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左:クラウドエース株式会社 マーケティング部 部長 杉山 裕亮氏
右:慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 教授 宮田 裕章氏
新型コロナウイルスの感染拡大、いわゆるコロナ禍の影響もあり、あらゆる領域でデジタル技術の活用が加速している。こうした状況のなか、クラウドエース主催の大型イベント「OPEN DX 2021 NextStage」が9月6日に開幕。「デジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)」「デジタルエクスペリエンス(デジタル体験)」「デベロッパー エクスペリエンス(開発者体験)」の3つのDXをキーワードに、DX成功企業による事例共有をはじめ、参加者に学びの場を提供するライブセッションが展開された。
本稿では、モデレータ役のクラウドエース株式会社 マーケティング部 部長 杉山 裕亮氏と慶應義塾大学 医学部医療政策・管理学教室 教授でデータサイエンティストの宮田 裕章氏によるセッション「ライブインタビュー 宮田裕章教授 ~社会人のためのデータサイエンス~」についてレポートしていく。
Society 5.0では、産業構造の変化のみならず、未来のデザインまでが大きく変化する
本セッションは、「社会人のためのデータサイエンス」をテーマに宮田氏へのライブインタビュー形式で進行。3つのトークテーマから、ビッグデータを中心としたさまざまな立場からのデータ活用について話を展開するほか、視聴者からのリアルタイムの質問に対して回答するインタラクティブな内容となった。宮田氏は、学問の世界においてもデータサイエンティストの担う役割は増加しており、社会のあらゆる領域で“データ活用”の重要性が高まっていると語る。
「学問の世界ではどの分野でも“データの活用”が最重要のミッションとなっています。裏返せば、社会におけるさまざまな実践においてもデータ活用が不可欠になったということを意味しています」
こうした流れのなかで注目を集めているキーワードが、最初のトークテーマとなる「Society 5.0」となる。 「DXの定義が“デジタルに置き換える”という狭義のものから“領域・分野全体を改革するような破壊的イノベーション”へと変わってきたように、Society 5.0の定義も、実践を続けさまざまな事例が生まれてくるなかで変化を続けている」と宮田氏。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)と変遷してきた社会が、テクノロジーが成熟していくなかで大きな転換点を迎えていると語り、「産業構造の変化のみならず、未来のデザインが大きく変わること」がSociety 5.0と解説する。
「今年開催されたG7では、これまで国際協調や経済成長といっていたものが、未来の持続可能性、サステナビリティやダイバーシティ&インクルージョンを実現するためにどう協調するのか、どう経済のバランスを取っていくのかという論調に変わりました。成長そのものを目的とするのではなく、未来の在り方が先にあり、実現するための手段は何なのかという話です。これはカーボンニュートラルにおいても同様で、自社の利益になるかならないかではなく、持続可能な未来を先に見せて、そのなかでどうビジネスを展開していくのか、こういった順序の逆転が起こっている。私は、『人々が生きること』を前提にした未来を作るための手段として経済や社会のシステムを作っていくことがSociety 5.0であり、社会における大きな転換点だと思っています」
宮田氏は、Society 5.0におけるデータサイエンスの役割を「経済あるいは社会を駆動する新しい力」と定義。経済・社会の中心が、産業革命以降、世界を回してきた石炭・石油といった消費財を扱う企業から、データを扱う企業、いわゆるテックジャイアントに置き換わっていると語り、「データをどう扱うかということから目をそらしていては、これからの経済・ビジネスに対応するのは難しくなる」と警鐘を鳴らす。
「データサイエンスは、あらゆる領域のビジネス効率を圧倒的に変えました。さまざまな情報(データ)を組み合わせることによって運用効率が変わり、有限な資源でもデータによって使い方が全然違ってくる。既存の産業構造のなかに止まっていると、その領域ごと覆されてしまいます。モビリティ領域で、テスラへの期待値が高まっているのもその1つといえます。また、もう1つ重要なキーワードとして「個別化」があります。これまでは大量生産・大量消費、つまりモノを作って拡大していくことがビジネスの成功と定義されていましたが、現在は“ユーザー体験を作る”ことが成功につながる構図へと転換。単にモノを作って売るのではなく、一人ひとりに対してどう体験を届けていくのかが重要になってきています」
CI(カスタマーインサイト)・BI(ビジネスインテリジェンス)を踏まえてAIを活用する
続いて「企業が身につけるべきデータサイエンス」をテーマとし、企業のなかでデータ分析に携わる人に求められるスキルについて話が展開された。
「データサイエンスと聞いて、多くの人たちがイメージするのは『分析』の部分だと思います。データを分析することで今までにない道が開けるのではと期待する企業は多いと思いますが、その実現は簡単なものではありません。すでにAIブームが到来して数年経ちましたが、成功したのは約11%と言われています。データ分析に過剰な期待を持っていた企業の多くは失敗しており、AIの限界を踏まえたうえで“どう使うか”をデザインした企業が成功する傾向が見てとれます」
宮田氏は、AIの前にBI(ビジネスインテリジェンス)、さらにその前にCI(カスタマーインサイト)があると語り、CI・BI・AIを踏まえてデータ活用の『場』を作っていくことが重要と力を込める。
「CI、顧客体験の部分では、『ビジネスのなかで誰がどのようなバリューを得るのか』を考え、その次にBI、現在どのようなデータがあるかをビジネスインテリジェンスとして可視化し、新しい顧客体験、新しい価値を生み出すために足りないデータを把握する必要があります。このCI・BIの部分を整えることで、AIの活用(データ分析)を成功へと導くことができるはずです」
