アメリカ大統領選挙の党員集会(コーカス)と予備選(プライマリー)が始まった。パワーセンター、ワシントンDCを遠く離れた「草の根」から吹き寄せる風は常に意外性を秘めている。
予想を上回る差をつけたアイオワでのオバマの勝利。そのオバマに世論調査で10ポイント近くリードされながら、投票直前のテレビ討論で目を潤ませ、喉を詰まらせたことが同情を誘ったのか、僅差で逆転したヒラリー・クリントン。女性初なのか、アフリカ系初なのか。様々な主義主張を持つアメリカ人が歴史の作られる瞬間を見守り、ドラマに参加している。
それに比べると71歳、ベテラン上院議員のマッケイン、手堅いが地味な前マサチューセッツ州知事のロムニー、もう一つパンチ力に欠ける前ニューヨーク市長ジュリアーニ。彼らが繰り広げる共和党の予備選ゲームは、どうしても注目度、関心度が下がってしまう。
アイオワ州では、知名度の低かった前アーカンソー州知事のハッカビーが勝ち、ニューハンプシャーではマッケイン、15日のミシガン州予備選ではロムニーと、勝者がくるくる変わり本命が絞り込まれてゆかない。団子レースが続く中、機を見てブルームバーグ・ニュースの創始者で、大富豪のニューヨーク現市長、ブルームバーグ(65歳)が名乗りを上げるという観測が絶えない。
私はアイオワ、ニューハンプシャーの結果を見るまで、08年米大統領選挙の候補者選びは、2月5日のスーパーチュースデイで決着がつくとみていた。この日に南部の主要各州の他、ニューヨーク、カルフォルニアなど20州を超える州、地域で一斉に予備選挙が行われ民主党で2075人、共和党で1081人の代議員が選ばれる。無論、予備選は11月の一般投票(本選挙)と違って1票でも多い方が代議員の全部を獲得する、「ウイナー・テイクス・オール」ではない。それにしても、この日で各党とも3分の2の代議員が決まるのだから候補者は決定すると考えていた。
しかしこの見方は修正を迫られそうなのだ。第一は、ヒラリー対オバマの支持率が僅差のまま推移していること。ニューハンプシャー以降1月19日までの米メディア、研究機関が行った調査を見ると、ヒラリーとオバマの差は5~7%前後。誤差の範囲だ。州別、性別、年齢別で見てもヒラリーは、東部工業州の比較的高齢者に強く、オバマは、南部諸州、若い世代の支持を受けているといった具合で明確な優劣がつかない。こんな競り合いが予備選最終盤の5月ごろまで続いて、激しい代議員獲得レースが展開されるとの見方も広がってきた。
あるいは15~17%台の支持を得ているエドワーズ前上院議員(54)を早めに副大統領候補として取り込んだ方が総合力で勝つとの見方も成り立つ。これで興味を引くのは、過去2、3回のテレビ公開討論で、エドワーズが「変化」をキーフレーズにオバマと共同歩調を取ってヒラリーに距離を置いているように見える点だ。
予測を難しくしている第二の問題は、人種問題と、ジェンダー(性別)という二つの差別が投票行動にどう作用するかが読めないことだ。
ニューハンプシャー予備選後の評論で、私の目を引いたのは、ワシントンポスト・コラムニスト(黒人)の記事だ。この中で彼は、ある学者(白人)の発言を引用している。 「オープンな場で支持表明を求める党員集会で、人種差別的考えを持つ白人は本音を言わない。秘密投票の予備選挙でなら、投票者は自制する理由はないだろう」(1月10日付毎日新聞)。 性差別の問題になると、アメリカ人の本音と建前は、より複雑な屈折を見せる。例えばアイオワ党員集会の投票行動を見ると女性票の35%がオバマに、30%がヒラリーに投票している。人種的には白人の33%がオバマ、27%がヒラリーに。黒人票は72%がオバマ、16%がヒラリーという結果だ(ニューヨークタイムズ1月5日付)。
各種調査で誰よりも好感度が低いのもヒラリー、しかも女性層に嫌われている。これはどうしたことなのだろう。そういえばニューハンプシャー予備選直前のテレビ討論で、「好感度が低いですねー」と尋ねられて、「傷つくわ…」と喉を詰まらせ目を潤ませたヒラリー。これに同情が集まったのか、と思って在米ジャーナリストに聞いたら、「そうじゃない。その直後オバマが"you're likably enough"と言ったのに女性票が反発したのだ」と言う。確かNHKの同時通訳は、「そんなことないですよ」と訳していたと思うのだが、語感としては女性に大変失礼な言い方だ、というのだ。そこらのニュアンスは、私には分からない。
確かにアメリカには人種差別、性差別が厳然としてある。オバマは民主党指名も難しいかもしれない。指名されても白人至上主義者による暗殺の危険すらある。だがこうした差別を克服したいと願う国民が少なからずいて、またそれを具現化しようという勇気ある政治家がいることも事実なのだ。わが国の政治状況と比べる時、考え込んでしまう。