貿易は国と国をまたがって、さまざまな業界の関係者が数多くの貿易書類を取りかわす複雑な業務フローによって支えられており、そこには紙やFAXを前提とした非効率なプロセスが多く残る。この非効率をブロックチェーン技術の力で解消して作業負担を減らし、業界を超えて正確かつ安全なやり取りを実現することを目指したプロジェクトが動き出した。日本発であり、将来的にASEAN地域のデジタル化も視野に入れた貿易プラットフォームの構築・活用に取り組んでいる関係者に話を聞いた。

紙書類ベースの"伝言ゲーム"からいかに脱却するか?

貿易には、商社やメーカー、船会社、物流、銀行、保険会社などの企業に加え、税関など国の機関も関わってくる。そこでやり取りされる書類は、現在でも紙が主流であり、ファクスや国際郵便が多く、フォーマットもばらばら。近年は企業内ではシステム化が進んだものの、業界全体の取り組みではないため、PDFで送られてきたファイルを各社で自社システムに情報を入力し直すことは当たり前。そこでは入力ミスが発生する可能性が絶えず残り、貿易の世界は長年、グローバルな"伝言ゲーム"ともいうべき状況が続いている。

しかも取引の過程には多数の手続きが存在し、恒常的なデータ転記による事務効率の煩雑さや、書類の改ざんリスクを抱えているため、早期にデジタル化を模索すべき分野だといえる。

とはいえ、単純に紙を電子化すれば済むものではない。貿易は信用の世界であり、紙書類が有する原本性がきわめて重要。紙を置き換えたデジタルデータが改ざんされていないという保証がなければ、紙を廃してデジタル化に移行することは極めて難しい。

さらに、仮に原本性を持つデジタルデータがあっても、紙で業務を続ける関係者がいると、その時点でデータの原本性が途絶えてしまう。つまり、関係者すべてがワークフローも含めて一斉にデジタル化することが必要であるため、貿易分野のデジタル化は実現不可能と言われてきた。

紙書類による壮大な伝言ゲームの問題は、すべての貿易関係者に共通する積年の課題である…こうした背景から、国産の貿易プラットフォーム創出というプロジェクト、いわば貿易のデジタルトランスフォーメーション(DX)が動き始めた。

業界横断コンソーシアムでプラットフォームを育てる

2017年8月、一つのコンソーシアムが立ち上がる。目的は、ブロックチェーン技術を活用して電子データを共有し、貿易データを一気通貫で情報共有することができる貿易情報連携プラットフォームの実現だ。

コンソーシアムに参加したのは、荷主(商社)・物流(船会社)・銀行・保険等、さまざまな業界のリーディングカンパニー18社(※1)で、まさに業界横断の取り組みである。そして、このコンソーシアムで事務局を務めることになったのがNTTデータだ。NTTデータには数々の社会インフラシステムを生み出してきた知見と経験に加え、イタリアでの銀行間決済の仕組みをブロックチェーンで実現したり、数々のコンソーシアムを組成・運営してきた実績もあった。

貿易書類をデジタルでやり取りするための技術にブロックチェーンを採用したことについて、NTTデータ ブロックチェーンチーム 部長の赤羽喜治氏は次のように語る。

NTTデータ 金融事業推進部 デジタル戦略推進部 ブロックチェーンチーム 部長 赤羽 喜治 氏

2015年からFinTech領域の技術チームを立ち上げプロックチェーン技術の社会インフラへの適用に取り組む。貿易情報連携プラットフォーム事業化やデジタル通貨に関わるプロジェクト等、金融分野の枠を超えて推進。経済産業省「貿易業務の高度化に向けたデータ利活用検討会」委員(2019年)

「ブロックチェーンは分散型台帳技術と言われ、お互いのデータを常に検証しながらやり取りを行います。編集・変更の過程を含め関係者すべてが同じデータを持っていることを担保することができるので、原本性の付与を実現できます。加えて、貿易のように、特定の国や企業が中央集権的に管理することが望ましくないシチュエーションに向いています。当初、ブロックチェーンは暗号資産で使われていることで注目を浴びていましたが、本質的な可能性はもっと幅広いと考えていました」(赤羽氏)

