「最良の商品を通してお客様や社会へ貢献し、企業の発展と働く人々の幸せを実現すること」を基本理念に掲げ、トランスミッションでは世界No.1、カーナビでは世界No.3の製造販売を誇るアイシン・エィ・ダブリュ(アイシンAW)。2018年度はオートマチック(AT)車向けトランスミッションを約999万台、カーナビを242万台生産し、連結売上高は1兆6213億円、連結従業員数は2万7,778名(2016年3月)という規模だ。アイシン精機とトヨタ自動車を親会社に持つ同社だが、取引先はヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジア・オセアニア、日本と、世界各国の自動車メーカー50社超に及ぶ。

トランスミッション開発では、潤滑や冷却で用いるトランスミッション油を解析するために流体解析がさまざまなシーンで活用されている。具体的には、トルクコンバータにおける性能評価やキャビテーション、ロックアップクラッチ挙動の解析、オイルポンプにおける性能解析やキャビテーション、異音解析、ギアトレーンにおけるシャフト部の潤滑の解析などだ。

トランスミッション内では空気と油が交じる部分が生じるため、正しい結果を得るためには二相流の計算ソルバーが必要になるという。そこで活用し始めたのが、アルテアエンジニアリングが提供する粒子法ベースの流体力学シミュレーションツール「Altair nanoFluidX」だ。

2019年9月10〜11日に行われたアルテアのユーザーイベント「Altairテクノロジーカンファレンス」で、トランスミッション内のピニオンシャフト潤滑の流体解析でnanoFluidXをどう活用したのかを紹介したアイシン・エィ・ダブリュ 技術本部 解析技術部 第3グループ 主任研究員の山口健氏に話を聞いた。

  • アイシン・エィ・ダブリュ 技術本部 解析技術部 第3グループ 主任研究員 山口健氏

    アイシン・エィ・ダブリュ 技術本部 解析技術部 第3グループ 主任研究員 山口健氏

ピニオンシャフトの流体解析とは

──ピニオンシャフトはどういうものでしょうか。

ピニオンシャフトは、シャフトから油を供給し、ベアリングやクラッチを潤滑するという役割を持っています。単純な形状であるため、潤滑シミュレーションの技術開発を行うには適した部品です。10年ほど前から解析を試みてきました。そのきっかけとなったのは、実機試験時に適量の油がシャフトまで潤滑されず、ピニオンシャフト自体が焼け、周りの部分も焼き付くという不具合が生じたことです。

──シャフト1つあたり3つの枝があって、それぞれの枝に穴が2つずつ空いている形状ですね。

1つの入口から油が入り、回転する過程で、3つの枝の下流側、上流側の2つの出口から油が出ます。枝は120度間隔で根本のシャフトから分かれています。

  • ピニオンシャフトの計算モデル

    ピニオンシャフトの計算モデル

──10年前にはどのような実験解析を行ったのですか。

各出口における流量分配を実験しました。簡易的な実験装置を作り、どのような配分で油が流出していくか、回転数によって流出量がどう変化するかなどを見ていきます。入り口からの流量は0.6、1.5、2.4リットル/分とし、上流出口と下流出口の流量分配を見るために流量比(上流側出口流量÷出口流量の総和)を求め、温度(50〜90℃)、回転数(1000、2000、3000rpm)で流量比の変化を見ました。

──実験ではどのようなことがわかっていたのですか。

油量が少ないと上流側出口の流量が増加します。温度が高くなるにつれて、粘性抵抗がなくなるので、下流側の流量が増加する傾向が現れます。流量を増やしていくと遠心力により流体の慣性が支配的になるので流量比は50に近づいていきます。この傾向は2000回転、3000回転でも変わりません。このことから、入口流量によって各出口の分配がほぼ決まること、流量と分配は線形ではないこと、温度による分配特性もかなり変化するといったことがわかりました。このほか、可視化実験も行いました。

