台風の襲来時、電柱は風の直接の影響だけでなく、風により飛ばされた屋根や農業資材などの飛来物により倒壊に至るケースが多々あります。台風で広範囲の大量の電柱が被害を受け、停電が生じると、限られた人的リソースでは復旧に時間がかかりますが、被害をあらかじめ予測できれば人員配置を集中させ、短時間での復旧が期待できます。関西電力株式会社ではアナリティクスを用いた飛来物による電柱被害予測に向け、アナリティクス企業のSAS Institute Japan(以下、SAS)と共同で取り組みをスタートしました。
被害想定地域への事前人員派遣で停電復旧を迅速化
2018年9月、非常に強い勢力を維持したまま日本へ上陸した台風21号は、近畿地方を中心に大きな被害をもたらしました。記録的な風速を記録し、関西空港連絡橋にタンカーが衝突した衝撃的な映像がニュースで流れたのもこの台風のときです。
関西電力管内では膨大な数の停電が発生し、復旧にも長い時間を要しました。その数、1995年阪神淡路大震災の260万軒に匹敵する約220万軒に及んだといいます。管内の電柱も1,000本以上が折れ、あるいは曲がる被害を受けましたが、その原因のほぼ半数が飛来物による二次被害であったと、関西電力 技術研究所 流通技術研究室(系統・配電)の清水慶一氏は話します。
「飛来物については、いつどこでどの程度発生するか、どのような風速・風向で屋根などがどこに飛んでいき、どういった被害を引き起こすかを予測するのは一般的に困難とされています」(清水氏)
関西電力を含めた全国10の電力会社と電力中央研究所では、台風接近前に配電設備の被害を予測する「台風時被害予測システム」(正式名称:リスク評価マネジメントシステム、略称:RAMPT)を共同開発しており、こちらは仮運用から実運用へ移行する段階に入っています。RAMPTでの台風21号の予測は、風による電線や電柱への風圧荷重と電柱強度との比較による基本的な被害予測や風による樹木倒壊被害を考慮した被害予測に関しては、高い予測精度が実現されていました。ところがその一方、大阪府南部の宅地など飛来物による電柱倒壊被害が多かったエリアでは、予測と比べて被害がはるかに多く、予測精度が不十分であることが課題となったのです。
「2019年秋に関東地方を襲った2つの台風でも、東京電力管内の電柱は飛来物による被害を多く受けていました。飛来物が電柱に与える被害についてRAMPTの予測を補強できるシステムがあれば、被害が大きいと想定される地域にあらかじめ人員を派遣し、停電をより短時間で復旧できるようになるなど、さまざまな備えが可能になります」(清水氏)
この台風21号をきっかけに、飛来物による電柱被害を高い精度で予測できる手法がないか検討することとなり、高度経済成長期に建てられた電柱の経年劣化分析などでもともと協力関係のあったSASに相談。話し合いを続ける中で、航空写真・衛星写真といった空中写真の色合いから被害予測ができないかというアイデアが生まれます。その結果、大阪府南部の空中写真と被害状況を連携したデータをAIに深層学習(ディープラーニング)させることで、効果的な予測が可能になるかもしれないとの結論に達し、関西電力とSASによる共同研究がスタートしました。
AIモデルの判別精度を検証し、一定の効果を確認
今回の研究では、データの加工・可視化、高度モデルの開発と分析プロセスを網羅するAIプラットフォーム「SAS Viya」が活用されました。関西電力側は分析に用いるデータの用意とモデルの精度評価を行い、ツールの運用とデータ入力・分析作業をSASが担いました。
AIの深層学習では、画像認識によく使われる「畳み込みニューラルネットワーク」の手法を用いました。分析は、国土地理院の空中写真(電子国土基本図)に宅地利用動向調査の情報を重ね合わせた「宅地情報」の画像と、土地の傾斜量などのデータが含まれる「傾斜情報」の画像をセットで、それぞれメッシュに分割して活用しています。傾斜情報を使うのは、宅地情報の画像で緑色の部分が山間部か平地の緑地かを見分け、精度向上を図るためだといいます。分析にはこれに加えて、風速風向情報、台風21号による電柱被害情報、電柱の総本数情報も活用しました。
