イノベーションを起こす “企業文化”とはどのようなものなのだろうか──。 多くの企業がDXに取り組み、イノベーションを生み続ける体制へと変革を図っているなかで、これまでDXを成功させてきた企業に共通する成功要因は”企業文化”にあるという。
2022年10月7日に開催されたクラウドエース主催の大型イベント「OPEN DX 2022 Autumn」。「イノベーションを起こすカルチャーを学ぼう!」というコンセプトのもと、多くの企業経営とITの有識者が登壇し、DXの推進やイノベーションの創出に向けたアプローチについて話が展開された。
本稿では、経営学者として数多くの企業のDXに関わってきた早稲田大学ビジネススクール 教授の入山 章栄氏と、クラウドエースの高野 遼氏、杉山 裕亮氏によるトークセッションの内容をレポートする。
世界と差をつけられた日本のDX。要因は企業文化のとらえ方
杉山氏:
OPEN DXでは、これまでDXをテーマとした数多くのセッションをお送りしてきました。さまざまな企業の取り組みについて話を聞いてきたなかで、共通する成功要因が「企業文化」にあるのではないかという仮説を立てています。まずはDXやイノベーションと企業文化の関係性の部分から入山教授に話を伺えればと思います。
入山氏:
企業文化はDXやイノベーションにおいて極めて重要な役割を担っており、日本企業の変革における本丸といえます。日本企業において企業文化とは「勝手に湧き上がってくるもの」という考え方が大半で、たとえば企業にDXやイノベーションについて話をすると「ただ、それはウチの企業文化には合わないので……」と言われることが多いです。しかし文化は“つくる”ものであり、これこそが日本企業が世界と差を付けられた要因なのです。
なかでも、GoogleとAmazonが企業戦略としてもっとも大事にしているのは「文化の形成」です。イノベーションにあった文化とはどういうものかを、経営陣以下一同が必死に考え、戦略的に組織全体に植え付けることが重要で、戦略とリンクしていない文化はイノベーションを邪魔してしまいます。
しかし、企業文化の形成にはそれなりに時間を要します。というのも文化とは「行動」であり、経営陣をはじめすべての社員が目的に向かってどう行動するかの規範をつくり、それを全社員が徹底してやり抜いてやっと文化が形成されるからです。DXを成功させイノベーションを起こしたいのなら、それに合う行動をする必要があります。
GoogleとAmazonの違いから紐解く、企業文化のつくり方
高野氏:
ではどのような企業文化を作ればよいのでしょうか?
入山氏:
答えは簡単で、それは会社によります。皆さんの会社がどういう会社で、どういう未来を作りたいのかに尽き、それによって答えは変わってきます。
人材育成を例に挙げると、マクドナルドとスターバックスではまったく違う人材育成をしています。マクドナルドは「標準化」を戦略とし、効率的なオペレーションで、いかに早くハンバーガーを出すかということを突き詰められる人材を育てています。一方のスターバックスは、「スターバックスエクスペリエンス」というカルチャーそのものを売ることを戦略とし、スターパックスのフィロソフィを大事にしながら、地域に合った“よい空間”を作り出せる人材が求められます。つまり、戦略によって育てる人材も変わってくるわけです。
人材と同じように企業文化も戦略によって変わってきます。GoogleとAmazonの文化はもちろん違いますが、それは戦略が異なるからです。10年後、20年後を見据えたパーパスを描き、その実現に向けて企業文化を作り込んでいくことが大切です。
とはいえ、多くの企業でビジョンを実現するための手段としてDXとイノベーションが不可欠だといえます。最低限イノベーションを起こせる企業文化を作っていくことが、共通する答えとなるのではないでしょうか。
杉山氏:
GoogleやAmazonはイノベーションと関係性の強い企業文化を持っているイメージがありますが、そこに共通点はあるのでしょうか。
入山氏:
まずはGoogleのパートナーであるクラウドエースさんに、Googleの文化についての見解をお聞きしてみたいですね!
