デジタル変革を推進する重要な取り組みの1つとして導入が進むアジャイル開発。しかし、エンタープライズレベルで実践するためには課題も少なくない。2021年2月17日に開催されたTDCソフト主催のオンラインセミナー「アジャイル開発をスケールアップする『エンタープライズアジャイル』とは? ~アジャイル変革の本質理解と企業レベルの適用に向けて~」では、エンタープライズアジャイル実践のポイントが解説された。
Scaled Agile, Inc. インバー・オーレン氏が解説する「SAFe」
基調講演に登壇したのは、Scaled Agile, Inc.のインバー・オーレン氏だ。Scaled Agileは、ビジネスアジリティを実現する基盤となるフレームワーク「SAFe(Scaled Agile Framework)」を提唱、推進する企業だ。SAFeは、リーン、アジャイル、DevOpsの原則、プラクティス、コンピテンシーを組み合わせた実証済みのフレームワークであり、エンタープライズにおける大規模なアジャイル開発で、世界で最も活用されていることで知られる。
オーレン氏は、まず「コロナによってデジタル変革がさらに加速しています。今はアジャイルが歴史的に最も必要とされる時代になっているのです」と切り出した。2021年でアジャイルソフトウェア開発宣言(Agile Manifesto)が公表されてから20年になる。アジャイルの方法論も成熟し、たとえばスクラムのように比較的規模の大きい組織でも実践できるかたちに発展してきたものもある。しかし、ロボット開発やIoT、ドローン、5Gなどのようにソフトウェアだけでなく、さまざまな要素が複雑にからみあうプロダクト開発で大規模に展開する場合、アジャイルの方法論がうまく適用できないケースも現れ始めた。
「大規模なアジャイルを展開していくために開発されたのがSAFeです。SAFeはお客様から学びを得ながらバージョンアップされ、改善されてきました。たとえばスクラムではしばしば経営層の理解不足とオーバーコミットが開発の阻害要因になります。SAFeでは経営層に対する教育やトレーニングが重要な開発プロセスとして組み込まれており、それによってソフトウェアだけでなく、組織やプロセスの変革をスムーズに進められるようになります」(オーレン氏)
エンタープライズの働き方、マインド、文化を変革し、ビジネスアジリティを獲得する
SAFeは開発者の働き方を変えるフレームワークでもある。大規模なアジャイルを実現するために、SAFeには、いくつかのイベントがある。デイリースタンドアップやイテレーションプランニングなどチームで行うものから、複数チームの集合体であるART(アジャイルリリーストレイン)で行うシステムデモやPIプランニングなどがある。
例えば、PIプランニングはイテレーションプランニングの拡張版というべきもので、複数チームが一堂に介するミーティングで、スケールアップを目指す際の計画を立て、課題を把握してリスクを取り除き、目標にコミットする取り組みとなる。
「規模が大きくなると、複雑性や依存関係が多くなり、管理しきれなくなります。そこで、すべてのチームが1つの部屋に集まり、2日ほどかけて、8〜12週間分の計画を立てます。この作業に参加することで依存関係が見えるようになります。経営陣に加え、実際に作業する人がみんなで集まることが重要で、これによりアラインメントがとれ、それぞれが自主的に作業にコミットするようになります」(オーレン氏)
さらに、オーレン氏は、大規模で伝統的な企業がDevOpsにどう取り組めばよいか、バリューストリームマップの作成のポイントなどを解説。2021年2月に公表された最新のSAFeバージョン5.1に触れながら「SAFeの対象はITの領域だけでなく、ビジネスの領域まで広がっています。これまでに70万人がトレーニングを受け、2万社が実績を上げています。マーケティングや人事などのプロセスの改善を行っていくことも可能です」と説明した。
最後に、オーレン氏は「経営陣がリーン、アジャイルを理解して先導し、さまざまなチームの担当者が目標にコミットし協働することで、エンタープライズはアジリティを獲得でき、ビジネスで成功を収めていくことができます」と強調し、講演を締めくくった。
