国際的に高い評価を受けている日本車。中でも日産自動車は「技術の日産」のキャッチフレーズのとおり、先進技術の採用に積極的に取り組み、高品質な自動車を生み出してきた。そして技術にこだわるその姿勢は、働き方の中にも見ることができる。本稿では、同社が定義する働き方改革の名の下、最新のAI翻訳サービスを採用した経緯や、その効果を紹介する。
明治時代から自動車製造に乗り出し、1934年に日産自動車としてスタートした同社。今では日本を代表する企業のひとつとして、世界中に販売・生産・研究開発の拠点を有し、国籍、文化、ライフスタイルなども様々な13万人以上(連結従業員数)のスタッフが働いている。こうしたグローバルな職場環境について、車両生産技術開発本部 車両生産技術統括部 主担の松平直明氏は次のように語る。
「ダイバーシティ&インクルージョン、『多様性と多様性の受容』は日産の経営戦略の重要な柱のひとつであり、大きな強みでもあります。様々な背景を持つスタッフが、それぞれの視点から意見を出し合い、ぶつかり合いながら模索する方が、発展的・創造的なアイデアが生まれ、独自性にあふれた革新的なクルマやサービスにつながるからです。こうした考えは日産の文化、価値観として古くから根付いているものですが、仏・ルノー社とのアライアンスを通してこの20余年でさらに磨かれ、成長の推進力となっています」(松平氏)
翻訳業務に掛かる負荷から、エンジニアを解放するために
松平氏が翻訳の自動化に注目するきっかけとなったのは、2019年にスタートした働き方改革だった。
同氏の所属する部門は、世界17市場32拠点の工場で新製品を生産するための準備、使用する設備の開発、さらにそこでの生産性向上を推進することを役割としている。松平氏をはじめとする車両生産技術統括部では、この生産性向上の推進を高いでレベル果たすべく、そのための取り組みを働き方改革と銘打ち、ワーキングチームを起ち上げた。
「自動車業界ではADAS(※ 1)の採用やEV 化などが進むのに合わせて、続々と新技術が登場するようになりました。従来に比べて、車両や生産体制を設計するために検討しなければならない内容が増えている、つまりエンジニアが行うべき業務が増大しているということです。新しい技術を取り入れ、開発のパフォーマンスを上げ、ひいてはお客様に提供する価値を高めていく̶そのためには、エンジニアが日々行っている技術開発以外のあらゆる業務を、如何に効率化できるかが改革を進めるにあたり必要なことでした」(松平氏)
エンジニアがどのような業務に時間を奪われているのか、ワーキングチームが調査したところ、多かったのが報告資料の作成、過去のノウハウの調査(過去の企画書や設計ルールなど、直近の仕事で参照したいデータの探索)、そして翻訳作業だった。
同社では、様々なバックボーンを持つ社員が世界中で働いているという背景から、日頃より英語力の強化には積極的に取り組んでおり、英語で行われる会議なども日常的に開催されている。しかし、海外拠点で新製品を生産する際、その製品に採用された新たな構造やその拠点で生産する上での課題を現地エンジニアと検討するといった場面では、よりスムーズに、かつスピーディーにコミュニケーションを図ることを目的とし、メールや資料の翻訳を行っている。
また情報収集のためにも、翻訳は欠かせない作業となっている。近年では日産自動車だけでなく、多くのメーカーがEV をはじめとする新しい技術を採用した生産に乗り出しており、こうした情報の多くは英語で発信されることが多い。車両生産技術開発本部 車両組立技術部の井口泰希氏は、自身の仕事における翻訳の重要性ついて、次のように説明する。
「新商品の生産にあたり、どの工場で行うのが最適か、どういう設備・追加投資が必要かといった諸条件を考慮して、生産プロセスの設計やグローバル戦略を立案するのが私の仕事です。それにあたっては、業界全体の動向調査も欠かせません。海外のニュースや資料に目を通し、自動車業界はもちろんのこと、他業種でもどんな新技術を採用しているのかといったことを把握しながら、自社のプロセス設計や、将来的な工場の拡張について検討する必要があるからです」(井口氏)
