JFEエンジニアリング原動機事業部は、バラスト水処理装置「バラストエース」の遠隔監視システムを含む、同社製品の不具合情報、メンテナンス情報の統合管理基盤を構築するにあたり、プラットフォームに「Salesforce Service Cloud」「Salesforce Experience Cloud」(旧Salesforce Community Cloud)を採用した。同社ではテラスカイの「SkyVisualEditor」を活用した、内製によるUIの改善や新規開発も検討している。同社では、このシステムに蓄積されるデータを、さらなる顧客満足度の向上や、製品の品質向上などに広く活用していきたい意向だ。
JFEグループのエンジニアリング力を結集し社会課題に挑む
JFEエンジニアリングは、旧日本鋼管および旧川崎製鉄の経営統合と持株会社化を契機に、会社分割で2003年に誕生した企業である。JFEグループのエンジニアリングに関する技術力とノウハウを結集し、環境、エネルギー、社会インフラを主要領域とする総合エンジニアリング事業を手がける。
同社の「原動機事業部」は、同社の各事業領域とつながりが深い「発電用ガスエンジン」「蒸気タービン」「ディーゼルエンジン」そして「バラスト水処理装置」といった製品を取り扱う。中でも、バラスト水処理装置である「JFE BallastAce®」(バラストエース)は、タンカー、ばら積み貨物船(ドライバルク)、自動車運搬船などの船舶が、船体のバランスを維持するための機構である「バラスト」で吸排する海水の殺菌処理を行う装置として、多くの船舶で採用されている。
「外航船(国際航行に従事する船舶)が、バラストタンクに出し入れする海水には、水生生物や病原体を含む多くの物質が含まれており、それらが海域を超えて移動することによる環境への悪影響が世界規模で懸念されています。現在では、国際条約によって、バラスト水の管理、処理方法についてのルールが設けられており、バラストエースは、それに則りバラスト水処理を行うための装置として、広く採用されています」(傳寳氏)
そう話すのは、JEFエンジニアリング、原動機事業部 メンテナンス部 部長の傳寳良郎氏だ。傳寳氏が統括するメンテナンス部では、バラストエースをはじめ、同社原動機事業部で取り扱う製品のメンテナンスや問合せ技術サポートを含むアフターサービスを統括している。同部では、これらのメンテナンス情報を統合的に管理する顧客カルテのシステムとして「Salesforce Service Cloud」を採用した。
機器の遠隔監視から事業部統一の保守情報管理システム構築を目指す
同部がSalesforceに関心を持った最初のきっかけは、前出のバラストエースにおいて、装置情報の「遠隔監視」を実現するための仕組みを検討したことだったという。バラストエースでは、装置内に各種センサー類が搭載されており、それによって各種機能の動作状況をデータとして記録する。このデータは、定期的な保守点検や動作不良発生時の原因究明等に利用されるが、その収集や確認を、装置が設置された場所まで出向くことなく、予防保全の警告やトラブルシューティングを提供し、日常の稼働状況含めた情報を遠隔からモニターできる仕組みの構築を目指していた。
「バラストエースを搭載している船舶は、その多くが外航船です。そのため、船の運航管理を担当するお客様も含めて船内での事象把握が容易ではありません。当社やパートナーの技術者が、直接装置に触れることができる機会も少なく、船員のお客様と連絡をとることさえも難しいケースが多くなります。そこで、バラストエース運転データを、ネットワークを通じて逐次収集し、装置の状態をいつでも確認でき予防保全にも繋がるシステムを構築したいと考えていました。そんな時、それと似たコンセプトをSalesforceで実現している企業があることを知り、関心を持ちました」(傳寳氏)
同部では、バラストエースの遠隔監視システムの構築を目的に、Salesforceの導入を開始した。その過程で、このシステムを遠隔監視だけでなく、原動機事業部が取り扱う主要製品群のメンテナンス情報の統合管理プラットフォームとして利用していくことを検討。原動機事業部が取り扱う製品のラインアップは、同社の組織改編などに伴い変わってきた。そのため、各製品の不具合報告、顧客への対応履歴といったメンテナンスに関わる情報について、その管理プロセスやシステムが統一されていなかったという。
「あらためてメンテナンスのプロセスを見直すなかで、お客様に使っていただいている製品において、どのような課題やニーズが発生し、対応がどのステータスにあるのか、過去にどのような対応をしたのかといった情報の管理が、事業部全体で統一されていないことに課題を感じていました。それが一因となり、情報の属人化が進んだり、デジタルトランスフォーメーション(DX)を視野に入れた、より高いレベルでの情報共有、情報活用が進めにくかったりといった弊害も生まれていました。事業部で扱う製品は、それぞれに特性が異なりますが、お客様へのアフターサービスを向上させていくうえで、どういった情報が必要で、それに対してわれわれがどう対応すべきかといった、中心となるプロセスについては標準化が可能だと考え、システムの統合を図りました」(傳寳氏)
システムの刷新にあたっては、各製品の担当者も交えて、プラットフォームの比較検討が行われた結果、機能の多様性から「Salesforce」を選ぶことで一致した。メンテナンス部 船用機器室で室長を務める坂野義孝氏は「業務に必要な機能が実現できることは当然ですが、Experience Cloudを利用してパートナー向けの情報を出し分けられる点や、そのほかのセキュリティポリシーへの対応が可能だったこと、SaaSとしてメンテナンス現場からのアクセスがしやすいこと、通信状況に制約がある現場での利用に耐えるアーキテクチャが取れることなども、決定のポイントになりました」と話す。
