前編では、MicrosoftがなぜいまIoTに注力し、この分野で何を狙っているのかについて解説した。また、このIoT市場攻略の切り札として市場投入したのがハードウェア、OS、サービスの三位一体構造を持つ「Azure Sphere」であり、IoTで重要となるセキュリティそのものをサービスとして強化するといったものであった。今回はなぜMicrosoftが既存のWindowsエコシステムを捨て、新しいOSプラットフォームのエッジデバイスを構築したのか、またその対抗馬となるAWS IoT Greengrassに触れつつ、最新事情を紐解いてみたい。
エッジに最適化されたプラットフォームとクラウド
Microsoftにおけるこの分野での取り組みは古く、IoTと呼ばれる以前の組み込み機器の時代から考えれば、初代Windows CEがリリースされた20年以上前から続いている。当時ターゲットとしていたのはPDAなどのハンドヘルドデバイスや車載カーナビの分野であり、のちにWindows OSそのものを拡張するかたちでサイネージやPOS、KIOSKといった端末への導入を進めている。だが前編でも触れたように、いわゆるIoTで展開されるエッジデバイスの多くは小型マイコン上でプログラムが動作するタイプの非常にフットプリントの小さいアプリケーションを稼働させている。「.NET Micro Framework」のようなかなり小型のフットプリントを持つ実行環境を用意したりしたものの、なかなか活用が進んでいないのが実情だ。
こうしたWindows資産をあえて捨て、専用のRTOSとカスタムLinuxベースの実行環境をAzure Sphereで用意したのも、こうした市場の本格攻略が必要と同社が判断したことによるものと考える。
正確にいうと、Azure SphereのMCU自体は同クラスのチップと比べると幾分かリッチな構成になっている。Wi-Fi接続用のサブシステムを包含しており、ネットワーク経由でソフトウェアアップデート(OTA)を可能にするための仕組みを備える。もととなるシステムはMicrosoftの上級エンジニアであるGalen Hunt氏が「Project Sopris」の名称で研究していたもので、安全性が軽視されがちなIoTデバイスにおけるセキュリティ強化を実現するためにハードウェア、OS、サービスの3つを適切に組み合わせて運用することを提唱しており、これがAzure Sphereの基本としてスペックが決定された。
これとは若干アプローチが異なるものの、「クラウドとの接続を重視したエッジ向けのプラットフォーム」を提供するベンダーがある。
クラウド市場で最大シェアを誇るAWS (Amazon Web Services)を擁するAmazon.comだ。同社はAzure IoT Hubとほぼ同時期に「AWS IoT」を発表している。このうち「AWS IoT Greengrass」は「Azure IoT Edge」と”対”をなす仕組みで、サーバレス実行環境のAWS Lambdaをエッジデバイス上で実行可能にしたり、AWS各種サービスとの連携でクラウドとエッジの最適な”側”で処理を継続できる。もともと、AWSでは同クラウドを利用する各社が思い思いにサービスを構築して連携する仕組みを模索しており、これをAWSの標準機能として実装したのがAWS IoTということになる。
AWS IoTでもう1つ重要なトピックが「Amazon FreeRTOS」の存在で、2017年に無償提供が発表された。MITライセンスによりソースコードが配布されており、各社が各自のIoTデバイス上に組み込んで利用可能だ。
これまで説明したようにエッジ向けに最適化されたRTOSがあった方が開発者の負担は少なくなり、かつAWSとの接続性を考慮すればAmazon.comとしては無償でOSを提供してなおメリットがある。ユーザーとしてはアプリケーション開発に集中できるメリットがあり、思想としてはAzure Sphereを含むAzure IoT製品群のそれに近い。セキュリティやネットワーク接続部分がRTOSの機能の一部として提供されるという共通点はあるが、Azure Sphereではパートナー提供のMCUが固定になる点で両者は異なる。だが登場時期を考えれば、Azure SphereがAWSの一連のサービス群を意識して提供されているものだと考えるのが自然だろう。
Amazon.comとMicrosoftのIoT戦略で共通なのが、エッジ向けOSまで含めて環境をすべて用意し、その接続先として自社のクラウドサービス(AWSとAzure)を指定することで、エコシステム普及を促しつつ、クラウド利用を加速させるという点にある。
また、両社ともにエッジ向けの製品提供(たとえばOSなど)では稼ごうとせず、あくまでクラウド接続を主体にしたビジネスモデルに誘導している点で、これまでエッジ向けのOSや独自の管理システムを構築していたベンダーにとってはビジネス機会が奪われることにつながるが、こうした部分を標準機能としたうえでその先のビジネスを構築していこうというのが現在のIoTの潮流というわけだ。
可能性は未知数
現在Azure Sphereの導入事例としてMicrosoftがプッシュしているのはStarbucks Coffeeでのケースだ。米ワシントン州シアトルを本拠地とする同コーヒーチェーンは現在世界80以上の市場に3万店、米国内だけでも1万4000店を抱える。店舗の大きさの大小はあるが、1店舗あたりコーヒーマシン、グラインダー、ミキサーといった各種装置が十台単位で存在し、夜間を除く1日16時間体制で稼働している。いうまでもなく、これら機械は1台1台が日々の売上を稼ぐための源泉であり、その故障はイコール機会損失にそのままつながる。そこで同チェーンはMicrosoftと提携し、これらマシンにAzure Sphereを導入していくことで合意した。
マシンでは抽出されるエスプレッソの数から豆の種類、温度や水の状態まで、8時間で5MB程度のデータが収集される。従来であれば故障ごとの対応であった交換作業が、収集済みデータと実際の稼働状況から事前に予測できる状態になり、これが結果として機会損失を減らす。また従来であれば手動でセットされていたレシピが、クラウド経由で安全に自動アップデートされるようになり、管理面での"事故"を防ぐ効果も期待できる。Starbucksではモバイルやブロックチェーンなどの活用事例も報告されており、これらデータをより有効活用することで顧客体験の向上を目指している。
これはテクノロジー先端企業のほんの一例だが、すべてはアイデア次第だ。目の前にどのような課題があり、データを収集したり、実際にエッジのデバイスを制御したりすることでどのようなメリットが得られるのか、試行錯誤しつつ試してみるのが近道となる。
こうしたニーズを汲み取るべくMicrosoftは既存のパートナー各社を通じてAzure IoTやAzure Sphereを利用可能なエコシステムで拡大を進めており、今後各社からさまざまなソリューションが出てくることが期待される。
ComputexのMicrosoftブースではその取り組みが大きく紹介されており、同社がIoTにかける意気込みが伝わってくる。Computexの基調講演では、Build 2019で発表されたばかりの「IoT Plug and Play」がデモストレーション付きで紹介され、認定デバイスであれば特別な設定なしですぐにエッジデバイスをクラウドに接続できることがアピールされた。このように日々製品のアップデートは続いており、最新の情報が刻々と更新されている。
Microsoftが狙う世界、それはIoTに関連するソリューションの開発を次々とパートナー各社へと促し、それを自社のクラウド活用へとつなげていくことで、保守や周辺の開発といったカバー領域を広げていくことにあるのかもしれない。
Microsoft Azure Sphere 詳細情報
本稿で取り上げたMicrosoft Azure Sphereの詳細情報は、アヴネットのホームページでご覧いただけます。
革新的なIoTセキュリティソリューション:Azure Sphere
https://www.avnet.com/wps/portal/japan/manufacturers/microsoft/azure-sphere/
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