NXPは2018年2月のEmbedded Worldにおいて、Rapid IoT Prototyping Kitと呼ばれるPoC(Proof of Concept)向けキットを発表した。
PoC向けということもあり、キットそのものは非常に完成度が高い。核となるのは120MHz駆動のCortex-M4Fを内蔵するKinetis K64Fで、これに16MBのNOR FlashとWi-Fi/BLE/Zigbee対応無線MCU(Kinetis KW41Z)を組み合わせ、気温/湿度/照度/気圧/空気品質/6軸加速度/地磁気/ジャイロスコープの各センサーと、外部接続用I2C/NFC I/F、更に176×176pixelのカラーディスプレイとタッチセンサーまで搭載されている。おまけに240mAhのバッテリーまで備えており、通常考えられるであろうIoTのセンサーノードの動作はほぼこれでかたづくのではないか、という代物である。
さらにソフトウェアにおいても、MCUXpresso IDEを利用しての開発(C/C++)に加えて、Atmosphere Web IDEを利用してのビジュアルプログラミングも可能であり、Android/iOSのモバイルアプリケーションのテンプレートも用意されているため、Cloud経由でRapid IoT Prototyping Kitの取得したデータをそのまま利用することもできる。
このRapid IoT Prototyping Kitについて、メディアスケッチ株式会社 代表取締役で、サイバー大学 客員講師の伊本 貴士氏、このキットを取り扱うアヴネット株式会社の道上 則広氏および佐藤 幸夫氏からお話をうかがった。
“出来合い”だからこそ、誰でも簡単に試せる
伊本氏:たとえばロボットを例にとりましょう。いわゆる産業用ロボットのマーケットはご存知の通り急速に成長していますが、高価かつ大型のものなので、中小企業にポンと導入できるものではありません。一方、中小企業でも導入できるような小型のロボットは?というと事実上存在しません。私が経験した例で言えば、福井鯖江のメガネフレームの製造業。現在、低価格のメガネフレームはすべて中国で生産されていますが、高級フレームとかヨーロッパのインディーズブランドなどからの注文はほぼ福井鯖江でこなしている状況で、業績自体は伸びています。ただ、そのメガネフレーム向けの製造装置やロボットは?というと1社か2社が数年前まであったけど、その会社そのものが無くなってしまったそうで……、いまメガネ産業の方に「この機械壊れるとどうなりますか?」とお聞きすると「私にもわからない」とおっしゃいます。
このような問題は福井鯖江に限った話ではありません。日本の中小企業やベンチャー企業に共通の課題となっていて、要するに工場の人たちが自分たちでオリジナルの機械なりロボットなりを作らないといけないという状況になってきています。つまり、ロボットにしろ、IoT、AIにしろ、専門家ではない人が、そうしたものを作らないといけない時代だというわけです。
しかし、ここで一番の問題となるのは人材不足です。たとえばAIにしても、いまから中小企業がAIの専門家を雇うのは、ほぼ不可能です。なので、若い人間を雇って、勉強しながらでいいからやってくれよ、となるわけですが、この際に適切なツールが必要になります。
これまでならば構築は専門家に任せておき、使う側は発注だけして、できたものを使うだけ、という考え方がまかり通ってきましたが、それがもう通用しなくなっています。ロボットにしても、もちろん最終的には専門家にアドバイスを受けるなり作ってもらうなり、となるかもしれませんが、ある程度のコンセプトモデルは自分たちで作らないといけなくなっています。逆に言えば、それができないと、自分たちにあったオリジナルの機械なりロボットなりは作れません。
いま、世の中は物凄いスピードで動いていて、それにあわせて商品やビジネスモデルも変えていかないといけません。作ったものを何十年も使い続けるという時代ではなくなりました。
佐藤氏:ここ最近IoTという話が頻繁に出てくるのですが、IoTという分野に関して言えば、これまでのように大手の電機メーカーさんが市場の中心になるというよりもIoTベンチャーや企業内ベンチャー、中小企業が中心という感じになってきています。そういう企業さんが、ハードウェアを作ってソフトウェアというかアプリケーションを作ったり、サービスを開発したり、というのは、やはり開発にかかる時間やリソースが膨れがちです。TTM(Time to Market)を考えた場合、IoTという分野ではいち早くアイディアを商品なりサービスにすることが重要になるわけです。IoTのEdgeであれば、センシングとか通信などは必ず必要になる。ですので、最初にそうしたものを全部そろえたツールとしてプロトタイプキットを用意することで、お客様にはこれを利用したアプリケーションやサービスの開発に注力いただけるというのが、このキットのメリットだと思っています。
