環境問題への対策として、企業に対する温室効果ガス(GHG)管理の要請が高まっている。旭化成は最終製品別のCarbon Footprint of Products(CFP)を算出し、GHG排出量を管理するシステムをNTTデータと共同で開発。2022年4月から、同社事業の中核となる機能材料事業部門で本格運用を開始した。Scope 3の上流まで含めて高精度に算出したこのCFPデータは、7月からは顧客にもデータを提供している。本記事では開発に携わった両社担当者の話を軸に、取り組みの実例を紹介する。
グローバルで進むグリーン化の取り組み
地球全体の喫緊の課題である気候変動問題の解決のために脱炭素に向けた取り組みが進んでいる。企業には、自社が排出するGHG(Scope1/2)の削減に加え、サプライチェーン全体が排出するGHG(Scope3)の削減も求められている。
ところがどこから着手すればいいか悩んでいる企業も多いという。何よりも最初に取り組むべきはGHG排出量の「可視化」である。事業活動におけるGHG排出量を可視化し、削減可能なポイントを明確化、具体的な削減策に取り組んでいくことが必要になる。特に多くの材料を用いる製造業においては、材料毎にさかのぼっての可視化は困難であり、ここにこそデジタルの活用が期待されている。
NTTデータでは、「NTT DATA Carbon-neutral Vision 2050」を策定し、自社のGHG排出量削減の実現を目指すと同時に、同社の強みであるデジタル技術を活用し、グリーン化への貢献を進めている。(※1)グリーン化における重要項目である「可視化」の実例としてあげられるのが、旭化成と共同で開発した製品別CFP管理基盤だ。Scope1/2に留まらず、Scope3における製品別かつ製造プロセスごとの可視化の実現に成功しているという。
https://www.nttdata.com/jp/ja/sustainability/environment/
いま製造業に求められる、GHG排出量可視化の必要性
2022年5月に創業100周年を迎えた旭化成。同社はグループの環境ビジョンとして「環境との共生」を掲げ、脱炭素に貢献する取り組みを重要課題として位置づけている。このビジョンのもと、4月発表の新中期経営計画では、2030年に自社のGHG排出量を2013年度比で30%以上削減、並びに2050年のカーボンニュートラル(実質排出ゼロ)実現という目標を打ち出した。加えて環境への貢献製品を強化し、社会全体のGHG排出削減への寄与の拡大も目指している。
旭化成グループは「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域で事業を展開しており、このうちグループの中核であるマテリアル領域では、多様な産業で使われる原料や素材を扱う。つまり同領域のGHG排出量を把握し管理することは、旭化成の原料を使用するさまざまな産業のGHG排出削減、ひいては社会全体のカーボンニュートラルにもつながっていく。
同領域内にあるモビリティ&インダストリアル事業本部では、エンジニアリングプラスチックといわれる樹脂を柱とし、自動車用途を中心に多彩な機能材料を提供している。同本部 機能材料企画室の崎田雄大氏は、同社がGHG排出削減に向けたCFPの可視化に取り組む背景について、次のように語る。
「地球環境への関心が高まるなか、当社は環境負荷が高い製造業として、脱炭素という社会の要望に責任を持って対応していく必要があります。また、環境に高い意識を持つ顧客や投資家が増えており、その期待に応えていくことも必須です。そこでGHG排出量をより細かく算出するため、CFPを可視化する管理基盤の構築に着手したのです」
国内では例を見ない、高精度のCFP可視化システムが誕生
旭化成 機能材料事業部はグローバル全体で10を超える拠点を構え、拠点をまたぐ複雑なサプライチェーンが形成されている。かつ、同部門が扱う製品は1万点以上あり、製品ごとのCFP把握には困難が伴う。そこで重要な役割を担うパートナーとなったのが、NTTデータだ。コンサルティング事業部の近藤嵩史氏がその経緯を説明する。
「NTTデータは以前、旭化成様の製品別グローバル一貫損益システムの構築を手がけました(※2)。拠点をまたいだ製造・販売データを積み上げ、1万点以上にも及ぶ製品別の損益を見える化するものです。その際、海外の原料まで追った高精度の原価管理を実現した経験があります。旭化成様にご満足いただける精度でグローバルの排出量を捉え、製品別CFPを見える化出来るのは経験のある当社だけだと、迷いなくパートナーに手を挙げました」
崎田氏も一貫損益システムに携わっており、「前回のプロジェクトを通して当社の拠点をまたぐシステム構築の知見や経験もあるため、ここはやはりNTTデータしかないと思い、一緒に取り組みました」と語る。
今回開発した製品別CFP管理基盤について、プロジェクトリーダーとして牽引した旭化成 機能材料企画室の國田航氏はこう解説する。
「当社ではこれまでも工場単位でのGHG可視化は進めていましたが、社会や顧客や投資家のニーズに応えるには、Scope1/2だけでなくScope3も含めてGHG排出を把握することが必要だと考え、最終製品単位でのCFPを算出して可視化できるシステムを作り上げました」
この管理基盤では、より実効性のあるGHG排出量を算出するために、原料構成ごとの積み上げというアプローチを採用している。旭化成工場の製造工程における排出量(Scope1/2)だけでなく、仕入先原料メーカーや外注業者の加工プロセスの排出量(Scope3)も積み上げ、それを最終製品に紐づけて製造プロセス全体のCFPを可視化する。そのためかなり高精度なCFPを算出できるのが特徴だ。
各拠点に散在するCFP関連データを集約できたことで、製品別CFPを金額に換算し、CFPの削減コストの投資対効果を比較・評価するために、環境を意識した経営の投資判断にも活用が期待できる。「経営指標として使える、きわめて高精度なデータを出せる仕組みを作り上げたと自負しています」と崎田氏は手応えを語る。また近藤氏も、崎田氏の思いを次のように補強する。
