いま世界との間で、TPP11協定や日EU経済連携協定に代表される、経済連携協定(EPA)・自由貿易協定(FTA)が続々と交渉・締結されている。ところが、多くの日本企業が自由貿易により受けられる関税減免の恩恵を享受できずにいるという。そこにはどのような課題があるのか、また、最も活用が困難といわれる自動車業界で導入が始まったFTA活用のための共通プラットフォーム「JAFTAS」について、関係者に詳細を訊いた。

自動車業界でFTA活用が進まない理由

関税は企業の収益に大きな影響を及ぼす。FTAを活用すれば輸出品に関して関税減免の恩恵を受けられるのだが、日本企業によるFTA活用は2019年度時点で51.2%(※)とまだまだ進んでいない。その大きな障壁となっているのが「原産性証明」だ。

FTAを活用するには原産資格(製品や部品が国産であること)を証明しなければならないが、これが一筋縄ではいかない。最も原産性証明が難しい製品のひとつであるクルマの場合、1台あたり約3万もの部品で構成されているといわれるが、その一つひとつを証明する必要がある。さらに、自動車メーカーは部品等をサプライヤーから仕入れるが、いわゆるティア1、2、3と呼ばれる深い商流を構成する37万社にのぼる1次、2次、3次の仕入先部品メーカーからも協力を得なければならず、事務的負担が大きな足かせとなっている。

※:日本のFTA締結国へ輸出を行う企業のうち、1カ国・地域以上でFTAを利用している企業の比率(「2019年度日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」2020年2月、ジェトロ)

自社で輸出を行わないサプライヤーにとっては、FTA活用による直接的な免税の恩恵はなく、商流が深まれば深まるほど企業は経営規模が小さくなり、人材リソースも限られる。加えて、日本ではこの十数年程度で急速に拡大したEPA/FTAに対応するインフラが整っておらず、自動車メーカーによって原産性調査の方法・書式がばらばらで、複数メーカーと取引するサプライヤーにとっては作業が煩雑になるという課題もあった。

こうした課題を解決し、自動車業界のFTA活用を推進するためのプラットフォームとして誕生したのが「JAFTAS」である。以下、「JAFTAS」を提供する東京共同トレード・コンプライアンスの元杭 康二氏、NTTデータの河田 禅氏に、立ち上げや概要、現状、今後の展望について語ってもらった。さらにトヨタ自動車の森脇 英直氏とデンソーの池谷 洋平氏にも、ユーザーの立場からそのいきさつや評価について話を訊いた。

FTA/EPAの知見とノウハウを活かした「JAFTAS」の経緯

――まずは「JAFTAS」の概要を教えてください。

元杭:「JAFTAS」は、自動車メーカー・部品メーカーを含めて業界全体でFTA活用に必要な原産性証明の手法を標準化できる共通プラットフォームと、FTA/EPAの相談を受けてきた東京共同会計事務所のナレッジをベースとするサポートデスクという2つのソリューションから成り、2020年9月に提供を開始しました。

契約利用者は「JAFTAS」を通じてFTA対象製品の原産性証明と、サプライヤーへの調査依頼を行うことができます。依頼された企業はさらに下の2次、3次の仕入先部品メーカーにも依頼できるので、自動車及び自動車部品に関わる原産性証明が「JAFTAS」という共通の基盤上で完結し、かつ不明な点があればサポートデスクに相談することができます。

河田:現時点で契約利用者はトヨタ自動車をはじめとする自動車メーカー10社とデンソーの計11社ですが、各企業の仕入先を含めると約1,000社がすでに利用しています(2021年1月現在)。業界全体が標準化されたシステムを利用できることに加え、専門家の知見でユーザーを手厚くサポートできるところが大きなポイントです。

  • 東京共同トレード・コンプライアンス JAFTAS事業部長 元杭 康二氏

    東京共同トレード・コンプライアンス
    JAFTAS事業部長 元杭 康二氏
  • NTTデータ 第一公共事業本部 第二公共事業部 部長 河田 禅氏

    NTTデータ
    第一公共事業本部 第二公共事業部 部長 河田 禅氏

――「JAFTAS」に関わることになった経緯と、サービス提供開始までの流れを教えてください。

元杭:親会社の東京共同会計事務所は、2015年から経済産業省の委託事業としてEPA相談デスクを開設しています。TPP11協定や日EU経済連携協定といった、メガFTAが発効する中で問い合わせが増えていき、FTA活用促進にどのようなソリューションを提供できるか検討していました。そのタイミングで、2019年の初め頃、日本自動車工業会(自工会)から原産性調査のプロセスをシステムで標準化したいとの話を聞きました。当社にはFTA/EPAの知見はありますが、ITのノウハウは持っていませんので、信頼できるNTTデータにパートナーとして声をかけました。

東京共同トレード・コンプライアンスとNTTデータの熱意と先見性を評価

森脇:私はトヨタ自動車でFTA業務を担当するとともに、自工会でも標準化を推進する立場にありました。2017年後半から部品メーカーへの原産性調査依頼が増えていったのですが、自動車メーカーによって手法が異なっていたため、自動車部品の業界団体である日本自動車部品工業会(部工会)からプロセス標準化の要望が届き、2018年末~2019年初めにかけてシステム構築の提案をいくつかのグループに依頼したのです。