最新の海外事情は主に英語で書かれたものが多く、それを読み解くのには時間がかかっていた。日本語であればザッと目を通せば概要を掴めるような記事でも、英語では最初から文章を追っていかなければ、肝心な情報を読み飛ばしてしまう恐れもある。さらに訳しながら文章を読んでいると、その間に別の仕事が入り、そちらを優先させざるを得ないといったこともある。
「まとまった時間が取れないと、同じ記事を読むのに数日かかってしまうこともありましたし、大半を読んだ後で、自分の欲しい情報が載っていないと分かる場合もありました。しかも情報は日々アップデートしていくので、読むべきものが溜まる一方でした」(井口氏)
社内には翻訳を手がける専門チームもあるが、契約関連の書類など、重要な文書を人の目で一つひとつ丁寧に翻訳することを主業務としており、読んでみるまで仕事の役に立つかどうか分からない文書を翻訳してもらうわけにはいかない。そのため多くのエンジニアが自ら英文資料を訳さねばならず、かなりの時間的ロスを生んでいた翻訳作業からエンジニアを解放する必要があった。
厳格なセキュリティ要件の確認を経て、富士通のAI翻訳サービスを選定
松平氏が主導する働き方改革のワーキングチームでは、2020年4月から翻訳作業の効率化を目的としたソフトウェア、サービスについて調査をスタートさせ、9月には導入候補を3つに絞り込んだ。そのうちのひとつが富士通の「Zinrai Translation Service(※2)」(以下、Zinrai翻訳)だった。
その後、働き方改革チームと翻訳チームのメンバーからなる総勢10名ほどでトライアル利用を行い、ここでは翻訳の精度やセキュリティレベル、使い勝手といった約30の項目で比較検討がなされ、富士通のZinrai翻訳が最終的な導入サービスの候補となった。しかし、実際の導入には、高いセキュリティ要件をクリアすることが求められた。
日産自動車では、導入する外部サービスに関するセキュリティ評価基準が、自動車開発における秘匿性の高い情報を取り扱うという観点から厳格なものであったが、Zinrai翻訳はこれらの基準を満たしていた。
クラウドサービスであるZinrai翻訳に求められた条件は「閉じられたクラウドサービス」であること。つまり社内で翻訳した文章・文書を二次利用しないことだった。一般的にクラウドのAI翻訳サービスは、不特定多数のユーザーが訳文の訂正・評価を行い、それをAIが学習して精度を高めていく仕組みになっている。だがこれでは、企業の機密情報がほかのユーザー向けの訳文の中に “にじみ出して″しまう危険があるのだ。
その点、Zinrai翻訳は翻訳後に、使用した文書をサーバから削除する仕組みが整っており、また富士通からも、日産自動車のデータの二次利用をしないとの合意を得たことで、セキュリティ面でも「問題なし」と評価された。
Zinrai翻訳の導入は、2021年4月に車両生産技術開発本部の約1,000名に対する試験導入を皮切りに行われ、当初は3ヶ月間の試験導入を経た後、正式採用に値する翻訳サービスであるかを決定する予定であった。だが、Zinrai翻訳は、試験導入の開始後すぐに多くの利用者を集め、同時に多くの効果も得られたとの評価を受け、試験導入期間を前倒すかたちで正式採用へと至った。
月間4,000時間の生産性向上を実現
松平氏は「導入直後以外、特に社内広報はしていない」と話すが、Zinrai翻訳の導入後、利用者は想定を上回る早さで増えていき、ワーキングチームで目指していた技術開発以外の業務効率化に大きく貢献した。効率化の対象となっていたエンジニアの技術検討以外の業務の中で、とくに課題とされていた翻訳業務をZinrai翻訳で自動化できたことで、松平氏は月間4,000時間以上もの時間を有効化できたと試算している。
これほどの成果がなぜ短期間で実現したのだろうか。
