私がほぼ3カ月住んだニューヨークのアパートと1ブロックはさんで、「92nd Street Y」(以下92nd Y)がある。と言って、「ああ、あそこか」とうなずかれる方は相当なニューヨーク通だ。

1874年に設立された時は、日本の各地にもある「YM(W)CA」の「ヘブライ(ユダヤ教)」版で、ユダヤ教青年男女のコミュニティー施設だった。ニューヨークは別名、「ジュウ・ヨーク」と呼ばれるくらいユダヤ系市民の多い街。数ばかりでなく金融を中心としたその経済力、政治力は極めて強いものがある。

その後もニューヨーク・ユダヤ系市民を中心とした運営は変わらないものの、「地域の、そして世界の人に開かれた(92nd Street Y.com)」アスレッチク・ジム、文化ホール、コンサート・ホールへと生まれ変わった。日本人旅行者の私もパスポートの提示とクレジット・カードの登録、簡単なセキュリティー・チェックを受けて会員になった。

土地柄か、ユダヤ系の金脈、人脈のせいか、ここでは日本ではちょっと呼べないようなアーチスト、ゲスト・スピーカーが顔をそろえる(例えばテレビの名物アンカーマンが出演前に顔を出したりする)。滞在中、私もずいぶん通った。

その「92nd Y」にヒラリーが来るという。あわてて前売り券を買った。ちなみに代金は50ドルと、他の行事に比べて高いが、次期大統領の有力候補者なのだから仕方がない。50ドル払ったから言うのではないが、市民が自分の金を払って政治家を呼んで話を聞き、質問攻めにするのがタウン・ミーティングというものである。帰国後、小泉内閣と安倍内閣が売り物にした、「タウン・ミーティング」が某広告代理店に大金を払って企画した"やらせ"と分かって問題になった。お二人も広告代理店も是非、「92nd Y」に来てヒラリーや、共和党の大物、ニュート・ギングリッチと市民が繰り広げる熱のこもったやり取りを聞くといいと思う。

「ヒラリーがやってきた」という今回の表題は、考えてみるとちょっと変だ。なぜならヒラリー・クリントン上院議員の選挙区はニューヨーク州であり彼女の地元、ニューヨーク市は最大の票田。来て当然ではないか。でも彼女に関しては、「やってきた」という表現がぴったりなのだ。

東京と大阪以上に土地柄、人情がニューヨークと異なるシカゴ生まれ。亭主はディープ・サウスのアーカンソーの知事。そのヒラリーが、第一の故郷イリノイ州でも第二の故郷アーカンソー州でもなくニューヨーク州から上院選挙に打って出たのはなぜか。その裏には彼女と亭主の「クリントン・カンパニー」、選挙スタッフによる実にしたたかな政治的打算がある。

来年の11月に行われるアメリカ大統領選挙は単純に言うと人口比で各州に割り当てられた「選挙人」538人の争奪戦。一般投票で1票でも多く取った候補者が、その州の選挙人すべてを獲得する。12月の選挙人による選挙人投票は、通信や交通網が不便だった時代の遺物で形式だけだ。もっとも長い歴史の中で、選挙人が自党の候補者に投票しなかった例があるからアメリカ史は面白い。

とにかく過半数(270人)の選挙人を取った方が大統領。そこで、「どこに選挙人がいるか、どこに金があるか」が問題となる。最大の選挙人(55人)を抱えるのはカルフォルニア州。ニューヨーク州は31人でテキサス州(34人)に次ぎ第3位。カルフォルニアからは今回、レーガン、ニクソンといった地元候補が出ない(シュワルツネガー知事はオーストリア生まれだから大統領選挙被選挙権がない)。だから同州は、票の上では草刈り場だろう。

イラク戦争への厭戦気分が高いし、リベラルで女性初のナンシー・ペロシ下院議長(民主党)のお膝元。しかもクリントン元大統領は、カリフォルニア経済を左右するハリウッドの大物プロデューサー達とは親交がある。だからまず、カルフォルニアは大丈夫 --とプロは読む。

そこで次の、「金はどこから来るのか」になる。ニューヨークタイムズの「Presidential Election of 2008」は、毎日、民主・共和の主要7候補の選挙資金獲得額と支出、そして手元余裕資金の一覧表をアップしている。これによって各候補の懐の内が一目瞭然なのだが、もっと面白いのは、「どこから金を集めたか」も分かることだ。

3300万ドルを集め集金レースでトップを走るヒラリーの票を見ると、資金がニューヨーク、カリフォルニア州、ワシントンDC地域、ボストンを中心としたニューイングランド地方の諸州の順で集まっていることが分かる。つまり、「ニューヨークは票数で3位でも資金源としては第一」なのである。

ではお金はどう集められ、どう使われるのか? カウフマン・ホールでのヒラリーの演説と共にお伝えしよう。

(注)選挙人は10年に一度の国勢調査により再配分される。今回引用した数字は、2004年大統領選当時のもの。