自動車の車両をいかに軽量化するかは、CO2削減や航続距離の向上に大きく影響するテーマだ。特にハイブリッド車(HV、PHV)や電気自動車(EV)などのバッテリーで駆動する車両は、バッテリー自体が重いため、軽量化への取り組みが性能に多く影響する。
そんななか、一般車両のクロージャーパネルにCFRP(炭素繊維強化プラスチック)を採用することで、車両のさらなる軽量化に成功したのがトヨタ自動車だ。CFRPを用いたクロージャーパネルは、2016年〜2017年に販売が開始された「PRIUS PHV(PRIUS PRIME)」と「LEXUS LC」に採用。この取り組みは、アルテアエンジニアリングが開催している第5回「Altair Enlighten Award」で高く評価され、モジュール部門賞を国内企業として初めて受賞した。
また、2019年9月10〜11日に行われたアルテアエンジニアリングのユーザーイベント「Altairテクノロジーカンファレンス」の基調講演では、CFRP採用の経緯や狙い、苦労などが明かされた。講演を行った設計担当の安達善之氏(Mid-size Vehicle Company BRコンパクトSUV製品化室 主任)と、生産技術担当の岩野吉宏氏(先進技術開発カンパニー 開発支援部 設備・施設企画室 グループ長)に話を聞いた。
さらなる軽量化のためにCFRPをバックドアに採用
──CFRPを採用するに至った背景を教えてください。
安達氏 PRIUS PHV(以下、PHV)の開発コンセプトは「先進性」です。急速充電システムやコネクティッド、ソーラーパネルルーフ、CFRPバックドアなどさまざまな先進技術が使われています。一方、LEXUS LC(以下、LC)の開発コンセプトはラグジュアリーです。挑戦的なデザインとトップレベルの安全性能、軽量化・低重心化による運動性能の向上に取り組みました。
PHV開発でわれわれ設計に求められたのは、バックドアをアルミよりも軽く、同等コストで、金属バックドアと同じ性能で作ることです。また、LCでは運動性能を極めるため、可能な限り4輪を4隅に配置したり、車両のゾーンごとに軽量化目標を設定し、部品ごとに目標質量を設定したりしました。さらに意匠を差別化するため成形性も考慮しました。そこで採用したのがCFRPでした。
──これまでにCFRPはどのような車種に採用されてきたのですか。
安達氏 LEXUSのスーパースポーツカー(LFA)や少量生産の特別仕様車(GS F、RS F)で採用されてきました。その技術を継承しながら、大量生産する一般車両にも適用したかたちです。CFRPには、プリプレグ、RTM(樹脂注入)、TSF(熱可塑シートプレス)、C-SMC(プレス)などの材料・工法があります。
今回は、コスト、強度・剛性、成形サイクル、見栄えを考慮し、トータルバランスで成形サイクルの早いC-SMCを採用しました。部材の受ける力に応じて適した材料を選定することが必要です。ボディも鉄、アルミ、CFRPを適材適所で採用しています。
──具体的にどこで使われているのでしょうか。
安達氏 PHVはフードはアルミで、サイドドアは鉄です。CFRPは、剛性強度が複合しているバックドアに用いています。バックドアではCFRPのほかに意匠が求められる部分でTSOPという弊社のポリプロピレン(PP)系材料を用いています。
構造的には、構造用接着剤による連続接合を行うことでCFRPのみでの剛性・強度を確保。強度・剛性を必要とする部分は高剛性接着剤、面品質を求める意匠部は窓用ウレタンといったように、用途に合わせた2種の接着剤を使用しました。また、補強リブを配置してピンポイントで剛性を確保。
これらにより、アルミのバックドアと比較して40%の軽量化を実現しました。一方、LCでは、CFRPはルーフ、サイドドア、ラゲージドアに使用しています。例えば、ドアインナーをCFRPで、アウターをアルミにすることで軽量化を図っています。鉄のラゲージと比較して4.2kg軽量化しています。
──最も苦労した点はなんでしょうか。
安達氏 CFRPが固いことですね。初の部品なので耐久試験で「壊し切る」ことが求められたのですが、壊したくても壊れない。また、熱による寸法変化もありません。線膨張係数は鉄が1に対して0.1、アウターパネルのPPは7です。CFRPとPPを接着したものをアリゾナなどの暑い地域に持っていくと、PPは伸びようとするのにCFRPは動かないので変形しパネル全体が膨らんでしまうのです。