そして自工会・部工会主催でコンペを行った結果、東京共同トレード・コンプライアンスがEPA相談デスク事業でノウハウを蓄積している点や、東京共同トレード・コンプライアンスとNTTデータ両社のこの取り組みに対する熱意を感じ、一緒に働きたいと思えたことが「JAFTAS」の採用決定の理由です。

池谷:私はデンソーでFTA業務の全体統括を担当し、部工会で国際物流ワーキングのリーダーも務めています。「JAFTAS」についてはコンペの時期から参加しました。NTTデータからの提案も、単にシステムで利用者をつなぐだけでなく、データの可視化やボトルネックの解消による改善、業界連携の先の官民連携まで見据えてFTAを活用しようというものだったので、両社の課題解決に向けた姿勢を強く感じました。

河田:当初2020年春にサービス開始を予定しておりスケジュールはタイトでしたが、これまでの国内・海外での税関等貿易関連システム構築・運用に関するノウハウも活用しながら、自動車業界全体で使っていただくのにふさわしい、アーキテクチャとセキュリティを確保した設計開発を推進していきました。

元杭:採用決定後は、自工会や部工会と何度も何度も検討会を重ねながら進めていったことを覚えています。開発過程で苦労した点は、自動車業界の商流の深さにどう対応するかということでした。また、トヨタ自動車とデンソーは「カイゼン」がお家芸で、プロジェクト進行も速かったため、最初はついていくのが大変でした(笑)。導入フェーズでは、メーカーによって担当部門が複数部署にわたるケースなどがあり、一社一社とミーティングを重ねながら進めていきました。そのうえで、「JAFTAS」を使った原産性証明のメリットについてサプライヤーごとに説明会を開き、浸透を図っていきました。

河田:サプライヤーは数が多く、遠距離にあることも多いため、説明会をどう進めていくかは大きな課題でした。その点、コロナ禍の影響ですべてオンライン説明会に切り替えたことで、結果的には多くの方が同時に説明を受けられ、わかりにくい部分はあとから動画で確認もできるので、むしろ効果が上がった面はあります。

元杭:NTTデータには、システム開発だけではなくそういったシステムの導入に際してもVPN接続で専用回線をつなぐ仕組みをはじめ、ICTの多くの部分で尽力してもらい、とても心強かったですね。

  • トヨタ自動車 営業業務部 FTAグループ長 森脇 英直氏

    トヨタ自動車
    営業業務部 FTAグループ長 森脇 英直氏
  • デンソー 生産管理部 海外生産管理室長 池谷 洋平氏

    デンソー
    生産管理部 海外生産管理室長 池谷 洋平氏

他業界も視野に将来的な拡大をめざす

――2020年9月に「JAFTAS」を導入し、現時点での成果をどう捉えていますか。

森脇:導入からまだ半年経過しておらず、実際的な効果を出していくのはこれからの話だと思っています。現時点でメリットと感じているのは、原産性調査業務を一つのパターンに落とし込めたことと、サポートに電話すれば困っている部分がすぐにわかること、そして「JAFTAS」を通じたコミュニケーションの中で仕入先様調査対応状況が見えるようになったことです。

池谷:当社では導入から12月末までの4カ月で、調査依頼に対し仕入先様からご回答頂いた数が、導入前の年間件数に匹敵する約1,400件でした。導入後に依頼自体が増えたことを差し引いても、効果を感じられる状況です。また調査依頼に対する平均回答日数も50日から30日に大幅に短縮され、期限内の回答率も、導入前の約50%からこの4カ月は76%と上昇しており、関係者のご協力により改善が見られています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

元杭:現時点で利用数は約1,000社と、想定通りに進んでいます。今後は、自動車業界に関係がありながら別の商流も持つ鉄鋼メーカーや化学メーカーなど、他業界にも需要を期待しており、2025年度末までに3,000社以上への提供をめざしています。普及活動にさらに力を入れ、結果として日本のFTA活用の底上げにつなげていきたいと考えています。

河田:当社では「JAFTAS」のほかにも港湾や税関等への貿易関連の行政手続及び関連民間業務を総合的に処理するシステムである「NACCS」、ブロックチェーン技術を活用した貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz」などを手掛けています。今後はそういったシステムと「JAFTAS」を連携させ、国内外の一連の貿易手続きを一気通貫でつなげる仕組みを構築していきたいですね。

会社紹介

株式会社東京共同トレード・コンプライアンス

2018年、「JAFTAS」のシステム運用とFTA/EPA活用に関するコンサルティングやサポート提供を目的に設立された、東京共同会計事務所100%出資のグループ会社。東京共同会計事務所は経済産業省の委託事業としてEPA相談デスクを6年連続受注するなど、FTA/EPAに関する数多くの相談実績を持ち、今回の「JAFTAS」の取り組みでもその知見やノウハウが存分に活かされている。なお、東京共同会計事務所のEPA事業を始めとする貿易物流に関する国際税務サービスについてはこちらを参照。

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