パレスサイドビルは、東京メトロ東西線・竹橋駅真上に建つ商業・オフィスビルです。1966年に竣工した地上9階・地下6階の建物はユニークなデザインで知られ、建築関連の数々の賞を受賞してきました。しかしながらその斬新さゆえに、円柱形のエレベーターホールに設置された各階のトイレエリアは壁に沿って丸い形をしており、入り口から奥を見通せず、個室が空いているかわかりにくい造りになっています。そこでパレスサイドビルを管理する毎日ビルディングでは各個室にセンサーを設置し、満室の際はLEDランプの点滅で知らせる仕組みを導入しました。この仕組みを考案し、実際に作り上げた同社 施設管理部 副部長の中村 秀洋さんにお話を伺いました。

  • トイレに自作ソリューションを設置

秋葉原の部品ショップでヒントを見つけた

――まずは、トイレにセンサーとLEDランプによるお知らせの仕組みを取り付けようと考えた理由を教えてください。

毎日ビルディング 中村 秀洋さん(以下、敬称略) 私は建物の設備管理、とりわけ電気と清掃に関する仕事をしています。当然、トイレの管理にも関わっているのですが、以前からビル利用者のアンケートで「トイレの個室が、奥まで入っていかないと空いているかわからず不便」という回答が寄せられていたので、これは解決しなければと思ったのがきっかけです。

では、トイレの入り口辺りから個室の満室・空室がわかるようにするにはどうすればいいか。こういう場合にいま世の中ではIoTを導入し、スマートフォンやサイネージと連携して状況を確認できるシステムの話をよく聞きます。ただ、やはり費用面の問題は出てきますし、そもそもそこまで高度なシステムが必要なのかという思いもあったので、低費用で導入でき、しかも手軽に構築できるセンサーとLEDランプのソリューションを考案しました。

  • 株式会社毎日ビルディング 施設管理部 副部長 中村 秀洋

    株式会社毎日ビルディング 施設管理部 副部長 中村 秀洋

――このソリューションのアイデアはどういう過程で生まれたのでしょうか。

中村 私は大学で電子工学を学んでいたこともあり、秋葉原に出かけて部品を探したり、気になった部品を買ってきて家で組み立てたりするのがもともと好きでした。今回も秋葉原を歩きながら、何か使えそうなものはないかと物色していたところ、LEDランプやコネクターを見つけ、家で組み合わせてテストしてみた結果、これならいけると感じました。

――仕組みを教えてください。

中村 扉が閉まると通電する磁気センサーを各個室の扉上部に設置し、全個室の扉が閉まると電気が流れて、入り口から見える場所にあるLEDランプが点滅するというものです。構造自体とてもシンプルで、電源も市販の単三乾電池を利用しています。実際のトイレへの設置は電気工事会社にお願いしましたが、LEDランプと乾電池をセットする部分をコネクターにつなぐところは私が部品を揃え、自作しました。

  • 個室の満室状況を伝えるLEDランプ

    個室の満室状況を伝えるLEDランプ

  • 個室ドア上部の枠に設置された磁気センサー

    個室ドア上部の枠に設置された磁気センサー

  • 個室ドア上部に設置された磁気センサー

    個室ドア上部に設置された磁気センサー

――ご自身で作ったというのは驚きです。

中村 秋葉原の複数の店舗で1つ数百円程度の部品を買い集めたので、費用も少なく済みました。工事費は別途必要でしたが、部品代自体は導入した40ほどの全トイレ分を合わせても5万円かかっていません。部品はインターネットのサイトを参考にしながら決めていったので、選定や調達に苦労したこともとくにはありません。組み立ても道具は使わず、コネクターを抜き差しするだけで、とても簡単でした。

まず第1号として2019年2月、5階の一部トイレで実験的に設置し、問題なく作動することを確認できたので、翌月に地上1~9階の全トイレに導入していきました。

「安く・簡単に」を目標に試行錯誤

――設置から1年半ほど経過しますが、利用者の反響はいかがでしょうか。

中村 テナントとして入居している企業の社長から「あれはすごいアイデアですね、とても便利」という感想をもらうなど、ビルの利用者のみなさんに喜んでいただけているようで、うれしい限りです。

