2022年3月、日本テキサス・インスツルメンツ主催によるオンラインセミナー「TI Japan Industrial Day」が開催された。同社はアメリカに本社を置き、半導体の製造・販売を手がけるテキサス・インスツルメンツ(以下、TI)の日本法人であり、先端テクノロジーを搭載した幅広い製品ポートフォリオの提供、技術サービスを展開している。セミナーでは、日本産業界においてTIが貢献・協力できる領域を示しつつ、喫緊の課題への取り組みや新技術・サービスが紹介された。
日本の産業機器分野に貢献する「TIの価値」とは
セミナーは、日本テキサス・インスツルメンツ社長、サミュエル・ヴィーカリ氏の基調講演で幕を開けた。まずヴィーカリ氏はTIが提供できる価値を4つ挙げた。1つめは「多様性と長寿性」だ。ヴィーカリ氏は「世界中のお客様や製品と連携することで供給の継続性確保を実現し、同時に、産業システムにとって非常に重要である製品の長寿命化への取り組みも行っています」と説明した。
2つめには「顧客との多様な接点」を挙げた。日本市場では既に50年以上にわたり「お客様と密にコミュニケーションを取って課題を解決し、お客様の成功をサポートしています」とこれまでの実績を語りながら「誰もが情報に便利にアクセスでき、TI製品の選択、設計、購入が可能な当社のWebサイトTI.comにも、継続的な投資を行っています」と、既存顧客・新規顧客を問わず、その利便性向上にも注力していることを示した。
3つめは「製品の幅広いポートフォリオ」だ。TIは80,000点以上の製品で、顧客の様々なニーズに対応するだけでなく、それら製品を駆使した「ソリューション」として提供する、ワンストップショップとして機能できる。そして4つめが、60~65%の製品を自社製造できる「強力な製造基盤と、差別化された技術」だ。
TIはこうした4つの価値で顧客のビジネスに貢献してきたが、中でも車載、パーソナル・エレクトロニクス、通信機器、エンタープライズ、そして今回のイベントの焦点である産業機器の5分野に特に注力しているという。
「産業機器にも様々なセクターがありますが、本日ご紹介したいのはファクトリ・オートメーションです。この市場は、日本のお客様が非常に主導的な地位を占めており、このイベントでも焦点を当てたいと思います」(ヴィーカリ氏)
ヴィーカリ氏は、これからのスマート・ファクトリーにおいては、多くのシステムを相互かつリアルタイムに制御するための産業用ネットワークと、電源製品の安全性・信頼性の確保、小型化などのチャレンジング要素があり「パネル・ディスカッション、テクニカル・セッションではその詳細を説明します」とセミナーの方向性を示し、続くプログラムにバトンを渡した。
産業用イーサネット のGb移行は、どのタイミングで?
パネル・ディスカッションでは、基調講演で重要課題として提示された産業用ネットワーク、特に今すぐ対応すべきか否かが議論になっている産業用イーサネット のGb移行とTSN (Time-Sensitive Networking) が議題として採り上げられ、産業用ネットワークの開発・普及に携わる協会・団体が意見を述べた。モノづくりの現場にスピードや柔軟性が求められる中、各協会・団体はこうした技術の進化をどう受け止め、どう対応しようとしているのだろうか。
モデレーター
松本 英昭氏 |
パネリスト
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若命 敬一氏 |
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今井 敬祐氏 |
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小幡 正規氏 |
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川副 真生氏 |
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下畑 宏伸氏 |
ディスカッションは、モデレーターである松本氏からの「産業用イーサネットでは、まだそれほどGb通信が使われていないようですが、今後、主流になるとお考えですか?」という問いかけからスタートした。
フィールドネットワークに特化した「MECHATROLINK」を展開するMECHATROLINK協会 下畑氏は「1Gb対応の開発準備は進めています」としながら、そこにはコストや耐ノイズ性に課題があることを指摘した。EtherCAT Technology Group(以下、ETG)の小幡氏も下畑氏と同様の課題に触れながら「フィールドデバイスには既存の100MBのものを利用し、幹線だけをGb化するのが有効だと考えています」と語った。ETGがEtherCAT G※を利用して調べたところ、ネットワークすべてをGb化した場合は7倍に高速化するそうだが、デバイスやネットワークを換装するにはコストも手間もかかってしまう。しかし幹線をGb化するだけでもスピードは5倍になったという。
※EtherCATのGb対応版
2007年からCC-LinkのGb化に対応しているCC-Link協会 川副氏は、その現状と今後を次のように説明した。
「液晶、自動車などのように、コントローラー間での送受信データが大きい工場を持つお客様の中にはGbが必須だというお客様もいらっしゃいます。予知保全などのために数ミリセックで、より多くのデータを取りたいという声もありますし、1Gは主流になってくるでしょう。将来的には10Gも議論になるだろうと捉えています」(CC-Link協会 川副氏)
Ethernet/IP を扱うODVA TAG Japan(以下、ODVA)今井氏も、何千ものノードがある大規模工場やプラント向けにGb通信をサポートしており「今後、大容量データが使われるようになれば、個々のサブネットワークもGbへ移行すると想定しています」と語った。また日本プロフィバス協会 若命氏は、ワンケーブルですべてを接続できるという特長を持つPROFINETではGb対応は現在オプション扱いとなってはいるが、画像データのように広帯域が必要なデータも含めてワンケーブルでデータを送受信できるようになれば、PROFINET としてもGb通信を積極的に採用することになるとの見解を示した。
各協会・団体とも、現場でのデータ量がさらに増大すれば、より積極的にGbに移行する準備はできているようだ。今後、産業用ネットワークのアップグレードを検討する際には、伝送量の多いところ、特に上位層でのGb化が、コストを抑えながら生産スピードを向上させる手段になると言えそうだ。
未だ規格が確定しないTSN、各プロトコルの対応状況は?