高野氏:
Googleはダイバーシティ(多様性)を重視した企業文化という印象を私は持っています。国境に分け隔てなく、すべての人々にサービスを届けるという考え方が根底にあって、そのためにはさまざまな価値観や考え方を取り込む必要があります。それは確執や議論も生み出しますが、そのなかで磨き上げられたサービスには大きな価値があります。
それに対して日本の企業では、自然につくられる文化のなかで、固定化された価値観で仕事をしてしまうので、これがDXやイノベーションの実現を難しくしているのではないでしょうか。個人的には「イノベーションを起こす企業文化とは?」の答えをGoogleが出していると思っていて、その答えは「確執や議論が存在してもよい環境」だと考えています。
入山氏:
私も基本的に高野さんと同じ考えです。GoogleもAmazonも目指しているものはイノベーションです。自己破壊をしてでも新しいことにチャレンジして、社会に貢献しているという思いは両者に共通するものです。ただ、その後の戦略は違うと思っています。
Googleは「イノベーションは多様性からしか生まれない」という発想です。私自身もイノベーションには新しいアイデアが必要で、「既存の知見と知見を組み合わせる」ニューコンビネーション(新結合)が重要になると考えています。世の中には組み合わせたことのない知見が数多くありますが、人間は認知が狭いので、目の前のものだけを組み合わせる傾向があります。しかし、それではイノベーションは生まれません。だからこそ、幅広い知見を探し出して組み合わせることが重要で、私はこれを「知の探索」と呼んでいます。知というのは人間が持っているものなので、多様な人を組織に入れるのが手っ取り早い方法です。Googleが多様性を重視するのはそれが理由です。
Amazonの場合は、イノベーションを起こす最大のドライバーを「顧客志向」としています。お金にならなくても、顧客のためになるイノベーションを起こす──この強烈な顧客志向が企業文化として徹底的に根付いているのです。
このように、GoogleとAmazonは「変化を恐れず新しいことにチャレンジする」という共通点はありますが、戦略が違うとこれぐらい企業文化は異なってくるのです。
多様性を確保できない日本企業がイノベーションに即した企業文化を醸成するには?
杉山氏:
多様性という文脈で考えると、日本企業はいまだに新卒一括採用が基本です。経営層視点で真っ白なキャンパス(新入社員)を自社の文化に染め上げるという思いがある一方で、多様性は重視されていないように思いますが、入山さんはどのようにお考えでしょうか。
入山氏:
日本でダイバーシティが浸透しない大きな要因は「経路依存性」にあると思っています。会社はさまざまな要素が複雑に絡み合い、それがうまくかみ合っています。そうしたなかで一部にだけ多様性を実現しようとしても、他の要素が多様性と真逆の方向性でかみ合っているのではうまくいくはずがありません。
杉山さんが言うとおり、その典型が新卒一括採用や終身雇用、メンバーシップ型雇用で多様な人を採用することは難しい制度になっています。さらに多様な人を雇うには働き方や評価制度も多様である必要があり、そのためにはDXを進めて全体を変えていく必要があります。ただ、実際には簡単にできるものではないのも事実で、これが日本の失われた30年間の根源的な理由だと思っています。
DXも同様で、アナログの仕組みでかみ合っている会社が、その一部をデジタル化しても他の部分が必ず反発します。そこで重要なのが、DXになじみやすい企業文化を醸成するといったアプローチです。
杉山氏:
戦略的に作り上げる企業文化は経営者が考えるべきことで、それをせずにDXの部署を作ったり、専任担当を決めたりといった進め方をすると苦労しそうですね(笑)。
入山氏:
実際に、経路依存性が要因で全体を変えられずDXに失敗している会社はたくさんあります。会社のパーパスに即した企業文化を醸成し、デジタルはその手段の1つと捉えることが重要です。
実はその意味では、サイズが小さくトップダウンで進められる中小企業のほうがDXを実現するチャンスがあります。昨今はクラウドサービスも低コストで利用できるので、トップの覚悟次第だと思っています。
一方大手企業では、役員が多いこともあって経営会議でもめることが多い傾向にあります。そこで私は役員の兼任をおすすめしています。たとえば、DX担当のトップ(CDO)は人事のトップが兼任すべきだと考えています。デジタル化を進める際に、最初にぶつかるのは人事であり、兼任することでコンクリフトが解消できます。会社とは人でできていて、企業文化がイノベーションを阻んでいるので、人と文化を担当する人事はDXにおいて非常に重要なのです。
杉山氏:
評価制度の話もありましたが、戦略的な企業文化、イノベーションを起こせる環境の構築と併行して、そこで活躍したら正しく評価する制度を整備していくことも重要になるのではないでしょうか。その意味でも人事トップが兼任するのは有効だと思います。