――稼働後、ハードウェア面で問題は発生しましたか。

中村 コネクターの接触が少し悪くなったことが一度あったほかはトラブルもありません。実は設置以来、乾電池も一度も換えていないのです。必要な電流がわずか数mAなので長期間持つわけですが、これは電流をどれくらい流せばLEDランプがちょうどよい明るさになるか、ダイオードを入れて電流を抑えながらパターンを変えて試行錯誤し、最適な電流値を見つけ出した結果だと思っています。実際に5階のトイレに第1号を設置した際、満室時の点滅を入り口からしっかり視認できたので、この明るさでいいと確信しました。

  • たった2本の単3乾電池で1年半稼働し続ける

    たった2本の単3乾電池で1年半稼働し続ける

――1年半も電池を換えずに済んでいるということは、メンテナンスの手間も相当少ないということですね。

中村 はい。当初はとりあえず1年持ってくれればいいと考えていたのですが、思ったよりも長く持っています。各個室のセンサーは直列でつないでいるので、乾電池はトイレごとに1セットで済みます。どこでも買える乾電池ですから入手自体は簡単ではあるものの、約40カ所のトイレですべて交換するとなると大変な作業になりますから、長く持ってくれるのはやはりありがたいですね。

――想像以上にシンプルな作りだと感じましたが、電気製品や部品のちょっとした知識とスキルがあれば、アイデア次第でこうした仕組みも簡単に作れるのですね。

中村 そうですね。やはり、なるべく安く、簡単にということを最も意識していました。電源をACから取る仕組みにすれば電池交換の手間はなくなりますが、そうするとコストがどんどん膨らんでしまいます。その点でも、電池というアイデアを採用して正解だったと考えています。

こういったシステムは、お金さえかければ高度なものを構築できます。今回のトイレに関しても、IoTを活用して満室・空室情報をネットワークに上げ、スマートフォンなどでチェックできるシステムはどうかと考えたこともあったのですが、実現にはシステムの整備にコストがかかりますし、仕組みも複雑になってしまいます。またランニングコストの面でも、全個室にIoTスイッチを付けるのは現実的ではありません。もう少しコストダウンができれば、個人的にはIoTとの連携も試してみたいですね。

  • LEDの点灯を確かめる際に使われたドアを固定するためのすべり止め。これもカーペットのすべり止めを中村さんがアレンジして作ったとのこと
  • LEDの点灯を確かめる際に使われたドアを固定するためのすべり止め。これもカーペットのすべり止めを中村さんがアレンジして作ったとのこと
  • LEDの点灯を確かめる際に使われたドアを固定するためのすべり止め。
    これもカーペットのすべり止めを中村さんがアレンジして作ったとのこと

日常に課題を見つけ、解決策を根気よく探す

――今後、同様の取り組みの計画はありますか。

中村 いまのところ具体的な話はとくにありません。ビルの利用者やテナントの皆様からのアンケートで要望を掘り出すことができれば、それに一つひとつ対応していくことになるでしょう。

――今回は、ユーザーの声をもとにご自身の経験を活かしてセンシングの仕組みを作ったわけですが、オフィスやビルを管理する立場の方向けに、センシング活用に向けたアドバイスをいただけますか。

中村 日常のなかに課題はいろいろと転がっています。そうした課題を見つける視点はもちろん必要ですし、その課題をどうにか解決できないかとソリューションを探し続ける根気も必要だと思います。

――最後に、パレスサイドビルのこれからに向けた思いを教えてください。

中村 築50年を超えたパレスサイドビルに、IoTをはじめとする最新技術をいかに取り込んでいけるかが今後の鍵になると考えています。古いビルだからと言い訳せず、新しいことに取り組み続けて、次の50年も生き残るビルにしたいですね。


電気製品はもちろんITやIoTへの興味が深く、自宅でもスマートスピーカーを活用していろいろ試しているという中村さん。日頃からインターネットで情報収集し、新しい動向のチェックも欠かさないといいます。その姿勢をもとに身近なテーマで課題を見つけ出し、アイデアと工夫でセンシングを取り入れ、解決に導いた中村さんの姿は、同様の課題に直面するみなさんにも大いに参考になることでしょう。

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