横浜市では今、「イノベーション都市・横浜」を宣言し、産学公民の連携基盤となる「横浜未来機構」を中心にスタートアップ企業の支援に注力している。では実際、起業家たちはそのサポートをどのように活かし、自らの発想を新たなビジネスへと昇華させているのだろうか。
今回は、完全個室ベビーケアルーム「mamaro」を開発・提供するTrimの代表取締役 長谷川裕介氏にお話を伺った。
全国18000の授乳室で足りているのか?
2015年11月に設立されたTrimは、移設可能かつ完全個室のベビーケアルーム「mamaro(ママロ)」を開発・提供するスタートアップ企業だ。長谷川氏が同社を起業するに至った背景には、同氏の前職が大きく関わっている。長谷川氏が以前所属していた企業では、授乳室とおむつ交換台を検索できるアプリ「ベビ★マ」(現在は「mamaro GO」)を運営していた。しかし、会社の経営方針の転換により、このアプリの存続が難しくなったのだ。だが、こうした育児のサポートアプリの重要性を感じていた同氏は一念発起し、事業を買い取って起業することを決めた。
では、ベビ★マがどうmamaroにつながるのか。長谷川氏によると、ベビ★マはユーザーからの投稿で、授乳室やおむつ交換台の設置場所情報が更新される仕組みだ。しかし、アプリを運営していくなかで授乳室約18000室の登録を境に、新たな情報が更新されなくなったという。
「そもそも日本全国に授乳室がいくつあるのかということを、誰も把握していなかったのです。我々は、18000室が頭打ちではないかと考えたのですが、当時約100万人いると言われていた子どもの数に対し、18000室ではあまりにも少ないのではないかと感じました」(長谷川氏)
さらに、情報提供しようにも「そもそも授乳室そのものがない」という声も多く聞かれた。長谷川氏によると、公共施設や商業施設に授乳室の設置義務はないという。一部の自治体では条例などで設置を推奨しているが、「努力義務になっているのが実態」(長谷川氏)だ。このような点に課題を感じた同氏はいくつかの企業にヒアリングを行った。その1つがある百貨店だ。
「百貨店の方は、授乳室を設置するのに約3000万円かかるとおっしゃっていました。家1軒が建つほどの費用です。授乳室の空間をテナントに貸し出せば、より利益を得ることができるのにも関わらず、企業は努力をして設備を用意してくださっています。であれば、もっとリーズナブルに、施設にとっても設置しやすい授乳の場をつくれないかと考えました」(長谷川氏)
また、実際に子育てをする人たちの声もmamaroの開発に大きく影響している。女性側から見ると、施設内の授乳室やおむつ交換台はカーテンやパーテーションで仕切る完全な個室ではない場合も多く、人の出入りもあるため、安心して使えないという課題があった。一方、男性が利用できるおむつ交換台や個室で着替えやミルクを与えることができる場所が少なく、長谷川氏自身も「『子どもを見ておいて』と言われても、男性が利用できるスペースそのものがなく男性が外出先で子どもの世話をするのはハードルが高いと感じる経験を何度もした」と話す。
そのような声を反映したmamaroは、授乳やおむつ交換に使用できる完全個室スペースだ。室内にはサイネージが設置されており、子育て世代に有用な情報が掲出されている。前述のベビ★マの後継アプリであるmamaro GOと連動し、空室状況を確認することもできる。
設置する団体や企業側にとって便利なのは利用状況などを把握できるセンサーによるモニタリング機能がついていることだ。実際、トイレのそばに設置した場合よりも、フードコートのそばに設置する方が利用率が高いといったデータが取得できているという。さらに、完全個室ではあるものの、一定時間利用者の動きが無い場合、アラートシステムが発動されるなど、安全管理への配慮も行われている。また、デザイン段階から従来、ピンク色が多かった授乳室を、「男性でも使いやすい木目調のデザインにすることで利用しやすく、施設側も雰囲気を保ちながら設置できることを意識して、設計した」と長谷川氏は語った。