──どう対応したのですか。
安達氏 接着剤の入れ方を工夫するといったことです。シミュレーションして応力が集中するところに接着剤を持ってこないようにしたり、接着剤の経路の見直し、厚みを増やして「いなす」ようなイメージで対応しました。どうしようもないところは接着剤をやめて、別のシール材で対応したり。発売する1年くらい前に工場にトライをするのですが、そのときに、この問題が発覚して。そこは、かなり苦労しましたね。
岩野氏 生産技術でも同じ苦労はありましたね。乾燥炉を出るときにどう変形するかをカメラで撮影して確かめたりしました。ある意味、線膨張との戦いでもあって、個人的にはCFRPの開発をしているのか、接着剤の開発をしているのかわからなかったりしました(笑)
カーボンの「見込む」をどうするか
──生産技術の観点からはどのような難しさがありましたか。
岩野氏 LCは、トヨタ初のマルチマテリアルボディとして生産しています。そのためまずは、鉄やアルミといった異種金属材料をどう接合するかという難しさがあります。生産拠点である元町工場では、初代PRIUSやLEXUS LFA、FCV MIRAIなど先鋭的な車両生産にチャレンジしてきた歴史があります。LCも新世代LEXUSの象徴として設計、生産技術、製造が一丸となって取り組みました。独自開発の構造用接着剤とセルフピアスリベットを使って、鉄とアルミのマルチマテリアルボディを効率よく生産しています。
──CFRPについてはどうでしょうか。
岩野氏 どう成形するかが課題になります。CFRPについては、プリプレグ、RTM、TSF、SMCのなかから生産量に見合った工法を採用してきました。LCのルーフはRTM、PHVのバックドアインナーやLCのサイドドアインナー、ラゲージアウターはSMCです。今回、元町工場では、1つのラインで高速RTM、SMC、TSFという3つの工法で、7部品を生産できるようにしました。特にC-SMCについては、特殊マテハンで5部品同時成形型へ材料を自動投入することができます。また、接着剤塗布から接合・加熱硬化まで全自動で部品の組付が可能です。
──最も苦労したことはなんでしょうか。
岩野氏 CFRPを成形する際には、カーボンの繊維が強度を保っているので、その繊維の流れをどうコントロールするかが重要になります。強度を安定させなければならないし、部品の精度を安定させなければなりません。鉄はたとえ精度がずれても同じ方向にプレスしても傾向がある。「見込む」というのですが、何回作っても同じ傾向なら、正しいところにすっと流しこめるようにコントロールします。ただ、カーボンの場合は、プレスしたときに均等に流れることがほとんどありません。繊維の方向が安定しないので強度、精度がばらつきました。生産技術のメンバーが最後まで苦労したのはその点です。
軽量化から燃費の向上など、新たな価値を提供していく
──量産化したCFRPは、今後どのような機種で展開されていくのですか。
安達氏 PP系の樹脂製バックドアはCOROLLA SPORTSやLEXUS UXに技術展開していきます。CFRPは、GR-Sportsを中心に多種車で検討していきます。また、将来的な展望としては、EVの軽量化があります。電動化および軽量化の技術によって、EVの燃費が大幅に向上し、走行時のCO2排出量を低減することができます。
──軽量化という点で、将来の自動車開発に大きな意味があるのですね。
岩野氏 1台あたり200kgの軽量化を実現した場合、2050年頃にはグローバルで年間約300万トンのCO2排出削減が可能だという調査があります。産業界・社会への貢献という点でも軽量化は大きなテーマになっています。現状、CFRPなどの炭素繊維の製造時CO2排出量は他材料に比べて多い。リサイクル材を活用するなど、製造時CO2排出量の低減も図っていきます。
──将来的な展望を教えてください。
岩野氏 まずはEVを見越してバッテリーの配置によるクルマのレイアウトの変更が課題となります。将来的にはMaaSというコンセプトで提供しようとしている自動運転がテーマです。クルマに求められる機能がどんどん変わっています。われわれも自動車会社からモビリティを提供する会社に変わり、新しい価値を提供していきます。
[PR]提供:アルテアエンジニアリング