──可視化実験はどのようなことをされたのですか。

油がシャフトの出口穴から出る様子を明瞭にとらえるため、シャフトに塗装を施し、カメラとストロボを使って撮影しました。回転が低いと出口穴から均等に出るのですが、回転数が上がるにつれて出口の形状が三日月型になり、3000回転になると出口の穴の一部に偏って流出するようになります。流量が多い場合もある程度偏って流出することが観測できました。

nanoFluidXをどのように活用したのか

──そうした実験結果に対して、nanoFluidXをどう活用したのでしょうか。

CADモデルを作成し、実験と同じように0.6、1.5、2.4リットル/分の流量を入口条件として、1000、2000、3000回転を解析します。粒子径は0.2mm。上流と下流の2つずつ、3本の枝で計6つの穴からどのように油が飛び散るかを計算しました。

  • ピニオンシャフトから油が飛び散る様子

    ピニオンシャフトから油が飛び散る様子

──解析結果の動画を見ると、油の飛び散る様子がよくわかります。

1000回転、2000回転、3000回転での流量比を実験と比較しました。1000回転では実験結果との違いが少し見られたのですが、2000回転では、ほぼぴったり合う良好な結果に。3000回転も少し外れている部分もありましたが、それなりに合っていました。何が原因で外れているかのかについてはいま考察中です。

──シミュレーション結果の総括をお願いします。

粒子法ベースの流体解析でもトランスミッションのシャフトについてある程度精度が得られることを確認できました。はじめての試みにしてはいい結果です。次に、nanoFluidXの並列性能も調査しました。GPUで並列処理することでnanoFluidXの性能が向上するかを確認するもので、すでに持っていたNVIDIA Tesla K80を使って調査しました。

──ベンチマークモデルはギアの撹拌のシミュレーションですか。

はい。モデルは200回転のギア1個で粒子数は1700万粒子あります。0.2秒まで計算し、それぞれの計算時間を比較しました。Tesla K80は1ノードあたり4つGPUがあり、1ノードから12ノードまで計算ノードを増やして計算時間がどう変化するかを見ました。結果として、1ノードあたり1から2つのGPUを使うと4ノードまではリニアに計算時間が短くなりました。今回のシミュレーションでは、計算サーバーをnanoFluidX独占で使っているわけではなく、ほかのソフトが数種類稼働している環境で行っています。あくまでわれわれの環境での結果です。

山口健 氏

──nanoFluidXに対して、あらためてどう評価されますか。

ギアの撹拌に数多くの実績があるnanoFluidXですが、シャフト内流れのような内部流れにも使えそうな結果が得られたと考えています。ただ、部分的に実験と合わない部分があるなど課題も見つかっています。それについてはさらに検討するとともに、今後のソフトの進展に期待しています。

一方、並列性能については、粒子数とGPU、インターコネクトとの最適な組み合わせを考える必要があるものの、比較的良い結果が得られたと感じています。

──今回の取り組みで最も困難だった点は何でしょうか。

ギアの撹拌についてはチュートリアルなどが豊富にあるのですが、シャフト内流れのようなものは実績がありません。手本がない中で、どう設定していくかに難しさを感じました。

──試行錯誤して方法を見つけていったのですか。

アルテアのサポートが大きな力になりました。モデルの作成や設定なども一緒に取り組ませていただきました。今後どのようにチューニングすれば正解に近づくかという作業も一緒に取り組んでいきます。

新しいハイブリッドやEVの開発に向けて

──今回の結果を受けて、今後はどう活用を進めるのですか。

トランスミッションには、ピニオンシャフトだけでなくほかにもさまざまなシャフトがあります。ギア、シャフトと適用範囲を広げていくことで、トランスミッション全体の計算もできる可能性があります。

──トランスミッション全体が計算できるようになると、どんなメリットがあるのでしょうか。

これまでは、撹拌は撹拌向け計算ソフト、油の流れは油の流れ向け計算ソフトといったように別々に計算して、それらの結果を合わせる必要がありました。全体を同じソフトで計算できると、シミュレーション上でそれぞれの部品にどれくらい流入するかを自分で推測しなくても必然的に求まります。結果として、より本物に近い状態で計算ができるようになります。

──今回の取り組みは、御社のビジネス上でどのような成果につながるのでしょうか。

今後、クルマが電動化すると、モーターを使って駆動するため、トランスミッションは過去の遺物となりえます。ただ、油を使ってモーターを冷却させるなど、流体が必要となる技術は、電動化しても変わりません。今回の取り組みも、電動化に向けて必要になる技術の1つとして、今後も注力してまいります。

[PR]提供:アルテアエンジニアリング