2019年10月3日に横浜で開催された組み込みシステムの技術者イベント「Design Solution Forum 2019」において、英Armの日本法人で代表取締役社長を務める内海弦氏が「AIとIoTがもたらす近未来像」をテーマに基調講演を行った。
講演後、あらためて同氏にインタビュー取材を行い、1兆個ものデバイスがインテリジェントにつながる時代に向けて社会やビジネスがどのように変わろうとしているのか、そしてArmが新しいIoTの世界をどのようにリードしようとしているのか、その戦略とビジョンについて詳細を伺った。
情報革命の主戦場はAIの領域へ
世界経済の発展を牽引してきた情報革命の主戦場は、これまでPCからインターネット、ブロードバンド、スマートフォンへと移り変わり、いまやAIの領域へと移行しつつある。内海氏は「IoTデバイスが普及し、AIの活用が進むにしたがって、これまで想像もつかなかったような新しいビジネスが生み出されようとしています」と指摘する。
さらに情報革命の原動力として強調するのが、社会で生み出されるあらゆるデータを活用する"データエコノミー"の台頭だ。いわゆるプラットフォーマーと呼ばれる米国系企業が、大量のデータを効率的に収集してハンドリングすることによって大きな成功を収めている。Fortune 500にランクインする企業は過去15 年で52%が入れ替わっており、その平均年齢は1955年の75歳から、2015年の15歳へと短くなっている。
「企業はまさに、デジタル化するか、さもなければディスラプトされる側になるかの瀬戸際に立たされています」と、内海氏は警鐘を鳴らす。
デジタル化といっても、これまでは顧客などのヒトに関わるデータの活用が主流であったが、最近ではIoTデバイスなどのモノから生み出される"フィジカルデータ"を活用する動きが活発化している。こうしたヒトとモノのデータはこれまで別々に利用されるのが一般的だったが、両方のデータを組み合わせて活用するケースも出始めている。「ヒトとモノのデータの融合から新しいイノベーションが生まれるのです」と内海氏は断言する。
IoTデータの活用は垂直統合から水平分業へ
AIを主戦場とする情報革命は今後どのように進展していくのか。内海氏は過去の半導体産業の発展を例に、その方向性を次のように予測する。
1980年代の半導体は「産業のコメ」と呼ばれ、半導体メーカーの世界トップ10の中に日本のメーカーが7~8社入り、世界の半導体産業をリードしていた。当時、日本の半導体メーカーが採用するビジネスモデルは"垂直統合"が主流であり、IPコア(中核回路)の設計やEDA(設計自動化)ツールの開発だけでなく、テストも製造も開発環境の整備もすべて自社で行っていた。しかし、回路パターンの微細化が進み、設計・製造のコストが肥大化するに従って、自社ですべてを賄うことができなくなり、ほとんどのメーカーが設計・製造のリソースを社外の専門企業から調達する"水平分業"へと移行していくことになった。
また、情報革命の進展を企業コンピューティングの領域で見ると、かつてメインフレームやミニコン、オフコンが主流だった時代は、すべての処理を中央のコンピュータで集中的に行う垂直統合が一般的であったが、パソコンやEWS(Engineering Workstation)が普及することによって、複数のコンピュータで分散処理を行う水平分業が大きく広がっていった。
一方、ビッグデータの活用を担うクラウドの領域はどうだろうか。現状は、ハイパースケーラーといわれる大規模クラウド事業者が、大量のサーバーを自社で保有あるいは開発するとともに、有力なサービスやアプリのほとんどを自社で開発し、関連企業を買収するなど垂直統合によって利益の多くを独占している。この領域は寡占化が進んで、新規に参入するのは難しいと諦める日本企業も少なくない。しかし、内海氏はIoTの進展によって今後は水平分業が進み、多くの企業が参加できるようになるという。
「IoTとエッジコンピューティングが普及し、IoTデバイスが生み出すモノのデータが増大し多様化してくれば、ヒトのデータとの連携も可能になり、多くのビジネスが生み出されるようになります。データ活用の領域は今後、垂直統合から水平分業への移行が進むでしょう。IoTが日本の新たな“産業のコメ”になる可能性もあります」と内海氏は期待を込めて語る。
「Pelion IoT Platform」がデータ活用を変える
IoTビジネスの拡大に向けてArmはどのような戦略で臨もうとしているのか。内海氏は「IoTデバイスから生み出されるデータを安全かつ効率的に活用できるプラットフォームを提供するなど、新たなビジネスやマーケットを創出する取り組みを積極的に推進していきます」と力を込める。
Armには、プロセッサコアの設計を担うIPプロダクトグループ(IPG)とクラウドベースのIoTプラットフォームを提供するIoTサービスグループ(ISG)という2つの事業部門がある。ISGの事業はまだ初期段階だが、買収などを通して技術基盤を整備するとともに人材の確保を進めている。すでに1,000社以上の顧客、150社以上のパートナーを有し、40万人以上の開発者が参加するコミュニティを構成しているという。
