新型コロナウィルスの感染防止策として注目を集めているテレワーク。働き方改革の一環として導入を進めていた企業も、ここまで急に、本格的な利用に踏み切らざるを得なくなるとは思わなかっただろう。半ば強制的にテレワークへと移行したことで、混乱や停滞が生じている職場もあると聞く。しかしこの事態をネガティブに捉えるのではなく、“with コロナ”“ポストコロナ”を見据えた仕組みを整備し、新たな一歩を踏み出す機会と考えることが重要だ。
2020年6月10日、LIVE配信された「マイナビニュースフォーラム 働き方改革 Day 2020 Jun.」では、「変化する社会で躍進できる組織へ」をテーマに、かねてから柔軟な働き方を実践してきた企業の事例や、環境整備に効果的なツールが紹介された。
本稿では、株式会社クロスリバー 代表取締役社長 越川 慎司氏とパナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 モバイルソリューションズ事業部 営業企画部 主務 増冨 千明氏による基調講演「不確実な変化に対応する働き方 145 日の行動実験で得た学び」の概要をお届けする。 延べ652名が視聴し、講演後のアンケートでは満足度97%を獲得する盛況ぶりとなった。
テレワークを成功・定着させる3つのポイント
「働き方改革を目指すのは止めてください。働き方改革は手段であって、目的ではありません」越川氏は、そう警鐘を鳴らすところから講演を始めた。「働き方改革で目指すべきは事業継続であり、社員のやり甲斐や幸せにある。これらを両立する手段として、テレワークという選択肢は欠かせない」と同氏は言う。
テレワークでは、複雑な課題を一人では解決できない難しさや、孤独感という精神的な負担が問題視されている。越川氏は、これらを解消するには、テレワークであってもチームとして機能することが重要だという。良好な人間関係を保ちつつ、成果を出せるチームの大きな特徴は、心理的安全性、つまり「何を話しても安全と思える心理状態」を担保できているかどうかにあるという。
テレワーク実施前の調査においても、上司・部下のコミュニケーションが取れているチーム、つまり心理的安全性が保たれているチームAと、そうではないチームBとの間には大きな差があったという。
チームBは普段のコミュニケーションが少ない分、上司に忖度した会議や資料づくりが多くなり、必然的に総労働時間が増えてしまう。しかしチームAでは、そうした時間をスキルアップに費やすことができ、働きがいを感じる社員の割合も、目標達成率も高かった。緊急事態宣言の発令中、この両チームに「テレワークがうまくいっているか」を聞いたところ、チームAでは「はい」が89%だったのに対し、チームBではわずか8%に留まった。つまり心理的安全性の確保は、テレワークを成功させるにあたっても、大きな要素のひとつとなるのだ。
また同氏は「イノベーション(のタネ)は会議室ではなく、会議室近くの廊下で生まれることが多い」という別の調査結果を紹介した。自分が所属する部門ではない人に「今、ちょっといいですか?」と、カジュアルに声をかける雰囲気が浸透している企業、つまり心理的安全性が確保された環境の方が、イノベーションが生まれやすいということだ。これは働き方改革やテレワークを成功させる土壌にもなるといえそうだ。
こうした調査や、600社以上のテレワークを支援する中で、同氏が見出したテレワーク成功・定着のポイントは3つ。
まずは、「会議ではなく会話を増やす文化」。2つ目は「行動目標を自分から見せていく姿勢」。これがないと、上司から「あの案件、今どうなってる?」と進捗状況の説明をたびたび求められ、生産性が低下してしまう。そして3つ目は、勤怠ではなく仕事を通じて生み出された「価値を評価する仕組みづくり」だ。 「この3つを組み合わせていけば、どんな変化が起きても事業継続はできます」と同氏は言う。
ボトムアップの働き方改革、パナソニックCNSによる「爆生」プロジェクト
ここで、越川氏は講演のステージに、パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社(以下、パナソニックCNS社) モバイルソリューションズ事業部で「爆発的生産性向上プロジェクト(以下、爆生)」のリーダーを務めている増冨 千明氏を招き入れた。「爆生」プロジェクトには越川氏も協力している。以降の講演では、テレワークを含め「爆生」で実践されている働き方改革の取り組みが紹介された。
増冨氏は「爆生」誕生の経緯を次のように語った。
「働き方改革は、人事部や経営企画部の“誰か”がやってくれるものと思っていました。でも、働き方を変えて恩恵を得るのは私たち自身ですし、どんな風に変われば嬉しいのかは、私たち自身が一番よくわかっています。だからボトムから改革を始めようと試みたのです」
越川氏の協力のもと、1月から始まった「爆生」の目的は、その名の通り「爆発的に生産性を向上させる」こと。さまざまな活動による実験を通して効果を確認しつつ、成果は横展開して、他組織にも貢献することを目指している。プロジェクトメンバーは、増冨氏自身が「ポジティブにプロジェクトを実行してもらえそうな人、インフルエンサーになってもらえそうな人」という基準をもとに十数名選んだ。
「爆生」スタート当初は、まだ緊急事態宣言は出ていなかったが、ミーティングは全てオンラインで行うのが前提とされた。経営企画、SE、営業企画などさまざまな部門から横断的に集められたメンバーが、まず取り掛かるべきだと決めたのは「会議改革」。従来から問題となっていた長い会議時間を減らし、そこで生み出した時間をどのようにポジティブに活かすのか、ということだった。
ここまでの進め方について、越川氏はこう説明する。
