意外に思われるかもしれないが、アメリカの高齢者の多くは家族に介護されている。米厚生省の統計だと、在宅で介護を必要としている人の70%は、行政の支援を受けず、家族の手で介護されている。ニューヨーク州では65歳以上の高齢者で、介護を必要とする人の80%もが家族に介護されている。

こうした家族(世帯数)は、全国で2200万に上ると推定されている。介護者の70%は女性。無論、配偶者が介護しているケースも多いが、その平均年齢が46歳ということを見ると、かなりの部分がお嫁さんか娘さんの負担となっている。

これらの人が外で働けないことによる経済的損失は、ばかにならず、社会的な問題になりつつあるようだ(以上、データは大津和夫著「介護地獄アメリカ」日本評論社刊、による)。アメリカ型介護の特徴は、前回説明したメディケアという高齢者医療制度から生まれている。この制度は社会保険料を徴収する強制加入のパートA、任意加入のパートBに分かれていて仕組みが複雑だが、要は介護保険でなく医療保険だという点だ。あくまで病気を治すための保険だから、退院後の介護、リハビリは医師の判断で100日間が限度とされている。

100日間の施設もしくは通所介護、リハビリを終えた人の帰る先は家庭か、病状悪化による再入院しかない。だから老後、長期にわたって介護を受けながら暮らすためには、どうしてもメディケアにプラスして民間保険に入るなど自己防衛を行う必要に迫られるのだ。

来年の大統領選挙でクリントン候補が公的保険制度の確立を叫んでいるのにはこうした背景がある。

では施設介護の実態はどうなのだろう。「ごく一般的なサラリーマン階層の人が老後を過ごす老人ホームを見学したい」と頼んで紹介されたのが、ニューアーク市ブルーム・フィールドの有料老人ホーム、「ハートサイド・コモンズ」だった。

「コモンズ」は前々回、紹介したチャーター・スクールのあるダウンタウンから車で15分ほどの小高い丘にあった。かつては市の中心部に通うのに最適な高級住宅地だっただろう。事実、この施設は地元の金満家、ジョブ・ハインズ氏の死後、遺族が1897年にコモンズに寄贈した私邸から事業を始めた。

無論、今日でもスラム化はしていないが中産階級が住む郊外と、ブルーカラーの多く住む地域のちょうど中間。それでも限られた敷地の中に程よく樹木が植えられ、芝生の美しいアプローチが玄関に案内してくれた。

施設で入居希望者の相談に乗るドナ・プロトニックさんが案内してくれた。明るくて広いロビーには100年以上の歴史を物語る歴史的な写真とともに「私たちの理念」というモットーが掲げられていた。「私たちの使命は、65歳以上の高齢者に尊厳と独立を保証するとともに最高レベルの介護サービスを手ごろなコストで提供するところにある」。日の差し込むダイニングルームではお昼少し前だったが何組かの入居者が歓談しながらランチを楽しんでいた。毎日作られるカラフルなメニューが各人の前に置かれている。「3食ともなるべく入居者の生活リズムに合わせていますから12時ちょうどにランチを取る人も2時過ぎの人もいますよ」とドナさん。

ここには、ある程度の介助があれば普通に暮らせるユニットと、フルな介護を提供し、最終的にはホスピスも兼ねるナージング・ホームが併設されている。このシステムはどのように利用されているのか。

まず元気だが庭の手入れや家屋のメンテナンスが面倒臭くなった夫婦が広めのユニット(1DKだが115平方メートルある)に入る。マイカーで買い物にもゆくし、コンサートや外食も楽しめる。アシスト付き、医療チーム付きのアパートと考えればいい。次の段階が、夫婦いずれかが介護が必要になった場合。一方が棟続きのナージング・ホームに移り、残った方はワンルームのユニットに移る。こうすれば元気な方は自分の時間と空間を持てるわけで「介護疲れ」を最小限にできる。そして最後に二人ともナージング・ホームに移る日が来る。いずれホスピスで家族に囲まれ看取りという段階がやってくるだろう。日本の老人ホームでは重度の介護が必要になると特別養護老人ホームなどに移らなくてはならないケースが多い。「高い入所金を払ったのに話が違う」とトラブルのもとになるのがこのケースだ。

しかしコモンズはじめ米国の有料老人ホームでは高齢者の健康状態に応じて介護のステージを上げて行く"切れ目のない介護"が一般的だ。コモンズのように棟続きで健常者のユニットと、ナージング・ホームが併設されているところもあるし、広い敷地に各種施設が点在するところもある。問題はサービスの質とコストだ。次に利用者の声と費用面を見てみよう。