たとえばAmazonは商品を売るだけだったのが、いまはSmart Speakerとかを出されていますよね?つまりこれまでソフトウェアのサービスだけを提供されていたところが、自社のサービスの拡充の一環としてハードウェアを提供、というケースが増えています。昔はまずハードウェアを作り、そこにソフトウェアを載せこんで商品にするという流れでしたので、ハードウェア性能の重要度が高かったのですが、最近はアプリケーションそのものの重要度が高まっています。そうなると、まずサービスなりアプリケーションを、このキットのような”出来合い”のツール上で構築していただき、その後でアプロケーションに見合ったハードウェアを、自社あるいは協力ベンダーさんと作り上げていく、といった流れになっているのかな、という感じですね。そんなわけで弊社はこのキットで、これまでリーチできていなかった、新しいサービスやアプリケーションのアイディアを持っているお客様にリーチしたい、と考えています。
道上氏:このキットは、これでロボットの制御までできるかと言えばそれはちょっと違っていて、制御や信号といったところは、もう少し処理性能の高いチップが載ったものが必要になるでしょう。それよりも、このキットはさまざまなセンサーを搭載し、センシングしたデータをクラウドに上げることができる、そこにこのキットの強みがあります。ですので、たとえば故障検知の話で言えば、これまでなかった振動を検知するといった使い方ができます。もっとも、「ではこれを使って現存の機械のIoT化を」とまでいうのではなく、まずはアプリケーションやサービスを提供されている方に、”出来合いの”IoTツールとして試してみていただきたい、ということです。
視覚的なプログラミングが可能、非エンジニアでも”とっつきやすく”
佐藤氏:ハードウェアとしてはこれですべてなわけですが、ソフトウェア側のツールは別に用意されています。GUIを使って、デバイス側とアプリケーション側のプログラミングが、いわゆるVisual Programmingの手法で可能です。これは私が、弊社のFAEにわからないところだけ電話で聞きながら1時間弱で作ったアプリケーションなんですが、このキットで部屋の照度をセンシングしてBluetoothで飛ばしてスマートフォンに表示しています。同時にクラウドにも飛ばして集計し、スマートフォンやPCでデータの分析をする、という一連の作業がVisual Programmingだけで組み上げることができます。スマートフォン側のアプリのGUIも簡単に開発出来ます。この例で言うと“AVNET”のロゴを表示させてその下にこのキットでセンシングした照度を表示しています。
伊本氏:Visual Programmingは、もちろんエンジニアがそれにだけ頼っているのは正直厳しいと思うのですが、非エンジニアの方にプログラミングを勉強しろとは言えないわけです。それと、別にエンジニアがVisual Programmingを使ってはいけないというわけではないです。IoTとITで何が違うのかと言いますと、ITはサイバー空間ですべて済むので、基本的には設計した通りに動きます。ところがIoTは物理の世界が入ってきますので、そうなると想定外だらけ。センシングひとつとっても、位置を変えたり、ノイズの係数を変えたり、いろいろと試行錯誤が必要です。設計した通りに動くなんてことはまずありません。そもそも、プロトタイプ作りに余計な時間はかけたくない。そういう際に、試行錯誤ができる環境がVisual Programmingなどで簡単につくれるというのは相当大きいですね。
佐藤氏:これからプログラミングが学校で必修になるということで、昔ならC言語とかをコードから勉強するという感じだったと思うのですが、これからはVisual Programmingで育っていく子供がどんどん増えていくと思われます。将来的にそういった人たちがアプリケーションを開発するとなったときに、やはりこういったツールの方が”とっつきやすい”かな、と思います。
「まずは試す」は社内教育にも最適?