「同業他社にも製品別にCFPを算出している例はありますが、工場全体で出した数値を各製品の販売量で割って計算するなど、精度に課題があるものも多いです。今回の管理基盤のように製造プロセス全体で積み上げ、より正確なCFPを算出している例は、少なくとも日本国内では稀有な例と言えます」
https://news.mynavi.jp/techplus/kikaku/20211206-2193434/
現場の定着に向けた苦心の道のり
プロジェクトが正式始動したのは2021年7月。グローバル拠点と複雑な商流をまたぐシステムであるため、多くの苦労が伴ったであろうと話を向けると、開発自体はそれほどの苦労を感じなかったと國田氏は語る。
「もちろん膨大な原料に由来するCFPを、マスターデータとして1件1件インプットしていく作業は大変でしたが、それよりも、各工場の工場長や現場担当者にシステムの必要性を理解してもらうための説明や協力を取り付けるところが、最大の苦労でしたね」
システムを活用するためには、各工場の担当者に原材料や電気、燃料の使用量等のデータを入力してもらう作業が発生する。つまり現場に対して新たな業務が加わり工数が増えるため、その理解を得るのが大変だったという。
「製品別CFP可視化が求められる社会の状況と重要性を説明し、10年、20年後の未来には絶対に必要なシステムだということを、地道に時間をかけて説明していきました」と國田氏は振り返った。
一方のNTTデータはどうだったのだろうか。システム構築にリーダーとして携わったコンサルティング事業部の代田真輝氏が話す。
「前回の一貫損益システムの構築にも関わっており、お客様の複雑なBOM(部品表)や商流を組み合わせてひとつのCFPを算出する仕組みを、システムとしていかに実現していくかの勘所がありました。例えばグローバルで、同一品目でもコードが異なる部品であっても、それらをつなぎ合わせた仕組みを活用できたことなどから、システム開発そのものへの苦労は少なかったですね。しかし、最終的に出てきたCFPの数値が正しいものかどうかは、旭化成様も私たちもなかなか判別がつかず、結局は1件ずつ他のデータと比較しながら検証することになり、とても時間がかかる大変な作業でした」
また、システム構築・実装を担当した同部の飛田灯氏はこう振り返った。
「工場の方々の工数が増える問題は、当社も直接ヒアリングを実施し、日々管理している既存の生産管理用Excelデータをシステムのマスタに紐づけし、そのままシステムに原材料や電気、燃料の使用量等をインプットできる形に改良しました。最終的に工場の方から『これならスムーズに行く』と声が上がったことは、印象に強く残るエピソードです」
経営管理基盤との連携でシステム活用の高度化を目指す
近藤氏は、今回の開発プロジェクトが無事成功に至った理由として次の2つを挙げた。
「1つは、旭化成様の経営層からきちんとしたアナウンスを出せたこと。このような成果の見えづらい取り組みは、言ってしまえばやらなくてもいいものです。その中で、絶対にやるんだという思いを経営層から引き出せたのが大きなポイントでした。もう1つは、当社のコンサルタントが実際にシステムを作れるという点。代田や飛田が現場で話を聞き、その場ですぐに手を動かして作れる体制だったので、スピード感と柔軟性を実現できました。この点はNTTデータの強みでもあると思っています」
今回の管理基盤では一貫損益システムで採用していた「Anaplan」という企業の計画業務を支援するクラウドソリューションを活用し、アジャイル開発を実践している。
「現場の要望に即座に対応できるAnaplanを引き続き活用した点も、成功要因の一つでしょう。工場側の要望をその都度実機に反映し、齟齬がない形で進められたのも大きかったですね」と代田氏。また飛田氏は、スピード感のあるデリバリーに加えて「システム構築だけでなくアフターフォローをしっかり行う点も当社の強みです。工場の方々へのフォローでシステムの定着と活用を促進できました」と話す。
今回の共同開発のニュースリリース(※)に対し、「正直、想定よりも反応が多くて驚いています」と崎田氏。なお、経営管理基盤と組み合わせての活用も視野に入れているが、これについては今後取り組んでいく。データ分析の基盤がようやく整い、経営で使うダッシュボードへの組み込みや、中計策定時のシミュレーションでの活用など具体的方策をこれから検討していくという。
最後に崎田氏は今後の展望として、システムの定着と活用をさらに進めるため 「これからもNTTデータと一緒にDXを進めていきたいと思います」と強調した。これに対して近藤氏は「NTTデータとしても引き続きサポートしていきます」と応え、「最終的には消費者の手元に届く製品がCO2をどれだけ排出しているのかを可視化することが必要です。製造業のサプライチェーン全体の見える化をさらに深め、地球環境にいっそうの貢献をしていきたいと考えています」と、NTTデータの社会課題解決に向けた姿勢を示した。
https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2022/042000/
旭化成株式会社
https://www.asahi-kasei.com/jp/
1922年旭絹織株式会社として創業。2022年で100周年を迎えた。ケミカル・繊維を柱に事業を発展させ、現在のグループの事業は「マテリアル」「住宅」「ヘルスケア」の3領域に分けられる。グループの環境ビジョンとして「環境との共生」を掲げ、2050年にはカーボンニュートラル(実質排出ゼロ)を目指している。さらに、「中期経営計画 2024 ~Be a Trailblazer~」において、“「持続可能な社会」への貢献” と “持続的な企業価値向上” の2つの「サステナビリティ」の好循環の実現に向けて取り組んでいる。
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