今回から数回にわたってアメリカ大都市が抱える問題と、それに挑戦している勇気ある人々の話をしてみよう。

アメリカの都市問題というと古くは、「ウエストサイド・ストーリー」に描かれたヒスパニック系とイタリア系若者の人種対立や抗争を思い起こされる方も多いと思う。確かにアメリカの都市問題は、大量の移民による人種のるつぼに貧困問題が重なる。北東部の大都市には南北戦争以降、南部から移り住んだ黒人も多い。マイノリテイーが多く暮らす都市スラムでの劣悪な教育環境は、貧困、犯罪という悪循環を生んでいる。

仮にあなたが念願のニューヨーク駐在員になれたとしよう。あなたに学齢期の子供さんがいれば、いくらオペラとジャズが好きでもマンハッタン島の中には住めないだろう。年間、数百万円かかる私立校に通わせられる経済力があるなら別だが実際、そんな必要はない。グランドセントラル駅から1時間ほどのウエストチェスター郡や、ホワイトプレイン郡に住めば全米でも有数の優良公立校に無料で通わせられる(慶応高校もある)。私が勤務していたワシントンDCでも子供の出来た若いカップルは、相当無理をして高い住宅ローンを払い、メリーランド州か、ヴァ―ジニア州に引っ越してくる。残念ながらこれが可能なのは高等教育を受けたミドルクラス以上だ。差別でも偽善でもなく現実である。

特派員時代、「日本について話してくれ」と頼まれてワシントンDCのダウンタウンにある公立高校を2回、訊ねたことがある。まず通常の駐車場ではタイヤから何から盗まれかねないというので警備員が監視している場所を指定された。それでも、2回目にワイシャツを車内のフックにかけておいたらガラスを割られて盗まれた。警備員に文句を言うと、「そんな貴重な(?) ものを車内に置いておくあんたが悪い」と逆に叱られてしまった。おかげで2日間、エアコンが効かず参った。

また校舎の入り口に金属探知機が据え付けられてピストルをぶる下げた警備員の監視下、全員チェックを受けなくては学内には入れない。それやこれやで、教える前からすっかり度肝を抜かれてしまった。

高校2年生が相手だったが、授業中にもガムはかむ、コークは飲む。欠席者も多いし、私語が多くて授業にならない。済まながる先生に、「欠席児童の自宅訪問をするんですか? 」と聞いたとたん、にこやかに笑っていた女先生が表情を変えて、「あなた私を殺す気」と怒ったのには驚いた。

校内暴力も日常茶飯らしいが、生徒たちはそれほど危ない所に住んでいるということなのだろう。自分の子供が通うメリーランド州の公立高校とのあまりの落差にショックを受けるとともに、この子たちが可哀そうでならなかった。

こうした自治体、教育者、親までギブアップ気味となった地域で、「落ちこぼれ専門校」として生まれたのがチャーター・スクールだ。「チャーター」つまり契約。その名のとおり州や、市と契約を結んで小規模な学校を運営する。NPOでも教会でも個人でも意欲と最低の資金があれば設立可能だ。州や、市が運営する公立の小、中、高等学校の外にある教育組織なのだ。といって市などの定める基準を満たせば公立校と同じような予算が与えられる。最初のチャーター・スクールは1991年ミネソタ州でスタートした。

教育委員会の官僚制と、全米で最も強力な教員組合とが組み合わさった公立校は、何から何まで画一的で、前例踏襲主義。そこへ行くとチャーター・スクールは、何物にも拘束されず生徒の学力向上だけに集中する。教職員は、ほとんどが非組合員。教員資格を取って1~2年の若い青年がボランテイアとして参加しているのが特徴だ。

またチャーター・スクールは学区内なら誰にでもオープンだ。志願者から抽選で選ぶ。私が見学させてもらったのはマンハッタンの対岸、ニュージャージー州最大の都市、ニューアーク市の中心部にある「ノース・スター・アカデミー」。小学校から高校3年まで270人ほどが通う。この街も1967年に人種差別に抗議する黒人層が大暴動を起こし、零細商店が焼き討ちにあい、白人層は郊外に逃げ出した。結局、市の中心街には黒人のスラムだけが残り貧困、麻薬、犯罪の町に転落した。このような街での教育システムがどのような状態か、たやすく想像できる。

私たちが訪れた時はちょうど毎朝8時からの、「コミュニティー・サークル」(朝礼)が始まったところだった。チノパンとグリーンのポロシャツが制服。いろんな報告がある。 「昨日私は宿題をしてこなかった。それをメリーと、トムが助けてくれた。でも彼らの勉強の時間を無駄にした。ごめんなさい。二度しません」。その瞬間に大きなドラムが鳴らされ全員が拍手する。出会う生徒が皆、「ノース・スターにようこそ」と大きな声で言って握手を求めてくるのには感激した。ここは開校10年で、学力がすべての近隣公立校を上回り、夢でしかなかった奨学金を取って大学に進学する生徒も飛躍的に増えた。なぜ? その秘密を探ろう。