「改革はWHY・WHO・WHAT(なぜ行うのか・誰が行うのか・何を改革するのか)の順で決めるのが重要です。WHATを先に決めようとする企業が多いのですが、WHYから始めれば、経営層もメンバーも、腹落ちしたうえで改革を進められます。WHYで腹落ちさせる、WHOはリーダーが選ぶ、WHATはメンバーに考えさせる……というのが成功パターンです」
続いて「会議改革」で生み出した時間をアウトプットに役立てるため「営業改革」「コミュニケーション改革」「学び方改革」の3つが導き出され、それぞれの改革における目標数値も設定された。たとえば「会議改革」では会議時間を25%減らす、「営業改革」では顧客接点を21%増やす、「学び方改革」では学びの時間を13%増やすといった具合だ。
「目標数値に、あまり意味はありません。何%が適当なのかは考えず、変化を共有するための数字として設定しました」と話す増冨氏の言葉を、越川氏は次のように賞賛した。
「(プロジェクトを承認するよう)経営層を動かすには、変化を数字で表現する必要があります。その数字は成果を追うためのもので、実は何でもいいのです。目標値の精度を高めるために何ヶ月もかけるのは無駄なことで、爆生ではその時間、つまりPDCAのP(プラン)にかける時間を短くしたのがポイントです。また会議で減らした時間を、営業や学びに再配置するという考え方は、体質改善を成功させる際の“鉄板”ですね」
「しごとコンパス」で働き方を可視化、改革の効果を検証
会議時間の削減については、具体的な手法が紹介された。まずトップダウンで、関係者全員のスケジュール(Outlookを使用)を公開・共有できるようにした。会議を開く際には、主催者がそのスケジュールに開催予定を入力するわけだが、必ず会議の目的が分かるようにした。情報共有のための会議なら「I(Info share)」、決議を伴うものには「D(Decision)」、ブレストなら「B(Brainstorming)」の頭文字を付加するルールをつくったのだ。
こうすることで参加者は、その会議のために何を準備すればいいのか前もって知ることができ、会議時間中に資料を読み返したり、その場で考えをまとめたりしなくても済む。これだけで通常60分行われていた会議を、45分に短縮することができたという。
こうしたスケジュールの入力ルールは会議だけでなく、個人が仕事内容を入力する際にも利用されている。たとえば個人作業は「W」、学び(展示会やセミナー参加)は「S」、顧客先での提案は「P」などだ。さらに「爆生」では、付加された頭文字から仕事内容・所要時間が分かることを利用し、活動状況の可視化にも取り組んだ。
同社ではかねてより、PCの操作ログから業務効率や労働時間を集計・可視化する「しごとコンパス」という自社製品を利用していた。これをOutlookのスケジュールと連携させ件名の頭文字を集計することで、誰がどんな仕事に、どれだけの時間をかけているかをグラフ化することに成功した。
これにより「爆生」の効果(会議や学びなど費やされた時間の増減)を確認しながら、改革に新たな改善を加えることが可能になった。また、可視化されたグラフをスタッフに見せることで、改革推進への協力を求めやすくなったという。
なお「しごとコンパス」のスケジュール連携機能は、6月のバージョンアップで標準搭載されており、7月にはパナソニックCNS社での活用事例も公開される予定だという。
“伝わる”メッセージで、リモート環境から改革の促進を図る
「爆生」のスタートから1ヶ月程が過ぎた頃、パナソニックCNS社でもテレワークを前提とする就労スタイルが始まった。「爆生」メンバーは、環境の変化による生産性の低下を懸念し、その影響を抑えようと取り組むことにした。
そこで、まず行ったのがMicrosoft Teamsを利用した「テレワークをテーマにした職場懇談会」だった。その中で、従業員のテレワークに関するお困りごとがみえてきたため、そこから「テレワークに関するアンケート」を実施させたのだ。テレワークで従業員が何に苦労し、何に悩んでいるかを把握することを目的とし、マインドの面で解決できる部分は「爆生」で取り組み、テレワークをより快適に行うためのいくつものメソッドを展開してきた。
ここで吸い上げた問題を検討し、解消・緩和につなげるべく、「爆生」メンバーはPC用の壁紙を製作、配布した。テレワークやオンライン会議にあたって心がけるべきこと、生産性維持のために行うべきことなどをまとめたものだ。この壁紙は好評で、オンライン会議の背景用のレイアウトも作成された。
「オンライン会議の背景は、つい目が行きますよね。伝えたいことを“伝える”のではなく、“伝わる”ようにしたのがポイントだと思います」(越川氏)
また、オンライン会議に不慣れなスタッフのために作成したホワイトペーパー「成果が上がる!オンライン会議10のポイント」も重宝されているという。内容は「開催時間は45分に」「アジェンダ/資料も事前に共有」といった目標やノウハウのほか、「最初の2分は雑談と顔出しを」のように「会議より会話」を促進し、心理的安全性を醸しだすためのコツも掲載されている。
ハードだけではなく、ソフトにも目を向けた改革を
約5ヵ月、145日(講演日現在)に及ぶ「爆生」の活動は6月で一区切りを迎える。約25%の時短を実現した「会議改革」のほか、テレワーク特有の“孤立化”を、勤務開始前後の雑談などで共有できるようにした「コミュニケーション改革」やスタッフの高い満足度につながっているオンラインセミナーをはじめとした「学び方改革」など、成果は着実に上がってきている。注目すべきは活動の多くが、ボトムからできる、はたらく「人」に関する内容になっていることだ。
「働き方改革やテレワークを成功させるにあたっては、IT、デバイス、制度といったハードに目が行きがちですが、コミュニケーションや文化といったソフト面にも注意する必要があります。ここを改善すれば結果は出てきます」 越川氏はそう語って、講演を締めくくった。
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