ISGが提供するIoTプラットフォームは「Pelion IoT Platform」と呼ばれるもので、IoTデバイスを安全に接続し、さまざまなデータを効率的に活用できるように、コネクティビティ管理、デバイス管理、データ管理のための機能を提供する。
コネクティビティ管理は、買収したStream Technologies社の技術を採用したもので、4G、CAT-M、NB-IoT、LTE、3G、2Gを含む各種の通信規格に対応し、あらゆる産業に適用できるグローバルなコネクティビティを実現する。SIMのフォームファクターについてはeSIM(Embedded SIM)やiSIM(Integrated SIM)にも対応する。また、24時間年中無休の体制でネットワークオペレーションセンターによるモニタリングが行われているという。
デバイス管理は、デバイスのオンボーディングやライフサイクルマネジメント、ファームウェアのアップデートなどの機能を提供する。ArmがIoTデバイス向けに提供する無償の組み込みOS「Mbed OS」をサポートし、チップからクラウドに至るまでの包括的なセキュリティを実現した。これにより、「信頼できるデバイスから、信頼できるデータを取得する」ことが可能になるという。
データ管理は、2018年9月に買収したTreasure Data社のCDP(Customer Data Platform)を組み込んでおり、IoTデータだけでなく、企業が保有するビジネス・産業データを含めて、データの収集・統合・記録・共有といった管理サービスが提供されている。これにより、ヒトとモノのデータを掛け合わせた高度なデータ活用を実現することが可能になる。
Pelion IoT Platformは、実際にどのような場面で利用されているのか。内海氏によると、米国イリノイ州に本拠を置く自動認識機器メーカー大手のZebra Technologiesでは、物流のトラッキングにPelion IoT Platformを活用して、スキャニングの回数を最小化することによって、大幅なコスト削減を実現したという。また、韓国の電力公社KEPCOは、スマートメーターを統合管理するシステムにPelion IoT PlatformとCortex-M33プロセッサを採用し、セキュアなデバイスの開発、導入、管理を実現するとともに、スマート・ユーティリティ変革を推進する計画だ。
Armの強みは「低消費電力」「共存共栄」「セキュリティ」
スマートデバイス向けのプロセッサコアIPで高いシェアを誇るArmは、IoTデバイスからデータセンター向けのサーバーに至るまで、幅広い領域に向けて製品を提供している。こうしたすべての領域でArm製品を使用するメリットは何なのか。内海氏は3つのメリットを挙げた。
1つ目は、製品が低消費電力であることだ。Armの製品は携帯電話向けに開発が開始されており、もともと低消費電力を重視した設計になっていた。こうした設計思想が功を奏し、今ではPCやサーバーにもArmの製品が使われ始め、2019年4月にはスーパーコンピュータ「京」の後継、ポスト京の「富岳」にArmアーキテクチャを採用したプロセッサが搭載されることが発表されている。その決め手のひとつが超低消費電力の技術である。
2つ目は、"共存共栄"のモデルである。Armは創業以来、半導体メーカーにIPのライセンスを供与した段階でライセンス料を受け取り、その後のチップの販売数に応じてロイヤリティ(印税)を受け取るというビジネスモデルを堅持してきた。同社がロイヤリティにこだわっているのは、製品の保守をきちんと行うことによって顧客との共存共栄の関係を維持するためである。保守とはいえ、プロセッサコアのバージョンアップをきちんと行うだけでなく、何か技術的な問題が発生した場合に顧客とともに迅速に解決できる体制を維持してくれる。
3つ目は、高度なセキュリティである。一般的なPCを使用するに際には、コンピュータウイルスソフトを導入するなどのセキュリティ対策を意識する必要がある。しかし、Armのプロセッサには、設計の段階からTrustZoneというセキュリティ技術が組み込まれており、プロセッサを搭載するだけでデバイスのセキュリティを高めることができる。
このような3つのメリットを持つArmプロセッサだが、チップの出荷数は2021年に2,000億個を超え、2035年には1兆個に達すると予測されている。内海氏は「増大するデバイスが生み出す大量のデータをどう利用するかが、今後の社会発展を左右する大きな分岐点になるでしょう」と指摘する。そのカギは、Pelion IoT PlatformをはじめとするIoTプラットフォームの活用にかかっているといえる。
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