昨年12月、政府が2019年度補正予算案で、2318億円を計上することを閣議決定した「GIGAスクール構想」。加えて、高等学校では2022年度から学年進行で実施される「新学習指導要領」や、高大接続改革に向け、いま全国の教育機関では、ICT環境の整備が盛んに進められています。
しかし、実際の現場においては「GIGAスクール構想」に先行して取り組みを進める自治体もあります。そのひとつが、神奈川県の県立高等学校で進められている「BYOD(Bring Your Own Device)」の推進です。
「GIGAスクール構想」以前よりあった新学習指導要領の実施などに対し、県立高等学校を管轄する神奈川県教育委員会では、どのような考えのもと「BYOD」の導入を選択したのでしょうか。その背景や理由と、今後の課題について、ICT教育の推進を担当する、教育局総務室 ICT推進担当課長(取材当時)の柴田 功氏と、同指導部・高校教育課 教育課程指導グループ指導主事の橋本 雅史氏にお話を伺いました。
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(左) 神奈川県教育委員会 教育局 指導部 高校教育課 教育課程指導グループ 指導主事 橋本 雅史氏
(右) 神奈川県教育委員会 教育局総務室 ICT推進担当課長(取材当時) 柴田 功氏
高いスマートフォン所有率を背景にBYODを選択
日本の教育が大きく変わろうとしているいま、いかなる取り組みにおいてもカギとなるのは、生徒が校内においてICT機器を活用できる環境を整備することです。冒頭の通り、神奈川県教育委員会では、高等学校のICT環境整備の取り組みの一環として、BYODの導入を開始しました。
同委員会において、柴田氏が属する総務室 ICT推進グループは、ICTインフラの整備を担当する部門。一方、橋本氏は、学校現場での実利用という側面から促進を図る部署に所属しています。「セキュリティと利便性の両輪というのが2つの部署の立ち位置ですね。私の部署では、ICTの利用促進を下支えしながらも、ブレーキ役も担っています」と柴田氏。
そんな神奈川県では、政府のGIGAスクール構想に先駆け、2018年度から県内14校でBYODの導入を試験的に開始しました。その意図として橋本氏は「2022年度からの学習指導要領に備えてということもありましたが、ICT環境の整備はそれ以前からの課題になっていました」と当時を振り返ります。
取り組みを開始する以前の神奈川県内の高等学校における端末整備率は、学校に20台程度だったそうです。1人1台という国の構想には遠くおよばず、これを背景に本腰を入れた取り組みが開始されました。
しかし、課題はすぐに浮き彫りになります。1学年を平均8学級、1クラス40人とした場合に、単純計算で必要な端末台数は320台。全学年の1/3にあたる1学年ですらそれだけの量になり、現実問題として従来のネットワーク環境では耐えきれないということが目に見えていたのです。
一方、当時県内の高校生のスマートフォン所有率は95~97%といわれており、これは全国的にみて高い水準にありました。橋本氏は「現場の感覚としても、もうほとんどの生徒が持っているという認識でした。とはいえ、あえて所有していないという考えの生徒やご家庭もあり、その点を考慮する必要がありましたが、1人1台の端末という選択肢として、スマートフォンの活用というのが現実的だと考えました」と、スマートフォンによるBYODの導入に踏み切った理由を説明します。
またスマートフォンを活用することは、もうひとつの観点からも意味があると橋本氏は続けます。
「いまの時代、わからないことがあればスマホで調べると比較的簡単に答えが見つかることが多いです。授業にスマホを持ち込むのは不適切であるという考え方があるのも理解しますが、すでに社会の習慣になっているものを学校の現場に限って禁止するというほうがむしろ不自然だと思います。使用する端末がスマホかパソコンかという話でもなく、これからの時代には目的に応じた情報機器の選択ができることが求められる、ということです。スマホで賄える部分はスマホで、資料を作る作業などはPCで、など必要に応じて機器を選択することそのものが大切だと考えました」(橋本氏)
安定・安心を評価し、フルノシステムズの無線LANソリューションを採用
BYODの導入を進めるにあたり、まず神奈川県教育委員会が取り組んだことはインフラ環境の整備です。県下最大で12~14万台(※)の同時接続に耐えうるネットワークの構築は喫緊の課題となっていました。
(※)神奈川県内の高等学校1校あたりの生徒数を1000名と換算し、全144校(中等教育学校2校を含む)で最大数接続されるであろう端末の数を算出。
しかし、生徒が所有するスマートフォンを活用するからといって、家計への負担などを考慮すると、今度は通信費の問題が浮上します。そのため、個人で経済的な負担が生じないよう、ネットワーク通信については学校側で責任を持って担保するという方針を定め、無線LANの整備が進められました。
「学校外での通信はもちろん自己負担になりますが、校内では県で負担して自由に使ってもらえるインフラを整えるべく、各校に無線LANを導入することにしました。わかりやすく言うと、学校にフリーWi-Fiがあるという感覚ですね」(橋本氏)
そこで進められたのが、県内各校へのアクセスポイントの設置です。しかし、1学年にアクセスポイントを1つ設置するとしても、1学年を8学級、1クラス40人としたとき接続されるスマートフォンは320台の計算。すると3学年で960台の接続が必要となり、教職員が40人いるとすると、学校全体としておよそ1000台の接続が可能な機器というのが条件になります。そこで採用されたのが、フルノシステムズの無線LANソリューションです。
学校現場における無線LAN設備で求められるのは、まずは安定性だと橋本氏は言います。
