驚異的なスピードでDXを進めるイオンリテール。データ活用型リテールメディア「イオンAD」をはじめとした画期的な取り組みはこの2年間でとくに話題を呼んだ。同社のDXは、顧客体験にどのような影響を与え、どのような成果を上げているのだろうか。
2022年10月7日に開催されたクラウドエース主催の大型イベント「OPEN DX 2022 Autumn」では、イオンリテールでデジタル企画部長を務める松本 裕氏を招き、前半はクラウドエースの杉山 裕亮氏と「生産性の向上」「顧客接点の強化」を軸としたリテールDXについての対談、後半では同社のDXを支えてきた特別ゲストのRecursiveの若林 峻氏を迎えて、イオンADの開発について鼎談が行われた。本稿ではその模様をお届けする。
イオンリテールが考える、3つのDXの指針
クラウドエース 杉山氏:
イオンリテールはDX先進企業として、多くのメディアに取り上げられてきました。そこで本日は、各DX施策の成果と、データ活用による新たな収益モデル「イオンAD」についてお伺いしていきたいと思います。まずは松本様の自己紹介をお願いします。
イオンリテール 松本氏:
イオンリテールは食品・衣料品・暮らしの品を扱う、本州(東北除く)・四国の総合スーパー「イオン」と「イオンスタイル」を運営しているのですが、さらにプライベートブランド「トップバリュ」の販売や、デベロッパー事業など、さまざまなことを手がけています。私はその中でも消費者向けのデジタル施策を、システム開発からデータ収集・分析、各店舗のデジタルサイネージ管理まで、全般的に担当しています。
クラウドエース 杉山氏:
大きな会社ほど成果を出すには時間がかかるものですが、イオンリテールは驚くようなスピードでDXを実行されています。まずはイオンリテールの考えるDXについて教えてください。
イオンリテール 松本氏:
DX自体は広い概念ですが、当社では3つの方向性を設けています。1つ目は「生産性の向上」、2つ目は「顧客接点の強化」、3つ目は「データを活用した新たな収益モデルの構築」です。顧客満足度の向上を目標とし、3つの方向性に沿ってさまざまな施策を展開しています。
現場の生産性を向上し、「新しい買い物のあり方」を実現した数々の施策
クラウドエース 杉山氏:
それではまず「“レジに並ばない”買い物スタイル」として大きな話題を呼んだ、「レジゴー」についてお話いただけますか。
イオンリテール 松本氏:
レジゴーは、スマホをカゴに設置して「商品をカゴの中に入れるとき」にスキャンをして買い物中に価格を計算し、レジでは支払いだけで済むという、新しい買い物のあり方を実現したシステムです。2020年春から本格展開を始めました。
食品スーパーはお昼や夕方など、特定の時間にどうしても混雑してしまうのですが、レジゴーの導入によって会計時間を大幅に削減できています。また、店舗の生産性の向上だけでなく、お客さまに対しても「レジ待ち時間」を軽減することで価値を提供しています。
クラウドエース 杉山氏:
近所のイオンもレジゴーができるようになったのですが、すごく便利で早いですよね。また、親と一緒に買い物に来た子どもたちがレジゴーを楽しんでいる様子よく見かけます。
イオンリテール 松本氏:
商品をカゴに入れる際に、スマホのカメラでバーコードをスキャンするのですが、子どもたちがそれを手伝うことで「自分で買い物をしている」と感じてくれるようです。おかげさまで、レジゴーは非常に人気の施策となっています。
クラウドエース 杉山氏:
いずれは「レジゴーネイティブ世代」も出てくるのでしょうね。
レジゴーに続く生産性向上の施策として「AIカカク」を展開されていましたが、これはどういう仕組みなのでしょうか。
イオンリテール 松本氏:
AIカカクはお惣菜の値引きや、その日の販売量をAIが予測して、従業員のハンディ端末に指示がいくというものです。ベテランであれば、その日の天候や売れ行きから「今日は何をどれくらいつくるべきか」「何時に割引をすればいいのか」といったことが判断できるでしょう。しかし、誰しもがそうとは限りません。そこでAIカカクは、過去のデータとリアルタイムの売上げや天候データを1時間単位で見ながら、「客数が落ちているから、この時間から割引して売り切るべき」と判断してくれます。
クラウドエース 杉山氏:
私は高校時代、スーパーでバイトしていたのですが、当時はインカムで店長と相談して、値引きのシールを貼っていました。それをAIが判断してくれるのですね。新人でもベテランと同じような判断ができるようになるので、すごい効果があるのではないでしょうか。
イオンリテール 松本氏:
そうですね。実際、目に見えて荒利率が良くなりました。さらに廃棄ロスも減らせています。
クラウドエース 杉山氏:
食品廃棄を減らすことは、単なるコスト減だけでなく、社会問題に対しても大きな貢献ですね。
AIカカクのような「売上げデータ」以外で、店舗内のデータを活用する施策はありますか?
