ロシアの国営宇宙企業ロスコスモスやウクライナの宇宙企業ユージュノエは2017年12月26日、アンゴラ共和国にとって初となる人工衛星を積んだ「ゼニート」ロケットの打ち上げに成功した。
1980年代のソ連時代に登場したゼニートは、強力なロケットエンジンが生み出す高い性能を武器に、軍事衛星から探査機までさまざまな打ち上げに使用され、さらに米露などが出資する企業が運用する商業ロケットとして、民間の通信衛星も数多く打ち上げるなど、八面六臂の活躍を続けてきた。
しかし、その企業は破産を経験し、さらに2014年に起きたロシアとウクライナの関係悪化もあって、2015年12月に行われた打ち上げが、最後の打ち上げだとさえいわれていた。
今回、約2年ぶりにゼニートはよみがえったが、その将来はまだ不透明である。
ゼニート・ロケット
ゼニート(Zenit)はソ連が1976年から開発を始めた大型ロケットで、ゼニートとはロシア語で「天頂」を意味する。同じ名前を冠したカメラもあるため、難解なロシア語の中では比較的馴染みのある単語かもしれない。
ロケットの全長は約60m、直径3.9mと、日本のH-IIAロケットに近い大きさをもつ。打ち上げ能力も低軌道に約14トン、静止トランスファー軌道に約6トンと、やはりH-IIAなど、他国の大型ロケットと同じくらいの性能をもっている。今回を含め、これまでに84機が打ち上げられ、そのうち成功は72機(成功率約86%)という実績を持つ。
ゼニートが開発された背景には、中型ロケット「ソユーズ」と大型ロケット「プロトン」と間を埋め、そして1950~60年代に開発された旧式ロケットであるこれらを置き換えるという目的があった。
たとえばソユーズは年々大きく重くなる衛星に対して打ち上げ能力が低くなりつつあるという問題があり、プロトンは打ち上げ能力こそ申し分ないものの、環境や人体に有害な推進剤を使っているという問題があった。
一方、ゼニートの打ち上げ能力はソユーズよりも大きく、より大型の衛星を打ち上げることができる。また推進剤にはケロシンと液体酸素を使っているため、プロトンよりは環境や人体に優しい。
そして大きな特徴として、ゼニートはソ連にとって初めて、弾道ミサイルを元祖としない純粋な宇宙ロケットだということがある。ソユーズにしろプロトンにしろ、あるいは「コースマス」や「ツィクローン」など他のロケットも、すべて大陸間弾道ミサイルを転用したものだったが、ゼニートは機体もエンジンも最初から、人工衛星を打ち上げる宇宙ロケットとして設計、開発されたものだった。
最強のロシア製エンジンを積んだウクライナのロケット
もうひとつの大きな特徴として、タンクなど機体全体の開発はOKB-586という設計局、ロケットエンジンはOKB-456という設計局と、それぞれ異なる設計局が担当したということがある。
OKB-586は、ロケット設計の大家であるミハイール・ヤーンゲリが率い、R-36など数多くの弾道ミサイルや宇宙ロケットの開発を手がけてきた名門設計局だった。一方のOKB-456も、ロケットエンジンの大家であるヴァレンティーン・グルシュコーらによって、数多くの優れたエンジンを世に送り出してきた。つまりゼニートは、世界でも有数の優れたロケット設計局とエンジン設計局とが協力して造った、初の宇宙ロケットだった。
ロケットを異なる設計局(あるいは企業)で合作することは、ソ連に限らず珍しいことではない。しかし、問題なのはその場所だった。
ソ連の解体にともない、両者はそれぞれ他の設計局と合併するなどし、OKB-586はウクライナのユージュノエ、ユージュマシュに、OKB-456はロシアのエネルゴマーシュと、国も企業も完全に分かれてしまい、つまり"ロシア製エンジンを積んだウクライナ製ロケット"になってしまったのである。
さらに、ゼニートは打ち上げによっては第3段ロケットを積むこともあるが、その製造を担当しているのはエネールギヤという、また別のロシア企業だった。
こうした、複数の異なる企業の機体やエンジンをひとつのロケットにして打ち上げなければならないという面倒な事情は、後々、ゼニートにとって大きな足かせとなる。
巨大ロケットのブースターとしても
そしてゼニートの最大の特徴は、グルシュコー率いるOKB-456が提供した「RD-171」というロケットエンジンにある。
このエンジンは推力も比推力(効率)もきわめて高く、ロケットの歴史の中でも、そして現在でもなお"最強"と呼ばれるエンジンである。ゼニートはこのRD-171を第1段に使い、その高い打ち上げ能力を実現している。ちなみにRD-171から派生したエンジンは、ロシアの「アンガラー」や米国のアトラスV、アンタリーズといった他のロケットにも採用されている。
かくして開発されたゼニートは、1985年に完成し、打ち上げが始まった。他のロケットの例に漏れず、初期には失敗も経験したものの、何度か打ち上げる中で安定した成功を収めていった。
さらにこのときほぼ並行して、ゼニートはその第1段エンジンRD-171の性能の高さをいかして、別のロケットの"ブースター"としても活用されることになった。ソ連が開発した超大型ロケット「エネールギヤ」である。
エネールギヤは、ソ連版スペースシャトルとも呼ばれる再使用型の有翼宇宙往還機「ブラーン」や、大質量の衛星や探査機を打ち上げることを目的に開発されたロケットでそのコア機体の周囲を取り巻くブースターとして、ゼニートの第1段機体にノーズ・コーン(先端の尖った部分)を取り付けたものが使われた。
ただ、ブースターは再使用することが考えられていたため、パラシュートや着地時に衝撃をやわらげるために噴射する固体ロケットなど、ゼニートにはない装備も取り付けられている。
もっとも、エネールギヤは2回の打ち上げをもって、ソ連解体と共にその運用を終えることになり、ブースターとしてのゼニートの出番はほとんどなかった。
しかし、本家本元のゼニートは、ソ連解体により製造にかかわる国が分かれ、"ロシア製エンジンを積んだウクライナ製ロケット"となった後も活躍し、1990年代に入ってからもロシアの軍事衛星の打ち上げを数多くこなした。
そんなゼニートに大きな転機が訪れたのは、1990年代の後半になったころだった。
(次回は1月11日に掲載します)
参考
・https://www.roscosmos.ru/24512/(https://www.roscosmos.ru/24512/)
・SUCCESSFUL LAUNCH OF ZENIT-3SLBF
・Our history
・Company Development
・Energia Familly Description
著者プロフィール
鳥嶋真也(とりしま・しんや)宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。
著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。
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