翻訳に掛かる時間が短縮され、時間の有効活用を実現
冒頭でも紹介したが、自分で翻訳をする場合はまとまった時間を確保する必要がある。時間を確保したとしても翻訳作業中、ほかの業務が割り込んでくるといったこともあり、作業が中断し非効率を生んでいた。
「以前のように自分で訳していたら、1時間以上かかるレベルの記事の概要を、10~15分程で掴めるようになり、時間を有効活用できるようになりました。すきま時間に翻訳できるので便利ですね」と、井口氏は業務効率化への貢献を高く評価する。
「私はチャットでのやり取りでも、しばしば利用しています。相手のコメントの読解や、返答の作文に時間をかけることなく、テンポよくやり取りができるようになりました。また海外情報の翻訳に時間がかかって、ほかの仕事が溜まってしまうのがストレスでしたが、それがなくなりました。Zinrai翻訳はメンタル的にもいい影響を与えてくれるようです」(井口氏)
井口氏が語るように、Zinrai翻訳の導入により翻訳そのものに掛かる時間が削減されただけでなく、以前であれば腰を据えて行わなければならなかった翻訳作業が数分で済むようになった。これによりエンジニアは、開発・技術検討という本来の業務にじっくりと取り組むことができ、結果として業務全体の効率化がなされ、生産性の向上へとつながっていった。
Zinrai翻訳の活用は日常のやり取りにまで
現在、Zinrai翻訳の活用シーンは多岐にわたっており、開発に用いられる仕様書、工場の製造工程で用いられるマニュアル、サプライヤーや技術ベンダーと交わす資料、企画、提案、報告資料、会議議事録、メールのやり取り、海外情報の収集、このほか海外の拠点向けに作成するパワーポイントの資料などが挙げられる。こうした多くの文書一つひとつを翻訳する時間が短縮され、それらが積み重なることで、結果として膨大な量の時間を削減することに成功した。
精度・操作性・スピードが評価され、広く利用されるサービスに
当初、Zinrai翻訳の利用者数は、試験導入をスタートした2021年4月時点で約600名。一日のアクセス数も1,000を下回るほどだった。だが、半年を経た10月には、社内での口コミも広がり、複数部門にまたがる1,000名以上が利用し、アクセス数は月間で33,600回にも達している。
「特に積極的な広報活動はしていないのですが、いつの間にか社内で広まっています。利用部門も車両生産技術開発本部だけだったのが、今では生産の戦略室や工場の企画部門に拡大しています。ちょうど今、本社の広報部からも利用希望の声がかかっていますね。これほど多くの社員が、普段から英語を使用していたというのには、改めて驚かされました」(松平氏)
新しい価値を生み出す活動へとシフトするために取り組んでいる業務効率化のエネルギーは、立場や役割の異なる一人ひとりの社員が、それぞれの現場で工夫を重ねて拡がっていった結果と言える。とはいえ、なぜZinrai翻訳が、エンジニアだけでなく日産自動車の社員に広く受け入れられたのか、評価ポイントは以下3点となる。
1つは、Zinrai翻訳が持つ高い翻訳レベルにあった。日本語・英語間ではTOEIC®(※3)960点レベルと同等の翻訳が可能で、ネイティブレベルの英語力を持つ社員からも、Zinrai翻訳の精度には好意的な感想が寄せられた。
「翻訳の精度は、日ごろ使う専門用語にも対応してくれる点に満足しています。例えば弊社の電動化の活動の中に「ブルー・スイッチ(※4)」という活動があるのですが、Zinrai翻訳は文脈を理解しているのか、Blue Switchをそのままブルー・スイッチと訳され、私たちは自動車のフロントバンパーを「Fascia(※5)」と呼ぶのですが、これも辞書機能を活用して登録しておけば、フロントバンパーと訳されます」(松平氏)
2つ目にあげられたのは直感的でシンプルな操作性の良さだ。実際にトライアルからZinrai翻訳を使っている井口氏は「導入初日から使ってみましたが、『たったこれだけの操作で翻訳ができるんだ』とびっくりしました。マニュアルも用意してくれていたそうなのですが、それを見たことがないほど、直感的に使えます」と、操作性の良さを高く評価する。