「広範囲で一定程度の台数が賄えることが極めて重要です。1教室あたり40名の生徒が在籍しているとして、40台の端末がネットワークにフルにつながるとなると負荷が大きくなります。いくつか試用機を利用したなかで、アクセスポイントの問題だけでなく、フロアの壁が問題になってしまうといったこともありました。しかし、私たちが求めているのは、カタログ上のスペック値ではなく、本当につながり安心して使えるレベルの無線環境です」(橋本氏)
さらに、重要となる条件として品質の高さもあげられます。神奈川県では、2016年度からフルノシステムズの機器を配備しているとのことですが、「故障やトラブル対応は数える程度しか記憶にない」と、信頼性を高く評価します。
「県内にある2200台のアクセスポイントのうち、運用期間の短いものもありますが、学校側から故障の相談があったのはそのうちの5台ほどです。導入後の実績で考えると、それだけ安定して稼働できているということだといえます。管理ソフトも優れていて、トラブル対応の際には、原因がソフト上で確認できるというのが非常に助かっています。手をかけずに、ある程度任せておくことができるというだけでも大きな安心感につながります」(橋本氏)
「日常とのギャップ」を設けず、セキュアな環境を構築
インフラの整備と並行して、もうひとつ重要なことは、構築された環境がセキュアであることです。特に重要なのは、認証システム。不正接続に対応するために採用されたのは、Macアドレスによる認証の仕組みです。その理由について、橋本氏は次のように説明しました。
「実態として、生徒たちはスマホの貸し借りはまずしません。つまり、スマホの端末そのものがユーザーの代名詞になっています。そこで、申請した端末だけが接続できる仕組みを採用しました。Macアドレスを認証できる不正検知センサーを介して、接続する仕組みです。端末を替えた場合には申請をし直す必要がありますが、高校生にとっては、ユーザーIDとパスワードを使い回すよりも実効性のあるセキュリティ対策だと思います」(橋本氏)
さらにもうひとつ重要な課題となったのは、不適切な利用に対する防止策です。具体的には、有害サイトへの接続や勉強以外の目的でスマートフォンを自由に使ってしまうといった問題です。「携帯キャリアによる通信の場合には、高校生には契約時にフィルターが用意されていることが多いです。それを考えると、学校のネット環境においても、同等のものを提供しなければなりません」と橋本氏。そこで、UTM(統合脅威管理)のフィルタリングオプションを利用して、同程度の制限をかけています。
とはいえ、「日常生活とのギャップを設けずに、できる限り実環境に近いかたちで機器を利用させたい」という意志もあると、橋本氏は次のように語ります。
「いまや調べずに訊くと「自分で調べろ」と言われてしまう世の中です。それなのに、授業中は禁止というのもどこか矛盾しています。これからの時代、もはやネットに載っていることを全部暗記するような世の中ではありません。単純に覚えた知識の量だけで学力を判断する時代でもなくなります。"知識基盤社会″といわれるこれからの時代は、持っている知識の上に何ができるか? が問われます。一次情報だけではないものを見て、判断する能力も必要になってきます。それが新しい学習指導要領の考え方のベースにもなっています。高校生ぐらいの年代であれば、学校の指導のもと生徒たちに適切な使い方ができるようにするというのが教育だと思います。卒業後に社会に出た後は自己責任というよりも、モラトリアムな時期に、保護者や教師はしっかりと見守りながら、自己の判断でブレーキを適切にかけられるように、子どもたちを社会に送り出していくことが真の教育だと思います」(橋本氏)
「インフラを整備するというのは、予算を取って実現できます。先生たちの力がとても重要」と柴田氏。「スマートフォン=遊びの道具という固定観念を変えていくこと。スマートフォンやタブレットも学習ツールなんだとそのうち認識されるようになると思います。そうなると、書道セットと同じで、保護者も納得して負担する時代になるのではないでしょうか。いまの時代は、そうした思考の過渡期であると思っています」と話し、大人の側の意識の変革の必要性を強調しました。
過渡期にあっても前進を止めない
神奈川県内の高等学校における、ICT教育の将来的な展望や未来像はどのように描いているのでしょうか。現状の課題とともに今後のビジョンについて、それぞれ次のように語ってくれました。
「将来的には1人1台という環境に向けて歩んでいると思います。いまはそうした過程においての過渡期と言いましたが、生徒たちにとって高校に通うのは3年間しかありません。急務に応えるためにも、すでに生徒が所有しているスマホや端末の活用をお願いしていきたいということです。整備する側が将来像をどうイメージして進めていくか? というのが今後も課題になってくると思います」(橋本氏)
「ネットワークさえ整備しておけば、端末はつながります。しかし、なかにはつなぎたくないという生徒もいるということを整備して初めて知りました。家庭における無線LAN環境の有無というのもありますし、学校と自宅のシームレスな連携というのが今後の課題のひとつになってくると思います。将来的にはネットワークの選択肢としてローカル5Gなども考えられると思います。ローカル5Gなら、グラウンドや体育館で使いたいという声にも応えられると思いますが、持続可能な経費を考えると難しいところがあるかもしれません。自治体負担で端末を1人1台という事例もありますが、不公平感を感じる人もいるかもしれません。通信費を誰が負担するかいうのも含めて今は混沌としている状態で、いろんなものが過渡期にあると思います。とはいえ、機会損失にならないように、課題がありつつも前進していかなければならないと思います。GIGAスクール構想の実現により、先生の講義を聞くのは自宅で、協働学習するための学びの場が学校という将来になるかもしれません」(柴田氏)
※本稿に記載された情報は取材当時(2020年3月)のものであり、閲覧される時点では、変更されている可能性があることをご了承ください。
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