AIモデルの学習手順は、宅地情報と傾斜情報の画像に電柱被害情報を紐付け、学習内の要素の特徴量を形成し、ネットワークの中間層に風速風向情報や電柱本数といった数値情報を追加して、被害発生確率と被害本数を出力します。
こうして出来上がったモデルの判別精度を検証・評価する手法としては、深層学習モデルの評価で一般的なAUC(Area Under Curve)が採用されました。
実際に被害のなかったメッシュのうちモデルによる判別でも被害なしと予測された割合を真陽性率、反対に、実際に被害があったメッシュのうちモデルでは被害なしと予測された割合を偽陽性率と呼びます。被害あり・なしの判別の境界であるしきい値を変化させると、双方の率もそれぞれ変化します。このしきい値の変化に応じて導き出されるものがAUCで、AUCの値が0.7を超えればモデルとして効果があり、0.8を超えると非常に良いモデルとされます。検証・評価に際してはこのAUC以外に、正答・誤報・見逃しの割合を示す正答率も用いています。
判別精度の評価は、a「宅地情報と風速風向情報」、b「宅地情報のみ」、c「風速風向情報のみ」、及び「宅地情報+傾斜情報と風速風向情報」の3パターン(d、e、f)という6つのモデルで実行されました。このうち、bとcはもちろんのこと、宅地情報と風速風向情報を組み合わせたaのモデルでも、被害ありの正答率が低い(=誤報・見逃しが多い)結果が出ました。
これに対し、d「宅地情報+傾斜情報と風速風向情報」で被害原因を「全て」としたパターンでは、誤報・見逃しは多いものの正答率が改善され、AUCも0.82と「非常に良いモデル」に該当する数字となりました。さらに、e「宅地情報+傾斜情報と風速風向情報」で被害原因を「飛来物+傾斜・沈下・ひび割れ」に絞ったモデルでは、AUCが0.88と上がったことに加え、全体の正答率が90%、被害ありの正答率が70%と、誤報・見逃しが減りました。
最後に、f「宅地情報+傾斜情報と風速風向情報」で被害原因をもともとの目的である「飛来物」のみに限定したモデルは、全体の正答率が87%、被害ありの正答率が58%となり、誤報や見逃しがモデルeよりも目立つものの、全体的に好感触の結果となりました。
「これらの検証・評価を受けて、RAMPTが課題としていた飛来物による二次被害を予測できる可能性が確認できました」と清水氏は振り返ります。
顧客企業と歩調を合わせてソリューションを実現する
判別精度向上も含めてモデルの検討はまだ続いているため、研究自体が完了したわけではありませんが、清水氏は現時点までのSASのサポートを高く評価しています。
「SASと一緒になって研究を進める中で、このようなデータを使ってみたらどうかなど、いろいろと試行錯誤の提案をいただけました。こちらは取り立てて苦労した点もなく、全体として順調に進んだと考えています。今後は、今回のモデルで対象とした大阪府南部と異なる被害データが出ている他地域でも検証を行い、汎用的な予測モデルの構築を目指します。これからもSASには経験に基づいた貴重なアドバイスとサポートを期待しています」
一方、SAS側の担当者であるストラテジックインダストリーソリューション統括部の辻 仁史氏は、次のように振り返ります。
「写真やテキストなどの非構造データと数値情報の構造データを合わせて深層学習させれば、世の中にもっと役立つアナリティクスを実現できるのでは……そういう構想を抱いていたタイミングで今回の話を伺い、アナリティクスの活用で停電復旧時間短縮という関西電力のビジネス課題解決に貢献できるのではとの思いで進めました。より信頼性の高いモデルを作っていくための試行錯誤はまだまだ続きますが、目指すところに向かってブレなく進んでいる実感を得ています」
単に分析ツールを提供するだけでなく、アナリティクスにより顧客の課題を一緒に解決するパートナーとして、SASはこれからも関西電力と共同歩調で進んでいくといいます。
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