地球上の生物たちは、大気や海水、河川水、土壌などと密接に連携しています。たとえば森林の植物は、水と二酸化炭素(CO 2)と光を利用して光合成を行い、酸素を作り出すことで今の地球環境を支えています。私たち人間を含む生物の営みが、地球の環境に大きく影響を及ぼしているのです。
九州大学大学院 理学研究院 地球惑星科学部門の赤木右教授は、生物のなかでも特に、植物プランクトンの一種である「珪藻」が地球環境に大きく影響を与えていると考え、長年のあいだ研究に取り組んできました。そしてこれまでの研究の結果から赤木教授は「地球氷期の低いCO 2濃度はケイ藻の活動によってもたらされている」という、従来の学説とは異なる新たな説を提唱しています。
珪藻がもつ殻には希土類元素が含まれているという新たな説
地球上のCO 2固定の1/4程度を担う生物であるとされている珪藻。その小ささから研究対象として扱うのが非常に難しいとされています。しかし赤木教授は、地球上において珪藻は非常に大きな能力を秘めた生物であることを確信し、研究を進めてきました。そして近年、珪藻が地球氷期をもたらした大きな要因となる可能性を示唆する結果が出てきているといいます。
珪藻は、SiO 2・nH 2 O(オパール)を主成分とするケイ酸質の殻(珪藻ケイ酸殻)で覆われていますが、珪藻ケイ酸殻の成分の詳細についてはこれまでほとんど明らかにされてきませんでした。こうしたなか、赤木教授らの研究グループは、珪藻ケイ酸殻は純粋なオパールでできているわけではなく、10%程度の不純物を含んでいると主張しています。
「珪藻ケイ酸殻を詳細に調べてみると、陸を起源とする様々な元素が多く含まれていたのです。おそらく珪藻は、陸から飛んできた黄砂のような粒子を溶かして吸収しているのではないでしょうか。珪藻は海洋循環のなかに陸に由来するさまざまな元素を取り入れるエンジンのような役割を果たしているものと考えています」(赤木教授)
赤木教授らの主張に対しては、珪藻ケイ酸殻は非常に小さくそれだけを単離することは困難であるため、陸由来の物質が混ざってしまっているデータが出てきているだけという反論もあるそうです。しかし赤木教授は「我々はさまざまな仮説を持って、まわりから固めているところです」と、自身の主張を信じて研究を進めています。
赤木教授らが主張する説はこうです。陸に由来する代表的な元素である希土類元素に注目すると、珪藻は成長する際に、海表面近くで殻に希土類元素を取り込み、それらを深海へ運んでいきます。取り込まれた希土類元素のうち半分は、殻が溶解するとともに再び海水に溶け込み、海表面に戻ってきます。残りの半分は、炭酸塩や酸化物に吸着し除去されて沈んでいきます。しかしそうすると、希土類元素の収支が合わなくなるため、希土類元素が含まれる粒子が海表面で提供されていると考えなければならないというわけです。
珪藻のまわりにあるポリマー粒子が新説を支持するカギに
では、珪藻はどのようにして希土類元素を殻に取り込んでいるのでしょうか? 赤木教授がこの問いに答えるカギとして着目しているのは、珪藻の表面を覆うTEP(Transparent Exopolymeric Particles:光透過性細胞外ポリマー粒子)というポリマー粒子です。
TEPの存在は以前から知られていましたが、何のために珪藻から分泌されているのかは明らかになっていませんでした。しかしTEPの性質を詳細に調べていくことで、海表面などのケイ素が少ない環境においても、珪藻が自身の殻の主成分となるケイ素を取り込めるようにするための仕組みとしてTEPを活用しているのではないかという仮説が浮かび上がってきました。
「TEPはケイ素だけでなく希土類元素を含む鉱物粒子を速やかに吸着します。またTEPの内部のpHを測ると、酸性に傾いていることがわかります。つまり、珪藻はTEPに吸着した粒子をTEP内部で溶かし、その成分を殻に取り込んでいるのではないかと考えています」(赤木教授)
氷期-間氷期サイクルと珪藻の関係とは
しかし、このような珪藻の性質が、地球氷期の低いCO 2濃度にどのようにつながっていくのでしょうか。
地球の歴史を遡ると、氷期と間氷期が約10万年の周期で起こっていたことがわかっています。そしてこの氷期-間氷期サイクルでは、地球上のCO 2濃度が190-280ppmの範囲で変動しています。しかし、CO 2濃度の変動メカニズムの詳細は明らかになっていません。