伊本氏:あとこのキット、工場とかのセンシングデバイスで使えそうですよね。無線に繋がりますし。日本は最初に時間を掛けすぎるんですよ。「まず試しにセンシングしてみよう」という話がでたときに、さまざまなメーカーのセンサーデバイスの資料をとにかくかき集めて、ひとつひとつ話を聞いて、これだったらウチの工場でも壊れずに使えるだろうみたいなものを選んで、すると価格が当然高くなって「社長、センシングするのに500万かかります」という話になり、「500万もかけて良いことあるかどうかわからない」で終わるというのが典型的な例です。
でもそうではなく、確かに一見工場で使うようには見えないかもしれませんが、「とりあえず1か月でいいから置いてみてごらんよ」と。重要なのは「壊れる壊れない」ではなく、センシングを取るということをみんなで試してみるということです。そこでデータを取ることで、「何だ、大したことはわからないな」ということがわかるかもしれないし、「これ実はものすごい情報なんじゃない?」となるかもしれない。そうなったら、初めて「では100万くらいかけて本格的にデータを取ってみようか」と。それとセンシングと言っても、一種類ではなく、いろいろなものを取ってみないと、どれが目的にあっているかはわかりません。
故障予知なんて特にそうで、そもそもその機械が故障する前に何らかの予兆が出すのかどうかすら、やってみないとわらないわけです。それが音なのか、振動なのか、電磁波で検知できるのか。このキットだと、いろいろなセンサーが入っているので、やり方をひとつ確立すれば、いろんな場所で使えます。とりあえずこのキットを使える人間を2~3人用意して、いろんな箇所でいろんなものを測ってみればいいんです。
もうひとつ向いているのは教育ですね。社内教育に使うツールで、いきなり難しいものを使うと、そこで挫折するんですよ。私もIoTの講習会をやっているのですが、そこで使うのはArduinoで、しかもプログラミングはさせない。出来合いのプログラムを用意して、パラメータだけ変えてもらって、Lチカを体験してもらう。やはり実際にモノを触って、自分で動かすということが人に与える感動の度合いはものすごい。ただ単に座学で先生がひたすら講習したり本を読んだりするよりも、みんなでワイワイしながら、「ああ照度が取れた」という方がおもしろいわけです。こうやってまず社内でIoTというものを経験してもらい、IoTの理解を深めてもらう。そのうえで、みんなの業務で一緒にセンシングしてみよう、と。
私がよく企業の社長さんに申し上げるのは、IoTのプロジェクトを総務部に丸投げするな、ということです。ITだから総務部だろうとか思うかもしれませんが、そんなことをしても総務部のヤル気は出ません。加えて現場の理解が無いので、結局やらされてる総務部と現場が喧嘩し出してプロジェクトが進まないというケースがたくさんあるんですね。ITもそうですが、IoTもやはり現場の人の方が基本的には反対なんです。なぜかというと、自分たちがいま、一生懸命考えて作ったやり方があるのに、余計なものをいれるな、と。センサーだかロボットだか知らないけど、現場をわかってない人間が、やれ上からこれを自動化しろとかAIを入れろとか言ってくるな、と対立するわけです。対立を防ぐためには、現場の人にもIoTを体験してもらって理解してもらわないといけない。そうなってはじめて、社内のIoTを推進するという理解が進むわけです。そういう意味でも教育は大事で、そのツールとしてこのキットは非常に良い気がしますね。プロトタイプにも、センシングすることにも利用できますし、手軽で、しかもこのキットだけでハードウェアからソフトウェアから分析まですべて完結する。この点は非常に魅力的だと思いますね。教育にもすごく向いているように思いますし。
このように、伊本氏が絶賛したRapid IoT Prototyping Kit、価格は本国でたったの$49.99。アヴネットでの販売価格は5,950円とお手ごろなことも魅力である。IoTのビジネス化を任せられた、あるいは社内教育をやらないといけなくなったという方はもとより、自分で勉強してみたいという方も含め、広くおすすめしたいキットである。
NXP Rapid IoT Prototyping Kit 詳細情報
本稿で取り上げたNXP Rapid IoT Prototyping Kitの詳細情報は、以下、アヴネットのホームページでご覧いただけます。
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