イオンリテール 松本氏:
2021年に稼働が始まった「AIカメラ」があります。たとえば、同じ商品をずっと見ているお客さんをカメラで検知すると「購入意欲が高そう」と判断され、従業員に接客を促すアラートが流れる仕組みです。
クラウドエース 杉山氏:
イオンの店舗は広いですから、お客さまとしては店員に聞きたくても見当たらない……となっていたことも多いのでしょう。それがちょうど接客してほしいタイミングで来てもらえるようになったわけですから、顧客体験としても非常に価値が向上したと思います。
イオンリテール 松本氏:
AIカメラはまだ一部の店舗でしか導入していないのですが、すでに大きな成果がでています。たとえばベビーカーなどは、接客をするとより購入につながりやすくなるということがわかってきました。今後はより多くの店舗にAIカメラを設置していく予定です。
大ヒットした「イオンお買物アプリ」。会員800万人とのコミュニケーションを支えるGoogle Cloud
クラウドエース 杉山氏:
これまで生産性の向上に関するお話を伺ってきました。続いて、ネットスーパーやECサイト、アプリなど「顧客接点の強化」という観点ではいかがでしょうか。
イオンリテール 松本氏:
ECサイトはもちろんですが、店舗から配送するネットスーパーや、クーポンが手に入るお買物アプリなどリアル店舗と連動したものも、社会の変化にともないお客さまの利用が拡大している領域です。
とくにネットスーパーはコロナ以降需要が増大したため、配送便がすぐに埋まってしまい、なかなか注文をお受けできないこともありました。こうしたなかで店舗にピックアップカウンターを設けてみたところ、仕事帰りなどに利用される方が予想以上に多く驚きました。
クラウドエース 杉山氏:
リアル店舗とネットスーパーの中間のような選択肢で面白いですね。リアルとITのそれぞれの良さが活かされているということも、DXの重要なポイントだと思います。
店舗と連動する「イオンお買物アプリ」についてはどうでしょうか。
イオンリテール 松本氏:
リリースをして5年になりますが、ありがたいことに現在会員数は800万人を突破し、割引のクーポンはアプリ上で毎週100万件ぐらい利用されています。一例ですが、対象クーポンの売上げは前週比で約300%伸長しており、効果は大きく出ています。
クラウドエース 杉山氏:
こちらの基盤には、Google Cloudを採用されていますね。
イオンリテール 松本氏:
クラウドエースさんに支援してもらいながら、Google Cloudの「App Engine」を使い始めました。たとえばクーポンのプッシュ通知をすると、当然アクセス数が跳ね上がりますから、インフラをどう安定させるかが課題だったのですが、いまは安心してスケールできます。
また、Google Cloudはデータ分析にも活用しています。数年分のPOSデータともなれば数千億レコードという規模になるのですが、データベースを「BigQuery」に変えてからは数秒で集計できるようになりました。おかげで、キャンペーンの効果測定などがずいぶん楽になっています。
DXの花形「イオンAD」の誕生
クラウドエース 杉山氏:
後半では、データを活用した新たな収益モデル「イオンAD」についてのお話しを伺っていきたいと思います。ここからは特別ゲストとして、開発に携われたRecursiveの若林さんにもご参加いただきます。
Recursive 若林氏:
お招きいただき光栄です。Recursiveでは、AIソリューション開発を通して企業の”sustainable innovation”をサポートしています。また前職はグーグルでリテールDXを支援していました。イオンADの開発が始まる前から、イオンリテールさんのDXのお手伝いをしており、POSデータとアプリの連動をいちはやく取り組まれていて、当時はとても画期的な印象を受けたのを覚えています。
イオンリテール 松本氏:
当初は豊富なデータを持っていながら、マーケティングに活用しきれていないことに課題を感じていました。海外では「リテールメディア」という、リテール企業が自社サイトをメディア化させて収益を上げるというビジネスモデルがあります。イオンリテールでもリテールメディアを取り入れようと、若林さんと一緒に開発を進めたのがイオンADです。
クラウドエース 杉山氏:
データから新しい事業を生み出すことは、まさにDXの花形といえますね。ではイオンADの仕組みをお聞かせいただけますか。
Recursive 若林氏:
イオンお買物アプリのデータを活用して、Googleのプラットフォームで適切な広告を配信するのがイオンADです。たとえばイオンお買物アプリの過去の買い物履歴をもとに、You Tubeでそれぞれのユーザーにあった動画広告が配信することができます。イオンリテールの「ファーストパーティデータ(自社で収集したデータ)」が活用されている点が大きな特徴です。
イオンリテール 松本氏:
コロナ禍によって試食などの顧客接点が失われ、メーカーやリテール企業はマーケティングに課題を抱えています。イオンADを活用すれば、「広告にX回接触したお客さまが店舗に訪れ、商品を買った」ということまでわかるようになります。非常に高いマーケティング効果があり、メーカーさんにも大変喜んでいただいています。全店規模の販売促進もクイックにできるようになりました。
Recursive 若林氏:
「顧客ひとり一人に合わせた”One to Oneマーケティング”の実現」と言葉で言うのは簡単ですが、裏側の構築は大変でした。イオンリテールのデータを使って何を成し遂げたいのか、メーカーさんとディスカッションを重ねて、生まれたのがイオンADです。
クラウドエース 杉山氏:
イオンADを中心に、今後さらなるDXが進んでいくことを感じます。最後に、これからの展開についてお考えをお聞かせいただけますか。
Recursive 若林氏:
肝心なのは「お客さまが何を求めているのか?」を、データに基づくパーソナライゼーションによって突き詰めていくことです。我々Recursiveは、クラウドテクノロジーによってデータに真摯に向き合うための支援をしていければと思います。
イオンリテール 松本氏:
デジタル化とスマホの普及によって、お客さまとのコミュニケーションがぐっと容易になりました。それはすなわち、我々が提供できる価値に大きな可能性があるということです。まだまだデータ活用は始まったばかりですから、デジタルの施策を通してリアル(店舗)での顧客体験をさらに高め、お客さまにご支持いただけるようにしていきたいです。
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