前述のように、貿易業務のデジタル化はすべての関係者を巻き込むことが必須。貿易プラットフォームを作るなら、オールジャパンで貿易に携わる業界代表企業が集合しなければ成り立たない。とはいえ、各業界内で企業同士は当然ライバル関係であり、コンソーシアムの呼びかけに対してどれほどの企業が応えてくれるか、当初は疑問に感じていたと赤羽氏は証言する。

「ところが実際にお声がけすると、私たちが考える以上に各社とも貿易のデジタル化は課題であると強く意識されていたようで、結局、お声がけしたほとんどの企業に参画いただけました」(赤羽氏)

コンソーシアムでは、業務フローやテクノロジー、法律・規制などテーマごとにワーキンググループを設置し、課題の洗い出し、フローやデータフォーマットの策定、ブロックチェーンの技術検証などを進めていった。業界による慣行の違いなどに起因する意見の偏りや齟齬を防ぐため、毎回、各業界から1社ずつ入ったグループ分けをしてディスカッションを重ねていったという。

「貿易全体の仕組みにおいて、自身の業界だけでなく、前後のプロセスに関わる業界が抱える課題をコンソーシアム参加企業が共有できたことで、デジタル化への意義を再確認しながら進められました」(赤羽氏)

それと並行してNTTデータでは、貿易情報連携プラットフォーム「TradeWaltz」の開発を進めていった。2017年度に概念的な実証実験、2019年度下期にはコンソーシアム参加メンバーによる実データを用いた試行運用を実施。このほか、国内では経産省の所管するNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)との官民連携により、東京・清水・博多の三港湾で実証実験を行った他、海外ではシンガポール政府やタイのJSCCIB(タイ商業・工業・金融合同常任委員会)との実証実験を実施。こうした取り組みの中で、技術的な課題を解決しながら、耐改ざん性・透明性というブロックチェーンの強みを活かしたプラットフォームとして性能と実用性を高めていった。

(※1) 18社 2021年1月時点

「TradeWaltz」の本格サービス開始に向けて深まる取り組み

この「TradeWaltz」を社会実装し、運営・開発・管理を担うため2020年4月に設立され、同年10月に7社が共同出資したのが、株式会社トレードワルツだ。三菱商事株式会社から出向し、トレードワルツの取締役CEO室長を務める染谷悟氏は、同社が目指すものを次のように語る。

株式会社トレードワルツ 取締役 CEO室長 染谷 悟 氏

2010年、三菱商事入社。日米欧で取引管理システムの開発・運用担当後、三菱商事RtMジャパンの立ち上げ支援、インドオフショア開発のブリッジエンジニア、電力関連事業の財務管理やスタートアップ企業投資、デジタル戦略部などを経て、2020年11月から現職。

「ひと言でいえば、貿易業務の完全電子化を成し遂げるサービスです。これまでもEDIなどで企業間を接続することで、一部データの電子化は進んできました。しかし従来は最終的な保管は紙で行わなければならないと法律で定められていたため、デジタル化で業務を効率化しても最後は紙から逃れられないというのが貿易実務者の大きな悩みでした。コロナ禍でのオフィス出社の原因ともなっています。それを解決するのがブロックチェーン技術であり、NTTデータの開発でプラットフォームの実用化が間近になっています。政府も2020年に電子帳簿保存法を改正して書類の電子化を促進しており、ブロックチェーンの取り組みを後押ししています」(染谷氏)

染谷氏は2019年11月、NTTデータからコンソーシアム参加企業に対するトレードワルツへの出資参画の打診を受け、三菱商事側の出資検討メンバーとして参加し、共同出資後、2020年11月から株式会社トレードワルツに加わった。この間、新型コロナウイルスの感染症拡大の影響が甚大になり、打診を受けた各社で出資検討のスピードが落ちたという。しかも、「TradeWaltz」自体はあくまで準備段階であり、まだ実績もない。「コンセプチュアルな段階で、コロナの影響もある中、オールジャパンの資本構成を目指して各社から出資を募っていく作業はかなり難しいものでした」(染谷氏)と振り返る。