続いての議題はTSN。これは標準イーサネット を介して時間的な同期性、リアルタイム性を確保するための規格だ。代表的な規格として、時間同期(802.1 ASrev)、低遅延(802.1Qbu、802.1Qbvなど)、高信頼性(802.1CBなど)があり、現在、世界各国の関係企業・組織で構成されているTSNタスクグループにおいて、産業用オートメーション向けのプロファイルIEC/IEEE60802の策定が進んでいる。策定の最中であることを踏まえたうえで、松本氏は各プロトコルの対応状況について聞いた。
PROFINETでは、TSN技術への拡張を「PROFINET OVER TSN」と名付け、その仕様書は会員に向けて公開されている。日本プロフィバス協会でもプロファイルの確定を待ちつつ、製品開発のサポートと認証試験の準備を進めているという。
EtherCATの場合、TSNを活用するのはマスターポートから最初のスレーブまで、そこから先は一般的なイーサネット フレームに変換される仕組みになる。
「802.1ASrev、Qbu、Qbvの3つの規格を使うことになっています。これらの規格に沿ったデバイスはつくれるのですが、その間のストリームをどう定義するか、タスクグループで決まるまでは使えない状況です。複数の方式が定義されるという話もあるので、その辺りがどうなるのか、興味もありますし不安でもあります」(ETG 小幡氏)
Ethernet/IPでは、大きな変更をしなくとも、下位互換性のための変更のみで対応可能と想定していると、ODVA今井氏は言う。また近接する他のデバイスの検出や、物理ネットワークトポロジのマッピングのためには、IT対応のLLDP (Link Layer Discovery Protocol)が必須となるため、そのサポートに動き出しているという。MECHATROLINK-4は、フィールドネットワーク内の必要なデータを、必要な時刻にTSNネットワークと共有するというかたちでの利用を検討しているとのことだ。
TIが既に販売している802.AS、Qbv、Qbu対応のプロセッサも、プロファイルに変更・追加があった場合には、ファームウェアで更新できるような仕組みを備えており、やはりプロファイルの詳細が決定するまで、業界としては様子見、あるいは柔軟な対応を強いられる部分が大きいようだ。
一方、CC-Link協会が普及活動を展開するTSN規格、CC-Link IE TSNでは、IEEE802.1AS (時刻同期)、IEEE802.1Qbv (時分割方式を規定)の2つを組み合わせて、一定時間内での伝送を保証する定時制や、異なるプロトコルとの混在を実現し、製品の認証に踏み切っている。2021年12月末までに、203の認定製品が発売されており、自動車、半導体、Libを始め様々な業種での利用が始まっているとのことだ。IEC/IEEE60802決定後の対応については「動向を見ながら考えていきたい」と、川副氏は言う。
パネル・ディスカッション内では、各協会・団体からTIに向け、Gb化やTSNに向けての要望が出され、松本氏がTIとしての対応を説明する一幕もあり、産業用ネットワークを進化させるための取り組みが、着実に進められていることを伺わせた。
最後に松本氏は「TSNについては様子見の部分もあるかもしれませんが、製品の差別化や業界をリードするためにも、今が開発を始めるのに良い時期なのかもしれません」と語って、1時間以上にわたったディスカッションを締めくくった。
製造現場をアップデートするための、TIによる技術的提案
テクニカル・セッションでは、TI営業・技術本部のフィールドアプリケーションエンジニアから、新たに開発されたサービス、コスト削減や安全性強化のためのテクニックなどが解説された。それぞれ、従来の製造現場のアップデートにつながるものとなっている。本稿では簡単な紹介に留めるが、詳細については、それぞれのリンクテキストから参照いただきたい。
TI SitaraTM プロセッサとMCU上で動作する認証済み各種産業用通信プロトコル
TI Sitara™ プロセッサおよびMCU上で動作するイーサネットベースの通信プロトコルについて、TIから認定済みプロトコルの提供と、技術サポートを行う新しいビジネス・モデルの紹介。RS-485のシステム設計においてのシステムサイズとコストの最適化
産業用機器で最も広く使用されている通信インターフェースRS-485システムの可能性、特にRS-485信号を使用した電力線通信システムの設計動向やシステムの配線コスト削減について解説。PSR(一次側レギュレーション)フライバック降圧コンバータを採用したシンプルな高性能絶縁型電源の設計
従来のソリューションとの比較、デザイン・カルキュレータを用いたPSRフライバックのコンバータ設計を通じて、デザインのトレードオフ、トランス仕様の協議内容、設計の留意事項について解説。合計3時間以上に及んだオンラインイベント「TI Japan Industrial Day」には、全国から多くのアクセスがあり関心の高さが伺えるものとなった。この関心の高さは、言い換えればTIに対する期待の大きさであるとも言えるだろう。本イベントを担当した和佐氏は、次のように語った。
「多くのお客様に参加いただきありがとうございました。TIがいかに産業機器を重要な市場として捉え、長期的な視点で投資を続けていることを感じて頂けたのではと思います。TIは今後も数多くの製品及びシステムソリューションを産業機器市場に提供していく予定です。ぜひご期待ください」(和佐氏)
[PR]提供:日本テキサス・インスツルメンツ