています。一方顧客サイドでも変化の速度は個人差があります。いまは変革期の真ん中なので、顧客・企業ともにスピードの差がありますが、2040年になるとその差は勝敗を分けるものになっていると思います。だからこそ、いまは立ち止まらずに変化を加速させなければならないのです。

  • セッション中の奥山氏

    顧客時間 奥谷孝司氏

ウォルマートとAmazonの先進事例から見る、顧客価値の変化

顧客時間 奥谷氏:
2つ目のテーマ「まず”顧客”はどう変わっているか?」、すなわち顧客価値の変化についてです。「チャネルシフトマトリックス」をベースにお話しします。

  • チャネルシフトマトリックス:横軸を顧客の購買プロセス(=選択)、縦軸を購買の意思決定(=購入)とし、それぞれオンライン・オフラインで4領域に分類している。

    チャネルシフトマトリックス:横軸を顧客の購買プロセス(=選択)、縦軸を購買の意思決定(=購入)とし、それぞれオンライン・オフラインで4領域に分類している。

顧客時間 奥谷氏:
以前はリアルとネットの売り場を持ち、シームレスな体験を提供する、すなわちオムニチャネル化が主流でしたが、それだけではチャネルシフトになりません。いまではオンラインを意識させないAlexaなどのスマートスピーカーを経由した買い物(コンタクトレスショッピング)や、ネットで商品を探して店頭で買うといった複合的なプロセスも増えてきています。単に「リアルの売り場」と「ネットの売り場」と分けて考えるのではなく、デジタルで顧客とつながることでニーズを理解し、顧客接点を充実させていくことがポイントになります。

顧客時間 岩井氏:
たとえばウォルマートでは、商品を顧客の冷蔵庫の中まで届ける「インホーム・デリバリー」というサービスを提供しています。このサービスの面白いところは、顧客のニーズをデリバリーではなく、”冷蔵庫の中に食材が補充されていること”にあると捉えている点です。それにくわえ、冷蔵庫を実際に見ることで、どういった頻度でどの食材がなくなっているかを把握できるので「リクエストに入っていないけど、この食材もお届けしますね」といった提案も可能になります。つまりこの事例では顧客接点が冷蔵庫で、そこを起点として複合的な体験を提供しています。

  • ウォルマートの「インホーム・デリバリー」配達員が家の中の冷蔵庫まで食材を届ける様子

    ウォルマートの「インホーム・デリバリー」

顧客時間 岩井氏:
一方、Amazonが展開するハイテクスーパーマーケット「Amazonフレッシュ」では、顧客はダッシュカートと呼ばれるショッピングカートに商品を入れながら買い物をします。商品が入ったカートを持って最後にゲートを通ると、顧客のAmazonアカウントに購入金額が請求され、自動的に決済が完了する仕組みです。また、事前にAlexaでショッピングリストをつくれますが、Amazonはこのショッピングリストがあることで使用時間を含めた購買行動を把握し、ニーズをより深く知ることができるのです。

  • ハイテクスーパーマーケット「Amazonフレッシュ」ショッピングリストをもとに買い物をする様子

    ハイテクスーパーマーケット「Amazonフレッシュ」

顧客時間 奥谷氏:
Amazonがチャネルシフトマトリックス上の右上、コンタクトレスショッピングを実現しているのに対し、ウォルマートの事例の最大の特徴は「人の介在」です。チャネルシフトマトリックス上では左上から左下へ降りているイメージです。アメリカは分断社会や銃社会の側面があるにも関わらず、家の中の冷蔵庫まで届けるサービスを実現できたのは、ネットを通して人と人が信頼しあうことが進んでいるからではないでしょうか。ぜひ日本の小売業でも取り入れてほしいですね。

クラウドエース 松本氏:
冷蔵庫まで届ける、すなわち”顧客を見に行く”という行動をとっていることがとくに印象的ですね。デジタル一辺倒ではなく、デジタル化によって創出した時間を使って、リアルな顧客を見ることが変化を捉えられることにつながるので、すべての企業にとって大事ではないかと感じました。

顧客時間 岩井氏:
ウォルマートの事例もAmazonの事例も事業者側が顧客のニーズを知る、つまり「つながっている価値」によって顧客がより便利になっていくことは共通しています。こうした新たなビジネスにより顧客価値がどう変わっていくのかがポイントになります。

  • Customer Value Pyramid(カスタマーバリューピラミッド):エンゲージメントを「つながっている価値」とし、一番差別化が強い要素としてピラミッドの頂点に位置している

    Customer Value Pyramid(カスタマーバリューピラミッド)

顧客時間 奥谷氏:
デジタルに携わっているとエンゲージメントという言葉をよく耳にしますが、我々はエンゲージメントを「つながっている価値」と表現しています。たとえばメーカーは顧客との直接的な接点が少ないです。マーケット分析をして、商品が提供できる顧客体験を予測している企業は多いですが、デジタルを活用して、顧客とのつながりのがい然性を確認することが必要になります。顧客は機能を体験してから、企業と「つながる」ことに到達しますので、企業はビジョンとして顧客と「つながる」ことを掲げ、体験から機能に落とし込む。この相互関係をしっかり作ることがマーケティングの基本で、あるべきエンゲージメントだと思います。