Salesforceでのシステム構築にあたり、パートナーにはテラスカイを選定した。傳寳氏は「セールスフォースから紹介された複数のパートナーの中でも、開発スキルとプライスに納得できたことが選定の大きな理由です。テラスカイについては、各業界での実績が多いことも評価しました」と話す。
業務プロセスの標準化と内製化を視野に入れた開発作業を同時進行
開発にあたっては、原動機事業部全体を対象とするメンテナンスプロセスの標準化と、Salesforce上での開発を並行して進めていった。ポイントのひとつは、メンテナンス作業後に担当者が作成する「報告書」について、データベースとして蓄積が必須となる項目を抽出し、フォーマットの標準化を進めることで報告が自動的に情報登録になる点だ。
「以前は、報告書のスタイルが製品ごと、担当者ごとに異なっていました。フォーマットをできる限り統一し、必要な情報をシンプルに記入できる形に標準化することで、業務の効率化と、データ活用を行いやすくなることを目指しました」(坂野氏)
Salesforce上での開発にあたっては、主に船用機器室 バラストエースグループの菅剛氏が、業務側のニーズをとりまとめながら、テラスカイと協力して作業を進めた。ユーザー側の要求に基づいて、できるだけ早い段階で動作する画面を作り、実際に触ってもらって、イメージとのギャップを埋めていくという作業を繰り返しながら、完成へ近づけていったという。
「私は、なるべく自分でやらないと気が済まないタイプなので、Salesforceに関する基本的な知識を勉強しながら、自分でできる範囲については、実際に触りながら開発を進めました。現場の要求を取りまとめて、アイデアベースでひな型となる画面を作り、それをテラスカイの担当者に見てもらって、もっと良い作り方があればアドバイスしてもらうといった流れで進めました。そうすることで、可能な限り業務側のニーズに合うシステムを作り、今後も改善していけるようにしたいと考えました」(菅氏)
Salesforceによる、新しいメンテナンス情報管理システムの開発は、2021年6月にスタートした。要件定義からバックエンド開発、主要な帳票の開発、モバイルデバイス対応や帳票出力、電子サインの導入などの追加開発を経て、2022年2月末に本格運用が開始された。
統合されたデータを顧客満足度と製品の品質を高める取り組みに活用
本稼働から数カ月が経過し、新たなプロセスに基づいたメンテナンス情報の蓄積は徐々に進みつつある。組織として具体的な導入効果を測るには、現場での取り組みを通じ、データが十分に蓄積されるのを待つ必要があるが、坂野氏個人の業務に関して言えば、既にある程度の「効率化」が実現できているという。
坂野氏は、船用機器室の室長として、各作業員のレポートを読み、その中から重要なポイントをピックアップして、全体の報告用にとりまとめることも業務の一部として行っている。新システムで報告書フォーマットが標準化されたことにより、この業務にかかる時間が、大きく削減されたのだ。
「目を通すべき報告書の本数は、時期によって大きく変わりますが、多い時には1日で数十本の日報を読み、内容を理解してまとめ直す必要があります。書き手によって異なるフォーマットの文書を読み込む作業には、以前であれば他の業務を掛け持ちしつつ、長い時で3時間以上かかっていました。現在では、同程度の本数であれば、30分ほどでまとめられるようになっています」(坂野氏)
同社では、本稼働後のシステムに対する追加開発や、小規模な改善作業にも着手しはじめている。導入時の開発にも深く関わった菅氏が、引き続き現場ユーザーからの、システムに対するフィードバックを取りまとめ、今後の対応方針を検討しているという。菅氏は、テラスカイが提供するSalesforceの画面をノーコードでカスタマイズできる開発環境「SkyVisualEditor」を活用し、軽微な改善や小規模な新規開発については、内製で対応できるような体勢を作っていきたいと話す。
「既に稼働を開始した部分については、ユーザー側がまだ新しい環境に慣れていないこともあり、大きな変更はしていませんが、軽微なユーザーインターフェース(UI)の変更ニーズなどに対しては、SkyVisualEditorを利用して、社内で迅速に対応できるようにしたいと考えています。SkyVisualEditorは、まだ使い始めたばかりですが、徐々に“こういうことがしたければ、こういう画面を作るといい”という感覚が分かるようになってきました。新規開発についても、適用可能な部分には、積極的に使っていきたいですね。コーディングが必要な部分については、テラスカイに支援をお願いするケースも出てくると思いますが、その際にも、ユーザーのニーズを、われわれで十分に咀嚼して、お願いができればと思っています。SkyVisualEditorは、新しいシステムを、より多くのユーザーに便利で使いやすいと感じてもらい、利用率や定着率を上げていくためのツールとして社内で活用していく予定です」(菅氏)
傳寳氏は、今回構築したSalesforceによるシステムを、顧客に対する「品質保証」の基盤として、さらに発展させていきたいと話した。
「お客様に納めた製品に対し、いつ、どの部分で、どんなことが起こり、その結果がどうなって、どう対応したかといった情報をしっかりと残し、その後に生かせる仕組みと組織体制が、製品の“品質保証”において不可欠な要素です。今回、新たに作り始めたデータベースを、そうした品質保証の基盤にしていこうと考えています。データが増えれば、その記録をもとに、お客様への対応を、より迅速で適切なものにしていくことができます。また、分析結果を設計や製造のチームにフィードバックすることで、製品自体の品質向上へ寄与するような取り組みにもつなげることが可能だと思います。われわれが提供する製品の信頼性をさらに上げ、お客様の満足度を高めていくためのデータ活用を、推進していきます」(傳寳氏)
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