宮田氏は、海外の生命保険会社がAIを活用して新しいビジネスモデルを作った事例を紹介。生命保険会社が持つ本来の目的を「病めるときも健やかなときも人々に寄り添うこと」と定義し、カスタマーインサイトに基づき「病気になったときに最善の医師にかかる」にブリッジするアプリを作成。さらにアプリを活用してもらうことで、「そもそも病気にかからない」ためのデータも蓄積し、「病気にならない人を増やす」とビジネスモデルを構築することに成功したと宮田氏。こうした事例も踏まえ、企業でデータ分析に携わる人に必要なスキルセットについて話を展開する。
「もちろんデータを分析する人は大事ですが、その前に『今のビジネスにおいて何が大事なのか』、『顧客に対してどのような体験が必要なのか』に対して真剣に問いを立てていくことが大切です。今ある“使えるデータ/使えないデータ/取れていないデータ”を吟味し、把握するデータマネジメントの部分は、専門家を用意して任せることが最適解ではありません。正しいデータを顧客と向き合いながら集めるためのチームや環境を用意するところから始めることが成功への第一歩となります」
産官学の連携によりデータ共有の仕組みを整備し、社会における新たな価値の創造を実現
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約1時間にわたるセッションは大盛況で終了した
セッション後半では、「自社のデータあるいは分析結果の公開で社会貢献できるのか」というトークテーマで話が展開した。宮田氏は、テックジャイアント主導、すなわち企業中心にデータ活用が進んでいるケースと、国や政府がコントロールしているケースの、海外における2つの方向性を紹介し、現在の日本はその中間をさまよっていると解説。「産」と「官」、さらに「学」も含め、多様なステークホルダーを連携しながら、どのようなデータ活用の『場』を作っていけるのかが重要と語る。
「データとは、知識を共有化して可視化し、つながりを作っていく力です。たとえば医療で1万人のデータに1人の患者のデータを加えると、どういった治療を行えば治る確率が高いのかがわかる。この共有で失われるものはほとんどありません。最近ではワクチン開発も同様で、各企業・組織が囲い込んで開発していれば3~4年以上かかったものが、約9カ月で実現しています。もちろん、そこで生まれたワクチンを取り合うといった状況はあり、所有財中心のビジネスモデルがなくなったわけではありませんが、共有財であるデータが増えたことで、いかに共有しながらともに価値を作るかという側面も重要なものになってきています。もちろん企業の持つすべてのデータを共有化すべきというわけではなく、たとえば5~10%のデータを共有するだけでも、社会における新たな価値の創造に貢献できる。こうしたデータを公開・共有していくなかで、新しいビジネススキームをどう作れるのかを考えていくことが大切になると思います」
また、宮田氏は企業で“データ活用”に携わる視聴者から寄せられた質問に対し、リアルタイムで回答した。
Q. データは過去の情報だと思います。これをいかに将来予測とベネフィットに結び付ければよいのでしょうか。
A. データ活用を考える際、たとえば企業が通常業務のなかで集めているデータからソリューションを作ろうとしてもうまくいきません。重要なのは“活きたデータにして活用し続ける”ことです。データを活用するための『フロー』を作っていかないと有効なものにはならない。既存の(過去の)データをどう活かすかではなく、“どう価値を生み出していくべきか”、“どうすれば価値が高まっていくのか”を念頭に置いて分析フローを作り、改善を続けていく必要があります。フローを回していくなかで、将来予測やベネフィットにつなげられると思います。
Q. 企業にとって、社内のデータを扱うデータサイエンティストの確保が急務になっております。中途の採用も難しいなかで、社内人材の育成をする場合はどのような教育や機会の提供をしたらよいでしょうか。
A. 人材の確保が難しいのは確かで、頭が柔らかくモチベーションの高い人を教育するのが近道といえます、実際にデータに触れながら学んでいくことが重要で、そのための環境、すなわちデータを用意する必要があります。データをどう集めてAIをどう使うかを一緒に考える『場』を作るには、1つの部署で進めるのではなく、会社全体のトッププライオリティと捉えるくらいの熱量が必要なのかなと感じています。
このほかにも、多くの視聴者からの質問に答えた宮田氏は、最後に企業のDXに携わるすべての人に対してメッセージを送り、セッションを締めくくった。
「データサイエンティストとしてデータの活用に取り組む際、理想と現実の乖離により挫折する人は少なくありません。いわゆる『理想のデータ』がないため『理想の分析』が行えないといったケースです。とはいえ、必要なデータが揃った環境が用意されていることはほとんどありません。まずはスモールケースでもいいので、実際にデータを使いながらフィードバックを得て、データのフローを回していく。この実感こそが、さらなるデータ活用につながっていくと思います。どんな価値を生み出すべきなのか、どうすればより良い社会を実現できるのか、試行錯誤を繰り返しながら、チームや関係者と連携していく。それに向けて、まずは“動き出す”ことが大切だと考えています」
経済・社会の中心が消費財を扱うものからデータを扱う内容に変化している今、“データ活用”の重要性が高まっている。 Society 5.0の定義を理解し、持続可能な未来を実現するためにデータをどう扱うかを考えること、CI・BIを踏まえたうえでAIを活用し『場』を作っていくことがDX推進、しいては社会における新たな価値の創造につながるだろう。 データサイエンティストから学ぶデータの扱い方や活用方法は、今後ますます変化していく社会に対応するためにどうするか、今一度見つめ直す良いきっかけとなったのではないだろうか。
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