三菱商事が出資を決めた理由、実績がなくても貿易のDXに向けていま取り組んでいかなければならないという思いなどを説明し、各社と出資の調整を進めていった。 「いま、日本の小規模事業者から、商社を介さず海外のプラットフォーマーを通して輸出するケースが少しずつ出てきています。今後、巨大プラットフォーマーが日本にも本格的に進出し、貿易の市場が席巻されてしまうかもしれません。その時代に生き残れるよう、貿易実務者は自らDXをいま企画していかなければなりません。1社ずつ回り、貿易現場の足元で起きている事例や自社での検証結果を基に膝詰めでお話する中で、出資に参加する企業が増えていきました」と染谷氏。最終的に2020年10月、NTTデータ、三菱商事をはじめとする7社が、トレードワルツへの共同出資に合意した。

この合意の発表は大きな反響を呼んだ。染谷氏によれば、当初は2021年3月までに50社程度の反応があればいいと考えていたところ、2021年1月中旬時点で200社近くから問い合わせがきているという。割合としては、業務効率化の恩恵を最も多く受ける商社やメーカーといった荷主が6割を占め、物流、銀行、保険、さらには海外のプラットフォーマーからも反応があった。

現在、トレードワルツは初期サービスの開発と顧客開拓を両軸で進めている。「TradeWaltz」が実用化された暁には、貿易業務の作業量を最大50%削減できる見込みとのことだ。すでに先行ユーザーとして三菱商事、三菱商事プラスチック、三菱UFJ銀行、東京海上日動火災保険の4社が決定しており、この4社と2021年3月からデータ共有と実際の商流を用いたトライアル利用を行う予定になっている。

社会実装に向けて着実に前に進めていると染谷氏。2021年内に初期サービス構築を終え、10社前後の先行ユーザーでトライアル利用を開始、2022年度には多くのユーザーを迎え入れ本格展開できると話す。その後、5年目をめどに国内の大規模な貿易実務者の3~4割に使ってもらい、日本標準の貿易プラットフォームに成長させることを目指す。

日本を超え、アジアの貿易プラットフォームを目指す

実は、トレードワルツが描く未来は国内標準プラットフォームにとどまるものではない。「日本だけでなく、アジアの貿易プラットフォームになることを目指します」と染谷氏は断言。NTTデータの赤羽氏も、アジアへの展開を考慮した基盤技術として開発していると話す。

この未来像の背景には、経済産業省などが推進するアジア・デジタルトランスフォーメーション(ADX)の取り組みがある。ADXはデジタル技術を活用しながら日本企業と東南アジア・インドなどアジア地域の新興国企業の連携により新事業の共創を目指すプロジェクトだ。経済産業省 大臣官房 アジア新産業共創政策室(ADX室)室長補佐の大西智代氏はこう話す。

経済産業省 大臣官房 アジア新産業共創政策室(ADX室) 室長補佐 大西 智代 氏

2015年、経済産業省入省。中小企業政策、気候変動交渉、通商政策に携わったあと、2019年から現職。

「ADXを進めるにあたっては、リーディングモデルを作り、現実的な成果を上げていくことが重要です。『TradeWaltz』は、日本はもちろん、各国・各業界に強い影響をもたらすプラットフォームであり、コロナ禍を受けたサプライチェーンの強靭化にも寄与する取り組みですので、ADX最初のパイオニアプロジェクトとしてリーディングモデルになっていただき、他企業に対して「同僚・同士効果(ピア・エフェクト)」を与えてほしいとの思いがあります。経済産業省として、今後も積極的に支援していきたいと考えています」(大西氏)

大西氏のこの言葉を受け、染谷氏は「お客様の期待、国の支援といった日本標準プラットフォームを目指す環境はすでに整っています。あとは、やるだけ。重要になるのはやはりシステム面ですが、開発を担当するNTTデータは高い技術とやりきる力を持っており、必ず答えを出してくれると信頼しています」と語る。NTTデータとしてもその思いに応え、日本標準、そしてアジアにも展開するプラットフォームの実現に向けさらに加速していく。

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貿易プラットフォーム「TradeWaltz」の運営会社に業界横断7社で出資
https://www.nttdata.com/jp/ja/news/release/2020/102700/

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