SAFeと出会い、コンサルタントとして実践するTDCソフト佐野氏
続いてTDCソフト株式会社でSAFeプログラムコンサルタント(SPC)として活動する佐野弘幸氏が登壇。SAFeとの出会いや、SAFeに取り組んでいる企業の実践事例を紹介した。佐野氏は、かつて事業開発を行う現場リーダーとしてプロダクト開発をリードした経験を持ち、さまざまな課題に直面していたという。
「開発スピードを高めたいが、チームごとに開発スピードが異なることや、リリースまでのプロセスに多くのステークホルダーと合意形成が必要になることが悩みでした。開発を進めていくと、現場と経営の期待値のギャップが広がっていきました」(佐野氏)
課題を自分なりに9つの要素に分類したものの、それをアクションとして実行する手段がなかった。そこで出会ったのがSAFeだ。
「課題と手段をSAFeのビッグピクチャーに当てはめてみると、SAFeが提唱している取り組みと一致したのです。たとえば、関係者全員での共通認識化はPIプランニングであり、活動内容(開発のアウトプット)の共有はシステムデモにあたります。これらは、認識のギャップを埋めるきっかけになりました。また、各チームのリズムを合わせる点では、イテレーション(2週間)単位で活動することを共通のルールにしました」(佐野氏)
SAFeを実践することで得られたポイントは3つある。3カ月ごとの目標設定や全員参加の会議によってゴールを可視化・共有することによる「ギャップの極小化」、2週間ごとの見直しによって、活動を適正なサイズに小さくし、一定のリズムで計画・実施・振り返りを行うことによる「変化への対応」、活動の可視化や依存関係の明確化など、状況をとらえて協力する「マインド」だ。
「SAFeの考え方は、日本企業で導入しやすいフレームワークです。朝礼(デイリースタンドアップ)や合宿・部旅行(PIプランニング)など、用語も馴染みがあるものです」(佐野氏)
最後に佐野氏は、SPCやTDCソフトとしてさまざまな企業の取り組みを支援する体制を整備していることをアピールした。
アジャイル開発を導入し、デジタル変革への基盤部分を構築したJSR
SAFeを導入しデジタル変革の取り組みを推進しているJSR株式会社 社長室 岡崎正博氏が登壇し、SAFeの実践事例を紹介した。
エラストマー事業、合成樹脂事業、デジタルソリューション事業、ライフサイエンス事業を展開するJSR。同社の強みである化学分野での研究開発において、データ駆動型の研究開発を行ったり、老朽化対策が必要とされる化学プラントの保全にドローンやAIなどを活用しているが、課題もあったという。それは、デジタルに関する知識レベルに差があり、同じ言葉で議論しにくいこと、拠点やグループごとの独自プロジェクトがあり、全体把握が困難なこと、進捗や予算の管理が困難なことなどだ。
「そこで出会ったのがSAFeです。アジャイル開発を導入する際に、SAFeのトレーニングや、プロジェクト管理の共通化・可視化、戦略テーマの策定、システムデモなどに取り組みました」(岡崎氏)
トレーニングにより、同じ言語で会話できるようになり、議論の効率があがった。また、「Jira」「Aha!」などのツールを使ってプロジェクト管理をグループ全体で共通化し、見える化。さらに、事業戦略を開発ポートフォリオへ落とし込むことで、ビジネスアウトカムを従来以上に志向できるようになった。ステークホルダーとの共通理解も得られるようになった。最後に岡崎氏は、次のように取り組みを振り返り、講演を締めくくった。
「アジャイル開発に馴染みのない当社のような製造業にとって、SAFeのトレーニングやコンサルタントの支援はきわめて有用です。今後は、他のプロジェクトやアジャイル開発の拡張により、デジタル変革をさらに推進していきます」(岡崎氏)
ビジネスアジリティを獲得しビジネスの成功を目指す企業にとって、本内容はアジャイル変革のはじめの一歩として参考になるだろう。
※記載されている会社名、製品名は各社の商標または登録商標です。
※SAFe®(Scaled Agile Framework®)は、米国Scaled Agile, Inc.の米国およびその他の国における登録商標です。
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