クラウドエース 杉山氏:
これまでのお話を聞いていて、新しいマーケティングDXというよりも、我々マーケターが普段から行ってきた4P分析などをいかにアップデートしていくか、という点が非常に腹落ちしました。

  • セッション中の4人の様子

顧客理解のための“Place”が今後のマーケティングの肝に

顧客時間 岩井氏:
では、最後に3つ目のテーマ「つぎに”マーケティング”はどう変わっているか? 」についてお話しします。先のAmazonフレッシュの事例で重要なのが、顧客の利用状況を蓄積することでニーズを予想して商品をリコメンドできるだけではなく、多くの顧客のニーズを分析することで新商品の開発にまでつなげられるということです。実際Amazonフレッシュを訪問した際、商品の約4割をプライベートブランド商品が占めていると感じました。このように、顧客の行動をベースに商品をつくりだせる体制が整っていることがポイントであって、もちろん同じアプローチをさまざまな業界にも適用できるだろうと考えます。

顧客時間 奥谷氏:
4Pにおいて、コロナ前は「Place」と「Promotion」のデジタル化が進みましたが、それだけではモノの差別化が難しくなってきています。そこで「プレイスドリブンなマーケティング」が重要になります。顧客データを使って、いかに残りの3Pを変革していくか、すなわちパーソナライズ化を進め、顧客関係マネジメントを実践します。これはネットビジネスの根幹ですが、モバイルの普及によってプレイスレスになりましたし、スマートバイクなどがPlaceになるケースもあり、Placeは多様化しています。

顧客時間 岩井氏:
つまりPlaceを販路ではなく顧客接点として捉え、そこからProduct、Price、Promotionの解釈を変えていきます。ここで店舗以外の顧客接点を強化した例として、lululemonとPelotonのケースを見ていきましょう。スポーツウェアブランドlululemonが鏡型デバイスを使ったオンラインフィットネスサービスを開始し、一方でスマートバイクなど在宅フィットネスサービスを展開するPelotonがアパレルブランドを立ち上げました。このように血筋が違う企業でも、顧客接点をいかに強く持つかを突き詰めていった結果、異業種競争になることが今後も増えてくると思います。

  • セッション中の岩井氏

顧客時間 岩井氏:
国内では、登山者やトレッカーのあいだで人気の登山アプリ「YAMAP」の事例があります。登山中に携帯電話圏外でも位置情報が把握できるアプリです。YAMAPでは300万人を超えるユーザーの間でコミュニティが形成されており、登山記録や登山道具などさまざまな情報が共有されています。YAMAPはこの顧客とのつながりを生かしてProductを作り、ECを立ち上げました。既存のアウトドアメーカーにとっては、まったく異業種だったアプリの会社が、気がつけば300万をも超える顧客接点を持つ強敵になっていました。これこそがPlaceという強さを最も発揮しているモデルではないかと見ています。

顧客時間 奥谷氏:
YAMAPは販路としてのPlaceを持っていないように見えますが、登山している時間、すなわちサービスや商品を使っている時間を知っているので、登山保険の適切な加入期間や登山スタイルにあったリュックなど、顧客に寄り添った提案が可能になり顧客価値向上につながります。このように、販路としてのPlaceではなく顧客理解のためのPlaceとして捉えていくことが、これからのマーケティングでは非常に重要になります。

  • 登山アプリ「YAMAP」UIやサービスの仕組みを表した図

    300万人から愛される登山アプリ「YAMAP」

***

顧客時間 岩井氏:
今回は3つのテーマについて以下のようにお話してきました。

  1. どんな変化が“加速”しているか?
    デジタルイノベーションという、大きな変革の真っ只中にいるので、今取り組むことがこれからの流れを作ると捉えることが重要。
  2. まず“顧客”はどう変わっているか?
    デジタルを通して常に“顧客とつながっている”ことが当たり前の時代に。そのうえで実現できる価値を考える。
  3. つぎに”マーケティング”はどう変わっているか?
    4Pのアップデート、プレイスドリブンなマーケティングが重要に。

顧客時間 奥谷氏:
マーケティングの手法はさまざまなので、我々のやり方だけがすべてではないと思います。ただ、今後もさらにデジタル社会に進んでいくことはたしかで、デジタル活用は半永久的に続いていきます。「やりつづける」という覚悟を持って、踏み出すことがデジタルマーケティングをする上で大事なことです。また、デジタルを通して顧客接点、すなわち人間同士のつながりはどう変わっていくのかを、あらためて学び直す必要があると思います。ぜひ「マーケティングの新しい基本 顧客とつながる時代の4P×エンゲージメント」を手にとっていただき、学びの結論として「人間力」にたどり着いてもらいたいと思っています。

  • セッション終了後の集合写真

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