入山氏:
その通りだと思います。DXの取り組みは企業にとってのチャレンジであり、成功も多いが、その一方で必ず失敗も出てくる。その際に成功・失敗だけで評価するのでは多様性は確保できません。
高野氏:
私は日本企業が多様性を保つ方法は限られていて、日本語だけで仕事をしている限り実現は難しいのではないかと思います。
入山氏:
高野さんの話は非常に重要なポイントで、いわゆるグローバル化の問題です。しかし最初からあきらめることもないと思っています。日本企業は日本語が中心で、言語の壁が多様性の実現を阻んでいるのはたしかです。ただ、多様性とは国籍だけにとどまりません。性別や年齢、大企業とスタートアップ出身などさまざまな多様性が存在しますが、日本企業はそのすべてに弱いのが現状です。なので、東京のベンチャー企業に勤めていた人が地方の企業に入社する、男性ばかりのチームに女性が加わる、年配の方が多い組織に大学生がインターンで入るなどのアプローチで多様性確保の余地はあると思います。
高野氏:
いきなりグローバルな多様性を目指すのは難しくても、日本のなかでのローカルな多様性を実現していくことが重要になるということですね。
入山氏:
そこで企業文化の話に立ち返るのですが、まずは多様性を受け入れる企業文化を醸成して、その次のステップとしてグローバルな多様性にチャレンジしていく。そこには言語の壁が立ち塞がりますが、最近では自動翻訳の技術が向上しており、デジタル技術によって解消できる時代が近づいてきていると感じています。
イノベーションを起こすために、経営者・個人がそれぞれすべきこと
高野氏:
多様性を確保する以外にイノベーションを起こすアプローチ法はありますか。
入山氏:
重要なのは、会社の意思、長期的な展望を持つことです。日本の会社はそこが弱く、とくに大手企業では社長の任期が短いことが致命的で、本気で10年、20年後を見据えた長期構想を描けていません。一方日本の90%以上を占める中小企業は、そのほとんどがオーナー企業なので、長期的ビジョンを描きやすいのも事実です。経営者が危機感を持って変革を進めれば、状況は一気に変わってくると思います。
杉山氏:
OPEN DX を視聴されている方はDXやイノベーションに対するモチベーションが高いと思うのですが、そうした個々のマインドは重要になるのでしょうか。
入山氏:
とても重要です。企業と実際に働く人が持つパーパス・文化・価値観が合致することが重要で、その相性を考慮して会社を選ぶことで、Win-Winの関係を築けると思います。ただ、日本は残念ながら長らく終身雇用できてしまったので、自分のパーパスを考えない傾向があり、このマインドセットを変えていく必要があると考えています。
GoogleやAmazonが一番大事にしているのが「カルチャーフィット」です。採用の基準は能力ではなく、”カルチャーに合う人”だからこそ、その企業のカルチャーのなかで楽しく働いて能力を発揮できます。このことからも、戦略的につくられていない日本の企業文化は弱く、それが致命的だということがわかります。
高野氏:
企業文化を作り上げるには経営者の強い意志が必要で、さらに企業文化と自身のパーパスが近しい人材を集める必要がある。日本は終身雇用などがあって、うまくいっていませんが、そこを変革すれば道筋が見えてくるというわけですね。
杉山氏:
「イノベーションを起こす企業文化を再考しよう!」というテーマに対し、うまく着地できたのではないでしょうか。最後に、入山さんから視聴者の皆様にメッセージをお願いします。
入山氏:
デジタル化は目的ではなく手段・道具の1つに過ぎませんが、不可欠な道具であることもたしかです。残念ながら日本では、デジタル化が他の国と比べて数周遅れになってしまっているのは事実です。問題は多くの会社が、現場のオペレーションを良くして既存の取引先のニーズに応えていくという約30年前の考えを持っていることにあります。そうしたマインドセットを変えて、会社が20年30年かかっても実現したいビジョン・戦略を策定したうえで、道具としてのデジタル化を進めていくことが大切だと思います。
今回のセッションでは悲観的な話も多かったですが、私はけっこうポジティブに捉えています。デジタル競争の第1回戦ではGAFAに惨敗しましたが、これからの第2回戦はIoTの競争となり、質の高いものづくりができる日本の製造業が復権する可能性は高いと考えています。デジタルという手段をうまく使って、会社全体の経路依存性を払拭できれば、日本企業の大半を占める製造業にとって大きなチャンスが到来するはずです。そのためにも、戦略的な企業文化の醸成に取り組んでほしいと思っています。
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