また起動したあとは、ポータル画面が表示され、画面内には、テキスト翻訳、ファイル翻訳、ユーザー辞書管理などのタブが用意されており、ユーザーは用途に合ったタブを開けば、すぐに翻訳の操作を始められる。操作と言っても、テキスト翻訳なら原文をフォームに貼り付け、ファイル翻訳なら訳したいファイルをドラッグ&ドロップするだけ、という至って簡単なものだ。松平氏も「比較したほかのソフトはプロの翻訳家向けという印象で、細かい設定ができるのはいいのですが、訳し始めるまでに時間がかかってしまうのが難点でした。一方、Zinrai翻訳はコピー&ペースト、ドラッグ&ドロップするだけで、誰でも簡単に下訳を完成させられます」と、操作の容易さが導入の決め手となったことを強調した。
3点目は翻訳スピードだ。翻訳されたテキストは、瞬時にポータル画面右側に表示される。ファイル翻訳の場合は、元のファイルのレイアウトほぼそのままに、翻訳ファイルができあがる。PDFやOffice形式に対応しており、PowerPointで作成された20ページほどの資料なら、数分で処理が完了する。
松平氏も「使っていて良いものは、自然と利用者や利用頻度が増えていきますね」と言うように、Zinrai翻訳が特長とするAI翻訳の精度、操作のわかりやすさ、翻訳スピードは、多くの利用者から支持を受けるのに十分なものとなっている。
Zinrai翻訳で創出された時間は、イノベーションをドライブする時間に
こうした広がりは多様性やダイバーシティを重視する日産自動車ならではの広がりと言え、様々なバックボーンを持つ社員が協調し合う同社だからこそ、Zinrai翻訳が果たす役割は小さくない。最後に松平氏は、Zinrai翻訳の導入を経た今後の抱負を語ってくれた。
「日産のコーポレートパーパスは、『人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける。』です。我々エンジニアの本来の役割は、実験、測定、解析を通して、技術的に考え抜くことです。Zinrai翻訳の導入で創出できた時間をこれらの時間に充てることで、競争力のある生産工場を実現し、ひいてはお客様に届ける商品の価値をより向上させ、お客様の豊かな生活に貢献できると信じています」
脚注
(※1)ADAS(エイダス):先進運転支援システム Advanced driver-assistance systems
(※2)Zinrai Translation Service:AI「FUJITSU Human Centric AI Zinrai(ジンライ)」のラインアップの一つ。株式会社みらい翻訳が国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)と共同開発したニューラル機械翻訳技術と同社のプラットフォーム技術を採用した富士通のサービス。
(※3)TOEIC® はエデュケーショナル・テスティング・サービス(ETS)の登録商標です。この製品はETSの検討を受けまたはその承認を得たものではありません。その他の記載されている製品名などの固有名詞は、各社の商標または登録商標です。
(※4)日産自動車が推進する電気自動車(EV)の普及を通じて社会の変革、地域課題の解決に取り組む活動を「ブルー・スイッチ」と呼ぶ。
(※5)Fasciaには「看板」「ベルト」といった意味があり、ここから自動車業界では顔を表す意味としてフロントバンパーのことを指す。
翻訳作業の時間短縮により、言葉の壁を取り払い、生産性の向上やコミュニケーション活性化
Zinrai Translation Service
https://www.fujitsu.com/jp/zinrai/translation/
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