「海洋がCO 2を吸収していることはわかってきているのですが、海洋の何が吸収しているのかまでは、まだ明らかになっていないんです。これまではダストと呼ばれる塵の量がCO 2濃度を決めているという説が広く受け入れられていました。ダストが海に供給されるということは、ダストに含まれる鉄が海に供給されるということです。鉄が供給されると、海中の植物プランクトンが活性化し、たくさんCO 2を吸収すると考えられています。しかしこの説には少し無理がある部分があります」(赤木教授)
これに対し、珪藻の活動がCO 2濃度に影響を与えているという説を提唱している赤木教授。その根拠として、南大洋堆積物中に含まれるネオジムの同位体比と、大気中のCO 2分圧がよく連動していることを挙げます。ネオジムは希土類元素の一つです。
「珪藻の活動が活発になる氷期には、珪藻は先に説明した黄砂のような粒子を海洋の物質循環に加えていくことができます。この粒子にはパタゴニアの砂漠から飛んでくる高い同位体比をもつネオジムも含まれていると考えられます。逆に珪藻の活動が活発でない間氷期には、高い同位体比をもつネオジムは珪藻に取り込まれることなく海底に堆積していきます。こうした解釈は、氷期には堆積物の中に含まれる水成物質中のネオジム同位体比が上がり、間氷期には堆積物中のネオジム同位体比が低くなるという過去の報告とよく一致しています。つまり、珪藻の活動が活発になってCO 2をよく吸収している氷期には、CO 2分圧とネオジム同位体比が連動して変わるということです。珪藻ががんばってくれるだけで、ネオジム同位体比とCO 2分圧の関係を説明することができるんです」(赤木教授)
さまざまな元素に対応できるよう分析装置を使い分け
赤木教授の研究室では、アジレントの元素分析装置 「5100 ICP-OES」と「7900 ICP-MS」が活躍しています。特に珪藻の研究では、珪藻ケイ酸殻の成分やTEPを分析する際に使われています。アルミニウムや鉄などの元素はICP-OES、希土類元素などの重い元素はICP-MSと、測定したい元素によって装置を使い分けているといいます。また、学生実験用には、可燃性ガスを使用せずに安全に分析でき、ランニングコストも抑えられ、さらには分光学の基礎を学ぶのに便利な元素分析装置として「4200 MP-AES」も活用しています。
「ICP-OESでは、高塩濃度対応のネブライザを使って直接海水を測れるので重宝しています。TEPが海水中の鉱物を吸着して溶解させている可能性があるという話をしましたが、それについては海水中のケイ素の濃度を、時間を追って見ていくことで調べています。ICP-OESは40年ほど前の初期の型から使っていますが、現在利用している装置はその頃とは比べ物にならない感度で測定できていますね。当時は海水を直接測ることもできませんでしたから、初めてこのICP-OESで海水を測定したときには非常に感激しました」(赤木教授)
地球環境をケイ酸でコントロールできるようになるかもしれない
赤木教授の研究が発展していくと、人類の将来にも深く関係してくるかもしれません。現在、地球全体のCO 2濃度は、年々高まっていると言われており、温室効果ガス世界資料センターの解析によると、2017年の世界の平均濃度は405.5ppm。しかし、地球の歴史を遡ると、過去80万年間の大気中のCO 2の平均濃度は、概ね190-280ppmで推移しています。
「これは地球にCO 2濃度を190ppm-280ppmのあいだで調節する機能がもともと備わっていたということです。しかし、近年の大きな地球環境の変化により、今後はこれまでと同じようにCO 2濃度が調節されるかどうかはわかりません。地球の過去の歴史にはなかったような現象が起こる可能性すらあります。今後の地球環境の未来を予測するためには、まず地球が持っていたCO 2濃度の調節機能を明確に押さえることが非常に重要だと思っています」(赤木教授)
赤木教授の研究により、珪藻がCO 2濃度をコントロールしていたということが明らかになると、たとえば「25mプールいっぱいのケイ酸を水ガラスとして海洋に流し込むことで、地球のCO 2濃度を減らすというアイディアを提唱することができるかもしれない」と語ります。
「そのためには、私たちの研究を認めてもらう必要があります。他の研究者に納得していただけるよう、TEPの性質の解明を中心に今後も研究を進めていきたいですね」(赤木教授)
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